○○年度大阪府立S高校定時制課程卒業式答辞(卒業生の言葉)より
今年は近年まれにみる厳しい冬でしたが、今は梅の花がほころびはじめ春の訪れを感じます。
私たち○○期生も働きながら勉強するという条件を乗り越えて、この学び舎を巣立とうとしています。本日、私たちのためにこのような盛大な卒業式をあげていただき、ご来賓の方々をはじめ諸先生方、在校生の皆さんに、卒業生一同、深く感謝しております。
思えば4年前の4月、全日制高校の受験に失敗した者や、経済的に定時制高校に行くことを余儀なくされた者や、高校を中退し一度社会へ出たものの世間の冷たい風に耐え切れず思いを新たにした者など、様々な理由をもって私たちは大きな期待と不安を抱きながらこのS高校定時制に入学しました。昼間は職場で勤務に服し、日が沈むころに登校して授業を受けるという毎日は、想像していた以上に苦しく、一人また一人と去っていく者は後を絶たず、入学当初107名を数えた友も今日ではわずか50名となってしまいました。
途中で学習意欲を失い、あるいは職場や家庭の事情でやむなく学業を断念した友のことを思うと、自分のことで精一杯で肝心なときに何の役にも立てず、引き止めてやることもできなかったのが私たちは心残りに思えてなりません。在校生のみなさんの中に、もしそういった人がいましたらお互いに声をかけて学校へ来るよう呼びかけて欲しいものです。
思い返しますと確かに辛く厳しい4年間ではありましたが、その中には心に残る楽しい思い出もたくさんありました。各クラスが一丸となって熱戦を繰り広げた球技大会。日ごろの疲れも忘れ精一杯力を合わせた秋の体育祭。また準備が進むにつれてクラスの絆がしだいに深まっていくのを感じた文化祭の夜。その日のことがつい先日のように思い出されます。
(中略)
これから私たちは大学や専門学校に行く者、新たに就職する者、また今の職場で力を発揮しようとする者など、それぞれちがった道を歩もうとしますが、この4年間で培(つちか)ったものを大切にし、これからの人生に役立てるとともに、自分がS高校定時制課程の卒業生であることを恥じることなく生きてゆきたいと思います。
時には挫折し思い悩むことがあると思いますが、4年間頑張ってきたこの力を支えにし、今後待ち受けているあらゆる障害を乗り越えて、希望と夢に向かって歩み続けます。
在校生のみなさん。今日は私たちの門出を祝福して下さりありがとうございました。この場を借りて大変恐縮ではありますが、少し私の話を聞いていただきます。
私は現在25歳です。まだ17歳だった時に高校を中退しました。そうなった原因は3つありました。一つには中学までの勉強不足のため自分の志望した高校に入れず、学校生活がいま一つ楽しいものではなかったからです。もう一つには大学に進学することだけを考えていた私にとって、自分が学んでいた高校の教育は受験戦争に勝ち抜くためには、あまりに粗末なものに感じたからです。そしてもう一つには、教育や大学受験に対する考え方が両親と私とではかなりの違いがあり、このままでは大学に入れないと真剣に悩むようになったからです。ほかにも細かい理由があったかもしれませんが、大学合格のための勉強をするという目標を失った私にとって、世間のことを何も知らなかった私には高等学校が無用のように思えたのです。
ところが学校をやめたものの仕事もせず、ぶらぶらしていた私は、それを見かねた両親に勘当され家を出されてしまいました。そのときは夜だったせいもあってか、五里霧中といった絶望感に包まれました。何とか仕事と住む場所を見つけた私は、両親とのわだかまりが解けるまでの4年半の間、一人で過ごしました。
その間にはいろいろと辛いことや悲しい事もありましたが、あれほど簡単に考えていたはずの高卒という資格には大変悩まされました。例えば、職業の選択肢が限りなく狭く、自分のしたい仕事には必ずと言っていいほど就けませんでした。何か資格を取ろうと思っても中卒では受験すらできなかったのです。ほかにも恋愛から職場での会話にまでも、高校教育を受けなかったことのギャップが身につまされました。
在校生のみなさんの中にも私と同じような経験をされた方が何人かはおられると思います。高校を中退して社会に出ることは並大抵なことではありません。ですから仮に一度や二度留年したとしても、決して目の前の現実から逃げたりなどはせず、卒業目指して頑張ってほしいと思います。
(後略)
今年は近年まれにみる厳しい冬でしたが、今は梅の花がほころびはじめ春の訪れを感じます。
私たち○○期生も働きながら勉強するという条件を乗り越えて、この学び舎を巣立とうとしています。本日、私たちのためにこのような盛大な卒業式をあげていただき、ご来賓の方々をはじめ諸先生方、在校生の皆さんに、卒業生一同、深く感謝しております。
思えば4年前の4月、全日制高校の受験に失敗した者や、経済的に定時制高校に行くことを余儀なくされた者や、高校を中退し一度社会へ出たものの世間の冷たい風に耐え切れず思いを新たにした者など、様々な理由をもって私たちは大きな期待と不安を抱きながらこのS高校定時制に入学しました。昼間は職場で勤務に服し、日が沈むころに登校して授業を受けるという毎日は、想像していた以上に苦しく、一人また一人と去っていく者は後を絶たず、入学当初107名を数えた友も今日ではわずか50名となってしまいました。
途中で学習意欲を失い、あるいは職場や家庭の事情でやむなく学業を断念した友のことを思うと、自分のことで精一杯で肝心なときに何の役にも立てず、引き止めてやることもできなかったのが私たちは心残りに思えてなりません。在校生のみなさんの中に、もしそういった人がいましたらお互いに声をかけて学校へ来るよう呼びかけて欲しいものです。
思い返しますと確かに辛く厳しい4年間ではありましたが、その中には心に残る楽しい思い出もたくさんありました。各クラスが一丸となって熱戦を繰り広げた球技大会。日ごろの疲れも忘れ精一杯力を合わせた秋の体育祭。また準備が進むにつれてクラスの絆がしだいに深まっていくのを感じた文化祭の夜。その日のことがつい先日のように思い出されます。
(中略)
これから私たちは大学や専門学校に行く者、新たに就職する者、また今の職場で力を発揮しようとする者など、それぞれちがった道を歩もうとしますが、この4年間で培(つちか)ったものを大切にし、これからの人生に役立てるとともに、自分がS高校定時制課程の卒業生であることを恥じることなく生きてゆきたいと思います。
時には挫折し思い悩むことがあると思いますが、4年間頑張ってきたこの力を支えにし、今後待ち受けているあらゆる障害を乗り越えて、希望と夢に向かって歩み続けます。
在校生のみなさん。今日は私たちの門出を祝福して下さりありがとうございました。この場を借りて大変恐縮ではありますが、少し私の話を聞いていただきます。
私は現在25歳です。まだ17歳だった時に高校を中退しました。そうなった原因は3つありました。一つには中学までの勉強不足のため自分の志望した高校に入れず、学校生活がいま一つ楽しいものではなかったからです。もう一つには大学に進学することだけを考えていた私にとって、自分が学んでいた高校の教育は受験戦争に勝ち抜くためには、あまりに粗末なものに感じたからです。そしてもう一つには、教育や大学受験に対する考え方が両親と私とではかなりの違いがあり、このままでは大学に入れないと真剣に悩むようになったからです。ほかにも細かい理由があったかもしれませんが、大学合格のための勉強をするという目標を失った私にとって、世間のことを何も知らなかった私には高等学校が無用のように思えたのです。
ところが学校をやめたものの仕事もせず、ぶらぶらしていた私は、それを見かねた両親に勘当され家を出されてしまいました。そのときは夜だったせいもあってか、五里霧中といった絶望感に包まれました。何とか仕事と住む場所を見つけた私は、両親とのわだかまりが解けるまでの4年半の間、一人で過ごしました。
その間にはいろいろと辛いことや悲しい事もありましたが、あれほど簡単に考えていたはずの高卒という資格には大変悩まされました。例えば、職業の選択肢が限りなく狭く、自分のしたい仕事には必ずと言っていいほど就けませんでした。何か資格を取ろうと思っても中卒では受験すらできなかったのです。ほかにも恋愛から職場での会話にまでも、高校教育を受けなかったことのギャップが身につまされました。
在校生のみなさんの中にも私と同じような経験をされた方が何人かはおられると思います。高校を中退して社会に出ることは並大抵なことではありません。ですから仮に一度や二度留年したとしても、決して目の前の現実から逃げたりなどはせず、卒業目指して頑張ってほしいと思います。
(後略)