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なぜ線形代数は難しいのか

2018-07-22 08:27:52 | ブログ
 数学に関する参考文献を読みながら、これらの文献からインスピレーションを得て何かブログの記事を書けないかと考えていたところ、「線形代数は難しい」との声が多いことを知った。そこで、この際、数学の歴史から発想を飛ばして、「なぜ線形代数は難しいのか」について考察することにした。

 紀元前五世紀頃の古代ギリシャにおいて、ユークリッドの「原論」と呼ばれる数学書が成立した。「原論」には、整数論に関する記述も含まれるが、その中心はユークリッド幾何学と呼ばれる幾何学である。

 「原論」は、計算によって問題を解決することよりも、論証によって結果の正当性を保証するプロセスに重きを置く。「原論」で扱われる議論の正確なことは驚くばかりであり、その叙述形式は長らく学問的叙述の模範とされてきた。その影響力は大きく、有名なニュートンの「自然哲学の数学的原理」なども、この「原論」を手本にしたと言われている。

 これほど偉大な「原論」ではあるが、今日我々が知るような代数学を含んでいない。すなわち、古代ギリシャ人は、記号を用いる代数を知らず、代数式を使った計算を行っていなかったのである。

 「代数的思考」は、バビロニアやインドの数学を受け継いだアラビアで誕生し、インドからイスラーム世界を経由して中世ヨーロッパに伝わったのである。この結果、ヨーロッパでは、記号を用いる代数学が発展することになり、論証に代わって「計算」が数学の前面に押し出されることになる。やがて17世紀となり、アラビア数学由来の代数学とギリシャ由来の理論幾何学が有機的に結合し、近代西欧数学が花開くことになるのである。

 17世紀のデカルトは、解析幾何学の創始者のようにみられているが、正確には、彼の業績は、記号代数学を用いて、古代ギリシャ以来の幾何学的な問題を統一的に解決するための「方法」を開発したことにあるようだ。

 いずれにしても、デカルトの貢献が大きい解析幾何学によって、例えば定規とコンパスだけで作図できる図形は、二次方程式の根を求める問題に帰着してしまうことが分かる。逆に、x,yに関するどんな一次または二次の方程式が与えられても、その根を求める作図が、定規とコンパスだけで必ずできることも確かめられる。

 言い換えれば、解析幾何学と代数学とは連携しており、解析幾何学から梯子を登ればすぐに代数式に到達できるし、適当な代数式から梯子を下れば幾何学の世界に到達することができる。

 また、二次元の直交座標上の点(x,y)をベクトルの要素(x,y)とみなせば、このベクトルに線形変換を表現する行列を作用させることによって、同じ二次元空間上の別の点(x’,y’)に移すことができることも分かる。三次元空間上の点(x,y,z)についても、同様であることを容易に類推できる。

 ところが、このような二次元や三次元ベクトルの知識をもって、抽象的なn次元ベクトル空間上のベクトルを類推しようとすると、もはや類推はできず、あまりにも大きな飛躍のために茫然となってしまう。

 n次元ベクトルの要素(x1,x2,...,xn)は、直交座標上の点の要素とは限らず、解析幾何学から梯子を登ってn次元ベクトルに到達することも叶わないためである。逆に、抽象的なn次元ベクトル空間から梯子を介して具体的な直交座標上の二次元や三次元ベクトルに下るような思考も無理である。

 どうやらベクトルと言うと、頭が、幾何学的な座標点のイメージ(あるいは、「ベクトルとは、矢印で表示され、「大きさ」と「方向」をもつ量である」というイメージ)に束縛され過ぎていて、もっと自由に想像の対象を広げ、ベクトルの要素として「何でもあり」の境地に達するのが難しいようだ。上記の数学の歴史で何を言いたかったのか、その心を理解してもらえると思う。

 n次元ベクトルの要素を抽象的で無定義の対象とすることによって、線形代数は、方向をもった矢印のイメージに限定されず、無制限の応用分野を見出すことになったと言うべきである。

 以下、線形代数の応用分野の一つとして、統計学の分野で知られる重回帰分析について言及しておこう。

 結果のデータを変数yで代表させることにし、この結果データに影響を与える要因についてのデータを変数xで代表させることにする。yを従属変数(目的変数)、xを独立変数(説明変数)と呼んでいる。ここで、xのデータとyのデータとの間には、その強い/弱いの程度はともかくとして相関関係があるものとみなされている。

 独立変数xが複数個あってもよい。それがn個あるとして、x1,x2,...,xnのように識別する。すなわち、yの各データ値についてその結果に影響を与えるとみなされるn個のデータが対応するようなn次元データ表が用意される。

 重回帰分析の主目的は、このデータ表のデータ間の関係性を表現するのに最適な線形式(重回帰式)を当てはめることである。この式を
   y=a0+a1x1+a2x2+...+anxn
とすると、定数項a0と回帰係数a1,a2,...,anとから成る未知数を求めることに帰着する。

 従属変数yのデータ値とこの理論値との差を残差といい、eiで表す。最小2乗法の技法をn次元のデータに拡張して適用し、残差の平方(ei^2)をすべてのyデータ値について合計した残差平方和を最小にするように、a0,a1,a2,...,anを求める。

 途中の計算過程を省略するが、(a1,a2,...,an)をn次元ベクトルaの要素とすれば、
   Sa=M
の式からaの各要素を計算することができる。Sは、行列であり、独立変数の偏差平方和・積和行列と呼ばれる。Mは、ベクトルの形式で表示されるが、独立変数と従属変数の偏差和行列と呼ばれる。

 また、定数項a0は、yの平均値、xiの平均値および求められたaの値から計算される。

 なお、統計学的には、従属変数yに関するデータが充分にサンプリングされたものかどうかという問題が生じる。また、重回帰式に取り入れた複数の独立変数の各々に意味があるかどうか、すなわち従属変数yの変動に十分寄与しているかどうかを検討することが必要となる。これら統計学上の問題については、詳細説明を省略する。

 以上見たように、重回帰式の係数ベクトルaは、データ表がもつデータの特徴だけから決まる。そこに出てくるn次元ベクトル空間上のベクトルaは、もはや解析幾何学的な意味付けが不要となり、ただ線形代数のアルゴリズムに従って実行された計算の結果だけが意味をもつのである。

 参考文献
 森田真生著「数学する身体」(新潮文庫)
 村田全など著「数学の思想」(NHKブックス)
 長谷川勝也著「ホントにわかる多変量解析」(共立出版)
 長岡亮介著「心に染みる線型代数のために」(数学セミナー2013年6月号)

アルマ望遠鏡による遠方銀河の観測

2018-07-08 07:51:11 | ブログ
 アルマ望遠鏡を用いて132.8億光年かなたの銀河に酸素を発見したというプレスリリースがあったのを契機として自然科学ダイアログがあったので、このダイアログに参加した。

 アルマ電波望遠鏡が観測したものは、この銀河に含まれると考えられる酸素イオンが出す波長88マイクロメートルの赤外線である。この赤外線の信号は、宇宙の膨張によって大きく引き伸ばされ、波長893マイクロメートル(0.893ミリメートル)の電波となって観測された。

 アルマ望遠鏡が酸素イオンの光を観測したことは、観測された時点(132.8億年前)に活発に星が生まれていて、誕生間もない巨大星が放つ強烈な光によって周囲の酸素原子が電離されていることを示しているという。

 国立天文台の矢治健太郎さんのプレゼンテーションの後、参加者全員で、恒星の質量とその恒星の最期(超新星爆発または白色矮星)、電離した酸素がなぜ波長88マイクロメートルの赤外線を出すのか、などの話題について対話した。観測の対象となった酸素イオンは、3つの電子を剥ぎ取られた酸素原子のようで、Oに下つき添字でIIIを添えて記述され、オースリーと呼ばれているようだ。

 132.8億年前の銀河は、現在の我々の銀河と比べて物質密度が高く、大質量の恒星が発生しやすかったのであろうと推測する。

 大質量の恒星が多ければ、寿命の短い恒星が多くなり、それらが超新星爆発を起こして、銀河内には酸素原子など多くの星間物質が充満することになる。そうであれば、銀河内でOIIIが多いというのも納得できる(なぜそれがO^+やO^++でないのかという疑問が残るが)。

 言い換えれば、古代の銀河は、酸素原子を電離させるような高エネルギー粒子に満ち溢れていたということであろう。宇宙誕生後の数億年以内の宇宙からやってくるというガンマー線バーストもこの状態を示唆しているのかも知れない。

 ここで、古代の銀河と現在の我々の銀河とを、熱力学的な指標で比較できないものか、と考える。現在の銀河は、138億年の宇宙膨張によって古代の銀河よりエントロピーが増大しているのではないかと、考えたくなる。銀河のもつエントロピーを定義できると思われるが、観測される銀河はいわば熱平衡の状態に達していて、二つの銀河のエントロピーを比較することに意味はないのであろう。また、宇宙膨張は、熱力学的なものではなく、気体分子の断熱膨張のような熱力学的な対象とは無関係であるとみる。そうであれば、二つの銀河の熱力学的な比較と言っても、物質・エネルギー密度の比較だけで足りると考える。

 それにしても、検出された波長88マイクロメートルの赤外線が酸素イオン(オースリー)から生じたものであることは、酸素原子の電子配置にまで立ち入った理論的な裏付けが必要である。

 これはおそらく理論的な裏付けがされていることと推察しますが、ダイアログでは明確な説明が聞けなかったのは残念です。今後の課題として残しておくことにしたい。

 参考文献
 アルマ望遠鏡、132.8億光年かなたの銀河に酸素を発見
 https://alma-telescope.jp/news/press/oxygen.-201803