※浮世博史(ウキヨヒロシ)「もう一つ上の日本史、『日本国記紀』読書ノート、古代~近世篇」(2020年)「江戸時代」の章(213-327頁)
(60)百田氏の誤り:家光は武家諸法度で「従者ノ員数近来甚ダ多シ・・・・之ヲ減少スベシ」と述べる!(222-224頁)
O 百田尚樹『日本国紀』は、参勤交代は「諸藩が力を蓄えられないように(幕府に歯向かうことのないように)するためのものだった」(百田169頁)とあるが、これは誤りだ。大名が行列に費用をかけたのは、江戸に入る時に、「藩の『見栄』と『威厳』の保持のため」(浮世223頁)で、幕府が圧力をかけたためでない。家光は武家諸法度で「従者ノ員数近来甚ダ多シ・・・・之ヲ減少スベシ」と述べ、費用を減らすべきだと指示する。
(61)百田氏の誤り:「鎖国」の理由は「地理的条件」でなく「国際情勢」だ!(224-226頁)
P 百田氏は「鎖国」(「一国平和主義」)が「二百年以上も続いたのは地理的条件に恵まれていたからに他ならない」(百田171頁)と述べるが、「地理的条件」は江戸時代末の「開国」の時も同じだから、「鎖国」の理由にならない。
P-2 浮世氏は、「世界情勢」が鎖国をもたらしたと述べる。①「スペイン・ポルトガルによる大航海時代」が終わり、オランダ・イギリスが日本との貿易からスペイン・ポルトガルを排除した。②その後、オランダが日本・東南アジア貿易をおさえ、イギリスはインド経営に専念するようになった。オランダは日本との「独占貿易」を実現。③徳川幕府は国際貿易でオランダの覇権に挑戦しなかった故に、戦争に至らず「徳川の平和」が可能になった。
(60)百田氏の誤り:家光は武家諸法度で「従者ノ員数近来甚ダ多シ・・・・之ヲ減少スベシ」と述べる!(222-224頁)
O 百田尚樹『日本国紀』は、参勤交代は「諸藩が力を蓄えられないように(幕府に歯向かうことのないように)するためのものだった」(百田169頁)とあるが、これは誤りだ。大名が行列に費用をかけたのは、江戸に入る時に、「藩の『見栄』と『威厳』の保持のため」(浮世223頁)で、幕府が圧力をかけたためでない。家光は武家諸法度で「従者ノ員数近来甚ダ多シ・・・・之ヲ減少スベシ」と述べ、費用を減らすべきだと指示する。
(61)百田氏の誤り:「鎖国」の理由は「地理的条件」でなく「国際情勢」だ!(224-226頁)
P 百田氏は「鎖国」(「一国平和主義」)が「二百年以上も続いたのは地理的条件に恵まれていたからに他ならない」(百田171頁)と述べるが、「地理的条件」は江戸時代末の「開国」の時も同じだから、「鎖国」の理由にならない。
P-2 浮世氏は、「世界情勢」が鎖国をもたらしたと述べる。①「スペイン・ポルトガルによる大航海時代」が終わり、オランダ・イギリスが日本との貿易からスペイン・ポルトガルを排除した。②その後、オランダが日本・東南アジア貿易をおさえ、イギリスはインド経営に専念するようになった。オランダは日本との「独占貿易」を実現。③徳川幕府は国際貿易でオランダの覇権に挑戦しなかった故に、戦争に至らず「徳川の平和」が可能になった。