教育相談室 かけはし 小中連携版

ある小学校に設置された教育相談室。発行する新聞「かけはし」が、やがて小・中3校を結ぶ校区新聞に発展しました。

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卒業式の挨拶

2013年03月26日 | 子育て
保護者の皆さまへ
お子様の卒業、おめでとうございます。入学式の場で「居心地が良く、皆の力が発揮できる学年を目指し、力を合わせましょう。」と挨拶をしてからの3年間、38期生は、その目標を立派に達成し、○中を巣立とうとしています。心身ともに大きく変化し、さらに進路の問題をつきつけられるこの時期を子ども達はいつもいつも平穏に過ごせたわけではありません。友人とのトラブルに悩んだり、学習から逃げ出したくなったり、時には自暴自棄になりそうな時期もありました。これらの問題を保護者の皆様と協力しながら、大きな傷を子ども達に負わせることがないよう努力してまいりました。充分な期待に応えられない点も多々あったことと思いますが、私たちの取り組みにご理解とご支援を戴き、本当にありがとうございました。担任と保護者という関係は、これで途切れてしまいますが、これからは地域の一員として、末永く○中学校を支援して頂ければ幸です。 第三学年職員一同
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3年間の取り組みを振り返って〜年度末反省より

2013年03月10日 | 生活指導
・危機感を抱いての2010年の学年スタート
 38期生のスタートは、①生徒指導上の課題を残したまま卒業させてしまった35期の反省と②連絡会で伝え聞いた小学校の困難な状況を背景とした危機感から始まった。その危機感の中で、直接新入生の姿を見ようとし、五小学校の卒業式に三年職員が全員で参加した。半歩でも先に新入生38期生への指導を始めたいという思いで始めた取り組みである。
・出だしで学年の姿勢を保護者・生徒に示す
35期生では一部の保護者と溝を残したままの卒業となった。「公務員は既得権益にしがみつくヤル気のない集団」という前知事の認識は、残念ながらその知事を選出した保護者の意識でもある。「教員が我が子のためを思って働いている訳がない」という意識は、一定の保護者の中にある。そのため入学式の場で時間をとり歓迎の挨拶=学年目標(①学ぶ力②働く力③仲間と手を結ぶ力)を説明し、職員の心意気を示そうとした。特に茶髪で入学式に臨んだ生徒がいるなかで、職員の姿勢を示すことは大切だと考えた。
・一年目の指導で重視した『ルールを守る力』
この学年目標には、実はもう一つ隠された目標があった。それは④ルールを守る力である。①〜③の目標は3年間をかけての目標であったのに対して、この④番目の目標は、一年生の間に身につけさせるものとして全力で取り組んだ。特に茶髪、遅刻を繰り返す、生徒間の暴力、イジメ・いやがらせの指導については、学年総力をあげ取り組んだ。また校外学習・キャンプなど学年全職員と全生徒が向き合う行事については、その取り組みの成否が三年生となったときの学年規律のあり方につながるものと考えて取り組んだ。なかでもキャンプの就寝指導は、一晩中盛り上がりたいという生徒の思いと、事故を防ぎ子どもたちの健康をと規律を守りたいという職員の思いが真正面からぶつかるものと考え、就寝指導の徹底には力を割いた。(就寝四原則:消す・起こさない・声を漏らさない・出ない)
・小学校との連携〜小学校を敵に回さない、できたら味方にしたい
 中学校進学に不安を抱く保護者に対して、小学校担任が「○中に行くなら心配ない」と語るか、「そうですね、○中は心配ですね」と答えるかで、中学校への印象は、大きく違ってくる。(これは高校進学でも同じ)高校からの情報提供があれば進路指導がしやすいのと同じで、中学校から小学校への情報提供は必要と考える。そう考え、職員紹介、学年目標、入学式以降の取り組みを紹介すると同時に、子どもたちに中学校生活の様子を手紙に書かせ、成長した姿を小学校に伝えた。
・学年教師集団の形成〜子どもを荒れさせないために
 生徒指導を担当することとなった大堂先生を除く一年担任の全てが三年学年集団に残ることができたことは、指導の継続性につながり、恵まれた三年間であった。同時にこのメンバーで三年間やっていこうと我々自身が思うために以下の点を大切にしながら学年運営を行ってきた。
 1.最悪の状態を想定し、そうならないための手をあらかじめ打つ
 2.盛り上げる指導をする際には、ハメを外させない指導を考える
 3.目標設定は具体的にし、何ができたら成功または失敗かの根拠を明確にする
 4.授業規律を個人の問題にせず、学年集団の問題と考える
 5.職員自身が支えられている感の持てる学年→手の内を見せ合う・競争主義との闘い
 6.生徒を過保護にはしないが親切に対応する
 7.日常的な情報交流を基礎に職朝・会議では次の方針を確認する
 8.今の子とその進路を知るため卒業後の繋がりを大切にする
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進路指導『二年後への手紙』過去・現在・未来の自分をつなげる取り組み

2013年03月05日 | 進路保障
第三学年の取り組みについて

実施時期 手紙の記載   一年の三学期
     手紙の受け取り 三年の12月

取り組み 学年目標「学ぶ力・はたらく力・仲間と手を結ぶ力」について説明する

三年生になった自分をイメージし、2年後の自分に手紙を出す
     書く手紙の内容は
      ①今の自分の学習・クラブ活動などの目標を書いたうえで、中学校生活の目標は達成できたか
      ②今、抱えている悩みは解決できたか
      ③今のクラスに馴染んで生き生きと頑張っているか
      ④目の前に迫った進路について、取り組めているか

目標   三年生になった自分自身を励ます
     中学校3年間での自分の成長・変化を振り返る
     目前に迫った進路について大きな視点で見直す

取り組んでみて
 一瞬、教室は静まり、やがて笑顔に変わり、友人と見せ合う者もたくさんいた。自分の手紙なのに、「感動した」と言っている者も多くいた。担任とは高校に受かるかどうか、といった懇談をしている時期なので、今一度中学校生活を振り返ったうえで、どのような高校生活を目指すのかを考えるきっかけになったと思う。

感想文  
【男子】一年生だった頃の僕と、今の僕とを比べて変わったなぁというところもありました。一年生の頃の僕はあまり勉強せず、陸上部に入った理由も特になかったので、部活も特に楽しいと思いませんでした。だから「夢を持っていない」と手紙に書いていました。今の僕は部活をやめたくないと本当に思い、実際に10月まで続けました。昔の僕よりは、夢を何かしら持っていると思います。ただ昔の僕は今の僕がちゃんと勉強しているか心配だったそうですが、昔の僕の期待ほどには勉強していません。これを機会に昔の僕からの手紙を励みにして、さらに頑張りたいと思います。
【女子】すごく感動しました。昔の自分はすごくがんばっていたのに今の自分はどうだろうと考えさせられるところもありました。同時にもっとがんばろうと思いました。これから辛くなったら、この手紙を読もうと思います。
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三年間で学んだこと

2013年03月03日 | 学校の話題
三年生の皆さん。皆さんの中学校生活も、1ヶ月を切りました。皆さんの多くは自分の進路に懸命に取り組んでいますが、それと同時に卒業の取り組みを始めなければならなくなりました。
私たち学年教師団は、皆さんが三年間を通じて成長を重ね、下級生の見本となるよう行動できたと思います。(もちろん例外はありますが)卒業式で三年生代表が朗読する『答辞』の言葉が、三年生みんなの気持ちを結集させたものとなるため、皆さんの一人ひとりに『中学校三年間で学んだこと』を書いてもらいます。内容は、①クラブ活動、②生徒会活動や委員会活動、③友人との交流、④進路の取り組み、⑤家族との関係などで、⑥その他の中から一つを選び、自分が学んだことや成長したと思うことを書いて下さい。
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義務教育仕上げの一年が始まる!

2012年04月12日 | 学校の話題
《自分への手紙》春休みのある日のことです。「一年生の時に書いたまま渡すのを忘れていました」といって1通の手紙を持ってきた生徒がいました。皆さんは覚えていますか。三年生になった自分を応援するために書いた手紙があることを。一年生の頃は三年生になった自分がどうなっているのか、想像できなかった人も多かったと思います。ところが中学校生活の2/3は、もう終わってしまったのです。(長かった小学校6年間に比べ、中学校の3年間は何と短いことか!)

《仕上げの年》金曜日の入学式では、初々しい新一年生が中学校生活への希望を語っていました。皆さんの中学校生活は、あと1年になったのです。行事で盛り上がる、クラブに燃える、友だちをいっぱい作る、学習を頑張る等、入学時に考えた中学校生活の夢を仕上げる1年がきたのです。今までの2年間で、皆さんは希望実現への道を順調にたどることができたでしょうか。「無理!」と言って自分で壁を作っていませんか。希望や目標がかすんで見えにくくなった人は、もう一度目標を練り直すのも良いでしょう。

《『あの頃』に生きている》卒業していった生徒から、「もう一度、あの頃からやり直せたら」という言葉を何度も聴きました。しかし皆さんの中学三年生は、今始まったばかりです。今皆さんは、その「あの頃」に立っているのです。もう間に合わないと思っていませんか。違います。今だからこそ、やり直しができるのです。

《不安な時こそこの瞬間を大切に》不安のない人はいません。不安な時は、何をしたらいいのか分からなくなります。そんなときは、毎日の学校生活を大切し、今を充実させることが、不安をより少なくするのです。

《そして仲間と思えるクラスに》皆さんは二年生をどのように終えることができましたか。クラス替えをせず、このままのクラスで三年生になりたいと思った人もいたのではないでしょうか。不安な時クラスの友達の顔を見たらホッとするのか、それともクラスに行けば余計に不安になるのか、その差はとてつもなく大きいと思います。お互いを裏切らず、お互いを認め合い、時には競い合い、時には励ましあう。そんなことが当たり前のように過ぎていくクラスにしたいと担任は考えています。
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子どもたちは広告塔ではない

2012年04月05日 | 学校の話題
 今年も4月を迎え、学生たちは新しい生活のスタートをきろうとしている。しかし私はこの春の受験期に、とても残念な出来事に悩む同僚に出会った。

 関西の私立高校には『専願』という制度がある。他の高校(その多くは公立進学校)の滑り止め=『併願』として受験するのではなく、合格すれば絶対にその高校に進学するという約束の制度である。『専願』受験は、その高校を本命としているため『併願』者よりも合格ラインが緩く設定されているのが普通である。ところが『専願』で希望の高校に合格した生徒が、今度は『併願』で他の私立高校の二次募集を受験したいと言い出した。聞くと、既に合格した高校に入学するのだけど「受験料を出すから是非に他の高校も受験して欲しい」と塾の先生に頼まれ断りきれないとのことであった。

 大阪府下の一部高校で成績優秀者にいくつもの大学を受験させ合格者数を水増ししていたことがあった。マスコミにも取り上げられ、是正されたと聞く。しかし全く同じことが塾の指導で行なわれているのだ。新学期を迎え、塾のチラシには有名高校の合格者数が満載である。その中に、あの生徒の合格も数えられていると思うと複雑な思いをするのである。
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転校するSさんへ

2012年03月12日 | 学校の話題
転校が決まったと聞き、新しい学校で活躍して欲しいと思うと同時に、残念で寂しく思います。

「どんな時にも公平な目で人を見ることができる子です」小学校の先生が、そう話してくれたのがSさんでした。本当にその通りの生徒でした。

しかし中学校のスタートは、大変辛い事件が続きました。クラスで何度も話し合いを持ちましたね。お父様や、お母様とも何度も相談しました。人の希望を踏みにじるような手紙に、私は心から怒りを覚えると同時に、担任としてSさんに申し訳ない思いでいっぱいでした。ある日、放課後教室の机の中を調べたときに、Sさんの机に、あなたが自分で書いた手紙が入っていました。「どうして、手紙を入れるのですか。もうやめて下さい。」手紙を読んだ私は、Sさんの悩みを思うと、胸が苦しくなりました。

でもSさんの周りには、自分のこととして共に怒ってくれる仲間がいました。ピンチの時に傍にいてくれるのが本当の仲間です。そんな仲間が自然に集まっていたのも、Sさんの人柄のおかげだと思います。

Sさんが、転校先の中学校で、今以上に充実した日々を送ることを心から祈っています。持ち前の正義感と人情深さにより、あなたが○中学校で多くの友人を得たように、新しいクラスでも、きっと素敵な仲間に囲まれていることと思います。

最後に、お父様とお母様へ。入学間もない時期の執拗な嫌がらせに対し、担任の取り組みを暖かく見守っていただきありがとうございます。

学校の指導、特に子どもたちの内面に関わる指導というものは、即効性がなく、時間と手間ひまをかけながら解決していくものだと思います。嫌がらせ手紙の差し出し主は分からないままの『解決』となってしまいましたが、心の通じる友人を得たことが、あの『事件』の『解決』になったと今では考えています。一緒に二人三脚を組んでいただき、本当にありがとうございました。

最後に皆様のご健康を祈って、お別れのご挨拶にいたします。
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阪神淡路大震災から17年を迎えて

2012年01月17日 | ニュースを読む
あの震災から17年が経ちます。少しずつ遠くなったあの時の記憶が、東日本を襲った3.11の震災を通して浮かび上がってきます。私は自分の生涯であれ以上の震災に出合うとは思いもしませんでした。
ここに4年ほど前の古い新聞記事があります。この新聞には、あの阪神淡路震災から10年以上経ち、ようやく当時の事を話すことができた人達の声が載っています。辛い思いをした人は、なかなかその体験を口にすることができないものなのです。中には一生誰にも話せないまま、自分の中に閉じ込めてしまう人もいるのです。昨年の東日本の震災の記憶も語られるまでには多くの時間が必要なのかもしれません。今日はこの記事を通して2つの震災について考えてみたいと思います。

父林穣弥(じょうや)さん=当時57歳=を失った渋谷和代さん(39)
炎はどれだけ熱かっただろう
 「大丈夫やから、こっち来るな」 それが、父の最期の言葉でした。火が迫ってきます。父ががれきの中にいるのに、何もできなかった。私と母、兄は手を合わせて「ごめんね」と言うしかありませんでした。やがて火は家を包みました。少し離れて私たちは見ていました。泣きませんでした。私が泣くと、母はもっとつらくなる。そう思い、涙は流すまいと決めたのです。 あの日、私と父母が住んでいた神戸市長田区日吉町五丁目だけで、何人も亡くなったと聞きました。あちこちで家が崩れ、人が生き埋めになりました。男の人たちが集まって、助け出そうとするのですが、重機がないと無理な家もあります。私の家もそうでした。人力で救出できそうな家から回っていきます。私の家は二階建てでしたが、二階が一階になった状態。重い瓦やはりがのしかかり、人の手ではびくともしませんでした。何度か回ってきてもらいましたが、うちだけにかかってもらうわけにはいかなかったのです。 父と一階にいた母は、わずかなすき間から脱出して、二階にいた私は助け出されました。火事が起こっていることを知らなかった。でも、時間がたつに連れて、三軒先、二軒先と火が迫ってきた。灘区から駆けつけた兄と、近所の数人が屋根に上って、最後まで助け出そうとしていました。もうそこまで火が来たとき、母が叫びました。「あんたらがけがをする。もうええから降りて」 夜は長楽小学校の校舎の階段で寝ました。確か三日後に小雨が降って、兄が「もう消えたから、お父さん捜しに行こか」と言いました。焼け残った電子レンジのそばに遺骨はありました。三人で拾って、近くにあった箱に入れました。 結婚後、私は夫の実家の稲美町に移り、一男一女に恵まれました。震災について忘れていくこともあるけど、父のことを思うと「炎に巻き込まれてどれだけ熱かったろう」と今も涙が止まりません。それから、なぜか父の仏前で手を合わせられないんです。母のそばに、いつも父がいる気がして。母に孝行することで、父にも気持ちが通じている気がするんです。(2007/12/23)
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大阪府教育基本条例制定に関する大阪弁護士会会長声明

2011年12月26日 | 教育行政・学校運営
1 2011年6月3日、大阪府議会は、「大阪維新の会」の提案により、学校での儀式の際の国家の起立斉唱を教職員に義務付ける「大阪府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国家の斉唱に関する条例」(以下6月条例」という。)を可決成立させた。

2 橋下知事と大阪維新の会は、さらに大阪府教育基本条例を制定し、教職員の非違行為に対する懲戒処分基準を定めようとしている。そして、2011年8月22日に概要が公表された大阪府教育基本条例案は多岐にわたるものであるが、国家起立斉唱に対する違反も念頭に置き、教職員が同一の職務命令に対する3回の違反を行ったときは免職とすることを定めている。

3 国歌斉唱時に教員などに起立斉唱を命ずる職務命令については、本年5月から6月にかけての一連の各最高裁小法廷の判決により、思想及び良心の自由を保障する憲法19条に違反するとはいえないとの判断がなされた。

 しかし、式典における国歌起立斉唱行為の是非については、国民の中に議論があり、起立斉唱をよしとしない者にまで、これを強制することは、その者の思想及び良心の自由を直接に侵害するものではないかとの疑義があり、この点については、日本弁護士会も本年6月3日付の会長声明等で同様の批判をしているところである。また、これらの法廷意見に対しては、2名の裁判官が反対意見を述べているところでもある。

 そして、上記の一連の最高裁判決の法廷意見に賛成した裁判官の補足意見において、こと懲戒等不利益処分を課すことについて、当該職務命令の必要性、違反の程度、代替措置の有無、課せられて非利益処分の程度など諸般の事情を考慮しなければならず、その結果、裁量権の逸脱・濫用となる場合があることが指摘されている。このように個人の思想および良心の自由に関係して懲戒処分を課すことは、慎重な考慮が必要であり、条例によって懲戒免職を含む処分を一律に課すことは、上記各最高裁判決からも外れるものである。

4 さらに、大阪府教育基本条例で形式的に懲戒の基準を定めることは、大阪府教育委員会の人事権と市町村各教育委員会の内申権を侵害し、地方教育行政組織法に反することとなる。

 大阪府域の政令指定都市以外の府立学校・市町村立学校の教職員の人事権は大阪府教育委員会にあり(地方教育行政組織法23条3号)、政令指定都市以外の市町村教育委員会も、教職員の懲戒に関する内申権(同法38条1項)を有している。教職員の懲戒免職はもちろん、その他の懲戒処分を決定するのは、大阪府・大阪市・堺市の各教育委員会であり、その決定に際しては、職務命令の内容・必要性、違法行為の程度、代替措置の有無などが考慮されて、教育委員会が裁量権を行使するのであり、条例によって一律の処分基準を設けることは、教育委員会の裁量権をはく奪または制限することとなる。

 教育行政が地方自治体の教育委員会にゆだねられているのは、明治憲法下で中央政府が教育行政を管轄し、国定教科書をはじめとして国家主義教育を中央集権的に進めたことに対する反省からきている。教育基本法16条は、旧教育法10条の「教育は、不当な支配に服することなく」という文言を引き継いでおり、府議会が教育行政に介入して、教育委員会を不当な支配のもとにおくこととなる。

 大阪府教育基本条例は、このように地方教育行政組織法23条3号及び38条1項に違反しており、同条約の言う処分基準を設けることと、同法が予定する教育委員会が人事権の行使について裁量を有することは、矛盾抵触する関係にあり、同条例は「地方公共団体は、・・・法律の範囲内で条例を制定することができる」とする憲法94条から許されない。

5 当会は、憲法および地方教育行政組織法に違反する大阪教育基本条例の制定に反対するものである。

2011年9月15日 大阪弁護士会 会長 中本和洋
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生徒指導主事の仕事を振り返って② 心が繋がるとき

2011年12月25日 | 生活指導
それは指導困難な暴力事件があった夜のことである。放課後の担任の指導が不調に終わったという連絡を聞き、私は保護者の帰る時間を見込んで9時頃に加害生徒宅に家庭訪問を行うことにした。子どもをどうしても庇う親を説得し、何とか翌日被害者への謝罪約束を取り付け、ホッとしてアパートの階段を降りると、そこに学年生徒指導担当のSが立っていた。驚いてその訳を聞くと「放課後の指導に自分も入っていたのに指導しきれずに申し訳なかった。しかし指導が不調に終わったとの報告を聞いたら、今夜に一人ででも動くはずだと思ってここで待っていた。」と答えてくれた。

彼とはこんなこともあった。暴力事件を起こしていた在校生2人が卒業生にからまれ人気のない公園に連れて行かれたと電話があった。私は電話を切ってすぐ、何も言わずに職員室を飛び出してしまった。その公園に向かって走っている私を一人で追いかけてきたのも彼だった。「電話を切るなり走り出したということは、きっと緊急の事件に違いないと思いました。」

共に山を越えてこそ、心が繋がる。今でもそう信じている。
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