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キリスト教文化の中で揺れる死生観

2015-12-06 08:22:02 | ブログ
 欧米にはキリスト教徒が多く、キリスト教の影響は、思想、文学、芸術、歴史、政治、生活習慣など、西洋文化に深く浸透している。

 しかし、長い歴史をもつ伝統的なキリスト教文化も、自由と民主主義の旗印の下に展開される運動と、近年のテクノロジーの進歩とにより、何らかの変改や後退を余儀無くされている。

 特に、生命と死の問題となると、事態は深刻であり、キリスト教原理主義者など保守主義者とリベラル派との間の対立と衝突が絶えない。

 カトリック教会は、生命は受胎の瞬間に始まるので、妊娠中絶は殺人であるとし、中絶に反対してきた。プロテスタントも中絶に反対の姿勢をとっている。

 原理主義者の多くは、神が与えた生命を破壊するものとして、強姦による妊娠や、明らかに遺伝上の問題が存在する場合を含め、中絶に全面的に反対する。

 一方、よりリベラルな教派や、特にフェミニスト神学の影響を受けたグループは、産む、産まないは女性に選択の権利があると主張する。
 
 以下、米国のケースをとり上げ、その状況を簡潔にまとめておきたい。

 米国のPlanned Parenthood(PPFA)というと、避妊、妊娠検査、妊娠中絶などに関するサービスを行うNPOである(日本語では、家族計画と訳すらしいが、何か漠然とした訳である)。Planned Parenthoodの概念は、避妊による計画出産を唱えたサンガー婦人に始まると言われている。現在のPPFAが行っている妊娠中絶も、そのような計画出産の延長線上に位置づけられるようだ。PPFAは、米国政府からも資金援助を受けているので、中絶が合法であることは間違いない。

 妊娠中絶を受ける女性は、強姦の被害者となって妊娠した人、10代で妊娠した子供、胎児の遺伝子検査の結果、産まないと決めた人などを含むのであろう。特に、胎児の遺伝子検査の技術が進歩しているようだから、その理由によって中絶する女性が増えているのではなかろうか。いずれにしても、産む、産まないは女性に選択の権利があるとすると、中絶の理由は問われないようだ。胎児の生死を決めるのは、神ならぬ妊婦であるということになる。

 妊婦から摘出した胎児の組織は、医療の研究機関へ送られ、病気治療法などの研究に使われる。妊娠中絶に反対する保守主義者は、PPFAへスパイを送り込んで、中絶処置や胎児組織の行方などについてビデオ撮影し、その映像を公開して反対運動を煽っているようだ。

 米国では、妊娠中絶を行うクリニックに対して銃撃したり放火する事件が相次いでいると聞く。

 一方、死の問題に関連して、古くから扱われてきたテーマに自殺がある。自殺は、生命に対する神の主権の侵害であり、いかなる場合も認めてはならないというのがキリスト教(特にカトリック)の姿勢だった。

 死刑制度の可否については、キリスト教的立場からの死刑撤廃論もあるが、国家による死刑には長い歴史的経緯があり、これを認めてきた。

 近年では、キリスト教倫理の観点から終末期医療や安楽死、さらには遺伝子操作や脳死と臓器移植など、複雑な生命倫理の問題が取り上げられる機会も増えている。しかし、これらの問題は、新しく生じた生命倫理上のテーマとはなるが、妊娠中絶ほどの抵抗感はなく、比較的寛容なようだ。

 米国では、すでに4つの州で死ぬ権利を認める法律が成立しており、まもなくカリフォルニア州でも同法が成立するだろうという状況である。いわゆる終末状態にある患者に対する安楽死を認めるものであり、終末期にある癌患者、植物状態になっている患者などに適用されるのであろう。

 一昔前までは、患者の死を告げるのは医者であり、家族がこれに異議を唱えるのは悪徳とみなされていた。すなわち、担当の医者が神に代わって人の死を宣告するのである。人間が長寿命になるとともに、医療技術の進歩によってヒトを長く生かしておくことが可能になると、患者本人や家族が望まないほど長く生かされることも珍しくなくなった。死ぬ権利が認められると、終末期の患者あるいはこれに代わる家族が合法的に人の死を決められる。

 日本では、生まれてくるまでの子どもは人間ではなく、母親の一部であるという考えが一般的であるという。そうすると、産む、産まないを決める権利が妊婦にあるというのは、当然のことであり、妊娠中絶は議論にもならないのであろう。

 一方、日本では、脳死の問題がたいへんな議論を呼ぶくらいであるから、今のところ安楽死などもっての外かも知れない。しかし、終活の問題が話題になっており、今後、米国と同様に、患者や家族が本人の生存を望まないようなケースが増えてくるだろうから、この問題に無関心ではいられない。

 参考文献
 山我哲雄著「これだけは知っておきたいキリスト教」(洋泉社)