教育相談室 かけはし 小中連携版

ある小学校に設置された教育相談室。発行する新聞「かけはし」が、やがて小・中3校を結ぶ校区新聞に発展しました。

エリート学生のつまづき~家庭裁判所裁判官との懇談会から

2007年02月28日 | 子育て
 早稲田大学生スーパーフリー事件や京都大学アメフト部員暴行事件・大阪大学生ホストによる監禁恐喝事件等を持ち出すまでもなく、有名大学在学生の凶悪事件が後を絶ちません。私が教員生活を始めた頃、学習面で良くできる中学生の多くはクラブ活動や生徒会活動でも活躍し、人間的な魅力も持ち備えていました。ところが最近ではテストの点数は取るが、掃除や係活動はしない、クラス行事にかかわろうとせず潰そうとするという傾向を持った「優等生」の増加が見られるようになりました。

 長年少年事件に関わった家庭裁判所の関係者からも同様な指摘がされています。大阪家庭裁判所裁判官との懇談の場で、このようなお話がありました。

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 暴行・窃盗で事件となった有名な国立大学の大学生が、面接を始めた段階から自分には能力があると言ってのけ、優れた者は何をしても許されると心から信じ、事件になったこと事体がおかしいと不満を述べる。間違っていると言うと、こんなに真剣に言っているのに分からないのですか、と逆切れする。意識の中に、高学歴の者は、社会のすべてにわたって優遇されるという意識が深く根付いている。この独りよがりの幼児的な傲慢さが「エリート」たちを思わぬ犯罪へ導く。被害者が受けた心身の痛みに対し関心がなく鈍感である。「何をどう謝ればよいか教えてください」とも言う。

 エリート学生の生育歴調査で特徴的なことは、日常生活での他者との関係性が量質ともに不足していることがあげられる。自然や友人とのふれ合いが少なく、放課後も大人が管理した時間で過ごしている。学習塾・習い事・スポーツ教室に通うのに忙しく、子どもだけで群れを作り遊ぶという体験が乏しい。そのため仲間を誘う、待つ、もめる、仲直りをするなどの積み重ねが少ない。こういった子どもたちの多くに共通するのは、思春期の反抗期が無いことである。悩まない思春期を送っていて親の庇護(ひご)に安住し自分のなかの葛藤や困難と向き合うことを避けてきた。だから判断に迷う場面に遭うと混乱を起こし、うまく解決する術を見出せないのである。

 エリートたちは成績が良いことのみを善とし、周囲の評価に合わせた自分作りを行ってきたため常に不安の中で過ごしている。成績が伸びないと(かつての自分が他者にそうしたように)全人格まで否定されるという脅迫観念に追われ、不安を抱くケースが少なくない。成人になっても成績主義的価値や文化が人格の深くまで浸透し、競争的な制度のもとで「できる自分」を演じ続けようとする。そのため多くの者が恒常的な心的ストレスを蓄積している。彼らが「できない」自分をも肯定できたら、どんなに気持ちが楽になるだろうか。

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 私はお話を聞き頷(うなず)きながらも自分が関わる子どもたちは大丈夫なんだろうかと心配になりました。テストで素晴らしい点数をとることで私たち大人は安心してしまいがちです。しかし時期を失うと身につかないのは学力だけではありません。子どもは子ども同士の遊びの中で(ゲーム遊びではなく、決してリセットできない他者との遊びを指します)我慢する、順番を守る、仲直りするなどの人間としてのルールを身につけるのです。子ども時代にこれらのルールを身につけるチャンスを逃すと、取り返しがつかないことになることをエリート学生たちの起こす事件が教えてくれていると思うのです。

犬山の教育の重要施策2006

2007年02月24日 | 教育資料
犬山の教育の重要施策2006
学びの学校づくり
○ 犬山の教育は、人格の完成を目指し、自ら学ぶ力を人格形成の重要な要素と位置づける。
○ 犬山の学校づくりは、子どもが学ぶ喜びを実感し、教師が教える喜びを感じ取り、親の願いや地域の期待に応えようとするものである。
○ 犬山の教育改革は、目の前の子どもを見つめ、教師の地道な教育実践の積み重ねによる、手づくりの学校づくりである。
犬山市小中学校長会
犬山市教育委員会
犬山市

Ⅰ 犬山の学びの学校づくりの基本的な考え方
1 自ら学ぶ力を育む授業づくりと学級づくり
○ 犬山の教育は、人格の完成を目指し、子どもに「自ら学ぶ力」を獲得させることを目標とする。自ら学ぶ力とは、「基礎的な学力を身につけ、家族や友達を大事にし、地域を支え、自分の人生を大切にするとともに、生涯にわたって自ら学び続けようとする資質や能力」である。自ら学ぶ力は、単なる正答率を競う学力ではなく、人格形成の重要な要素として位置づけられなくてはならない。犬山では、このような考え方に基づいて、市内全小中学校で学びの学校づくりを推進している。
○ 自ら学ぶ力を育むには、教え込む授業ではなく、子ども主体の授業でなくてはならない。犬山では、子ども主体のきめ細かな授業を実現するために、市費で非常勤講師を採用し、少人数による指導を積極的に進めてきた。犬山の教育は徹底的に現場主義である。教育実践の中で、学習と生活を一体とする少人数学級は、子ども同士、教師と子どもの人間関係を築きやすく、個に応じた指導を容易にすることなどから、人格形成と学力保障に最も有効な教育環境であることを確信した。教育改革は、まず少人数学級など教育への思い切った国家投資から始めなければならない。
○ 犬山市は、独自の財政支出により、少人数学級や副教本の作成を中心とした様々な教育環境を整備してきた。さらに、教師の内発的な動機づけにより、やる気と責任感を育て、日々の授業実践を積み重ねてきた。全国一律に学力調査を実施して子どもの学力向上を図ろうとする文科省の施策は、これまで積み重ねてきた犬山の教育と大きく異なり、実施にあたって慎重な対応が求められる。犬山の教育改革は、国主導の教育文化に対して、地方の価値観に基づく教育文化を提示するものである。
① ゆとり教育はどこに問題があったのか、教育現場で実際にどんなことが起きているのか検証することなく事が進められ、学力低下問題を引き起こした。そして、今度はその対応策として、全国的な学力調査を実施しようとしている。安易な対応策と言わざるを得ない。さらに、この学力調査は、テストでの得点力ではあっても、将来を切り拓く自ら学ぶ力にはほど遠い。この学力調査では、自ら学ぶ力を測る手だての具体化は極めて困難である。点数化による調査や集計は避けられないと思われ、教育現場では、ゆとり教育に逆行するような弊害が心配される。犬山の教育にとって、学力調査から得られる効果よりも、危惧される弊害の方が大きいと考えられる。
② ゆとり教育の核心にある学力は、「自ら学ぶ力」である。学力をめぐる議論で、テストの正答率は議論の対象になるが、この学力が俎上に上がることはない。自ら学ぶ力を抜きに学力議論は本来成立しないはずである。授業で自ら学ぶ力を育むには、子どもが授業に主体的に取り組む経験が欠かせない。それを可能にする教育条件が少人数学級である。このことは、少人数学級のもとで豊かな人間関係と豊かな社会を形成し、自ら学ぶ力を育み、人格の形成を図ってきた犬山の教育実践から明白である。
③ 犬山では、全国的な学力調査の実施については、さらに次の点から十分な議論が必要だと考えている。
第1に、犬山で子どもに身につけさせたい基礎的な学力は、決して教え込まれるものではなく、自ら獲得するものと考える。教え込まれた知識は単なる知識でしかなく、自ら獲得した知識は、知恵となり、生きる力を育む。犬山の教師は、少人数での授業づくりが基礎的な学力を育み、学び合いを通して授業が分かるようになったことに自信と誇りをもっている。こうした自信と誇りに裏づけられた教育実践を通して、基礎的な学力は、子ども自らが獲得していくものであることを実証してきた。
第2に、犬山では、学習指導要領が最低基準であるという国の規制緩和を主体的に受け止め、教師の手づくりによる副教本の作成・活用を図ってきた。そこでは、犬山の歴史、文化、自然などを対象に教材づくりを行い、教育課程を編成し授業実践を積み重ねてきた。この犬山の教育は、犬山の教育目標に即して総合的に評価すべきであり、全国一斉の学力調査によって評価すべきではない。
第3に、犬山は評価を軽視しているわけではなく、教育活動の中に重要なものとして位置づけている。評価は子どもの成長や教師の指導方法の工夫・改善のため、日々の授業実践を通して行われるべきものである。犬山では、日々の授業の中で確認テストや観察などによる継続的な評価を積み重ね、子どもの自己評価や相互評価をもとに指導方法を見直し、基礎的な学力の定着を図っている。学力調査は、本来子どもの学びや教師の指導方法の工夫改善に役立つものでなければならない。
2 教師の自己改革による主体的な授業改善と学校の自立
○ 学校の最も重要な役割は、子どもに「学び」を保障することであり、教師の役割は、子どもに質の高い授業を提供することである。そのために、犬山では、教師自らが日常の授業を振り返り、継続的に授業改善の積み重ねを図る「自己改革」によって教師としての資質・能力の向上を図ってきた。
○ 教師の自己改革を促すために最も重要なことは、できるだけ教育現場に近いところに裁量を委ね、教育現場に当事者意識をもたせ、活力と責任感を育てることである。これが「学校の自立」である。学校の自立は、教師の自己改革を制度的に支える。また、教師の自己改革は、学校を内側から変える原動力となり学校の自立が進む。こうして、教師の自己改革と学校の自立の相互作用が学校に学びの文化を根づかせる。
○ 文部科学省は「、教員の評価に関する調査研究」を各県へ委嘱し、それを受けて県教委は「教職員評価制度」を導入しようとしている。評価にあたっては、「だれが、何を、何のために」評価するのか、まずその仕組みと条件が整備されていなくてはならない。教員評価は、教師自身が子どもの姿を通して指導の結果を振り返り、授業づくりに生かすために行われるものであり、学校の裁量と教師の裁量が仕組みとして整えられていることが大前提である。
○ 犬山では、学校の裁量により、学級編制を実施するとともに、副教本づくりや自主教材づくりを中心とする学校独自の教育課程づくりを積極的に進めてきた。そして、教師の資質・能力の向上を目指し、教師自身の自己評価や「同僚性」に基づく相互評価などにより、日々の授業改善の積み重ねを図ってきた。この犬山の取り組みが、教師の指導力向上に最も有効な手法である。犬山の哲学と覚悟は明快で、市町村教育委員会の学校管理権を適切に行使することで、学校経営を全面的に支援し、子どもの学びを保障する責任を全うしている。
① 自ら学ぶ子どもを育むには、自ら学ぶ教師でなければならない。時代の趨勢といえ競争と評価で教育を活性化できるか、その妥当性の根拠は全くない。高邁な改革議論も教師の実践を通してしか実現しない。教師の実践が成果を上げるには、「私が教師であったとして通いたい学校」づくりを追い求めることで、自己改革を可能とする教育環境の整備が重要となる。教師は、もともと授業に工夫を凝らし、手応えを感じながら教育課程の充実を図ろうとする意欲と情熱を秘めている。ここにどう火をつけるか、その決め手となるのが学校の自立である。
② 学校の自立は、学校の裁量を拡大し、学校現場に活力と責任感を育てることにより可能となる。学校の自立は教師の自己改革を促し、授業づくりや自己研修などを通して教師相互が刺激し合い、質の高い授業を創造しようとする意識を高める。教職員評価制度の実施にあたっては、まず学級編制と教育課程づくりについて学校に裁量を与え学校の自立を図ることが重要となる。
3 学びの環境づくり
○ 学びの学校建築構想には重要な3つの視点がある。1つめは、学びの学校づくりの視点である。子どもの学びの意欲を引き出す豊穣な教育環境を構築することである。2つめは、生活空間の視点である。学校の授業は全時間の6割で、残り4割は授業以外の時間である。食事やくつろぎ、仲間とのコミュニケーションなど子どもから見た居場所にふさわしい豊かな空間の確保が重要となる。3つめは、地域社会からの視点である。学校は地域コミュニティの中心であり、生涯学習の拠点でもある。地域の活動の拠点にふさわしい学校施設でなければならない。
○ 犬山では、学びに視点を置いた学びの環境づくりを進めるにあたり、学校現場と市教委に学識経験者や建築専門家を加えた「学びの学校建築検討委員会」を組織し、検討を重ねてきた。
① 学びの学校建築構想の基本は、木造・平屋である。木造校舎は、木のもつ感触および利便性が優れている。平屋の校舎は、災害時の倒壊の危険性が少なく、子どもの避難も容易で、バリアフリーの実現にも適している。また、木造・平屋は、犬山市の街並み・まちづくりとも整合性がある。
校舎内は、学年を1つのユニットとし、2つの普通教室に1つのサブ教室を備え、学年エリアの中心に交流スペースを設ける。この交流スペース内に学年職員室を設置する。
② 羽黒小学校の改築を視野に入れ、城東小学校と犬山西小学校の増築工事を積極的に推進する。
4 地域コミュニティに支えられた学びの学校づくり
○ 学びの学校づくりには地域コミュニティの支えが必要であり、地域は学校を単位としたコミュニティを基本とするべきである。犬山では、学校、家庭、地域が一体となって「犬山の子は犬山で育てる」という共通認識をもち、地域の声に応える開かれた学校づくりを進めてきた。
○ 学校に課せられた最大の地域貢献は、子どもの「学び」を保障するとともに、将来のまちづくりに貢献できる人材の育成を図ることである。一方、地域づくりを進めるにあたっては、学校をまちづくりの拠点に位置づけた地域のコミュニティ活動が展開されることになる。
○ 犬山市では「全市博物館構想」を策定するとともに「自治基本条例」の制定に取りかかり、小学校区を単位とする地域コミュニティによるまちづくりを積極的に進めようとしている。地域が学校を育て、学校が地域づくりに貢献する学びの学校づくりを積極的に進めていきたい。
① 犬山の学校は、地域の教育力の発掘を進め、学校の教育活動の中で積極的に活用を図ってきた。このことは、地域の教育力を高め、まちづくりにも貢献しようとする取り組みでもある。生涯学習の観点からも、学校と家庭・地域社会が一体となって「子ども大学」を開催し、学校教育では学習できないような体験活動を通して、子どもたちが満足感や成就感を味わいながら知識や技能を習得することを目指してきた。
犬山市では「全市博物館構想」を策定し、まちづくりに貢献できる人材の育成を図っている。地域の教育力を活用し、郷土の歴史、文化、伝統について学ぶとともに、地域の課題を見つけることによって郷土愛を育むことが、地域づくりやまちづくりの大きな力となるからである。
② 現在、犬山市では「自治基本条例」の制定を進め、小学校区を単位とする地域コミュニティによるまちづくりに取りかかっている。地域コミュニティによるまちづくりは学区制が基本であり、多様な機能を備えた地域コミュニティの活動の拠点として学校を位置づけ、様々な施設・設備の充実を図っていく必要がある。
5 地方分権時代における市町村教育委員会の役割
○ 公立小中学校の運営は、教育の地方自治と学校の自立を基本としなければならない。市町村教育委員会が学校管理権を有するのは、第1に市町村を単位とする教育の地方自治を確保するためであり、第2に学校の自立を制度的に支えるためである。したがって、教育委員会と学校は相携えて地域の教育をつくり出す関係にある。
○ 学校と教師が負っている子どもの成長発達を保障する責任は、教育委員会の適切な支援のもとでよりよく達成されるものである。
○ 教育の地方分権が推進される今日にあっては、市町村教育委員会の役割と責任はこれまで以上に大きくなっている。犬山の教育改革は、教育委員会と学校のあるべき関係を探求しつつ、国や県の役割を明確化するとともに今後の義務教育の在り方を示し、教育の地方自治と学校の自立を真に実現しようとするものである。
① 昨年10月に出された中教審の答申では、教育の地方分権の名のもとに「学校の裁量」がこれまで以上に強調されている。しかし、学校の裁量は強調されるものの、そこには教育委員会の支援が必要なことが見落とされがちである。地方分権時代における教育行政の原点は、学校の自立を支援するという市町村教育委員会の役割の自覚である。
② 犬山では、学校裁量による授業づくりと学級づくりを中心に学びの学校づくりを積極的に進めてきた。市教育委員会は、学習環境の整備を中心にさまざまな支援を継続的に行っている。
Ⅱ 学びの学校づくりの具体策
1 学校裁量による学級編制
(1) 少人数学級の実現
学校裁量により少人数学級を実現する。
(2) 少人数授業・TT
個に応じたきめ細かな授業を実現するために、市費非常勤講師を配置し、少人数授業・TTを実施する。
2 学校裁量による教育課程づくり
(1) 教師による主体的な教材づくり
① 教材開発
地域素材の教材化をはじめ、子どもの興味・関心に基づいた教材開発を積極的に進める。
② 副教本づくり
国語・算数・理科の副教本作成作業を通して、教材分析力や単元構想力を高めるとともに、積極的な活用を図る。
(2) 総合的な学習の積極的な推進
教科の学習で培った自ら学ぶ力と教師の指導力を生かし、総合的な学習を積極的に推進し、充実を図る。
(3) 評価を生かした授業づくり
① 2学期制の実施
子どもの成長を、前期・後期という長いスパンでとらえ、評価を指導に生かす。
② 通知表の作成
子どもの学習状況を的確にとらえ、子どもにも保護者にも分かりやすい評価の方法を工夫する。
③ 振り返りカードの活用
単元・題材ごとに振り返りカードを作成して活用を図り、自己評価や相互評価をその後の学習に生かす工夫をする。
3 学び合いを中心とした指導方法の工夫・改善
(1) 少人数学級と少人数授業の組み合わせ
子ども主体の授業を可能とするために、少人数学級に少人数授業を組み合わせる。
(2) 評価計画の作成
教科の指導目標を明確にするとともに評価規準を定め、評価計画を作
成し指導に生かす。
(3) 学習集団の編成
少人数学級をさらに小集団に分け、教え合ったり意見を交換し合ったり
できる学習形態を工夫する。
(4) 学び合いの授業
指導方法の工夫・改善を図り、学び合いを中心とする子ども主体のきめ細かな授業により、自ら学ぶ力を育む。
4 学びの学校を支える体制づくり
(1) 学校運営機構の見直し
教師が授業改善に専念できるよう、学校運営機構の見直しを図り、校務分掌の簡素化、効率化を図る。
(2) 授業改善犬山プランの策定
「授業改善犬山プラン」を策定し、学校裁量による少人数学級を実現する。
(3) 市費常勤講師の活用
少人数学級にともなう学級増への対応として、市費常勤講師を採用し学級担任として配置する。
(4) 学校経営支援者等の活用
教務主任や校務主任が担任となる学校については、学校裁量により学校経営支援者や学級対応非常勤講師を配置する。
5 教師の自己改革と学校の学びの文化
(1) 教師の自己改革を図る
教師自身の自己評価や相互評価などにより、認め合い、高め合う学びの文化を学校に根づかせる。
(2) 同僚性を高める校内現職教育
① 授業の公開
学校が授業を公開し合い、授業研究により質の高い授業を目指す。
② 学校訪問
学校訪問を日常の授業実践として位置づけ、学校の現職教育計画にしたがって実施する。
③ 要請訪問
学校の希望により要請訪問を実施し、客員指導主幹を中心に市教育委員会が積極的に支援する。
(3) 交流による研修
① 犬山授業改善交流会
校内研修の成果を持ち寄り、指導力の向上を目指して広域での研修の機会とする。
② シンポジウム教育のまち
学校・家庭・地域が一体となり「学びのまちづくり」を目指す。
③ 授業研究会
市教委が中心となって有志を募り、授業研究を深め、指導方法の工夫改善を図る。
6 学びに視点を置いた学校建築の推進
地域コミュニティの核となる「学びの学校づくり」を目指した羽黒小学校の改築に向け、具体的な設計プランの作成を進める。また、城東小学校と犬山西小学校において、普通教室にサブ教室を備えた教室の新増築工事に取りかかる。
7 生涯を学びとして
(1) 地域の教育力を生かす
「全市博物館構想」・「自治基本条例」の趣旨に則り、地域ボランティアの積極的な活用を図る。
(2) 地域が子どもを育む
① 子ども大学
地域の教育力を生かし、学校では学習できない体験活動を通して満足感を味わいながら知識や技能の活用を図る。
② 地域に支えられた学校づくり
子どもたちが安心して安全な生活が送れるよう、防犯などの面から地域が学校を支え、学校は地域の発展に寄与できる関係づくりに努める。
(3) 部活動の支援
中学校部活動に部活動指導員を配置し、積極的に支援する。

「学びの学校づくり」の理解を深めるために
1 各学校は、「学びの学校づくり」を学校経営の基本に置き、具体的な方策を定め、学びの学校づくりを推進する。
2 犬山の教育の重要施策について、シンポジウム
「教育のまち」をはじめさまざまな場をとらえ、市内教職員はもちろん保護者や地域住民の理解を深める。
3 市内教職員に対しては、授業公開や授業改善交流会等のあらゆる研修の場をとらえて研修を深める。
お問い合わせ先犬山市教育委員会
所在地:愛知県犬山市大字犬山字東古券322-1
電話:0568-62-4717
FAX:0568-62-2292
メール:01596@city.inuyama.lg.jp

私立高校入学試験に対する中学校からの申し入れ

2007年02月23日 | 進路保障
T地区進路保障協議会(A市・B市・C市・D町・E町の全中学校が加盟)は私立高校の入学試験に対して従来から「文部科学省の定める学習指導要領の範囲内から出題するよう」申し入れてきました。同様の内容は、「私立中学校高等学校連盟」からも各私立高校に指示されています。しかし2月9日に実施された私立高校入学試験の内容を検討した結果ふさわしくないと思われる出題等があり、合格発表までの間に次のような申し入れを各校に対して行いました。

1.学習指導要領範囲以外からの出題に対する善処の要請
①数学
【F高校】〈中学校からの指摘〉食塩濃度に関する連立方程式が出題された。現在の3年生が使用していた教科書(東京書籍)では扱っておらず、さらに食塩水の濃度についての計算も理科では学習していない。
〈高校の回答〉全員への加点を行う。
②理科
【G高校】〈中学校からの指摘〉選択肢の中にphに関わる説明があり正しいものを選択させる問題が出されたが現在中学校の教科書では扱っていない。
〈高校の回答〉全員への加点を行う。
【H高校】〈中学校からの指摘〉自然と環境に関わる出題があったが、この分野は教科書の最後に掲載されていて2月9日時点で未履修の中学校がある。出題範囲は2学期までの内容からにして欲しい。
〈高校の回答〉来年度の課題として検討。
③英語
【I高校】〈中学校からの指摘〉関係代名詞を使った書きかえ問題の中にwhoseが出題されているが、現在whoseは指導要領から外されている。
〈高校の回答〉全員への加点を行う。
【J高校】〈中学校からの指摘〉英文書きかえ問題の中に熟語のbe fond ofが出ているが、現在の教科書には載っていない。
〈高校の回答〉採点除外とする。

2.入学試験事務についての改善申し入れ
【K高校】理科テストで定規使用が禁止されていたが作図問題が出題され戸惑った。フリーハンドで書きなさいという指示が欲しかった。
 
入学試験の場で中学校で学んだ成果が十分発揮できるよう、今後とも試験のありかたや内容について検討を続けていきたいと考えています。

-学びの学校づくりを目指す犬山プラン-平成13年度  犬山市教育委員会

2007年02月22日 | 教育資料
犬山の3つの目標
1 教室の改革
 ◎ 自ら考える力を養う「学び」の実現
 ◎ 「総合的な学習」の工夫
 ◎ ティームティーチング・小人数授業の導入
2 学校の改革
 ◎ 子ども・教師・保護者・地域が学び合う場としての「学びの共同体」の実現
3 新しい学校経営
 ◎ 授業を中軸にした学校経営を進めるための校務分掌の見直し、学校運営の効率化、地域住民の学校運営への参加

はじめに
○ 教育は子どもの知的能力の発達とともに、心と身体を健全に育てることを目的とするものであり、社会全体がそれを支えている。そのなかにあって、学校の主たる目的は、子どもの知的能力の発達を保障することにある。また、すべての子どもに知的教育を保障できる場は学校以外にない。つまり、学校の最も重要な役割は、授業を通じて子どもに「学び」を保障することによって果たされることにある。
○ 平成14年度から実施される新学習指導要領は、学習内容や授業時間数が大幅に削減されることなどから、深刻な学力の低下を招くのではないかと懸念されている。そこで、犬山市教育委員会は子どもに基礎的・基本的学力を保障するとともに、それを応用して自ら考える力を保障するために、「学びの学校づくり」を当面の最重要課題と位置づけ、このプランを策定した。このプランの推進は学校・保護者・地域・教育委員会が一体となって取り組むことによって可能となる。
○ 平成14年度からの完全学校週5日制の実施に向けて、中学校における土・日曜日の部活動を地域の指導者の協力を得て、実施できるよう条件整備に努める。
○ 学校の主要な役割が知的教育にあることは前述のとおりであるが、学校は同時に、子どもの成長・発達を支えるために、広範な領域にわたって多種多様な教育活動を展開していることは言うまでもない。「学びの学校」づくりを目指す本プランは、小人数授業などの導入を通じてこの4月から実施に移されることになるが、ここで取り上げられなかった事柄についても、各学校・地域などで議論を起こし教育委員会にご意見を寄せてくださるよう期待している。「生きる力」を培う「学び」をめざすこのプランをより充実したものにするために、学校・保護者・地域の皆さんや児童生徒の皆さんが、ご提案・ご意見をお寄せくださることを切望する。

Ⅰ 犬山の8つの目標
1 教室の改革を推進する。
 ・自ら考える力を養う「学び」の実現
 ・「総合的な学習」の工夫
 ・ティームティーチングや小人数授業の導入
2 学校の改革を推進する。
 ・子ども・教師・保護者・地域の人々が学び合う場としての「学びの共同体」の実現
3 新しい学校経営を推進する。
 授業を中軸にした学校経営を進めるための
 ・校務分掌の見直し
 ・学校運営の効率化
 ・地域の人々の学校運営への参加

Ⅱ 具体的な施策
1 ~自ら考える力を育む「学び」へ~
 教室改革とは、知識を教え込みがちであった「勉強」から、自ら考える力を養う「学び」への授業改革を中核とする。
「学び」を実現するには、子どもの個性・発達段階に応じて教育課程を工夫し、指導方法を改善する必要がある。とりわけ、総合的な学習を工夫する。さらに、ティームティーチングや小人数授業の導入による利点を生かした授業改善を進める。

(1) 教科と「総合的な学習」
 ア 「基礎・基本」の定着を図る
 教科教育は、各教科の知識・技能の系統的な学習を通じて、人類の文化的な遺産を受け伝える営みであり、子どもが社会の一員として自立して生活を営めるように、その基盤となる能力を育てる営みである。しかし、教科の系統性の過度の重視や受験準備の要請の中で、教科教育はややもすると無味乾燥な学習に陥りがちであった。このような反省の上に立ち、どの子も抱く「わかりたい」、「できるようになりたい」という強い願望を踏まえ、「基礎・基本」の徹底的な指導を通して事物や事象について自分なりの意味を読み解き、新しい知の世界を切り開いていく力を育てることが大きな課題である。
 イ 応用力を育成する
 「総合的な学習」の時間は、主として教科教育を通じて育成する「基礎・基本」を総合的に応用して事物や事象の意味を読み解き、それらが自分自身にとってどのような意味を有するか、自分はそれにどのようにかかわっていくかについて、子どもたちが自ら考える力を養い、生きることと一体化した「学び」の場である。
 「総合的な学習」は、観察・調査・実験・議論等の体験を通じて互いに多様な発想・発見を提供しあい、個の学習を保障すると共に、それらを仲間同士で共有することにより、その効果が高まる。
 ウ 「学び」を「生きる力」へ
 自らの生に喜びを感じられない者に他者を大切にする心を育てることは難しい。いま子どもたちは日々生きることに十分な喜びを感じているだろうか。子どもたちの様々な生活場面がそれぞれより充実したものになるよう努力するとともに、子どもたちが「学び」を通じて生の喜びを感じられるようにし、自らの生を切り開く力と展望を獲得できるようにすることは、我々おとなが総掛かりで取り組むべき課題である。

(2) 「学び」の学級づくりのための指導方法の改善
 教育課程の編成は、校長の裁量である。したがって小人数授業、ティームティーチングの導入にあたっては、学校の実情に応じて校長が決定する。
 指導対象とする教科は、校長が判断するが、原則として学力差の生じやすい国語、英語、算数(数学)、理科とする。
 平成13年度は、別紙「(資料1)平成13年度小人数授業実施計画」及び「(資料2)平成13年度ティームティーチング授業実施計画」により実施し、今後改善充実を図る。

 ア ティームティーチングの導入
 ティームティーチング方式(TT)の授業は、非常勤講師を補助指導員として加え、学級担任或いは教科担任と共に指導する協力指導である。
 各学校は、教科の特性、児童生徒の実態、学校の実情を十分踏まえた「ティームティーチング年間計画」を作成し、学校経営に位置づけて教職員の共通理解を図ると共に、小人数授業と同様に家庭や地域への啓発に努める。
 ① TTの目的に応じた集団編成(課題別・方法別等)をする。
 ② 時間割を工夫して、事前の打合せや準備ができるようにする。
 ③ 研究課題を設定して、研究的にTTを進め、評価をしていく。

 イ 小人数授業の導入
 小人数授業は、現在の40人学級を20人程度に再編成して、新たに配置された非常勤講師により、指導をする。
 各学校は、教科の特性、児童生徒の実態、学校の実情を十分踏まえた「小人数授業年間計画」を作成し、学校経営に位置づけて、教職員の共通理解を図る。
①)学習集団の編成・・原則として、男女均等、能力均等とし、人間関係を考慮する。
② 時間割の編成・・・教師間の打合せの時間を確保する。
③ 指導方法の工夫・・集団編成や個別指導の工夫をする。
④ 教材の工夫・・・・小人数指導に適した教材を開発・検討する。
⑤ 評価の工夫・・・・評価方法の共通理解を図る。
⑥ 研究課題の設定・・各学校において小人数授業を研究的に取り組む。
⑦ 保護者・地域の人々の理解・協力を得る。


2 学校改革 ~「学びの共同体」~
 学校は、子どもたちが学び合う場所であると同時に、教師自身も授業の工夫・創造を通して学び合うとともに、保護者や地域の人々が参加して学び合う「学びの共同体」である。
                                        
 (1) 教師たちが学び合う場
 学校は、教師たちが互いに専門家として高め合うために、校内研修として定期的に互いの授業を公開したり、評価をし合うことにより、指導力の向上を図る。

 ア 校内研修の充実
 ① 校内の現職教育(全体研修会)
  学校の年間研究テーマに沿って、積極的に研修会を開催し、教師としての資質を高め合う。

注 【学校訪問及び・研究指定(委嘱)校の改善】
  学校訪問と研究指定校制度は、どちらも教職員にとって実際の授業を公開しながら研修する機会である。今後は、研修の質を一層高めるために、参会者全員が同じ土俵に乗り共同で研究する本来の「学び合いの場」とするために、次の点について改善する。
 ① 公開授業は、日常的な授業を公開する。
 ② 印刷物を簡素化する。
   ・要項等の印刷物を極力削減する。
 ③ 資料等では、「自主性」等の不明確な用語の使用を避け、誰にも分かる平易な言葉で表現する。

 ② 学年・教科研修会
   学年・教科に応じて、関係者で独自に研修会を開き、指導者としての力量を高め合う。

 イ 研修への支援
   市教育委員会に指導主事及び指導主幹を配置し、支援体制を築く。

 (2) 保護者や地域の人々が参加して学び合う場
  学校は、子どもの学びを支援するために、保護者や地域の人々が参加して学び合う場である。
 ア 子どもの教育活動に参加して学び合う
 保護者・地域の人々が教育活動に参加することは、保護者と地域の人々が学校と共同して子どもを育てることである。保護者や地域の人々が学校の教育活動に参加することは、次のねらいをもつ。
 ・保護者と教師の連帯を生むための連携作業の場とし、我か子中心の保護者の意識を我が子を含めた学校改善に向けていく。
 ・授業の活性化を図り、質の高い体験的学習や探究活動を子どもにさせるために、学校の教育活動や部活動の指導に参加してもらい、子どもだけでなく、保護者や地域の人々にも学ぶ機会とする。
 イ 学校施設を活用して学び合う
  学校を地域における生涯学習の拠点の一つとして考え、地域の人々が学校施設(学校図書館やスポーツ施設)を活用できるように改善して、施設を地域に開放する。

3 学校経営 ~学びの視点からの見直し~
  学びの視点から学校を見直すとは、学校経営の中軸に授業を置くことである。そのために、「校務分掌の簡素化」「学校運営の効率化」「部活動の指導技術向上と活性化」「地域の人々の参加」を進める。
 (1) 学びの視点より校務分掌の簡素化を図る
 校務分掌全体を「学び」の視点から、単純化して教職員の専門性・自律性が発揮できる時間の確保を図り、「授業づくり」「カリキュラムづくり」に専念できる体制をつくるために、校務分掌全体を簡素化し、現在ある各種の組織の見直しをする。
 (2) 学校運営の効率化を図る
 会議・委員会を削減したり、各種行事の準備を簡素化したりして、学校運営の効率化を進める。
 (3) 中学校部活動の指導に社会人を活用することにより、部活動の充実を図る。
 中学校の部活動の指導に社会人を活用することにより、生涯スポーツとしての部活動の充実を目指す。
 (4) 地域の人々の学校運営への参加を図る(学校評議員制の実施)
 地域ぐるみの教育を進めるために、地域の有識者、保護者、子供会の指導者、学校関係者で構成する組織(学校評議員)を設置し、子どもたちの成長を共に考える支援体制を築く。

注 シンポジウム「教育のまち」の開催
 「学びの共同体」としての学校は、教職員、保護者、教育委員会の三者が一体となった協力と連帯によって実現する。そのために、三者が地域の人々も交えて話し合う場がシンポジウムである。

少子化傾向は私立高校の受験をどう変えたか~私立高校入学試験を終えて①

2007年02月21日 | 進路保障
     2007年          1992年
      募集  専願  併願   募集  専願  併願
《男子校》
大阪     280  209   628   495  500  1616
清風     355  187  1026   685  511  1359
摂陵     245  157   327   315  234   606
北陽     300  170   678   545  527  2408
明星     135   86   266    250  278   334
《女子校》
薫英     240  152   283   540  474  1450
成蹊     280  127   445   570  587  1070
四天王寺  165  115   566   447  375  1093
宣真     320  221   565   520  416   740
梅花     240  148   251   370  358   433
《共学校》
英真     320  192   565   616  530   652
追手門   174  148  1148    268  286   618
大阪学院  400  411   630   430  591   492
関西大倉  320  207  1353   540  634   832
関大一高  190  286    74   268  587    39
大商学園  380  320  1168   450  689   926
箕面学園  220  104   161    423  549   696
箕面自由  310  167   784    272  371   874
桃山学院  520  431  1268    630  535  1127
履正社   381  309   299    495  317   88
同志社香里 60   67     0    90   250    7
(各校の実際の募集は学科や類系ごとですが、便宜上学校ごとに総計しています)


【入学試験をめぐる変化】
 私が教員の仕事に就いた1970年代(多くの保護者のみなさんが小中学生時代を過ごした時期と思います)は、大阪府の15歳人口増加期であり、厳しい入学試験が続いていました。ほとんどの私立高校は専願者だけで募集定員を上回りました。公立高校については本来の希望者に加え私立高校不合格者も集中し、ますます狭き門となりました。

 生徒数の増大にあわせ、公立では新設高校が次々と誕生しました。それでも多くの私立高校は専願者だけで定員に達していたのです。

 この傾向は第二次ベビーブーム世代が受験を迎える1990年代前半まで続きました。しかし少子化の影響が出始めた2000年代になり入学試験の様子は一変します。大阪府下の7割以上の私立高校が募集定員割れを起こすという私学にとっては深刻な(受験生にとってはラッキーな)状況が始まったのです。上の表を見ても分かるように私立高校の専願者が定員に達したケースは1992年の11校から、3校に激減しています。

【少子化時代を迎えた私立学校】
 1990年代に私立学校は少子化時代に向け、①大阪府との間で公立・私立高校の定員について話し合いを行いつつ、②共学化と③中学校の併設を進めてきました。

 まず①の公立高校の定員削減についてです。大阪府は私立高校の果たしてきた歴史的役割を尊重し、公立高校と私立高校の収容率を7:3という比率で考えてきました。生徒減少期の今も公立・私立高校はともに定員を減らしながら7:3という収容比率を保っています。(これに沿って公立高校の統合再編が進んでいます)お互いが募集定員を減らすことにより、公立・私立を問わずできるだけ高校をつぶしたくないという大阪府の配慮が働いています。

 ②の共学化についてです。かつて大阪府下私立高校のほとんどは、男女別学でした。T地区でも共学校は3校のみでした。男女別学は建学精神ともかかわる私立学校の特色の一つでもあり、結果としては男子校と女子校の間で生徒争奪が激化する防波堤にもなっていました。しかし少子化時代の到来は私立学校間の共存共栄時代を終わらせ、一挙に私学の共学化を推し進めました。(同時に校名も変わった学校も少なくありません)

 ③の中学校併設は、高校での募集減で空きが生じた施設などを有効に活用させるだけでなく、安定した高校入学者を作り出すことになりました。中学校開設は、当時の文部省が発表した「ゆとり教育」に対する保護者の不安感にも助けられ、ほぼ成功する形で現在に至っています。


少子化傾向は私立高校の受験をどう変えたか~私立高校入学試験を終えて②

2007年02月20日 | 進路保障
【中学校の進路状況】
中学校では2月14日で私立高校・専門学校の受験結果が全て出そろいました。中学校では夏休み前から『卒業生の進路を聞く会』や『高校見学会』が行われ、それぞれの進路に向けた取組が進められていました。受験校が決まってからは、全ての受験先に職員が出かけ進路相談を行っていました。進路相談では高校側から入試傾向についての丁寧なアドバイスもいただき、今年も受験した全員が合格を手にしています。(おめでとう!)合格者の多くが今後行われる公立高校も受験するため、必ずしも合格した私立高校に進学するわけではありませんが、以下の各高校が今年の中学校生徒の受験校でした。(略)

元同僚からの手紙

2007年02月17日 | 読者の声
立春を過ぎたとはいえ、まだまだ寒い日が続いていますがお元気ですか。いつもいつも『かけはし』送って下さりありがとうございます。拝読の後、先生の思い、ご一緒した前任校時代のことなど懐かしく思い出され、またいっしょにその思いを共有できる先生方が職場にいてくださるので嬉しいです。

ところで年賀状に書いてあったメッセージですが、本当に「S先生というステキなプレゼント」を(しかもうちの学年に)ありがとうございました。日々悩みながら、喘ぎながら、壁にぶつかりながらも、S先生という仲間が(ちょっと偉そうな表現だとは思いますが同志が)ついてくださることで何とかヘロヘロになりながらもやっております。

先日「文章を一部拝借します」とS先生が携帯でお話されてましたが、本日の1限道徳の時間、同封のプリントを学年の生徒全員に配布し、多目的室でお話してくださいました。すごく勉強になるし、学ばせてもらっています。でも学年の子どもたちが落ち着かず、言動が荒く、S先生には申し訳ない気持ちで一杯です。「どうしたら・・・?」「どうしたら響くのか?」「どうしたらわかってもらって行動にうつせるのか・・・?」日々自分自身に問いかけ続けています。

律儀なS先生のことなので、また後日同封の学年だよりを送付されたりするかもしれませんが、とりあえず「プレゼントのお礼」方々私の方からお送りしておきます。先生も相変わらず精力的に活動され、ご活躍のこと、元同僚として嬉しく思いますが、どうかくれぐれもおからだ大切になさってくださいね。2007.2.13  ○○中学校 ○○○○

卒業生からの手紙

2007年02月15日 | 学校の話題
ひょっこり職員室を訪れたのは、34期生のI男とK子である。I男は一浪後に地元の大学工学部に入学した3回生、K子は高校卒業後ライブハウスや舞台で活動する歌手になっていた。私にとっては異色の取り合わせで、「なぜこの二人なの?」と尋ねると、怪訝そうな顔で「だって僕ら二人は3年5組の同窓会幹事ですから」と答えた。3月に同窓会を開くのだという。

中学校の「二十歳の同窓会」を始めたのはI男だった。生徒会会長として校則改正に真正面から取り組んでいた。3年生の球技大会で審判を巡って男子の喧嘩が始まった時は、自分も殴られながらも「俺たちは友だちやないか」と泣きながらの話し合いをしてくれた。二十歳になると同級生で寝たきり生活をしているM子を成人式に呼び出す狙いもあり同窓会を企画しM子を成人式会場にも連れ出してくれたのだ。

職員室のソファーで同窓会のひとしきり盛り上がった後、別れの挨拶を残し、二人は購買部へ立ち去った。「プロの仕事を教えられる」の中に出てくる卒業生とは、実は、この二人なのである。それから数日が経って1枚の往復はがきが自宅に届いた。I男らしい固い言い回しの手紙である。今年になってから、これが3度目の招待となる同窓会である。


I男からの手紙

春の暖かさを感じる季節となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。
さて、私たち34期生は、今春より仕事に就き、大阪を離れるものが多くおります。そこで中学校第34期卒業生の同機会を開きたいと思っております。

このような大きな同窓会を行えるのも今回で最後かと思われますので、当日は中学校時代にお世話になった全ての先生方をお呼びしたいと思っておりますので、ご多用中誠に恐縮ではございますが、お誘いあわせの上、ぜひともご来場いただきたくお願い申し上げます。

日時 3月10日(土)午後6時半より
会場 ○○阪急ホテルIVYホール
幹事代表 ○○○○

千の風になって~想いを考える

2007年02月09日 | 話題
「千の風になって」のCD売り上げが1位になっていると言います。NHK紅白歌合戦で歌われたことがCDの売れ行きに火をつけたようです。

この詩が朝日新聞で紹介されたのは2003年夏のことです。欧米では古くから知られていたこの詩は、様々な場で朗読されていました。1977年アメリカで俳優ジョン・ウェインが映画監督のハワード・ホークスの葬儀で朗読しています。1995年アイルランド共和軍との戦闘で倒れたイギリス兵士が家族に宛てた手紙の中にこの詩があり、イギリスでは大きなブームが起こりました。2002年ニューヨークで行われた同時多発テロ追悼集会では遺族が詩を朗読しました。

追悼で朗読される詩は、普通残されたものが死者に語りかけるかたちをとります。しかしこの詩は死者が生者に語る形式をとっています。残された者が、先立った者から見守られながら、どう生きるべきかを考える詩のように思えます。

原文は英語で書かれています。中学生の皆さんは、原文に挑戦してみて下さい。

a thousand winds 
         
Do not stand at my grave and weep; 
I am not there, I do not sleep.

I am a thousand winds that blow.
I am the diamond glints on snow.
I am the sunlight on ripened grain.
I am the gentle autumn’s rain.

Why you awaken in the morning’s hush,
I am the swift uplifting rush
Of quiet birds in circled flight.
I am the soft stars that shine at night.

Do not stand at my grave and cry;
I am not there,I did not die.

宿題について質問です

2007年02月04日 | 教育相談
質問
大阪市に住む者です。息子の担任の先生に「忘れ物を連絡帳に10回書かせるより、覚えれてない漢字10個書かせて、少しでも身につけさせてほしい。宿題も少なすぎて、学校で済ませてきてしまい、家庭での学習時間を作る習慣ができない」と話したら、「学習面で、一生懸命な親御さんなら、みな、塾に行かてはるやろ?」といわれたのです。いったい、どんな意味で言ったのか?うちの子にも塾に行かせればいい、学校では、学習させることは無理だからと、この先生は言ってるのだろうか?確かに、この先生は、「覚えれてない漢字10個と言い出したら、覚えれてない漢字が多い子は、すごい量の漢字を書かせられることになる。そうなると、書くこと自体無理な子が出てくるから、それは、できない。宿題を多く出すと、塾に時間がとられるので宿題多いと困ると言う保護者が多いから、宿題はそんなに出せない。」と言ったのです。公教育の内容を崩して塾を肯定する先生がいるのです。だから、先生一人ひとりはどうなのか?って、聞きたいんです。きれいごといくら言ったって、やっぱり本当のところは、塾に行かせて、いい学校に進学させるのがいいのかなっって、周りの親を見てたら思ってしまいます。

教育相談員
公立学校の教員には、「経済格差が学力格差となっている現状」を変えようという姿勢が必要だと私は思います。そのためには、「家庭学習」、家庭学習の中心になる「宿題」を、いかに計画的に出すかが、大切になってきます。私の中学校では、従来、宿題の出し方が教員によってバラバラであったため、個々の教員の考えによって宿題を出したり、出さなかったりしていた傾向がありました。「中学生になったんだから勉強は自分でするもの」といっていたらますます学力格差が拡大します。「多くの中学生は家庭学習のやりかたが分かっていない」という前提に立ち、「家庭学習を支える宿題の出し方」を、学校をあげて推進する必要があると思うのです。お子さんの学校でも「家庭学習を支える宿題の出し方」について、考えていただくようお願いすればどうでしょうか。



子どもは大人たちの善意の中で育つ

2007年02月02日 | 子育て
 私がT市内にある幼稚園や小学校に通っていたころのことです。小学校から生家までの200mばかりの道沿いにある家は、すべて上がりこんだことがありました。

 隣家のO銀行独身寮には長い木の廊下があり夏の暑い午後はひんやりしていて絶好の避暑地でした。バス通りを隔てたNさんの家には2歳年下の可愛い男の子がいていつも私が連れまわしていたし、その隣のIさんの家には見事な枝振りの桜の大木があり夏休みともなれば朝の6時頃からその木に登って蝉捕りをしていました。その隣のSさんの家では生まれて初めてシュークリームを食べさせてもらい、その隣にいたOさんの家にはお気に入りの犬がいて給食のパンの残りを食べさせていたし、その隣の一つ年下のK君の家には立派な暖炉があり昼食をいただくこともしばしばあり、その隣の家には当時としては珍しい芝生の庭が広がっていて歩きだして間もない男の子と芝生の上で遊び、学校の向かいには私を取り上げてくれた産婆さんがおられ…と果てしなく記憶が続きます。

子ども心にも一宿一飯の恩義を感じ、出会えば挨拶しなければならない大人ばかりでした。大塚市場におつかいに行けば「けんちゃん、今日は何を買いにきたん」と声をかけられ、子どもたちの買い食い場所であった駄菓子屋の『のむら』のおばちゃんも『まえだ』のおっちゃんも、遊び場だった住吉神社の神主さんも、みんな仲良しの大人たちでした。今になって考えてみれば、私には同学年・異学年を問わずたくさんの友人がいましたが、それにもまして多くの大人たちの善意を受け、守られながら育ってきたのだと思います。 

現在ではスーパーの進出で大塚市場はつぶれ、対面販売の店自体がなくなってしまいました。駄菓子屋は駐車場になり、住吉神社も神主は去り無人の神社になりました。街の暮らしの中から人と人の関係が消え、金と物の関係だけが残ったように思えます。子どもを育てるという機能が、この街のどこに残されているのかと考えてしまいます。

私は50年同じ街に住み続けていますが、この地域の変化に「変わり果てた」という言葉を連想してしまいます。こんなふうに思うのは、年末に観た吉岡秀隆くんの映画「オールウェイズ」のせいだけではないと思います。小中学校のPTA活動が、大人と子ども、大人と大人の関係を少しずつでも取り返していくことにつながることを願っています。