芝浦工業大学の木村元先生の講演を聴講して以来、「シュレーディンガーの猫」をどう解釈するのかについて、見直したいと考えていた。シュレーディンガーの猫の話は有名であり、量子力学の一般書によく引用されているので、詳細な説明が必要であれば、そのような文献やネット情報を参照されたい。
まず、シュレーディンガーの主張は、次の通りである。観測者が猫の入った箱を開ける前は、まだ猫の生死を知らない状態であるから、量子力学的には重ね合わせの原理により、生状態と死状態の重ね合わせ状態にあるはずである。観測者が箱を開けるという「測定」によって初めて生か死が決まる。測定という観測者の自由意志による行為が猫の生死を決めてしまうのである。観測しようとしまいと、猫は生きているか死んでいるか、どちらか一方の状態になっているはずである。これはパラドクスであるというのである。
これは、量子力学的観測という人間の自由意志による測定行為が入るから、このパラドックスが生まれるのである。そうであれば、人間の自由意志が入るような観測をしなければよいということになる。この話は思考実験とみてよいから、実際に観測をしなくても思考だけで結論が出るはずである。
次に、測定過程をみると、放射性同位元素の崩壊、検出器による放射線の捕捉と信号電流の発生、猫の生死、箱を開けた観測者による目視、という段階から成る観測の連鎖を構成している。ここで、検出器による放射線の捕捉までがミクロ系を成し、観測者による目視までがマクロ系を構成している。こうしてみると、ミクロ系とマクロ系は一連の測定過程として連携しており、両者を区別する必要は全くないのである。それでは、なぜ区別したくなるのだろうか。
同位元素の崩壊は量子力学の理論に従ってランダムに生じるのであるから、ミクロ系の出力はランダムな検出結果になるのであり、マクロ系の測定もそれに合わせてランダムに行うべきなのである。しかし、マクロ系の測定は、「19世紀の常識」に従って決定論的に行おうとするのである。つまり19世紀の常識という呪縛が作用してしまい、上記のような矛盾した結論となってしまうのである。
量子力学で起きる事象は確率的であるから、ある物理量の測定に関しては、量子力学は同じ状態にある多数の力学系に対する測定結果の重ね合わせについての統計法則を与えるに過ぎない。ひとつの力学系におけるただ一回の測定に対しては、一般には、何の予言も与えない。これは物理学者の頭にある原理原則であるが、いざ観測となると、19世紀の常識が災いして誤った結論に導いてしまうのである。この結論は、シュレーディンガーやアインシュタインを深く悩ませたものである。それからおよそ100年の歳月が経過したが、未だにこの常識を改めるには至っていない。我々はほぼ19世紀の常識に従ってマクロ系の環境の中で生活しているのであるから、当分の間、量子力学の常識が定着するのは無理であろう。
参考文献
並木美喜雄著「量子力学入門」(岩波新書)
まず、シュレーディンガーの主張は、次の通りである。観測者が猫の入った箱を開ける前は、まだ猫の生死を知らない状態であるから、量子力学的には重ね合わせの原理により、生状態と死状態の重ね合わせ状態にあるはずである。観測者が箱を開けるという「測定」によって初めて生か死が決まる。測定という観測者の自由意志による行為が猫の生死を決めてしまうのである。観測しようとしまいと、猫は生きているか死んでいるか、どちらか一方の状態になっているはずである。これはパラドクスであるというのである。
これは、量子力学的観測という人間の自由意志による測定行為が入るから、このパラドックスが生まれるのである。そうであれば、人間の自由意志が入るような観測をしなければよいということになる。この話は思考実験とみてよいから、実際に観測をしなくても思考だけで結論が出るはずである。
次に、測定過程をみると、放射性同位元素の崩壊、検出器による放射線の捕捉と信号電流の発生、猫の生死、箱を開けた観測者による目視、という段階から成る観測の連鎖を構成している。ここで、検出器による放射線の捕捉までがミクロ系を成し、観測者による目視までがマクロ系を構成している。こうしてみると、ミクロ系とマクロ系は一連の測定過程として連携しており、両者を区別する必要は全くないのである。それでは、なぜ区別したくなるのだろうか。
同位元素の崩壊は量子力学の理論に従ってランダムに生じるのであるから、ミクロ系の出力はランダムな検出結果になるのであり、マクロ系の測定もそれに合わせてランダムに行うべきなのである。しかし、マクロ系の測定は、「19世紀の常識」に従って決定論的に行おうとするのである。つまり19世紀の常識という呪縛が作用してしまい、上記のような矛盾した結論となってしまうのである。
量子力学で起きる事象は確率的であるから、ある物理量の測定に関しては、量子力学は同じ状態にある多数の力学系に対する測定結果の重ね合わせについての統計法則を与えるに過ぎない。ひとつの力学系におけるただ一回の測定に対しては、一般には、何の予言も与えない。これは物理学者の頭にある原理原則であるが、いざ観測となると、19世紀の常識が災いして誤った結論に導いてしまうのである。この結論は、シュレーディンガーやアインシュタインを深く悩ませたものである。それからおよそ100年の歳月が経過したが、未だにこの常識を改めるには至っていない。我々はほぼ19世紀の常識に従ってマクロ系の環境の中で生活しているのであるから、当分の間、量子力学の常識が定着するのは無理であろう。
参考文献
並木美喜雄著「量子力学入門」(岩波新書)