「本当に3ヶ月なんだろうな」と所長が厳しい口調で問う。その冷徹な視線には、疑念と苛立ち、そして呆れ以外の感情が全く含まれていない。私は、例によって直立不動で全身を固くする。しかし、その心の奥底を見てみれば、今回ばかりは恐怖感よりも脱力した哀しみのほうが大きい。「はい、本当に3ヶ月です」と私は答える。所長は相変わらず不機嫌な顔で押し黙り、そんなに話が上手く行くはずがないと言いたげであった。
3ヶ月というのは、ある男性が医師に宣告された余命の長さである。話の始まりは、その妻から法律事務所への一本の相談の電話であった。夫の債務整理について頼みたいのだと言う。私はいつものように、聞くべき情報について順番に質問しようとしたが、どうも勝手が違う。夫の年齢が33歳で、親戚の連帯保証人になって500万円の請求を受けているという入口のところからは、その後に展開する話の予想などつくはずもない。
彼女の夫に脳腫瘍が発見されたのは、約半年前のことであった。趣味で入っているフットサルクラブの試合中に頭を打ち、念のため近所の病院でCT検査を受けたところ、たまたま頭頂部の後ろに腫瘍が発見されたのだった。健康そのものであった彼にとって、まさに青天の霹靂であり、腫瘍ができた原因も全くわからない。医師の診断では恐らく良性だとのことであり、夫婦で検討した末、大事を取って摘出手術をすることとした。
ところが、事態は短期間のうちに予想外の方向に進んだ。実際に開頭してみると、腫瘍は悪性かつ進行が速い種類のものであり、しかも根を張っていることも判明し、全摘出できなかったのである。彼女と夫は医師に呼ばれ、あくまで現代医学の最善を尽くすものの、病状の進行に伴って水が溜まり、脳全体が浮腫で圧迫されるだろうとの厳しい見通しを示された。その後は、化学療法などに望みを託してきたとのことである。
(フィクションです。続きます。)