いわゆる神の存在証明がもたらす意味について

創造主である神の存在証明をして、この神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みを説明し、人類史のリセットと再構築を試みる。

一般法則論は・・・/一家に二人のヒーラーを!

 一般法則論は、(ヒトがこの世界に誕生する遥か前からそれ自体で独自に存在していた)天然自然の存在の創造主である神、自然法則、エネルギ一というたった3つの用語で、以下のことを説明します。 一 創造主である神によって造られているこの世界の成り立ちと仕組み→2008年12月3日の一般法則論の世界観の図解化をして頂くのは必須。  二 「全てのヒトに平等に、客観的かつ唯一絶対的かつ普遍的」(存在/真理)という概念の絶対的定義をする 天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギ一三位一体不可分の存在=Ω(おめが)神によって造られ宇宙大に広がって存在しているこの世界の成り立ちと仕組みの全ては、私達ヒト(宇宙大では宇宙人一般)に全て等しく平等に客観的かつ唯一絶対的かつ普遍的に先立って造られ存在していること(全てのヒトは世界ⅠのΩ(おめが)神から始まるこの世界の成り立ちと仕組みの中において世界Ⅴの存在)。ヒトの持つ心身の構造とその働き、諸々の才能と能力もこの一部。この結果、自動的かつ必然的に、全てのヒトに等しく、太陽は太陽として、月は月として、客観的かつ唯一絶対的かつ普遍的に存在し見えることになる。「知る、知らない。認める、認めない。承諾する、承諾しない。信じる、信じない」式の考え方でこの世界の成り立ちと仕組みやヒトの存在等の有無を決めるのは、大いにヒト迷惑な考え方! 在る物は全てのヒトに自動的かつ必然的に、等しく客観的かつ唯一絶対的かつ普遍的にあるし(これが「真理」といわれるもの)、無い物は自動的かつ必然的に、全てのヒトに等しく客観的かつ唯一絶対的かつ普遍的に存在しない。  三 自らの存在とこの世界の成り立ちと仕組みを認識し理解する為の道具であり、唯心論的創造原理で、この世界の全てを創造し、各人の人生を創造する機能/力のある「心」の「存在証明」と心の起源  四 この世界の成り立ちと仕組みの中でヒトの存在理由/存在目的とこれに合わせて持つヒトの諸々の能力の起源、そして生き方の原理とこれを実用化した潜在意識の法則/引き寄せの法則  五 いわゆる悟りの体験の原理的な説明をして、ヒトの持つ知識と技術の源を明らかにする  六 いわゆる神の存在証明  七 自然法則とエネルギーの性質、働き方の原理、この両者の関係等の説明  八 科学の定義  九 「光の速度一定不変の原理」の下で重力の発生と世界の量子化と質量の発生とは三位一体不可分の関係にあることを説明して、相対性理論と量子論とを一つに統一すること  十 哲学と宗教と科学(学問一般)と日常体験とを一般法則論で一つに総合化すること  十一 ハワイに昔から伝わるという、心を癒やす技術である「ホ・オポノポノ」に原理的な根拠を与える  十二 ガルトゥング氏の言う「構造的暴力」という平和の定義に代わる一般法則論的な平和の定義 十三 このほか

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お心を煩わしました。

2012-12-19 14:46:37 | 余談

 入れました。

 潜在意識/無意識の活用法がありました。

 お心を煩わしました。

             一般法則論者

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入院の顛末   一般法則論者で良かった  安心立命の境地

2012-01-16 14:28:01 | 余談

 一般法則論を知ってて良かった  安心立命の境地  入院して胃カメラと大腸の内視鏡検査
 
○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対

 一般法則論を知ってて良かった  安心立命の境地  入院して胃カメラと大腸の内視鏡検査 
 
○入院して胃カメラと大腸の内視鏡検査
 間食に食べた沢山のお菓子で急に食道に食べ物が詰まる感じがあり胃痛がして、普段飲んだことのない胃薬を飲んだけれども効き目が無く食事も取れなくなり、一週間あまり我慢したけれどますます胃が痛んで改善の様子が無く、止むをえず、病院にいきました。
 四十年くらい前に胃カメラの検査で胃潰瘍と告げられた病院からの帰り道、丁度昼時で、「なあーにすぐに良くなるさ」と思って祈ったら即座に良くなり、入ったレストランで生れて初めてステーキを注文して食べて何でもなかったこと以来、胃には自信があって、胃で困ったことはありませんでした。もちろん胃薬も不要でした。
 それなのに、この始末。今回はいくら祈ってもなぜか効果なしでした。
 病院での医師の診断結果は、即入院して胃カメラの検査をすることなりました。
 胃カメラ検査の結果、食道には病変はありませんでした。
 胃の方は食べた物が少し残っていて、多分病変は無さそだけれどもと告げられました。しかし、念のため後日再検査をすることに同意しました。
 これで即退院のはずでした。しかし、血液検査で貧血が見つかり、入院以来便秘が続いていることもあって、大腸からの出血が疑われると言われて、その内視鏡検査を勧められました。ただちに快諾して更に入院期間が延びました。
 貧血の方は造血の機能が正常に働くようにただち祈りました。

 「潜在意識よ、直ちに血を造って正常化せよ!!!!! 任せたぞ。」と言いました。

 この結果はその後の血液検査では何も言われず退院後の薬も無かったので改善した模様です。
 大腸の内視鏡検査の結果は小さなポリープが二つあったそうですが他に病変はありませんでした。
 この二つの検査を自ら進んで快諾し、検査を待つ間も、検査中も、結果を知るのを待つ間も、一般法則論を知っていたお陰で何の不安も心配もありませんでした。
 それに、大腸検査前の二度の検便で問題はなさそうだと事前に医師に告げられていたこともあって、安心して検査に臨みました。
 なお、胃カメラ検査も内視鏡検査も三十~四十年前と異なり検査時の苦痛は少しもありませんでした。

○この世界は神(宇宙の魂)の心の働きである思考が造った神の国
 この世界は神(宇宙の魂、大霊)の心の働きである神の完全な思考が造った物です。
 もちろん私の身心も胃も大腸も神の完全な思考(設計図)で造られています。
 この意味はヒトは誰でも完全に造られていて完全な健康体であることです。
 ところで病院に行くことやまして入院することになれば普通とても不安になるる話はよく聞きます。
 入院した夜はベットの上で孤独感に襲われ1晩中不安で眠れなかった話もよく聞きます。
 しかし、今度の経験で私は何の不安も無く心配もしていない自分を知りました。
 なぜなら、この世界は俗に言う(天然自然の存在の)創造主である神(別名で宇宙の魂、大霊)が造った完全な世界で病気など無いと知っている一般法則論者だからです。
 私がこれを本気で信じていることがはからずも分かりました。
 俗に言う「安心立命の境地」というべきでしょうか。
 今回は一般法則論を知っていて本当に良かったと思いました。
 ただ胃カメラ検査、大腸の内視鏡検査のために使った沢山の下剤の影響か下痢便が続いて止まりませんでした。
 これが収まるまで入院を継続している内にクリスマスを迎えました。
 そして、下痢はまだ続いていましたが新年を迎える前に退院になりました。

○再入院
 退院してこの辺まで文を書いたところで俄かな便意。
 しかし、トイレに座ったけれど便が少しも出ません。
 便意はますます強くなりましたが、それでも出ない。その内強い腹痛が起こってきて耐えられなくなりました。
 あまりに私が苦しがるので家族の者が心配して、救急車を呼びました。
 前日退院したばかりの病院の救急救命室に入ったのが夜の九時過ぎ。
 この頃には更に腹痛が酷くなっていてベットの上で全身を捩って痛みに耐えていました。
 直ぐに浣腸をしてくれるものと期待していたのに手当て当ってくれた医者は腸ねん転や腸閉塞の恐れがあり、これを検査で確認するまでは浣腸が出来ないと言います。
 で、私は「そんなものはない。それより早く浣腸してください。」と懇願しました。
 このとき私は一般法則論者として腸に変な病変は起っていないという確信がありました。
 しかし、医者は二枚のレントゲン検査とCT検査を優先しました。
 この検査結果が揃ったのが日付が変った翌日の午前四時過ぎ。この間烈しい腹痛を全身を捩って耐え続けました。
 鎮痛剤を点滴して頂きましたが、全く効果はありませんでした。
 結局単なる便秘と分かり浣腸をして頂きました。
 丼で三杯分くらいの量の便が出たと看護婦さんの話。
 この後の再レントゲン検査でまだ出切れない便が残っていると告げられましたが更なる浣腸ではとれないと言われました。
 相変わらず続いている腹痛にもかかわらず入院はならずに五時半過ぎに帰宅しました。
 しかし、相変わらす続く腹痛と止まらない下痢、白湯を飲んでも直ぐに吐いてしまう始末。心配したのはこのままでは脱水になること。
 で、その日の内に同じ病院の同じ病室の同じベットに逆戻り。
 そして、入院したまま新年を迎え、寒の入りも迎えることになりました。
 入院の顛末はこんなところです。

○クリスマス・キャロル
 入院中にクリスマスを迎えた時、病院付属の看護学校の生徒さんの聖歌隊によるキャンドル・サービスがありました。
 このときにベットの傍まできてお手製のクリスマスカードを渡されて「クリスマスおめでとうございます」と言われた瞬間胸が詰まってしまって涙が溢れ出きて何も言えませんでした。
 遠ざかっていく聖歌隊の声を聞きながら、クリスマスカードを頂いたときに私も「クリスマスおめでとう。皆さんに神のご加護がありますように。ごくろうさま。」と一言返事が出来なかったことをおおいに反省しました。で、病棟の担当の看護婦さんには早速「クリスマスおめでとう!!! 神のご加護がありますように。」と挨拶しました。
 別の入院患者さんを訪れている人の声で「クリスマスカードは入院の良い記念になって良かったね。」と言う声が聞こえてきましたが、クリスマスの季節は一般法則論者の私にとって特別なものです。
 人類の生き方の偉大な教師、イエス・キリストを、口幅ったいようですが、いつか乗り越えることを一般法則論者として考えているからです。
 
○まとめ 
 「思えば叶う」因果必然の法則の下に生きている有り難さに常日頃から感謝している私としては、入院することになって一般法則論者である安心感を知ったという話をしました。

 やるなら本気本腰、熱い心で一途にやるぞ!!!!!

 
 例により、誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

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新年のご挨拶

2012-01-14 14:57:29 | 余談

 寒中お見舞い申し上げます。

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対

○寒中お見舞い申し上げます。
 クリスマスおめでとうございます
 新年明けましておめでどうございます
 寒中お見舞い申し上げます

 三つのご挨拶が重なりました。
 もう昨年になりましたがクリスマスと、今年の新年と寒の入りを入院にしていて迎えました。
 一般法則論者としては恥ずかしい限りです。
 詳しい経緯は別文。
 まずは年明け初めてのブログの開始のご挨拶。
 今年こそ一般法則論の本をだし、その他をやり遂げたい。

 やるなら本気、本腰、熱い心で一途にやり遂げるぞ!!!!!!

 皆さんのお幸せを祈ります。


 例により、誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

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世界平和は神の国が地上天国化した状態しかない

2011-12-08 22:11:07 | 平和の定義

  世界平和は神の国が地上天国化した状態しかない

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入 
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


 世界平和は神の国が地上天国化した状態しかない

○今日は・・・・
 今日、12月8日は七十年前の日米開戦の日。
 そこで、世界平和を考えるには相応しい日。

○結論から先に言うと・・・・・・
 世界平和は神の国が地上天国化した状態しか有り得ません。
 平和状態とは、そのシステムとしてのパーフォーマンス、性能、効率が最高、最良、最善に発揮されている状態を意味します。
 この為には、私達か生まれ住んでいるこの世界を造った原理であるΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られた通りに完全存在することです。
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きに替って、例えばアメリカ文化・文明や中国文化・文明を造った原理で置き換えたのでは、私達の住むこの世界の平和の秩序は実現でません。
 美味しいスープは美味しいスープを作る原理でのみ達成できるのであって、例えば別の原理である高性能の携帯電話機を作る原理では達成出来ないのです。
 この理を無視した平和論が横行しています。
 そもそもこの世界化、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られていることを知りません。

 世界平和についての考え方について、ご理解頂けましたでしょうか・・・・・・。

 例により、誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

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 因果必然の法則の実感  

2011-12-02 16:30:27 | 因果必然の法則

 因果必然の法則の実感                          

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
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 因果必然の法則の実感

○ヒトの生き方の原理の再確認
 ヒトの生き方の原理は、「潜在意識/無意識の活用法」、「求めよ、さらば与えられん」の原理、「引き寄せの法則」などの名前でも知らせているものです。これしかありません。
 ヒトの生き方の原理を一言で言うと、原因=結果の因果関係が常に必ず自動的かつ必然的に成立する因果必然の自然法則に則って生きることです。
 因果必然の法則がこの世界を唯一・絶対・普遍的に不変・不動的に支配しているのです。
 ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の生死も生き方も支配しているのです。誰も何者も、因果必然の法則から逃れることは出来ません。

○因果必然の自然法則の構造の再確認
 因果必然の法則とは、「1、Ω神またはヒト(宇宙大では宇宙人一般。広い意味では生物一般)による原因設定→2、原因設定されたことを自動的かつ必然的に即座に引き受けて原因設定されたとおりのものを造り出す/作り出す、即ち、原因=結果の関係に必ずなるようにする、因果必然の法則(潜在意識/無意識の法則など別名あり)の自動的かつ必然的な発動→3、原因設定したとおりに因果必然的に現象・結果の発生」の1、2、3三点一体不可分の自然法則がある、という意味です。
 この三点必然的一体不可分の関係を決してバラバラに関係の無いものにしてはなりません。
 
○因果必然的自然法則の働きを実感する
 因果必然の法則が宇宙大で常に働いていることを前提に考えると、現状は過去に自分が原因設定したことが因果必然の大理法(注記1)に自動的かつ必然的に取り上げられて大理法の善因=善果/悪因=悪果の働きが行なわれたことの総決算の結果であることが明確になります。
 現状を造り出したのは過去の因果必然の創造主である神(または、Ω神の化身・分身のヒト。以下同じ)+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きに則った自分の原因設定をした因果必然の結果です。これ以外の何ものでもありません。
 これ以外の原因、例えば運とか偶然とか誰か他人の所為や社会・政治体制やアメリカ帝国主義などの所為ではありません。
 このことを確認し現状を改めてしっかり受け止めて味わうのです。
 待っていれば、自分にも大金持ちになったり分単位で仕事をこなす売れっ子芸能人の幸運が転がり込んできたりすねことなど先ず有り得ないのです。幸運は自分自身の為に自ら原因をつくったもの以外には既製品の幸運など何処も無いのです。
 他人が持ち込んでくる上手い儲け話は、予め自分が自覚的に意図的に原因設定した覚えがないのならば要注意です。
 創造主であるΩ神は自分の心で思い描いた通りの世界を確実に造ってその通りに体験したように、ヒトは自分の人生体験の創造主として、自分もなりたいものがあれば創造主である神がしたようになりたいものを思い描けば良いわけです。
 現状が不満足な結果、不満足な現状ならば、これと格闘するのは無意味です。
 直ちに満足のいく結果をもたらす原因設定を新しくすれば済みます。

○現状確認-ーーーしみじみとした感慨
 現状結果、身体の健康状態、例えば身の回りの体験、持ち物や成し遂げたことなどを確認すると、現状は私が過去に意識的に或いは無意識的に原因設定したことが大理法/自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きに因果必然的に取り上げられて実現した/顕現した結果であると思うと、何とも言えない気持ちになります。
 そして、とにかく現状は受け入れてより満足の出来る結果をもたらす原因設定をしなけれれば・・・と思います。

○原因設定は複数の選択肢の中から自由に主体的に選んだときこそ慶びも満足度も高い
 俗にいう(サンデル教授の)「白熱教室」の討論の中で、原因設定は複数の選択肢の中から自由に主体的に選んだときこそ慶びも満足度も高い、という心理実験があると紹介されていした。

○野生生物は自ら進んでリスキーな選択をしてしかも動物園に飼われているものよりもはるかに長生きする
 野生生物は自分が生きる道を選ぶ原因設定をするとき、よりリスクの高い道を選択する傾向があることが分かっているそうです。
 それでもなお、動物園に飼われて天敵から守られ生活が保障されているものよりも倍も寿命が長い。→同上の『白熱教室』から

○私達の場合は・・・・・・
 私達の日常経験でも失敗するかもしれないリスクが大きい選択は、成功するとリターも大きい、ということがあります。
 しかし、日常生活の私達は、出来るだけリスクを避け、安全パイを選択します。
 成功した過去の先例に従って、それが過去には知られていなかったけれども確実な手段・方法に基づく計画でも「過去に成功した実例がない。この意味でリスクは無限大だ。国民の税金を使って仕事をする我々には冒険は許されていない。失敗したら自分の経歴にも傷がつく。」という決まり文句でリスクを避けます。
 本当の所は、この人たちは物事を成功的にやり遂げる方法があることを知らないのです。
 原因設定→因果必然の法則の働き→結果の発生の間にある一体不可分の関係を未だ知らず、原因設定した通りの結果が得られる因果必然の法則の存在を知らないのです。
 「この世で百パーセント確実に物事をやり遂げる手段・方法など有り得ない」と知ったかぶりをするヒトがいます。
 しかし、この世の創造主である神は、因果必然の自然法則+エネルギーと体不可分でこれがかのうであることを今この瞬間にも証明しつつあります。例えば、多剤耐性菌アシネトバクター。

○因果必然の法則は過去を先例にしたり過去の延長線上に今解決すべき問題を考えるのではない
 先例に従い、過去の成功にのみ囚われていたら、この世界の進歩も無かった。
 天然自然の創造主である神の存在さへ否定するヒト(宇宙大では宇宙人一般)存在を許す世界は誕生しなかった。
 創造主である神は、常に冒険し続けているのです。
 そもそも、自然法則+エネルギー一体不可分の働き/潜在意識/無意識の法則の属性は、俗に言う、生物の本能のように常に特定の行動の方を繰り返すだけのものではなかつたのです。
 原因=結果の因果必然の法則を素直に生きていると推測できる野生生物は過去に囚われた安全パイは選択しないのでしょう。
 この結果、カッコウに托卵される鶯はいわゆる本能行動の決まりきった型をいつまでも機械的に繰り返すことをせず、自らと托卵を防ぐ工夫をする選択の自由を持てるのです。

○Ω神はいつも積極的で前向きで自他肯定的でリスキー・・・・・
 Ω神はいつも積極的で前向きで自他肯定的でリスキーで、絶対に絶望しない存在です。


○注記1 理法、大法という名前
 理法、大理法という名前は、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き、潜在意識/無意識(の心)と同じ意味です。
 この他の言い方たでは、大生命力、宇宙の主観の大精神などと言います。
注記1の終わり


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一般法則論の話の究極の目的  潜在意識/無意識の活用法のコツ

2011-11-20 16:58:13 | 潜在意識の活用法

 一般法則論の話の究極の目的ーーーΩ神がヒト(宇宙大では宇宙人一般)の為に定めたヒトの生き方の原理の分かり易い説明の仕方

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○一般法則論の話の究極の目的ーーーΩ神がヒト(宇宙大では宇宙人一般)の為に定めたヒトの生き方の原理の分かり易い説明の仕方
 一般法則論の話の究極の目的は、Ω神がヒト(宇宙大では宇宙人一般)のために定めたヒトの生き方の原理の分かり易い説明をすることにあります。
 こういうことなので、理屈の説明は後回しにして、一般法則論の話の究極の目的から説明します。

○ヒトの生き方の原理とは
 ヒトの生き方の原理は、「潜在意識/無意識の活用法」、「求めよ、さらば与えられん」の原理、「引き寄せの法則」などの名前でも知らせているものです。
 ヒトの生き方の原理を一言で言うと、原因=結果の因果関係が常に必ず自動的かつ必然的に成立する因果必然の自然法則に則って生きることです。
 因果必然の法則がこの世界を唯一・絶対・普遍的に不変・不動的に支配しているのです。
 ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の生死も生き方も支配しているのです。誰も何者も、因果必然の法則無視したり、これから逃れることは出来ません。

○因果必然の自然法則の存在とは
 因果必然の法則とは、「1、Ω神またはヒト(宇宙大では宇宙人一般。広い意味では生物一般)による原因設定→2、原因設定されたことを自動的かつ必然的に即座に引き受けて原因設定されたとおりのものを造り出す/作り出す、即ち、原因=結果の関係に必ずなるようにする、因果必然の法則(潜在意識/無意識の法則など別名あり)の自動的かつ必然的な発動→3、原因設定したとおりに因果必然的に現象・結果の発生」の1、2、3三点一体不可分の自然法則がある、という意味です。

○因果必然的自然法則の誕生の経緯
 この法則の必然的な誕生は、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きの誕生のときに遡ります。
 この世界の創造主である神としてのΩ神は、確率的偶然や運任せでこの世界を造ったのではありません。
 創造主であるΩ神は自分の心で思い描いた通りの世界を確実に造ってその通りに体験したかったのです。この世界の創造主である神と名乗るにはこうゆう形でこの世界を造る/創造することだったのです。
 そして、この通りにこの世界を造るには因果必然の法則に則るしか手段・方法はなかったのです。
 天地創造に当って、「神はサイコロを振らなかった」とアインシュタインが喝破したとおりだったのです。

○唯一・絶対・普遍かつ不変・不動のΩ神と自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きの誕生の経緯
 これは、未だ空間も時間も存在しない無次元の世界の中で行なわれました。この結果は、時空を超えて働く唯一・絶対・普遍かつ不変、不動の存在の創造主である神、同じく自然法則とエネルギーの誕生、唯一・絶対・普遍の不変・不動の因果必然の自然法則の誕生となりました。
 このときから、原因設定者としてのΩ神(霊的存在と名付けられたりします)、Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒト(宇宙大では宇宙人一般)による原因設定→因果必然の自然法則の働き→原因設定した通りの結果の発生の一体不可分の関係が生まれたのです。

○しっかり理解し記憶することは原因設定→因果必然の自然法則(無意識/潜在意識)の働き→原因設定した通りの結果の発生の関係を一まとめのものとして理解すること
 意識のある心による原因設定→原因設定したことを自動的かつ必然的に受け取って因果必然の自然法則(無意識/潜在意識の自然法則)の自動的かつ必然的発動→原因設定した通りの結果の発生の関係を常に意識して行動することです。
 ここが、潜在意識/無意識の活用法の肝になります。

○再確認しておくことーーー慣性の法則に従う物を造りだす自然法則+エネルギー一体不可分の働きも慣性の法則
 慣性の法則に従う物を造りだす自然法則+エネルギー一体不可分の働き(無意識/潜在意識)も慣性の法則です。
 慣性の法則に従うと言う意味は、自らの主体的自由意思を持たず、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き(無意識/潜在意識)単独では勝手に何かを造りだす事は一切全く出来ないと言うことにあります。これは経験則でも分かります。
 自然法則+エネルギー一体不可分の存在(無意識/潜在意識)が働くには、これが自動的かつ必然的で働く原因設定する存在、即ち、Ω神やヒト(宇宙大では宇宙人一般。広い意味では生物一般)の思い、意思が必要です。
 このとき、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き(無意識/潜在意識)は、価値中立的な存在の属性を持ちます。詳しいことは別の文にします。

○自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きは元々Ω神の天地創造の意図を実現する為に存在するものですが・・・・・
 なお、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き(無意識/潜在意識)は、元々創造主である神の天地創造の意図を実現するために存在するものです。しかし、無意識/潜在意識的存在のΩ神より、Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒト(宇宙大では宇宙人一般)の意図の方が優先するこの世界の成り立ちと仕組みになっていますから、あたかも自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き(無意識/潜在意識)はヒト(宇宙大では宇宙人一般)の意図を実現するために存在しているような構図になっています。
 しかし、究極的には、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の意図、考えは、Ω神の意図を変更したり超えたりすることは出来ません。
 これはΩ神の天地創造の目的やΩ神が造ったこの世界の基本構造を守り維持するためです。

○私の失敗
 俗に言う潜在意識/無意識の活用法を初めて自覚的知識として知ったとき、この一体不可分の関係について、私は理解し損ないました。
 それまでは、「思えば叶う」で、奇跡的体験もしていたのですが・・・・・・。
 この結果、この関係をバラバラの関係と理解してしまいました。
 加えて、潜在意識/無意識はこれ自体で勝手に存在し、意識のある心には容易には従わない存在、と言う本の説明を、潜在意識/無意識の活用法の実践者の説明を信じ込んでしまいました。
 で、こんな簡単な方法で原因設定が出来るのか?
 原因設定したことが潜在意識/無意識に届いたことがどやったら分かるのか?
 そもそも、潜在意識/無意識は何処にあるのだ?
などの疑問が生まれました。
 それでも、ふと思ったことが殆ど即座に実現することがあって、頭の中が混乱していました。
 これでは潜在意識/無意識の活用法どころではありません。自覚的意図的に制御して使えない訳です。
 それから潜在意識/無意識の活用法をマスターしようと格闘した結果、八ヶ月余りお休みを頂いている間にやっと分かりました。
 分かってみれば、自分でも驚く発見でした。
 ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心は、自分は何を実現したいのか決める=原因設定をすることをもっぱら受け持つ意識のある心と潜在意識/無意識とで出来ていて、意識のある心と無意識/潜在意識の心とは最初から一体不可分の関係にあり切り離して考えることは間違いであると分かったのです。
 で、意識のある心で思うことは全て即座に無意識/潜在意識の心に届いてしまうのです。
 潜在意識/無意識の心は何処にあるのか、探す必要は全くなかっのです。
 意識のある心で考えたことが無意識/潜在意識の心には常に必ず即座に届いていたのです。
 恥ずかしいと思うとその場で直ちに赤面するようにです。
 沸騰した水の入った薬缶を触ると即座に熱いとか痛いと感じて身を離すようにです。
 このようなことが分かったので、潜在意識/無意識の活用法は、意識的に自覚的に意図的に原因設定をすれば、後は潜在意識/無意識が自動的かつ必然的に自然に働いてくれて事を自動的かつ必然的に自然に実現してくれるから、潜在意識/無意識に全ておけば良いことになりました。
 話は、単純に出来ていたのです。

○意識のある心で何をどうすれば良いか分かっていることは直ちにそのようにすれば良いが・・・・・
 もちろん、お茶を飲む為にお湯を薬缶で沸かすようなことは、意識のある心でも知っている通りのやり方をすれば済むので、改まって潜在意識/無意識の働きに頼らなくても済むでしょう。
 しかし、会社経営とか結婚生活のようなことは意識のある心が既に知っている範囲を超えた知識が必要になりますから、全てを知る全知全能の無意識/潜在意識の知恵と力を借りることは必須です。これが潜在意識/無意識の活用法そのものになります。

○潜在意識/無意識の法則は価値中立に働くので原因設定されたことが何であっても実現してしまうーーー注意点 
 潜在意識/無意識の法則は価値中立に働くので原因設定されたことが何であっても、それが原因設定者にとって幸せをもたらそうが、不幸をもたらそうが一切かまわず実現してしまいます。
 そこで、潜在意識/無意識の活用に当っては、自らを害さず、不幸を自ら引き寄せないことが必要です。
 つまり、例えば常日頃自分の口癖にしているような事には、注意が必要です。
 今、アメリカの若者中心に、自分たちはウォール街の少数の金持ちたちに搾取され続けている持たざる者だと言っています。そして、そのとおりになっています。
 あることが自分には出来ると思っても、そんなことは自分には不可能だと思っても、因果必然の自然法則の自動的かつ必然的の働きで自分が考えている通りの結果を体験することになります。
 自動車王フォードが「それが出来ると思っても出来ないと思っても結果としては思っている通りになるので、どちらも真理だ」と言った通りです。
 原因設定は、無意識的に習慣的にするのではなく、自覚的に意図的にすることです。

○完全な原理設定の仕方とΩ神の思考の利用ーーー任せるーーー潜在意識/無意識の活用法のコツ
 例えば完全な健康状態を取り戻したい、と考えたとき、完全な健康状態とは何か? について知っているヒトはいません。
 これを完全に知っているのはヒトを造ったΩ神(+自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働き/無意識/潜在意識)を差し置いて、他には存在しません。
 事実、Ω神はヒトに代わって、それが何をするのでも、それが上手く行く手段・方法について完全な思考をし続けています。
 例えば左前になった会社を立て直すにはどうしたら良いかΩ神は完全に知っています。ヒトに代わっていつもΩ神はそれが自然に成功する完全な思考をしてくれてくれているのです。
 そこで、これを利用するのです。
 即ち、原因設定後、意識的に、この実現はΩ神の全知全能の知恵と力に任せて実現してもらう。この間、Ω神の導きで何をすべきか必ず在るので、そのときにはそれに素直に従って行動に出る、と言うのです。

○まとめ
 潜在意識/無意識の活用法は因果必然の法則に則って行動することだ、という話をしました。
 具体的には、「原因設定→因果必然の法則の自動的かつ必然的の発動→原因設定した通りの結果の自然発生の結果」の三位一体の関係に則って最初の原因設定することです。


 例により、誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

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八ヶ月余りご無沙汰している間に何をしていたか

2011-11-12 15:53:33 | 余談

 八ヶ月余りご無沙汰している間に何をしていたか?

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対

 
○八ヶ月余りご無沙汰している間に何をしていたか
 一般法則論で大口を叩いていますが(ここでの話は議論の叩き台になる仮説を提示している積もりです)、しかし、今ひとつ何故そうなるのか因果必然的な根拠の説明がたりません。
 言い換えると、一般法則論を突き放して客観的に観る視点に欠けています。
 これをするには、一般法則論から一度離れてみることが必要です。

○考えてみてください
 一口に、我々の住むこの世界は、天然自然の(ヒトが想像力を逞しくして人工的にでっち上げたものではないという意味)いわゆる創造主ある神が造った、と言っていますが・・・・・・。
  この創造主である神がこの世に誕生した因果必然的な目的と理由は何か?
  何者がこの世に創造主である神を誕生させ、存在目的と存在理由を付与したのか?
 いわゆる自然法則は、ご存知のように、原因=結果の因果必然的関係をもたらす因果関係法則として自然科学的も知られています。
 では、自然法則の起源は?
 何故、自然法則は因果必然の法則という属性を持っているのでしょうか?
 一般法則論では、この世界は精神世界+物質世界でできていると断言しています。
 そして、精神世界は心の世界であり、同時に心の働きである思考の世界です。精神世界は時間も空間も存在しないゼロ次元の世界でもあります。
 物質世界は自然科学の対象であり、3次元の空間と1次元の時間からなる時空一体不可分の四次元の世界です。
 心(精神)と物質的身体を併せ持っている私達が生きている世界は、この物質的世界です。
 では、精神世界から物質世界が誕生しなければならなかった因果必然的な理由はどこにあったのでしょうか?
 これは、物質をして物質たらしめるのは ヒッグス粒子の働きによる、という以前の問題です。
 何故、物質世界は、「定数」の名で知られている最小単位からはじまっているのでしょうか?
 ・・・・・・・
 何故、ヒトは、(輪廻)転生を因果必然的に繰り返すのでしようか? この仕組みは?
 ・・・・・・・
 創造主である神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みの中で私有財産制の因果必然的な根拠は何処にあるのでしようか?
 ・・・・・・・
 これらのことを考えるヒント/手掛かりは、何処にあるのでしょうか?
 一般法則論では二つしか考えられません。
 一つは、この世界は、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ天然自然の存在の創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分きで出来ている、という哲学的つまり根源的かつ根本的原理的認識事実です。
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働き以外のものでは出来ていないのですから、この枠内だけで考えれば良いことに論理必然的になります。
 考える私の心はこの世界の成り立ちと仕組みを造ったΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きと一つ同じものだと既に分かっています。
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きは、この世界の成り立ちと仕組みを全て造った存在ですから、この世界をどのようにして造ったかΩ神の所には完全な知識があります。
 そこで、Ω神に聞けばこの世界の成り立ちと仕組みのことは、全て完全に分かるはずです。
 そして、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きは、絶対的無意識の存在です。
 私達の心は無意識+意識のある心で出来ています。
 無意識/潜在意識は万人と万物が共有するΩ神の絶対的かつ普遍的な潜在意識/無意識とヒト各人毎に異なるこの世で生きた経験の記憶が無意識化/潜在意識化したものから出来ていますが、ここではΩ神の絶対的かつ普遍的な無意識/潜在意識の意味です。
 起源的にはΩ神の心が私達の心になっています。
 そして、絶対的無意識/潜在意識の心であるΩ神の心が、進化の過程をへて、潜在意識/無意識の一部が私達の意識のある心になっている訳です。
 そこで、Ω神がこの世界の成り立ちと仕組みをどう造ったかは、Ω神の無意識の心を意識化をすれば良いことになります。

無意識/潜在意識の意識化の究極の形は、いわゆる悟りの体験です。これが私達の本当の知識即ち真理になります。(20111118挿入)

 この世界の成り立ちと仕組みを認識し理解することは、ヒトの意識のある心のみが良くするところです。理性的に合理的にまた科学的にこの世界の成り立ちと仕組みを認識し理解しその真偽を検証することができる働きをするのも、ヒトの持つ意識のある心の働きです。
 ところで、Ω神の無意識/潜在意識にある情報を意識化するに当っては、エラー/間違い/錯誤/妄想がしばしば付き纏います。
 これを乗り越えなくてはなりません。
 また、真偽の検証も欠かせません。
 こういうわけで、無意識の意識化は一筋縄にはいかないのです。
 それでも、とにかくこの世界の成り立ちと仕組みをΩ神に聞いたつもりのことを、ここに明らかにしようと思います。
 ・・・・・・・・・・
 私は一般法則論者を名乗って、この世界の成り立ちと仕組みを造っている根源的な原理を考え明らかにすることが使命の一端の哲学者の積もりです。
 しかし、我が敬愛する師匠の前に出ると至らなさを強く感じます。
 この考察で、本物の哲学者として師匠の前で少しは胸を張ることが出来るようになったかな、と思います。

   
 例により、誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。

(20111118  訂正と挿入あり) 

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お久しぶりです

2011-11-05 18:16:08 | 余談
 ご無沙汰しております。
  皆さまお久しぶりです。
  お変わりありませんか?
私は変らないどころか、一途の思いをよりいっそう強くしております。
  お元気でお過ごしですか?
私は元気で、頭脳明晰を誇っております。
  但し、この先しばらく外出を控えています。

  ブログ一週間位したら再開したい。
  お休みしている間に、自分でも驚く発見や曖昧だった事が明確になるなど、色々ありました。
  このことは、順次ブログに書いていきます。

 よろしくお願いします。

  インターネットに久しぶりに繋がった日。
                     一般法則論者

 
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5-9-6-3 一般法則論者

2011-05-02 14:48:48 | 一口解説/一口メモ
i will come back soon!
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一般法則論の真偽や実用性等を検証して頂くこと カメさんのコメントに関して一言

2011-02-23 01:19:44 | 一般法則論
 一般法則論の真偽や実用性等を検証して頂くこと カメさんのコメントに関して一言

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○この文の目的
 カメさんのブログに私が一般法則論のブログを読んで下さいと書き込みしたので、カメさんのブログの中と、ここにコメントを頂きました。
 この意味は、皆さんに一般法則論の真偽と実用性等について検証して頂く必要性がある、ということです。

○カメさんのコメント
 まずは、カメさんのコメントについて確認します。
 
 カメさんのご自身のブログでのコメント。
(一般法則論者さん)、有難うございます。
 仰せの事について理解は出来ますが、神の世界は人間の世界では無いので、人間の世界では人間の話をすれば道理は適うと私は思って、ブログで神の話を書いています。
 貴方は私のブログを読んでコメントして頂いたでしょうか。私がどんな事を書いているかを知ってコメントして頂いたでしょうか。
 これが人間の世界のコメントです。
 人間の世界には神はいません。
 2011/2/20(日) 午前 7:21 [ カメさん ]                     

 一般法則論のこのブログへのカメさんのコメント
 読ませて頂きましたが、先ず第一印象としては特別珍しい話ではないと思いました。15:52 2011/02/20
 私も創造主としての神を信じていますが、これまでにいろいろ思いを書いて来ましたが、結論としては無駄な努力でした。
 人間は神ではないので、自分が神になって人間の世界の道理を悟り、それを発信する事なんだと最近は思っています。
 神である事は間違いない事実ですが、それは個々の人の思いであり、人間は誰も神や仏、そして自分と言うモノを肉眼で見た事も無いでしょう。
 人間に観える世界で生まれて生きて死んで行く道理を話す事せば、人間の頭で理解できると思います。
 神は神思う心の中に生まれてくるモノであり、思わない人に神を説いても、その人も神に生かされている人ですから、神の話を説いて対立するのであればその行為を止めるべきです。
 私も貴方と同じような押し付けのコメントを書いて他者のブログで迷惑がられました。

○私達が生まれ住んでいるこの世界の成り立ちと仕組みについて根本的に異なる見解
 カメさんと一般法則論者の私とでは、私達が生まれ住んでいるこの世界の成り立ちと仕組みについて、根本的に異なる認識と理解をしています。
 例えば、カメさんは、「神の世界は人間の世界では無い」し、「人間の世界には神はいません。」と言われます。
 カメさんも神の存在証明を試みられたようですが、一般法則論のような、仮令一般法則論的な天然自然の存在の創造主である神の存在証明は絶対に認めないといわれる方々がおられても、それでもなお自然科学が認める「慣性の法則」が持つ属性に基づいた、これ自体で客観的に唯一・絶対・普遍的にかつ不変的に実在する、誰かヒトがでっち上げたのではない天然自然の存在の創造主である神の存在証明は出来なかったようです。
 しかし、一般法則論では、私達が生まれ住んでいるこの世界は、天地創造の最初から丸ごと神の世界=Ω神の世界=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られた世界であり、Ω神の天地創造の目的とこれを実現するΩ神の天地創造の理法に絶対的に支配されている世界です。
 端的に言えば、私達ヒト(宇宙大では宇宙人一般)が生れ住んでいる世界は、最初から最後まで、この世界の何処に行っても、神の国の中にあります。
 Ω神の世界の中で、全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒト(宇宙大では宇宙人一般)です。
 そこで、全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、Ω神の化身かつ分身の存在のヒトとして生きるように、Ω神によって定められています。
 しかも、Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒトとして生きるのを容易にするため、Ω神は、Ω神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みを丸ごと活用して生きる「ヒトの生き方の原理」を定め、更にこれをハウツー化した「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法も用意してくれています。
 ヒトの生き方の原理+「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法は、俗に言う自然治癒力/自然回復力を自覚的に意図的に利用することを可能にし、例えばいわゆる「不治の病」など無いようにしてくれています。

 カメさんの世界観と人間観では、仮令、人/「自分が神になって人間の世界の道理を悟」っても、創造主である神の天地創造の理法に属し、これに任せたときのみ使うことが可能になる自然治癒力/自然回復力を最初から使うことは原理的に/自然法則的に出来ないことは明らかです。

○何事も世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)で出来ているこの世界の成り立ちと仕組みの全体の中に常に位置づけて考える
 今、ここにある、私達が生まれ住んでいる世界の起源は、世界Ⅰ存在のΩ神による天地創造の目的に始まりました。→上掲の一般法則論の世界観の図解参照。
 そして、世界Ⅳ段階で、今から137億年前のビックバン/天地創造をもたらした宇宙的大爆発により物質で出来た宇宙が造られました。
 この後、物質で出来た宇宙の中に、46億年前に太陽系ができて地球が誕生し、地球上での生命の誕生と進化、人類の誕生とこれに続いて各人の人生と文化・文明の誕生と進化が今現在まで続いていて、この中にあなたや私=一般法則論者が生まれて、今、ここに生きているわけです。
 このような世界の誕生の過程を、一般法則論では、「世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)」と略して表記しています(注記1)。
 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるという一般法則論の世界観の中で、ヒトの起源とその生き方の原理の決定は、世界ⅠのΩ神の所から始まった、と断言しています。
 世界Ⅰにその存在根拠と存在目的と存在理由のあるヒト(宇宙大では宇宙人一般)という存在の生き方の原理を知り、受け入れることは、言い換えると、無我、無心、無私になることを自分の生き方の原理することを意味しています。
 このブログでの私個人を押し出すのではなくて「一般法則論者」という言い方をしているのは、これを示しています。
 一般法則論では、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)とは何か、その生き方の原理は何か、実際にどうしらこの世で生きることができるのかを考えるときには、常に必ず世界ⅠのΩ神の所に立ち返り、Ω神が造っている世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)全体の中で考えます。
 しかし、例えばマルクス主義/共産主義のように、イギリスの産業革命の中で独自に発達した資本主義を資本主義の全てだと思い込んで、「資本家/資本主義に一方的に支配されるヒト」という、Ω神の化身かつ分身の存在のヒトに生まれているヒトの本質にはありもしない人間観をでっち上げて、資本家/金持ち一般を嫉妬し、資本主義を否定する革命理論を間違って作り上げた例があるように、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)全体を知らず、この中の自分がしばしば恣意的に選んだ宇宙史や人類史の一場面で、ヒトの本質や生き方の原理やこのハウツー等を説く間違いをする人たちが後を絶ちません。
 話が飛びますが、イスラム原理主義の悲劇は、近代化して成功した西洋キリスト教世界に遅れを取ったのは、自分達イスラム教徒による神への信仰の仕方が至らなかったのだと理解して、信仰熱心な方々が「イスラム復興運動」を大々的に始めてしまったことです。
 こうではなくて、西洋キリスト教世界がやったように、神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みを自然科学的に/自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きによって解明し理解することでした。

○天地創造の意図を最初から持つ創造主である神とこの神が造った世界に関する見解の「たたき台」としての一般法則論
 「私も貴方と同じような押し付けのコメントを書いて他者のブログで迷惑がられました。」とカメさん。
 一般法則論者の私は、他者(のブログ)に、一般法則論の世界観と人間観と神観念等を無理やり押し付けることをしたことはありません。
 一般法則論者がしているのは、比喩的に言えば「そら、あそこに、女優の○○○さんが来ています!」と指差ししてあなたに教えることです。
 このとき、あなたに、「そら、あそこに、女優の○○○さんが来ています!」という一般法則論者の私の言葉を鵜呑みにして信じて欲しいわけでも、その女優さんを指差すその指先を見て欲しいわけでもありません。
 あなたには、「そら、あそこに、女優の○○○さんが来ています!」という言葉で、あなたご自身で女優の○○○さんが本当にそこに来ているのかを確かめて欲しいわけです。
 これによって、「そら、あそこに、女優の○○○さんが来ています!」と指摘した一般法則論者の私の言葉の真偽や適否や確実性や信頼性等を確認して欲しいわけです。
 この意味で、「そら、あそこに、女優の○○○さんが来ています!」という一言は、自他共に、あなたと一般法則論者の私が一緒に、観察/観測/検証出来る事実や論理に基づいて客観的にその真偽や適否や信頼性や確実性を確かめるべき「たたき台」になるものになります。

○「たたき台になるものを提示する」という考え方の習慣は中学生のときから
 「たたき台になるものを提示する」という考え方は、私の中学生のときからの習慣です。
 私は、幼児のときから、それが何であるのかを説明できないけれども、自分が生れたこの世界は、自然の法則によって絶対的に支配されていて、何をするのでも自然の法則に則った正しいやり方や良いやり方をしなければならない、と生得的にというか本能的にというか、とにかく知っていました。
 言い換えると、何がそれをする正しいやり方であり、良いやり方であるのかの根拠は、私にあるのではなくて、万人にとって客観的な存在の自然の法則にある、という考え方を幼児の時から今の今までずっとしている、と言うわけです。
 正しさや良いことの根拠を自分に置かなくて済むことは、自分を客観視することを可能します。
 比喩的に言えば、「何を着てどんな格好をしていても私の正体/本質は私という存在として不変だ」と言うことを可能にしてくれることです。
 別の言い方をすると、自然の法則には根拠が無い、ヒトの理屈がでっち上げた「踏み絵」を仮令踏んでも何ちゅうことは無いといえることです。誰も「踏み絵」と無理心中しなくて良いわけです。
 お見合いパーティに参加して、声を掛けた相手に仮令百回お付き合いを断られても、それで「自分の人格的存在まで否定されたような気持ちになった」と言う必要は無いわけです。
 しかし、何かをするときに、具体的にそれをする、自然の法則に確かな根拠のある信頼性と確実性のある正しいやり方や良いやり方は何であるのかはすぐには分からない/自明ではないのです。
 正しいやり方が自明ではないときには何を頼りにしたらそれが何かを見つけることが出来るのかも、私はずっと知りませんでした(注記2)。
 そこで、何がそれをする自然の法則的に確実で信頼性のある正しい良いやり方であるのかを探して、不安で落ち着かない気持ちで絶えず試行錯誤をしていました。
 言い換えると、自分のすることに確信と自信が常に持てなくて、二十歳過ぎても情緒不安定児でした。
 二十歳を過ぎてもなお情緒不安定児の私をよく支えてくれたのが、感謝しきれないほどの恩義がある、大学のサークルの友人たちでした。
 こういうわけですから、友人や仲間と何かを一緒にする場合には、自然の法則に根拠のある、何がそれをする正しいやり方や良いやり方であるのかを知る/発見する過程で、正しい/良いと考えるやり方をたたき台として自分も出すことを義務のように感じてきました。
 そして、中学生1年生のある日、父母の前で私としては「たたき台」の積もりで出した物(これが何であったのかは思い出せません)が、「お前はそんなトンでも無いことを考えているのか!!!」と言われて、本当に困ってしまったことがあったものです。
 この中で、そのとおりにすればひとまず上手く行くことが保障されている「ハウツー物」があることを、幼児の時に知って、以来、ハウツー物が大好きになりました。
 また、いわゆる成功物語に好んで耳を傾けることが好きな人生にもなりました。
 ハウツー物や成功物語は、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法の実際の活用にも、基礎となり、前提になり、成功の確信にもなるものとして、今でも日常的にいつでも学ぼうとしています。

○たたき台となるものを提示するという自覚も意図も無い方々
 あちこちのブログを読みますと、そこで展開されている話の正しさの根拠を、自分が学んだ先生の学説とかご自身の存在や人格の正しさに置かれている方々が沢山おられるようです。
 そこで、自分の世界観や人間観とは異質の例えば一般法則論の話を書き込みされると、自分の人生の師としている先生を否定され、自分の存在や人格が否定されたと勘違いされて、書き込みは削除され、この後、「一般法則論」の話は書き込み禁止の設定になるのだ、と推測しています。
 また、ブログの中で展開している自分の主義・主張の真偽や適否やその有効性や実用性を、読者に広く一般的に絶えず検証して頂くということにも関心がなくて、「どうだ! 俺様の考えは凄いだろう!」式になる方々も少なくないようです。
 中には最初から書き込みは一切出来ないブログ等もあります。
 その方が大学の先生であると知ると、この先生は科学的な学問の仕方を未だご存知では無い、と断じたくなります。
 つまり、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)がこの世で幸せに生きる為の大前提になっている、Ω神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みの解明のために、古代ギリシャの哲学者や釈迦やイエス・キリストやムハンマドに神のことを教えた大天使やノーベル賞を頂くような科学的な大発見をした人たちなどの有名人を含む全人類がこれまで総掛かりでやってきた試みに貢献し役立つ何かを自分も提供して、その真偽や有効性や実用性を皆に吟味してもらう、という意図/目的が最初から無いのです。
 また、指摘されて自分は役に立たず違ったものを提供していたと知ったら、それを引っ込める勇気も無いようです。

○究極の万物理論/永遠の哲学としての一般法則論
 はっきり言いますと、この世界の成り立ちと仕組みがどうなっているのかに関して、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きだけで全て解明しようとしている一般法則論を超えることは難しいですよ。
 「オッカムの剃刀」という言葉があります。
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神、自然法則、エネルギーの3語でこの世界の成り立ちと仕組みを解明し説明し尽くすという一般法則論は、これ以上の単純化は意味が無いほどの話の単純化をしています。

(天地創造の目的を最初から持つ創造主である神、自然法則、エネルギーの三語で済むわけ)
 自然法則とエネルギーは、自然科学が物質世界の成り立ちと仕組みを説明するために使う基本的な概念です。
 ヒトが観念的にでっち上げた存在では無い天然自然の存在の創造主である神は、元々天然自然の存在として知られている自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きが持つ「慣性の法則」性から論理的に自動的かつ必然的にその存在が導きだされる存在です。
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神、自然法則、エネルギーの3語が揃うことによって、自然科学が解明している物質世界だけでなく、精神世界も同じく解明することができます。 

 Ω神の自然科学的な存在証明だけでなく、ヒトの心の起源と中身を解明するいわゆる「心の哲学」に関して、それがΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ていると断言できる哲学に到達できるヒトには、いわゆる悟りの体験が必要不可欠です。
 ヒトの存在根拠と存在目的と存在理由とヒトが生まれ住むこの世界の成り立ちと仕組みはヒトの生活基盤になるものであることを、一般法則論では客観的にかつ一義的/一意的に明確にかつ確定的に説明しています。
 今、天文学で話題なっている、暗黒物質/ダークマターと暗黒エネルギー/ダークエネルギーの正体の解明では、この世界の成り立ちと仕組みがΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ていて、かつ、Ω神の存在とその役割、自然法則の働き方の原理、エネルギーの起源と役割、Ω神と自然法則とエネルギーとの関係等について自覚的な知識が無いと不可能と申し上げて良いでしょう。

○まとめに代えて
 一般法則論の真偽と論理的な首尾一貫性、説明の仕方、話の持っていき方の適否、その有効性と実用性等を、あなたも吟味してください。
 特に、問題は、ここで私が説明することと、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで説明している一般法則論との整合性です。
 一般法則論に未だ統合されていない考えを自覚も無いままに間違って一般法則論の一部として説明しているかも知れないからです。
 具体的な例で言えば、ピーマンが嫌いなヒトの話をここで力を込めてしたものですから、気がついたら、私自身もピーマン嫌いになってしまったのですが、「ミイラ取りがミイラになってしまった」訳ですが、この例は、日の丸を日本国の国旗と認め、国歌「君が代」を歌うことは自分の思想と良心の自由が侵されるという主張が、比喩的に言えば「聖人を直接みたら目が潰れる」という迷信や「怪物メドウサを見た人は石になってしまう」(ギリシャ神話)式の迷信に等しいものだと2011年の建国記念の日の文に書いたことと、私の心の中の何処かで矛盾しているものがあるから発生したものだと分かります。
 それでも、一般法則論は一般法則論としてこれ自体で正しい! と言い張れば良いのでしょうか・・・。
 
 一般法則論の真偽と論理的な首尾一貫性、説明の仕方、話の持っていき方の適否、その有効性と実用性等について、あなたの吟味を改めてお願いします。

○注記1 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)は現代の文明国人の常識的な宇宙観/世界観の枠組みの中に収まる
 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)と略記した一般法則論の世界観は、現代の文明国人の常識的な宇宙観/世界観の枠組みの中に位置づけて理解することができるものです。
 現代の文明国人の常識的な宇宙観/世界観の枠組みとは、既に科学的に学問的に明らかにされている、大雑把に言えば、ビックバンによるこの宇宙の誕生→太陽系と地球の誕生→地球上での生命の発生と進化→人類の誕生→人類の文化・文明の誕生→今、ここに生きているあなたや私の存在とその人生という過程のことです。
 注記1の終わり

○注記2 正しいやり方が自明ではないときにはどうしたら良いのか?
 正しいやり方が自明ではないときにはどうしたら良いのか?
 今ならば、それは、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法にあることを客観的にかつ一義的/一意的に明確にかつ確定的に知っていて、この通りに確信と自信をもって出来ます。
 もちろん、これが良くできるようになるには試行錯誤を伴う練習/修行で経験を積むことが必要です。
 その内にこれをするコツが分かって、例えば、おらが村の伝統芸能の資料館を作って、これと共に村の伝統芸能を後の世まで生きたままで残すために、おらはどうしたらよかんベーか? というような着想が自然にできるようになり、実際にこれが出来てしまうことになります。
 注記2の終わり


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
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「マヤの予言が嘘だと断言出来る根拠の再確認」2009-07-14 05:28:38 へのコメントのこと

2011-02-20 01:29:44 | 悟りの体験
 「マヤの予言が嘘だと断言出来る根拠の再確認」2009-07-14 05:28:38 へのコメントのこと 

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対                     


 「マヤの予言が嘘だと断言出来る根拠の再確認(2009-07-14 05:28:38)」にコメントを頂きました。

 なお、「マヤの予言」関して、一般法則論よる最初の見解は、「マヤの予言は嘘」 2009-07-12 05:17:52 でした。


  Unknown (苺実)さんのコメント 2011-02-18 22:59:50

 根拠的に分かる方をずっと探してました。
 不安で不安で仕方がなかったんです・・・・
 まだ楽しく過ごしていけるんですよね・・
 何だかスッキリしました。

 繰り返して言いますが・・・・・
 本当に大丈夫です。
 この世界の創造主であるΩ神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みは絶対的に信頼できます。

 Ω神自らの完全完璧な化身かつ分身の存在のヒト(宇宙大では宇宙人一般)を無限に造りだして、時代と地域を越えて、その一人ひとり生まれて様々な人生を歩んで楽しみ遊びたいと意図して、先ずヒト(宇宙大では宇宙人一般)の生まれ住む生活基盤/インフラになる物質世界を造り、これが完成してからヒト(宇宙大では宇宙人一般)をそこに置いたΩ神としては、地球を例に取れば、全てのヒトがΩ神の化身かつ分身の存在のヒトとして本当に生きることができる「地上の天国」/「地上の神の国」が実際に生まれる前に、ヒト/人類を滅ぼしてしまう計画は、この世界の成り立ちと仕組みの創造主であるΩ神の天地創造のプログラムの中には最初から一切全く存在していないのです。

 この別の現れの例は、ヒトの身心に生得的に備わっている俗に言う「自然治癒力/自然回復力」です。
 こう申し上げると、次のよう反論される方がいそうなので、予め答えておきます。

 自然治癒力/自然回復力があるのに、結局病気でヒトが死んでしまうのは、自然治癒力/自然回復力が元々不完全なもので、頼りにはならない証拠にならないのか?

 この疑問に対する答えは、人類一般は、未だ自然治癒力/自然回復力を完全完璧に発揮させる霊的な技術をマスターしていないだけでなく、このような霊的な技術があることについてさへ、一般的に、無知であり、不勉強であり、無理解なのだ、ということです。
 この一般法則論のブログでは、自然治癒力/自然回復力を完全完璧に使いこなすのに必要不可欠な基礎的な知識の解明を試みています。
 即ち、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られている世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の成り立ちと仕組み、ヒトの存在目的と存在理由、また、ヒトがΩ神の化身かつ分身の存在のヒトとして生きるための「ヒトの生き方の原理」とこれをハウツー化した「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法の話など。

 Ω神は、ヒトとヒトが生まれ住むこの世界の成り立ちと仕組みを造るに当って、自他共に絶対肯定の立場で、全てを完全完璧に造り、この後も、無時間で無空間の「永遠に、今、ここしかない世界Ⅰ」に常在して、自らが造った全世界を永遠の相の下で絶対的に支配し、その完全完璧さを維持し続けています。
 この世界は、Ω神を手放しで信頼してΩ神に委ね任せることが出来ます。

 全ての存在が、特に自分にとってとても大切な人たちが、Ω神の絶対的な支配下にあって、彼等の生命・身体・自由・財産そして名誉/尊厳の全てが、Ω神により絶対的に絶えず守られている、と断言できることは、とても有り難いことです。

 但し、全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒトそのものの存在です。
 即ち、全てのヒトは、その一人ひとりがΩ神そのものの存在です。
 この事実を、この真理を仮令知らず理解できなくても、ヒトがこの世に生まれる前から絶対的にこうだと決まっているこの真理から誰も逃れることはできません。
 従って、ヒトが、自らの存在根拠と存在目的と理由を知らず、理解せず、この世界の全てを造り支配し動かしているΩ神とΩ神の理法の全知全能さを頼りにせずに、本来本質的に何の頼りにもならない、例えば父母やお金や他人や権力や政治や例えば平和憲法やマルクス主義/共産主義などの思想やΩ神とΩ神の理法について未だ知らない宗教や「フェイスブック」などを頼りにして生きようとすれば、これらがΩ神とΩ神の理法の働きに取って代わってしまうことになり、結局生きることに行き詰ることになります。

 マヤの予言についてコメントを頂いたことに感謝します。


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
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天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的な存在/実在に関するメモ

2011-02-15 05:05:10 | 一口解説/一口メモ
 (私達にとって)天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的な存在/実在に関するメモ

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○この文の目的
 この文では、この一般法則論のブログの中で使っている、「天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的に存在/実在」とは何かについて、念のため確認しておきます。

 何が「天然自然の客観的・・・な存在であるのか」が問題になるのは、あなたや私にとっての意味です。宇宙大で言えば、ヒト一般、宇宙人一般にとっての天然自然の客観的・・・存在の意味です。2011年2月16日追記

○「世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)+いま、ここにいるあなたや私」からなるこの世界の成り立ちと仕組みの中に位置づける
 天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的な存在/実在とは何かを考えるときにも、一般法則論では、「世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)+いま、ここにいるあなたや私」の中に全てを位置づけて考えることになります。

○世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)はあなたや私の存在よりも先に存在している事実の確認
 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)については、上掲の「一般法則論の世界観の図解」の中で説明している通りです。
 そこで説明している事は、あなたや私は、既にこの世界に時間的にも論理的も物理・化学・生物的自然法則の観点でも先に存在している世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の中に生まれた、という事実です。
 これを、素朴実在論という事にしました。
 この素朴実在論を、あなたや私が認めず、承諾せずに、あなたや私の存在に先立つ物は何も存在していなかった、と考えると、これまで哲学者たちがやってきたように、一人一説の妄想的な哲学論なります。
 もちろん、一般法則論は素朴実在論を一般法則論的な説明の大前提にしているわけです。

○素朴実在論を大前提にして「天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的な存在/実在」を定義する
 天然自然の客観的で絶対的で普遍的で不変・不動的な存在/実在、と一般法則論で言うときには、常に必ず素朴実在論を打前提にしています。
 天然自然の存在の意味は、第一に、素朴実在論から言って、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)が作った存在ではない意味なります。
 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の中では、天然自然の存在とは、常に必ずΩ神=世界Ⅰ(~世界Ⅲ)が造った物です。
 第二に、天然自然の存在は、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の中に誕生した全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)に時間的にも論理的も自然法則的にも先立って造られて存在している、という意味になります。
 そこで、上の第一と第二を言いえると、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)は、この世界の存在を大前提にして生まれてきた全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)とって、客観的に、絶対的に、普遍的に、不変・不動的に実際に存在している、ということになります。

 同義語反復的な話をしました。

○余談1 積雪
 2011年2月14日~15日に掛けて、東京、名古屋、大阪、奈良に道路に積もるほどの雪が降りました。
 この中を、外出される方々は、足元に十二分のご注意をしてください。
 余談1の終わり

○余談2
 前文の「今日(皇紀2671年/平成23年/2011年)2月11日は日本国の建国記念の日」ついては説明不足の部分を補うつもりです。
 余談2の終わり

○余談3 「<妊娠>日本の知識、最低水準 「子ども欲しい」も低く 毎日新聞 2月14日(月)21時34分配信」
 ヤフーのニュースをみたら、このような物が掲載されていました。

 「日本人の妊娠に対する知識が、国際的にみて低い水準であることが、英カーディフ大などの調査で分かった。「子どもが欲しい」という欲求が低い傾向も明らかになった。調査責任者のジャッキー・ボイバン教授は「知識不足や育児への負担感が、日本の出生率の低さにつながっている可能性がある」と分析している云々。
 ご参考までに
 余談3の終わり

 余談4 ハチクイ(鳥)の結婚の儀式はカワセミと同じでした 2011年2月16日追記
 NHKの日曜日の番組「ダーウィンが来た」の中で、2月13日は、アフリカのザンベジ川の川岸の地中に穴を掘って繁殖するハチクイ(南紅ハチクイ)という鳥の生態を紹介していました。
 ハチクイの名は、蜂を好んで捕食することから名づられているそうです。
 このハチクイが番になる儀式、即ち、考えてしたらとても複雑になる結婚相手選びを簡単に効率よくする本能的な行動様式を、カワセミと同じやり方でしているのを知りました。
 カワセミの場合は魚でしたが、ハチクイでは、それが蜂でした。
→一瞬にして恋に落ちる原理による結婚は本物であるとは(必ずしも)いえない その1 2010年6月8日文参照
 この文では、ヒトもカワセミの結婚相手選びと同じ本能的な行動様式を持っていることを指摘して、これに騙されずに、結婚相手は、自分がその相手との間に子孫を本当に残したい相手かどうかを自覚的に意図的に判断して選ぶものだという話をしています。
 余談4の終わり


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今日(皇紀2671年/平成23年/2011年)2月11日は日本国の建国記念の日

2011-02-12 06:57:49 | 皇室
 今日(皇紀2671年/平成23年/2011年)2月11日は日本国の建国記念の日ですが・・・

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対 


○この文の目的
 建国記念日に当り、一言あるべきところです。
 日付が替ってしまいましたが・・・。

○雪の建国記念日
 今日(皇紀2671年/平成23年/2011年)2月11日は、日本国の建国記念日です。
 大阪も奈良も名古屋も東京も雪の建国記念日でした。
 私は、日本国独自の年号である、今現在の日本国が、2671年前の神話の「神の国」の存在に始まって現在まで建国の何年目になるかを示す皇紀で、2600年目という切りの良い年の生まれのものですから、今年が皇紀で何年になるのかの計算が簡単にできます。
 なお、NHKのテレビニュースは、午後零時、午後7時、午後九時の中で、本日が建国記念の日であることは、一言も言及しませんでした。
 陛下の心臓病に関する話は、診断した医師団の見立ての通り、心配は要らないでしょう。

○朝まで生テレビでの議論
 先日のテレビ朝日の「朝まで生テレビ」でも取り上げられていたのは、国とは何か、天皇家とは何か、国旗と国歌とは何か、国を守るとは何かなどでした。

○国の要は国民の生活基盤として大切な領土を守ること
 国とは何かに関しては、その領土が国民皆の物理的な生活基盤になるという意味で、国土を外国の侵略から守ることが要になります。
 最近は、自国の領土内にある「生物資源」や「希金属」の囲い込みを行なうことを国家戦略にするのが、国家防衛の常識になりつつあります。
 しかし、この視点からの議論が「朝生」では抜けていました。
 というよりも、国民にとって国土の存在目的が何かについて、特に堀江貴文氏や東浩紀氏は全く理解していないようでした。
 東氏は、対馬や尖閣列島を日本の領土として守るか守らないかは、自分がそこに愛着を持つかどうかが判断基準になる、と言います。
 自分が行った事も無い所に愛着は持てないと東氏。
 堀江氏にいたっては、日本国が沖縄を中国にやるといっても中国がそんなものはいらないと言うと発言するなど、中国の動きについて無知ぶりの極みというか、殆ど中国の工作員みたいな発言を繰り返していました。
 堀江氏と東氏は、日本国が外国/中国に侵略されても地球大のインターネットやフェイスブックなどに参加している人々がそれを許さず非難の声を挙げるから、それを止めさせることが出来るとまで言い張っていました。
 お二人は、中国が周辺の小国に住む民族を勝手に中国人だと決めて併合し、更にチベットやウイグルを自国の領土だと攻め込んで民族浄化のような事をしている事実や、他国に属する南沙諸島を実力で占領して自国の物にし、尖閣列島と沖縄を勝手に自国の領土と決めて実力で取りに来ていることを知らない振りをしています。
 もちろん、国土と領土の維持・管理と防衛は、日本国やその国土/領土に対する好き嫌いや愛着の有無に基づくのではなくて、日本国に国民として住む者たちの必要不可欠な生活基盤を維持するためにあるわけです。
 いま、外国の人、特に中国人によって、例えば北海道の水資源があるところを狙って山林を買っていることについて、危機感を持ってこれを防ぐための法律を作るために活動している自民党の代議士もいます。早くこの法律の成立が望まれます。
 このような考え方/発想は、縄張りを生活基盤にしている生物の本能に属するものです。
 縄張りを生活基盤にしている生物では、生存のための食べ物の確保と自らの生殖活動と子育てのために必要な縄張り抜きには生存できません。
 ヒトの場合には、自国の文化・文明の独自性を守ること(平和憲法だって日本国が存在していての話)や日々の生活の安穏を守るためにも、主権が行なわれる国民皆のものである領土・国土の存在は必要不可欠です。

○国旗と国歌を自らの思想と良心の自由に基づいてこれを認めるのを拒否するという学校の先生方の話
 日本国の国歌と国旗に関しても、これを認めると自分の思想と良心の自由が侵され、それが傷つくと言い張っている先生方がいます。
 文部省が決めた学習指導要領で、学校で生徒等は国歌を覚え、国旗を尊重するように、先生方は教えて、と決めている事を東京都は受けて、学校の行事等で国歌を歌い、国旗を掲揚するときには先生方は率先して範を示すようにと通達を出したのに、これに従わない先生方を東京都が処分したのは、各人の思想と良心の自由を侵害する不当な処分だと裁判に訴えていることについて、「朝生」での議論は、処分を受けて裁判を起している先生方の言う各人の思想・良心の自由がそもそも存在しうるのかについて、何も哲学的な考察をせずに、思想・良心の自由を絶対的で普遍的な真理として受け入れていました。
 これは、「踏み絵」を踏んだら「転びキリシタン」になる、と間違って考えたキリシタンと同じ発想です(このとき、踏み絵を、踏む、踏まないは、内心の信仰心の有無などをお上は質したいのではなくて、キリシタンも徳川幕府の支配の秩序を認め受け入れることを示してもらうつもりの形式的な問題だったのだと聞きます)。
 しかし、もし、(日本国の)国歌と国旗を認めると自分の思想と良心の自由が侵され、それが傷つくというのならば、例えば、太陽の存在を認めたら直ちに焼け死んでしまわない理由を、万人が納得するように科学的に説明する責任を、教育の場では生徒の前でも裁判の場でも説明すべきです。
 面と向かって、誰かにあなたが、「お前は馬鹿だ! トットと死んじまえ!」と言われたら、あなたはその人に言われたとおりに自動的かつ必然的に馬鹿になり、即座に死んでしまいますか!?
 他人の言葉であなたの生死が絶対的に自動的かつ必然的に決まってしまう自然法則的な原理がある、とあなたは常日頃から思い込んでいますか!?
 あなたが嫌いな例えばピーマンや葱を、あなたの隣にいるヒトが食べていたら、あなたは、自分の感情が害され、耐え難い苦痛を味わい、「他人が嫌いなことはするな!」の原理に基づいて、あなたの隣でピーマンや葱を食べている人に向かって、それを止めさせる道義上の、更に進んで法律上の、遡れば憲法上の権利に基づいて要求する権利がある、と思いますか?
 実際に、ヒトの頭を先に殴っておいて、殴られたヒトに反撃されそうになると、自分の身心の安全が脅かされようとしている! 私の人権を守れ! と騒ぐ人たちがいます。「私の人権を守れ!」と先に言った者勝ちが裁判所でも通用するらしい。
 思想と良心の自由があると主張する人たちは、太陽の存在を認めたら、その表面温度でも六千度もある太陽の熱で自動的かつ必然的に即座に焼け死んでしまうので、生れて以来一度も太陽を見たことが無いし、その存在さへ認めたことがいないのでしょうか?
 しかし、このようなことは絶対に起らないわけです。

○自分が気に食わない存在を「思想と良心の自由」を楯にして無視し差別し排除することを求めている
 自国の国歌と国旗を、思想と良心の自由を理由に、認めないと言い張る人たち。
 この人たちの論理は、自分が気に入らない存在は何でも、自分の「思想と良心の自由」を絶対化し、これを楯にして自分たちの前から一切否定し差別し排除しようというものです。
 この意味で、これらの人たちは、「人権」無視の反社会性が強い人たちだということができます。

○ヒトが持つ心の絶対的な超越性と神聖不可侵性
 太陽を見ても、太陽があると認めても、これをしたヒトの心は太陽その物になり、そして絶対に燃えてしまう、ということは常識で考えてもあり得ません。
 このようことがもし本当にあるのならば、太陽を始めとする恒星の内部を研究する科学者たちは皆焼け死んでいます。
 このような事が絶対に起らない理由は、ヒトが持つ心の物質世界からの絶対的な超越性とこれに自動的かつ必然的に伴う神聖不可侵性にあります。
 ヒトの心の起源は、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の成り立ちと仕組みの中で、因果必然の自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きが支配している、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)とヒトが生まれ住む物質世界の成り立ちと仕組みを絶対的に超越して存在している精神世界の世界Ⅰ存在のΩ神の所にあります。
 そこで、あなたや私の心は、因果必然の法則が絶対的に普遍的に不変的に支配している世界Ⅳ~世界Ⅶ(+Z)の世界を、絶対的に普遍的に不変的に超越して常に存在し、常に働くことができるようになっています。
 これは、仮令、世Ⅳ~世界Ⅶ(+Z)の世界の中で例えば何かの病気に罹っても、世界Ⅰ~世界Ⅲの世界に立ち返り、病気を自動的かつ必然的にリセットして治すことが出来る霊的な原理/自然治癒力/自然回復力の原理となっていて、実際にこの理屈をよく理解したヒトならば、自分で自分が罹った病気を治す形で確かめることができます。
 この世界の成り立ちと仕組みの唯一・絶対・普遍かつ不動の創造主であるΩ神の所には、この世界の成り立ちと仕組みが造られた目的と原因とこれを実現する天地創造の原理があります。
 この実際の意味は、例えばこの世の富の起源は、全てΩ神の所にある、ということです。
 この世(世界Ⅳ~世界Ⅶ(+Z))の富の起源は、全て、世界Ⅰ存在のΩ神の心の中に、Ω神の化身かつ分身の存在のヒトの心の中にある、ということになります。
 そこで、キリストは、ヒトに盗まれる可能性がある世界Ⅳ~世界Ⅶ(+Z)の世界にある蔵の中に積むのではなくて、誰にも盗まれることが無いΩ神の所、即ち、Ω神の心をヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心に生得的にしているあなたや私の心の中に積みなさい、と教えたわけです。
 そして、Ω神とヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心の働きは、Ω神の天地創造の原理によって自動的かつ必然的にこの世で形になることに決まっています。心に富を思う/積む場合についても同じです。
 そして、この逆ではありません。
 目の前に自分の物である現金が山と積まれた状態をみて、初めてヒトの心に豊かな富という観念/考えが生れるのではないわけです。
 目の前に山と積まれた現金は、あなたが最初に心の中で自分の物として当然に持つことが出来る豊かな富の存在を信じて受け入れた原因設定の因果必然の結果として存在することになったものです。
 私の記憶はあやふやですが、イエスは、物質的身体が殺されても、決して殺すことが出来ない魂をヒトに与えた神を恐れよ、という趣旨のことを言っています。
 上の話を理解してくださった方々は、イエスのこの言葉の意味が理解できるでしょう。
 また、ヒトの生命が存在しているのは世界Ⅰで、物質的な身体を失っても存続し得ることが分かるでしょう。

○唯物論者の間違い
 世界は、世界Ⅳ~世界Ⅶ(+Z)、即ち物質世界しか存在し無いと言う唯物論者のマルクス主義/共産主義を宗教の如くに信じる人たちや国旗と国歌の存在を認めることが自らの思想と良心を侵害すると裁判を起している先生方とこれを支持する弁護士や裁判官たちは、ヒトの心/自分の心とはどんな機能と属性をもっているのかを、例えば太陽を見、太陽の存在を認めたときに何が自分の心に生じているのかを意識化し、自覚したことが一度も無いのです。

○天皇家や国の存在を世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の全体の中に位置づける
 一般法則論では、この世の全ての事を世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の成り立ちと仕組みの中に位置づけて認識し理解します。
 この理解の下では、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の存在とその本質/属性の起源は、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の中の世界ⅠのΩ神の所にのみあります。
 これを、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、Ω神の化身かつ分身の存在と言っています。
 このことを素直に認める神道に基礎を置く天皇家の起源とこの赤子である私達日本国民は、この宇宙の仕組みにその存在根拠を持つバリバリに正統派の、地球という惑星に生え抜きの宇宙人です。
 実際にも、日本国は地球上で最古の国のようです。中華人民共和国や韓国や北朝鮮は、第二次世界大戦後に生れた国です。
 天皇家の存在は、社会的な差別の起源とか言い張る人たちがいます。
 しかし、実際は、天皇の赤子である日本国民/日本民族は、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の全体の成り立ちと仕組みの中で、Ω神から直接生れた天皇家の存在によってその存在根拠が明らかにされているのです。
 世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の全体の中に天皇家を位置づけて考えると、天皇家の地位は、現日本国民による民主主義的な総意によって認められているのでは無い!!! ということです。
 あなたや私だって、その生物学的なヒトとしての存在の真の起源は、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)の中で、世界Ⅴからでは無くて、世界Ⅰ存在のΩ神にあるのです。
 私達ヒト(宇宙大では宇宙人一般)は、あなたや私による民主主義的な手続きを経た賛成決議や同意や承諾など一切無しに、Ω神によって一方的に有無を言わせない形で造られ、この世に生れてきたのです。
 天皇家の存在も、同じです。 
 ましてや、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の起源一般について哲学的に考察する立場では、ヒトはΩ神から直接生れたというその最初の存在の天皇家から私達日本民族の起源が出発して、現在の天皇家と私達日本国民の存在に建国の最初から途切れることなく続いている、というのは、人類史上殆ど奇跡的な歴史ということになります。
 この意味でも、天皇の存在は、国民の総意などとは一切無関係にそれ自体で永遠に日本国民の象徴であり統合の象徴です。
 言い換えと、歴史的な事実に属する天皇家と国民との関係は、唯物論に基づき、世界Ⅵから始まる人類史を解明する実証主義的な歴史学にのみ基づいてその真偽が決められるべきだという考え方は、採用できないことになります。
 なぜならば、人類の本当の歴史は、世界Ⅰ存在のΩ神の所から始まるのですから・・・。
 以上の意味で、大東亜戦争に日本が負けたときに、国歌も国旗も当然に別の新しい物に取り替えるべきだったという朝生の中での田原総一郎氏の主張は必然性が全く無く、受け入れることはできません。

○心の起源と中身
 これまでの話は、私の心の働きに基づいています。
 では、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)一般が持つ「心」の起源と中身は何か?
 この答えは、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心は、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られているこの世界の成り立ちと仕組みを認識し理解し、この世で自らの生き方を選択し決めるためのいわば道具であることにある、と言うことになります。
 Ω神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みは、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ています。
 そこで、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心は、同じくΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ていなければなりません(注記1)。
 これによって、原理的には、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ているこの世界の成り立ちと仕組みを、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心は、完全完璧に認識し理解できることになります。

○注記1 ヒトの心の中身の発見
 ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の持つ心が、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働き造られたこの世界の成り立ちと仕組みを理解することができるとすれば、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の心も同じくΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ていなければならないはずだ。
 この発見の直接の源は、中学生になって初めて英語を学び始めたときに、「英語は英語でしか分からない!」と知った体験にあります。
 これには、これに先立つ体験があります。
 一つは、小学生のある日、今でも聴くことが出来る、当時は810kHzで受信できた、FEN=駐留軍向けの英語の放送を聴きながら、全くチンプンカンプンの言葉をどうしたら理解できるようになるのだろうか・・・と深刻に考えたことです。
 今一つは、同じく小学生のときですか、家の裏側に住んでいたイギリス人ロートンさんのオンリーさんの女性が、ある日、髪の毛を振り乱し、紫のガウン姿で、電話口で「日本語で話しなさい!!!」と殆ど悲鳴のような声を挙げているのを、その姿が見える家の遊んでいて、何かとても哀れに思ったことがあったことです。英語を話す人を相手に、英語が分からず話せないということは、こういうことになるのだ・・・とこの時も深刻に受け止めました。
 そして、この二つの先立つ体験があって、中学生になって英語を習いだしてすぐに理解したのが、「英語は英語でしか分からない」という事実です。
 この後、ラジオの原理とこの実際の仕組みは、ラジオその物の原理とその実際の仕組みでしか理解出来ないことを知りました.
 この体験が一般化して、この世界の成り立ちと仕組みは、これを実際に造っているΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きでしか分りようがない! という発見になりました。
 更に、英語とラジオの原理がそうであったように、ヒトの心もこの世界を造っているのと一つ同じΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ていなくては、この世界の成り立ちと仕組みは分からないの発見になったわけです。
 一つの発見は、これを準備する事前の幾つかの体験が必ず先行しているものですね。
 注記1の終わり

○無意識の意識化
 この世界の成り立ちと仕組みを認識するとは、「無意識にあるものを意識化する」という仕組み/意味を含んでいます。
 そもそもΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きは、絶対的な無意識に属しています。
 意識のある心がこの世に存在するようになったのは、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の成り立ちと仕組みの中で、世界Ⅳ段階で、何処かの惑星上に生物が誕生してからです。これ以前は、Ω神の心を含めて、全て無意識の心しか存在して居ませんでした。
 そして、意識のある心は、(Ω神の化身かつ分身の存在としての)ヒト(宇宙大では宇宙人一般)の誕生によって完全完璧に完成したわけです。こうだと言える根拠は、悟りの体験の原理によって分かる、ヒトが悟りの体験をしてΩ神の存在を発見出るようになったことにあります。

 「神は、岩石の中では眠り、植物の中では目覚め、動物の中では活動し、人間の中では自らに目覚める」
 
 出所は古代インドのウパニシャッド哲学にあるらしい。
 「人間の中では自らに目覚める」という意味は、ヒトが悟ろうとして悟るのではなくて、道元禅師の言葉では、「仏の側から行われて」、言い換えると、Ω神が、悟りの体験をする準備の出来たヒトの心の中に、Ω神自らの情報を自ら公開することによって行なわれる、ということです。
 何かが「アッ! 分かった!」という私達の日常体験でも、この仕組み/構造は同じです。

 今一つの古代ウパニシャッド哲学から出たらしいものは・・・、

 「この世界は、神が、自らの身心を、自らが持つ理法に則って自己展開して造ったものだ」

 一般法則論は、私の悟りの体験に基づいて、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)からなるこの世界の成り立ちと仕組みを説明する形で、ウパニシャッド哲学のこの世界観の通りの説明をしています。

 Ω神の絶対的な無意識の一部が、生物進化の過程を経てヒト(宇宙大では宇宙人一般)の意識のある心になった訳です。
 この結果として、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ている絶対的無意識/潜在意識の全体を一気に意識化するのが、ヒトのいわゆる悟りの体験。
 少しずつ意識化するのを、その真偽を実験等で検証しながら確実に着実に行うのが、実証的な学問一般。特に自然科学。

○まとめ
 建国記念の日にあたり、一言、三言意見を述べました。
 ご検討をお願いいたします。

○追記 エジプトのムバラク大統領が辞任を表明
 12日の日本時間午前1時のNHKラジオのニュースで、エジプトのムバラク大統領が辞任したと、副大統領のスレイマン氏が発表したと伝えていました。
 これで、エジプトは平常の秩序を取り戻すと良いです。
 追記の終わり


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
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ホーキング博士の間違い   重力は天地創造の原因では無い  加筆追記あり

2011-02-10 03:02:49 | この世界の成り立ちと仕組み
 ホーキング博士の間違い 重力は天地創造の原因では無い

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対


○この文の目的
 イギリスの物理学者、スティーヴン・ホーキング博士は、最新の著書の中で、「量子力学に重力の理論を組み合わせた最新の研究成果から、太陽系の地球に人類が上手い具合に誕生したような偶然の一致に見える現象は『創造主なしで説明は可能』、『宇宙誕生に神は不要』と主張している」そうです。
 イタリアのローマにあるカトリックの総本山のローマ法王庁は、創造主である神は存在しないと言うホーキング博士の説に落胆しているという話ですね。
 しかし、ホーキング博士の理論は間違っています。
 その間違いを、この文では(改めて)指摘します。

○博士も認めるビックバンによる宇宙の始まり
 ホーキング博士も、137億年前のビックバン/天地創造をもたらした宇宙的大爆発に始まった宇宙の歴史を認めています。

○ビックバンが起った瞬間に関するホーキング博士の説明
 ビックバンによる天地創造の瞬間は、重力理論と量子力学理論のみで説明できるとホーキング博士は言っています。
 ホーキング博士も他の自然科学者と同様に、重力はこの世界の成り立ちと仕組みを(いわゆる創造主である神の存在なしに)自然に造り出す原因力がある、と言っていることになります。
 しかし、ここに大きな間違いがあるわけです。

○ビックバンの前に何があったのか?  哲学的な問い
 私達は、例外なく、既に存在しているこの世界(上記の「一般法則論の世界観の図解」の中で、世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)で出来ているこの世界の仕組みを説明しています)の中に生れてきます。
 既に存在しているこの世界の中には、自分の存在よりも先に存在している両親やご先祖様/一般的に言うと自分より先にこの世に生まれた他者の存在を含んでいます。
 私達全て(宇宙大では宇宙人一般)にとって既に存在しているこの世界は、この世界が造られた最初の瞬間に遡ることができます。
 そこで、私達が生れる前から存在していたこの世界の始まりにおいて、どのような目的/原因と原理によって、ヒトとヒトが生まれ住むこの世界が存在するに至ったのか? を知りたくなります。
 つまり、この世界の創造は、この世界が実際に造られるよりも先に、この世界が造られる目的や原因があって、この結果として行なわれたのだ、という考え方です。

○古代ギリシャの哲学者が言う「哲学すること」
 古代ギリシャの哲学者も、この世界の始まりにあって、この世界を創造した目的/原因や原理を問うたとき、この前提には、この世界は、原因→結果の因果必然の法則に支配され、この法則に則って事が起る、という経験則を直感的に知っていたに違いありません。
 そこで当然に、古代ギリシャの哲学者にとって、この世界を造りだした普遍的な目的や原理を探求し解明することが「哲学をする」という意味でした。

○慣性の法則に絶対的に従う因果必然の法則
 念のために確認すると、因果必然の自然法則は、これ自体で単独に存在し、これ自体で単独に働くことはできません。
 この性質を、物理学では、慣性の法則といいますね。
 因果必然の法則が働くためには、因果必然の法則の外に存在していて、因果必然の法則が実現すべき目的を与える存在を必要とします。
 これは、経験則でも明らかです。
 例えば、私達の周りには自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きが存在していますが、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きが勝手に自動的かつ必然的に働いて例えばテレビや冷蔵庫や携帯電話機を作ってしまうことは無い事実をご確認ください。
 テレビや冷蔵庫や携帯電話機は、これを必要としたヒトが、自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きにこれを作り出す目的を与えることで出来たものです。
 ヒトが使った自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きは、ヒトの存在よりも先に存在し、この世界を実際に造りだした法則です。
 そして、この世界を造りだすように命じた存在が自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きよりも先に存在していて、私達が知っている世界Ⅳ~世界Ⅶ(+Z)の世界を創造したわけです。
 自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きを天地創造の原理としてこの世界の成り立ちと仕組みを造った存在こそが、天然自然の存在の創造主である神であるわけです。
 
○今現在の天地創造に関する自然科学的な常識
 現在の自然科学的な常識では、この世界の始まりは、いわゆる宇宙的な大爆発/ビックバンだと言います。
 この後に、宇宙の進化→太陽と地球の誕生と進化→地球上での生物の誕生と進化→人類の誕生と進化→各人の人生と文化・文明の誕生と進化→いまここにいるあなたや私の存在とその人生が続きます。
 つまり、古代ギリシャの哲学者が知っていたこの世界は、現在ではビックバンの瞬間に遡ることになります。
 そこで、古代ギリシャの哲学者の問題意識を引き継ぐと、では、「ビックバンは、何の目的/原因で、どんな原理に基づいて行なわれたのか?」ということになります。

○素朴実在論を大前提に哲学する必要性
 私達が生れてきた世界は、私達より先に実在していたと認める立場を「素朴実在論」と名付けましょう。
 素朴実在論で認めるこの世界の存在は、偶然に出鱈目に造られているのではありません。
 私達の日常的な経験則でも明らかなように、例えば季節毎に確実に巡って来る自然現象があります。
 例えば春になると、雪が融け、サクラの花が咲き、ツバメが姿をみせるようになるなど。
 これを考えても、自然現象は、何らかの自然法則に支配されているのは明らかです。
 また、台所包丁を使えば何度試しても大根が切れるという経験則を知ることになります。
 素朴実在論は、この世界の成り立ちと仕組みを造り支配する自然の法則の存在も、私達ヒト(宇宙大では宇宙人一般)よりも先に存在していることを認めることを含みます。
 この自然法則が何かも、ヒトがそれは何かという前に既に決まっていて、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)に無条件で客観的に普遍的に絶対的に与えられています。
 これは、そこで発見の対象になります、ヒトが自然の法則なるものを勝手にでっち上げたり発明したりするものでは無くて・・・。
 全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)の存在に唯一・絶対・普遍的に先立って存在し、それ自体で客観的に絶対的に普遍的に在るように存在し、この世界を唯一・絶対・普遍的に支配している例えば万有引力の法則の存在とこの働きは、そこで、これをヒトが知る、知らない、認める、認めない、承諾する、承諾しない、理解する、理解出来ない等に一切関係なく、また、性別にも年齢にも民族の違いや話す言葉の違いや国籍の違い等にも一切関係なく、歴史的時代や地域や文化・文明や宗教信仰などの違いを超えて、(例えば万有引力の法則は)全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)に絶対的に普遍的に客観的に等しく働くことになります。この事実は、経験則でも確かめることができます。
 哲学する場合には、この素朴実在論を大前提にしないと、哲学者の数だけ一人一説の妄想の哲学理論を唱えることになります。

○哲学は万学の基礎であり第一学問
 今一度確認しますが、哲学するとは、古代ギリシャの哲学者が考えていたように、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)がこの世に誕生する前から既に存在しているヒト(宇宙大では宇宙人一般)という存在とヒト(宇宙大では宇宙人一般)が生まれ住むこの世界の仕組みが造られた目的、原因と、実際にこの世界が造られた原理を解明しようとするものです。
 この意味で、哲学は万学の基礎、第一学問(古代ギリシャの哲学者のアリストテレスの言葉)といえるわけです。

○この世界の成り立ちと仕組みについて未だ自覚的な知識の無い人たちの難題
 自然を支配する天然自然の存在の法則の存在について、特に因果必然の法則の存在について、日常生活の中で例えば包丁で大根を切り焚き火の火を見つめるような日常的に体験していることについて意識化し自覚的に受け止めて自分が今、何を体験しているのかを確認する習慣が無く、無知と不勉強と無教育と迷信のために、自覚的な知識として知らない人たちが今も人類の中に少なからず存在しているようです。
 自分が生まれ住んでいるこの世界が、自分の存在よりも絶対的に普遍的に不変的に先に存在していることを自覚的な知識にしていない人たちは、法律家や学者や現代の哲学者を含めて知識人と言われる人たちの中にも沢山いますね。
 例えば日の丸の国旗を認め、国歌「君が代」を歌うと自分の思想・良心が傷つくという迷信的なトンでも説を信じている左翼の唯物論者の人たちはこの実例。詳しい話は別文。

○ビックバンを宇宙的な結果とする天地創造の目的と原理  端的に答える
 ビックバンを宇宙的な結果とする天地創造の目的と原理は何か?
 答を先に言えば・・・・・

○ヒトがでっち上げたのでは無い天然自然の創造主である神の実在/一般法則論におけるその名前=Ω神
 ヒト(宇宙大では宇宙人一般)とヒトが生まれ住みその生活基盤にしているこの世界の成り立ちと仕組みを創造した天然自然の存在の創造主である神が実在しています。
 一般法則論では、天然自然の存在の創造主である神の存在証明を、物理法則の一つである慣性の法則を使って客観的にかつ一義的/一意的に明確にかつ確定的にしています。
 この天然自然の存在の創造主である神は、一般法則論では、Ω神(オメガシン)と名付けています。

○Ω神の因数分解
 Ω神は、これを因数分解して、一般法則論で理解している自然科学の考え方を一般法則論の中に統合し総合化することにすると・・・
 Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きということになります。
 そして、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きが、ビクバンに始まるこの世界の成り立ちと仕組みを造る目的を持つ存在であり、天地創造の宇宙的な第一原因であり、この世界の成り立ちと仕組みを造った唯一・絶対・普遍の原因/原理になります。

○自然科学という学問の再確認
 自然科学とは、この世界の成り立ちと仕組みを、量子力学的な確率的な偶然の法則を原理とする天地創造の開始(注記1)+自然法則(注記2)+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで説明し尽くそうという学問のことです。
 自然科学の自然科学たるゆえんは、その要素還元式方法論(注記3)や自然法則を数学式で量的に表現することにあるのではありません。
 ビックバンをもたらしたのは、量子力学的な確率的な偶然の法則を原理とする天地創造の開始+自然法則(因果必然の法則)+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働き、ということにあると考えているのが自然科学という学問です。

○注記1 確率的な偶然の法則に基づいた天地創造の開始
 最近の自然科学では、天地創造は、量子力学的な確率的な偶然の法則を原理として行なわれた、と言っています。
 ホーキング博士は、これに重力理論を付け加えるようです。
 こうだとすると、この世界が造られた確かな目的は存在しないことになります。
 実際、生物学者は、進化にもヒトという存在についても確率的な偶然の法則が支配している、と言います。
 自分独自の生きがい、自分独自の存在理由を探すことなど、生物学的には、妄想以外の何物でもないことになります。
 確率的な偶然の法則に支配されているという量子力学論の間違いは、Ω神の天地創造の目的を自然法則が自動的かつ必然的にうけとって、自然法則がエネルギーを素材にしてΩ神の意図とおりにこの世界を造るという仕組みを知らず、また、素材となるエネルギーがそれ自体で振動する波という属性を持っていることを自覚的な知識にしていないことから起るものです。
 注記1の終わり

○注記2 因果必然の法則であるはずの自然法則を確率的な偶然の法則と理解する現在の自然科学
 天地創造が確率的な偶然の法則で行なわれた説が自然科学者の共通理解になって、因果必然の法則である自然法則も確率的な偶然の法則と理解されるようになったようです。
 しかし、自然法則が確率的な偶然の法則ならば、例えば厳密に働く「同一原因=同一結果の原理」の下で行なわれている品質管理は、原理的に/自然法則的に意味の無いことになる筈です。
 しかし、事実は、今なお、物造りの現場では、同一規格の同一品質の物を、例えば国際的な「ISO規格」や日本国内の「JIS規格」を満たしたネジを大量に作り出すことを可能にする品質管理は、同一原因=同一結果の原理の下で厳密に行なわれています。
 自然法則がなぜ因果必然の法則性という属性を持つのは、Ω神の天地創造の目的を原因として、Ω神が意図したとおりにこの世界を創造し実現し具体化するために存在するからです。
 この下での同一原因=同一結果の原理です。
 注記2の終わり

○注記3 要素還元主義的な科学的方法論と一般法則論
 この世界の成り立ちと仕組みの仕組みを解明し理解するための科学的な要素還元主義的な方法論は、二つの点で、一般法則論を認めがたいとするようです。
 その一つは、偶然に造られているこの世界の中であるはずが無い、この世界を造る目的を持つ、天然自然の創造主である神の存在を一般法則論は認めること。
 今一つは、「全ての人(宇宙大では宇宙人一般)よりも絶対的に普遍的に先に存在し働いている自然法則で決まっている『それをそれにする原理的仕組み』を常に必ず基にして造られているシステム」という「要素」とは言いがたい存在を認めることは、要素還元主義に反する全体主義的な考え方であり、自然科学という学問から排除すべしという考え方。
 問題は、要素還元主義を科学の手段・方法として殆ど絶対視するのは、自然科学者/科学哲学者が、未だ、天然自然の存在のこの世界の創造主である神を慣性の法則で存在証明することが出来ることを知らず、自然法則とはなにであり、何のためにこの世に存在しているのか、その存在目的を果たすために自然法則はどのように働くのか、自然法則とエネルギーとの関係はどうなっているのかについて自覚的な知識が無いからにすぎません。
 注記3の終わり

○自然法則の働きがもたらすもの
 自然法則は、この世界を造る唯一・絶対・普遍的な素材であるエネルギーと一体不可分でΩ神の天地創造の目的を実現するために存在しています。
 具体的には、Ω神の天地創造の目的を実現し得る原理的仕組みを基にしたシステムを宇宙大でただ一つのエネルギー(この本質は唯一・絶対・普遍の存在のΩ神の身心です。そこで、Ω神の唯一・絶対・普遍性を否定することになる部分部分に分離し分割することが絶対に出来ません)を素材にしてしてシステムの形に造ることです(この時にこの世界の量子化と質量/物質の誕生とこれと表裏一体の関係で構造的に発生する重力等の話は別の文にします)。
 なお、アインシュタインのE=mc^2の式で言えば、ここで言う「存在物」/「システム」は、「m」のことです。
 この時に、比喩的に言うと、自然法則は、エネルギーという宇宙大でただ一枚の布の一部を自然法則が特定のシステムを造る目的に合わせて絞り染め紋を作るみたいに摘み上げて(エネルギーの本質上分離・分割は絶対に出来ません)造ります。これが量子化と知られているものです。
 この世界を造る為の唯一・絶対・普遍の素材であるエネルギーは、光の電磁エネルギーでこれ自体振動しています。
 そこで、エネルギーを素材に造られるこの世のすべての存在=m=システムは、自動的かつ必然的にシステム性=粒子性とシステムの素材になっているエネルギーが持つ波動性を併せ持つことになります。
 そして、そのシステムが電子のようなミクロの微小な物ならば、粒子性と同時に電子という粒子の素材となっているエネルギーの波動が顕わになります。
 例えば建物のようなマクロの存在の場合は、その素材のエネルギーが持つ波動性はその建物の固有振動数の形で顕わになります。

○システムの造られ方 2011年2月10日 午後2時すぎ加筆追加
 システムは、「このシステムをこれ以外の如何なるシステムでもない独自のシステムにする原理的仕組み」に基づいてそのシステムの存在目的/存在理由/機能/働きを実現するのに必要な一つ以上のシステム構成要素の存在と働きをこのシステムの原理的仕組みで一つに秩序付ける形で造られています。
 この意味で全てのシステムはその内にそのシステムを造っている原理的仕組みに反し矛盾する構成要素を含むことは原理的に出来ません。
 これは、ヒトが作る全てのシステム(例えばパソコンやパソコンを動かすプログラム)
にも、特にΩ神が造った天然自然のシステム=世界Ⅰ~世界Ⅴからなるこの世界の成り立ちと仕組みにも唯一・絶対・普遍的に当て嵌まる原理/自然法則です。
 この意味で、システムが必然的に持つ内部矛盾によって、システムは弁証法的に発展するという考え方は、Ω神が造ったこの世界の成り立ちと仕組みの中ではその根拠が全くありません。
 もしそのシステムが内部矛盾を含んでいる場合は、そのシステムが果たすべき機能を実現することを自然法則的に、原理的に可能にする「原理的仕組み」に一切関係ない要素を寄せ集めただけの野合のシステム/偽りのシステムです。このような偽りのシステムが自然崩壊しても何の不思議もありません。

○Ω神による天地創造の目的  Ω神の化身かつ分身の存在としてのヒト(宇宙大では宇宙人一般)を造ること
 Ω神は、Ω神自らの化身かつ分身の存在としてのヒト(宇宙大では宇宙人一般)を多様に無限に造り出して、その一人ひとりになって様々に生まれいきて、遊び楽しみたいと意図して、最初にヒト(宇宙大では宇宙人一般)が生れ住み、その生活基盤/インフラとなる、物質といわれる物で出来たこの世界の仕組みを造り、この物質的な世界の中に進化という過程を踏んで、自らの化身かつ分身の存在のヒト(宇宙大では宇宙人一般)を造り、各人に「意識のある心」を持たせて、各人がそれぞれに自由に自らの生き方を自覚的に意図的に選んで生きることができるようにしています。

○ヒトの生き方の原理の存在
 各人がΩ神の化身かつ分身の存在として生きるにあたっては、これを容易にするために、ヒトの生き方の原理を定め、更にこれをハウツー化した/具体化した「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法を、Ω神は全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)に等しく提供しています。
 しかし、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法を、例えばNHKの番組では例えばイメージ・トレーニングの形では認め受け入れても、ヒトの生き方の原理の存在とこれをハウツー化した「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法としては、一切触れない訳です。

 これまでこの一般法則論のブログの中で説明してきたことを簡単に振り返ると、このような話になります。

○自然法則+エネルギー一体不可分の存在とその働きについてさへ自覚的な知識が未だに無い自然科学者たち
 ホーキンス博士を含めて自然科学者たちが、重力が天地創造の原理であるとかこれに量子論を加えて創造主である神抜きの天地創造が可能だと言っているのは、一般法則論的に理解すると、自然法則とはなにか、エネルギーとは何か、自然法則とエネルギーとの関係はどうなっているのかについて、未だ自覚的に意図的に考察することなく思いつきで話をしているからだ、ということになります。

○ホーキング博士の本
 スティーヴン・ホーキング/著 レナード・ムロディナウ/著 佐藤勝彦/訳 ホーキング、宇宙と人間を語る エクスナレッジ 2010年12月20日
 この本の目次 インターネットから

第1章 この宇宙はなぜあるのか?――存在の神秘
第2章 自然法則はいかに創られたか?――法則の決まり
第3章 実在とは何か?――モデル依存実在論
第4章 すべては無数の歴史の足し上げで決まるのか?――量子論の描く世界
第5章 万物の理論はあるのか?――無数の宇宙を予言するM理論
第6章 この宇宙はどのように選ばれたのか?――相対論と量子論の描く宇宙像
第7章 私たちは選ばれた存在なのか?――見かけ上の奇跡
第8章 グランドデザイン――宇宙の偉大な設計図
 以上。
 宇宙論に興味があり知識がある方ならば、この目次だけでこの本の内容、その妄想的な理論振りが推測できるはずです。
 
 例えば、「第3章 実在とは何か?――モデル依存実在論」は、「いまここに何が存在しているかは科学的な理論が先にあってこそ決められる」というもので、上に説明した素朴実在論とは相容れない考え方ですね。
 例えば万有引力の存在とその働きは、ニュートンがこれを発見し、西洋発の自然科学理論の一部になっていることとは一切無関係に、この世界の仕組みが造られてから存在していて、宇宙大では宇宙人一般を含めて誰もこれを無視して行動できないという点で、ホーキンス博士の言う「モデル依存実在論」、別の言い方をすると「社会構成説」のような考え方は、間違いであることになります。
 モデル依存実在論は、事実の理論負荷性、「事実は理論を倒せるか」という形でも論じられますね。
 一般法則論では、事実は、全てのヒト(宇宙大では宇宙人一般)に絶対的に普遍的に客観的に先立って実在するΩ神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで造られた世界Ⅰ~世界Ⅶ(+Z)というこの世界の成り立ちと仕組みの中に位置づけて理解します。
 この結果は、自動的かつ必然的に事実に何か特定の意味づけがされることになります。例えば、正しいとか間違っているとかの価値判断を含めて、です。
 しかし、自然科学では、(ヒトが体験する/経験する)事実は、ヒトが勝手にでっち上げた科学理論の枠組みの中にのみ位置づけられ意味づけされます。
 この違いは、例えば万有引力の存在とその働きの理解に現れます。
 また、いわゆる超能力や超常現象の認識と理解においても・・・。

○まとめ
 ホーキング、宇宙と人間を語る という本を知って、ホーキングは博士の間違いをし指摘して、一般法則論の天地創造の考え方を再確認しました。
 バチカンも天然自然の存在の創造主である神の存在証明を自然科学的にしている一般法則論を知れば安心するかもしれません。
 いや、バチカンは、文化現象としての宗教の存在が危うくなる、と一般法則論を拒否するかも知れません。


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
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立春、シュークリーム、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法

2011-02-04 23:13:57 | 潜在意識の活用法
 立春、シュークリーム、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法 

○このブログを初めて読んでくださる方は次の文を先に読んで下さい。
 「哲学の道具箱」という本で哲学的思考の大前提を再確認する 2009-07-02 05:01 掲載
 この文は、紙に印字して良く読んでくださることを、お願いいたします。

○一般法則論の世界観の図解
 以下のものを参考に、入れ子構造の図解を、まずしてください。
 入れ子構造の描き方や記号の意味は、このブログの2008年12月3日の文をお読みください。
 この文は、紙に印字してよく読んでくださることをお願いします。

世界Ⅰ 〔世界Ⅱ「魔境  (世界Ⅲ(世界Ⅳ  (世界Ⅴ (世界Ⅵ    (世界Ⅶ)))))」〕 世界Ⅰ
         妄想
Ω神= 〔A→   ∥Z→ (B→ (C→   (D→  (H→E→F→G→(M)))))∥〕    Ω=神の国
  ∥        ↑  理法  自然   物的   俗・人・子・文歴  記憶
(心的なD)    M(記憶)        Ω人   人・生・孫・化史  ↓
唯一絶対                     

○この文の目的
 この文では、この世界の成り立ちと仕組みを知るのは意志の力で想像力を逞しくすることによるのではなくて、この世界の成り立ちと仕組みを造っている無意識の心/潜在意識に任せ、委ねて知ることである話を簡単にします。
 こうすることが、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで出来ているこの世界の成り立ちと仕組みを丸ごと活用して生きることを可能にします。

○立春
 昨日は節分。
 そして、今日、2011年2月4日は、立春。
 全国的に一日とても暖かい日だったようです。
 朝遅く点けたガスストーブを切って、昼過ぎの暖房をしていない室温は、17度もありました。
 しばらく前から「光の春」を感じるようになっていましたから、立春で「光の春」が本格化します。

○シュークリームの味
 先日NHKのラジオ深夜便で知った今田奈美子氏の話で、洋菓子は、例えばバウムクーヘンは、ドイツの「伝統菓子」として素材も作り方も見た目の形も決まっていることを初めて知りました。
 今田女史の話によると、「伝統菓子」としての洋菓子は、国際会議の晩餐会などのデザートや宮廷で食される菓子として欧州で発達し確立したのだそうです。
 この話の中で、今田女史が日本に初めて紹介した「チーズケーキ」(これも伝統菓子の一つ)がそれから日本でも定番の洋菓子になったことを知って、翌日チーズケーキを近くの洋菓子屋さんで買い求めて味わいながら食したものです。
 そして、今日は、洋菓子の国際コンクールで過去に三度優勝したことがあるという辻口博啓(つじぐち ひろのぶ)氏の仕事の仕方を紹介する勝間和代さんのNHK番組を録画で見て、辻口氏が、その洋菓子店の実力を判断する物としてシュークリームを選んで買うという話を聞いて、そのシュークリームが食べたくなって、早速近くの洋菓子店でそれを買い求めてきて、先ほど食しました。
 確かに、記憶にある別の洋菓子店のシュークリームとは、外観は同じでも味が異なっていました。今日食べたのは、私にとってはいまひとつの味でした。

○菓子職人の辻口氏の哲学
 辻口氏は、菓子はすでに在る物を作るだけで良いとか売れるから作るとかでは無くて、この菓子は何のために誰のためにどんな味の物を作るのか、「自分の思いを込めた菓子」を作りたい、と言います。
 この考えに基づいて、シュークリームは子供のお小遣いでも買える値段に設定しているそうです。
 これを自らの哲学にしている、と辻口氏。
 正に、Ω神が天地創造に当り、ヒト(宇宙大では宇宙人一般)とヒトの生まれ住むこの世界の成り立ちと仕組みは何のために造るのかを決めていたように、そして、これをヒトが自覚的な知識にするのが「哲学」であるように、辻口氏は、自らの菓子の創造主である神として哲学していることを知りました。

○素材に自分がなりきる 辻口氏の菓子作り
 洋菓子作りの第一歩は、菓子の素材になる例えば「卵」に自分がなりきることだ、と辻口氏。
 「素材に自分がなりきってその気持ちを知り、どう生かして欲しいのかを知ろう」と常にしていると、辻口氏は言います。
 このやり方は、小学生のときに蛸釣りで、釣り針が海中の岩などに引っかかってしまう「根がかり」だと思ってそれを外そうとしていた三年もたったある日、すっと引き上げたら蛸が釣れていた体験をして、その瞬間蛸と一体になって蛸の気持ちが分かった体験から学んだものだそうです。この体験の後は、それまで釣れなかった蛸が釣れるようになったそうです。
 「素材に自分がなりきる」辻口氏のやり方について、勝間氏は、「素材について知るために想像力を働かせることか」と辻口氏に訊ね、辻口氏もそのようなことだと答えました。
 しかし、勝間氏の理解の仕方は間違いです。

○素材になり切るのは無意識/潜在意識の心に任せ委ねてする
 素材になりきって、素材の声を聴くのは、意識のある心の想像力を駆使してするのではありません。
 そうではなくて、素材を無意識の心/潜在意識によく見させて判断させるのです。
 こうすると、無意識の心/潜在意識から答が得られるのです。
 具体的には、「これはこうして見ようか・・・」というアイデアが意識のある心にふと浮かんでくるのです。
 アイデアが浮かんだら迷わずに素直に実行してみて、その結果を確認することです。
 この技術は、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法の肝です。
 そして、こうすることが、Ω神=天地創造の目的を最初から持つ創造主である神+自然法則+エネルギーの三位一体不可分の存在とその働きで全て出来ているこの世界の成り立ちと仕組みを丸ごと活用して生きる技術、即ち、「求めよさらば与えられんの原理」/潜在意識の活用法/引き寄せの法則の活用法になります。
 詳しいことは別の文にします。

 まずはこの文の投稿。


 例により、誤記・誤字・脱字等がありましたら、気付き次第訂正します。
 書き込み後、二日くらいは、訂正や加筆を繰り返すのが習慣になりましたので、よろしくお願いいたします。
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