gooブログはじめました!

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

最新の生物進化論を学ぶ

2015-11-01 14:19:42 | ブログ
 アンドレアス・ワグナー著「進化の謎を数学で解く」(文藝春秋)を読んだ。区内の図書館には、この本が3冊備えてあるが、予約してから入手するまで4ヶ月も待たねばならなかった。この本に対する人々の関心が並々なものではないと感じた。

 この本の原題は、‘ARRIVAL OF THE FITTEST:Solving Evolution’s Greatest Puzzle’というものである。この本で述べられている進化論は、実験結果とコンピュータ・シミュレーションの結果に基づいたものである。日本語訳のタイトルは、誤りではないが、著者の主旨とするところを正確に反映しているか否か疑問が残る表現である。

 生物の進化論というと、まず、19世紀に発表されたダーウィンの「種の起源」を挙げねばならない。ダーウィンの進化論(正確には新ダーウィン説というべきか)は、突然変異と自然淘汰を二本の柱とするものであり、ダーウィンの時代に比べて分子生物学、遺伝学、発生学などが格段に進歩した現代においても、いくつかの注釈をつけ加えるにしても、生物の進化に関する基本的な思想であるというその地位は揺らいでいないと思われる。ワグナーの進化論は、ダーウィン説を21世紀の生物学にふさわしい現代の言葉で表現するとこうなる、と言えるもののようだ。

 以下、著者が主張するところの要点を説明した後、私のコメントを加える(著者/訳者の方、要約を掲載すること、ご了承下さい)。

 まず、遺伝子型と表現型という用語について説明する。DNA上に記録されている遺伝情報の基本単位は4種類の記号であり、タンパク質の構成要素であるアミノ酸は3個の記号の並びで表現できるが、タンパク質あるいは酵素を生成するために必要な一まとまりの遺伝情報の並びを遺伝子と呼んでいる。遺伝子型は、そのような遺伝子のタイプである。

 表現型とは、一つ又は複数の遺伝子型のある/なしから始まって最終的に生物が生存できるか否か、生成されたタンパク質がもたらすどのような機能を獲得しているか、固体発生の際に遺伝子発現を調節するオン/オフ スイッチがどのように働いて各器官が形成されるかなど、生命体がどのように表現されるかのタイプを言う。

 代謝とは、燃料分子からエネルギーを獲得して素材(生命の構成要素)をつくることである。代謝の化学反応とは、そのような素材をつくる化学的プロセスをいう。

 代謝の化学反応の種類は5000種ほどあり、各々の反応を1か0の数字で表すことによって、ある生物についてその代謝の遺伝子型を記述できる。1/0は、その生物がその化学反応を可能とするような酵素をつくる遺伝子をもっている/いないを示す。一つの遺伝子が一つの酵素に対応すると考えてよいようだ。しかし、あるまとまった代謝プロセスには、一般に複数の酵素が関与しているであろうから、一種の化学反応とは、一つの酵素が関与する部分プロセスであろうか。

 1/0を一文字とみなすとき、その生物の代謝の遺伝子型の全体は、5000字のテキストで表せる。これを遺伝子型の代謝テキストと呼ぶ。

 燃料分子とは、グルコース、エタノールなどの化合物をいう。

 燃料分子の種類は100種ほどあり、各々の燃料を1か0の数字で表すことによって、ある生物についてその代謝の表現型を記述できる。1/0は、その燃料ですべての生命素材を合成できるか否かを示す。合成できる場合には生存可とみなし、否であれば生存不可とみなす。

 1/0を一文字とみなすとき、その生物の代謝の表現型の全体は、100字のテキストで表せる。これを表現型の代謝テキストと呼ぶ。

 ある生物について、遺伝子型テキストと表現型テキストとの関連は、次のようなものであろう。一つの燃料は、遺伝子型テキストの一部の化学反応に関連する。遺伝子型テキストは、100種の燃料についての化学反応をすべて含んでいるが、一種の燃料が複数種の化学反応に各々関与することがあり得る。

 ある1/0パターンをもった遺伝子型テキストについて、1から0へ又は0から1へ一文字だけ変更するとは、突然変異によってその遺伝子が削除又は付加されることを意味する。そのような可能な変更の仕方は5000通りあり、これらがスタートしたテキストから一歩進んだ隣接するテキスト群ということになる。

 この隣接テキストからさらに各々一文字だけ変更した隣接するテキストに移り、スタートから二歩進むというように、可能な遺伝子型テキストを拡大していくことができる。このようにして可能な遺伝子型テキストは2の5000乗(約10の1500乗)にもなる。このように遺伝子型テキストが結合されるような構造をもつ5000次元の空間は、配列空間と呼ばれる。

 このようにして、生物が隣接する一つの遺伝子型テキストに変異するごとに、その生物の表現型に照らして、その生物が「生か死か」を判定する。

 このとき、新たに移った遺伝子型テキストの内容から、その生物の表現型テキストが変更される場合には、そのテキストを変更する。これによって、ある種の燃料について、生存可/不可が変わらないか、生存可から不可に又は生存不可から可に変更されることになる。

 コンピュータ・シミュレーションによって、大腸菌の代謝を調べた結果、現存の大腸菌の数百の隣接者がグルコースで生存可能であることがわかった。

 このような現存の大腸菌からその隣接者、さらにその隣接者・・・というように探索を深めた結果、遺伝子型テキストの80%が変化するような架空の大腸菌であっても、グルコースでの生存可能性が保たれることがわかった。つまり、グルコースだけで生存可能という「同じ意味をもつ」代謝テキストが無数に存在するということである。

 ある燃料で生存可能な遺伝子型テキストだけを抽出すると、これらテキストは、スタートのテキストからその隣接者、さらにその隣接者・・・というように結合され、ネットワークをつくる。これは遺伝子型ネットワークと呼ばれる。

 エタノール、グルコース、酢酸塩のように複数の燃料で生存可能な代謝テキストの集合についても、遺伝子型ネットワークを形成していることがわかった。

 遺伝子型ネットワークは非常に大きいので、生物の集団は、現存のテキストから数千の近傍を探査し、命を救う新たな表現型を見つける確率を高めることができる。

 生物が遺伝子に基づいて生成するタンパク質についても、遺伝子型と表現型を設定することができる。

 一つのタンパク質の遺伝子型テキストとは、タンパク質の一次構造を表現するものであり、そのタンパク質を構成する20種のアミノ酸の一つを一文字で表したとき、そのような文字の並びである。

 例えば、あるタンパク質がn個のアミノ酸で構成されているとき、その遺伝子型テキスト中のアミノ酸文字を一文字だけ変更するとは、突然変異によってその文字を別のアミノ酸文字に変更することを意味する。そのような可能な変更の仕方は20のn乗あり、これがスタートしたテキストから一歩進んだ隣接するテキスト群ということになる。

 一つのタンパク質の表現型とは、タンパク質の二次構造とも呼ばれるその折りたたまれ方であり、そのタンパク質の機能を決定する。一次構造が同じタンパク質であっても、その折りたたまれ方の違いによって異なる機能を発現する。

 ヒト、チンパンジー、マウス、ニワトリのヘモグロビンのアミノ酸構成は各々異なっているが、すべて酸素を運搬するという仕事をする。このことを要約すると、同じ表現型について、異なる複数の遺伝子型テキストをもつことが可能であるということである。換言すれば、同じ表現型について、複数の遺伝子型テキストは、タンパク質の遺伝子型ネットワークを構成する。

 受精卵から生物個体が発生し、各々の器官を構成する細胞が分化する際にも、さまざまな遺伝子が働くが、各遺伝子が働くか否か(そのスイッチがオンかオフか)を調節するために、調節因子というタンパク質が働く。調節因子も遺伝子としてコードされており、その遺伝子もまた通常は調節されるのである。このように、調節因子どうしが互いに調節しあう複雑な調節因子回路が形成される。

 調節回路についても、遺伝子型と表現型を定義することができる。遺伝子型ネットワークを構成するテキストは、調節因子をコードする遺伝子型とその調節因子が認識するキーワードとを含む。キーワードは、他の調節因子に与える影響を記述するもので、その各単語は、一つの調節因子を活性化するか、抑制するか、なんの影響も与えないか、のいずれかである。そうすると、キーワードは、表現型に対応するものであろう。

 突然変異がもたらす回路の改変のうち、意味のある改変は、キーワード中の一つの単語を変更し、回路の配線の一本を切るか、あるいは新しい配線をつくるかして新しい調節因子の単語を認識できるようにするかである。調節因子をコードする遺伝子自体を変更すると、もとの調節因子がもっていた調節作用を失うのだろうか。

 回路は、ふつう同じ表現型をもつ数十から数百の隣接者をもっている。言い換えれば、このような回路の表現型は、個々の配線を変更するような突然変異に遭遇しても、不変のままにとどまるのである。その結果、生物個体の発生と細胞分化には何の支障も及ぼさないということであろう。

 遺伝子型ネットワークのおかげで、生命がもつ頑強さ、すなわち、変化に直面しても生命としての特徴が維持される。これが生命の特徴である。

 多くの突然変異は、最初に生じたときには、害にも利益にもならない中立的変異である。そうした中立変異は、生命の頑強さとそれが許す無秩序のもたらす結果である。中立変異は、自然淘汰によって排除されない。中立変異は、将来のイノペーションにとって価値あるものになりうる中間ステップなのである。

 遺伝子型ネットワークがなければ、進化は非常に遅く展開していたものと想像される。それがなければ、進化は40億年を進む代わりに、地球が最初の1億年間進んだところまでも進んでいなかったであろう。実際には、遺伝子型ネットワークは、進化を40倍よりもっと速く、いまだに計算できないほど加速したことであろう。

 遺伝子型ネットワークとそれが創造する生命体は、頑強さの結果であるから、頑強さはイノベーションにとってとてつもなく価値がある。しかし、価値あるものの代償は高く、それは生命体の複雑さである。

 非情なほど効率的な自然がなぜそうした複雑さを駆逐しないのか?その答えは「諸環境」である。無駄に複雑な一揃いの遺伝子のように見えるものは、実際には、複数の環境で生き延びるための秘密なのである。

 大腸菌のような細菌は、20分に1回というように速く分裂して世代交代するから、この40億年の間に、ヒトに比べてはるかに多くの突然変異に遭遇していることは明白である。ということは、細菌は、ヒトに比べて、その遺伝子型ネットワークをはるかに遠くまで探索しているから、ヒトとは比べものにならないほど多くのアミノ酸、タンパク質やその他の化合物を生成する能力を備えているものと想像できる。

 例えば、タンパク質生成のベースとなる20種のアミノ酸のうち、ヒトでは、体でつくられるアミノ酸は11種しかなく、残りの9種は摂取した食物をソースとしている。大腸菌では、20種すべてを自力でつくれる。

 今年は、大村さんがノーベル医学生理学賞を受賞することに決まった。大村さんが見つけた細菌の生成物で河川盲目症に効果がある薬が開発されたというものである。この細菌は、いかに遺伝子型ネットワークを遠方まで探索し、他の生物では及ばない独自の高分子化合物を生成する能力をもつようになったかを示す一例である。

 カエルのような両生類は、3億年以上前に出現し、いまだに水がなければ子孫を残すことができないというハンディを負っている。カエルの進化は、停滞しているように見える。また、海に生息する魚は、その祖先が4億年以上前に出現し、いまだに海や川がなければ生存できない。

 ある進化論者は、このような現象を集中(funneling)と呼んでいる。funnelingにおいては、「進化の方向性が次第に狭まってくる。最終形態がタツノオトシゴであれ両生類であれ、進むにつれ進化は次第に限定的、決定的になるのは明らかだ。制約は外的にも内的にも加わる。多くの場合、ある環境への適用は生物がほかの環境で生存する能力を制限する。加えて、ゲノム構造と遺伝機構の特性も進化過程の集中に貢献するはずである。」と述べている。

 しかし、遺伝子型ネットワークを知ってしまうと、funnelingのような用語は不要であることがわかる。現存しているカエルは、すべての生命体に必須な水に恵まれたおかげで、水中に産卵するという習性を棄てることなく3億年以上の年月を生き抜いてきたのである。また、海に生息する魚は、海という安定した環境のおかげで、あまり変化することなく4億年以上を生き抜いてきたのであろう。陸上は、寒暖の温度差が大きく、地震や台風など自然災害も多く、降り注ぐ紫外線にもさらされるなど、海に比べてはるかに不安定な環境である。このような環境に生息する陸上生物が海洋生物に比べて多様化しなければならなかった理由がわかる。

 ワグナーは、近縁の生物であっても、それが置かれる環境によって、いかに異なった生物に変異するかを示す端的な例として、大腸菌とブフネラを挙げている。

 大腸菌は、頑強な生物の一例である。アミノ酸やDNAのヌクレオチドを含めて、60の不可欠バイオマス分子を生産するための炭素源が一つしかないような貧栄養環境においては、大腸菌の代謝反応のほぼ3/4はなしですませられる。しかし、環境は変わる。もし単一の炭素源が、グルコースからエタノールに変わっても、そうした「なしですませられる」反応がバイオマス製造工場を稼働させつづけることができる。

 少なくとも生物学では、その逆も真である。時間が経つうちに、不変の環境は複雑さの減少という結果をもたらす。なぜなら、頑強さがより重要て゛なくなるからだ。そのような生物の一例として、アブラムシの体内にすむ大腸菌の近縁であるブフネラと呼ばれる細菌がある。ブフネラの祖先の代謝もかつては大腸菌の代謝と似ていた。しかし、安定した栄養のある食物供給源のなかに浸っているあいだに、大腸菌がいまだにもっている反応の3/4近くを失ってしまった。DNAコピー・エラーの着実な流れが、そうした反応に必要な遺伝子を侵食し、その多くが、DNAに自然に起こる遺伝子欠失を通じて消えてしまった。このような単純さの増大から導かれる結論は、それに対応する頑強さの減少である。単に突然変異への頑強さだけでなく、環境の変化に対する頑強さも減少する。

 参考文献
 アンドレアス・ワグナー著「進化の謎を数学で解く」(文藝春秋)
 クリスティアン・ド・デューブ著「進化の特異事象」(オーム社)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿