※北村薫(1949-)「ものがたり」(1993年、44歳)『日本文学100年の名作、第8巻、1984-1993』新潮社、2015年、所収
(1)
百合子の妹の茜が大学受験のため耕三と百合子のマンションに来て泊っている。耕三は会社(テレビ局)の仕事が忙しく、すでに1週間たつのに茜と会っていない。茜は18歳。耕三が茜と会うのは、3年前に耕三が、宮城の百合子の実家に婚約の挨拶行った時以来だ。百合子と茜は、九つ違う。
(2)
茜が帰る前日、耕三ははじめて茜と話をした。あれこれ話をして、最後に茜が「お話を考えるのが好きなんです」と耕三に自作の時代劇のストーリーを話し始めた。
(2)-2 ある侍の家に、一人の娘が家出してやって来た。侍の奥さんの妹だ。娘は嫌な相手との祝言を嫌い、自分の顔を切って拒否した。ただしそれは1カ月前のことだった。
(2)-3 それが噂になり、殿様がその娘に興味を持ち、鷹狩の帰りがけに娘の家に寄る。その夜、殿様が娘の部屋に案内される。(娘の家族は「お手がつくなら、それも幸せ」と考えた。)ところが娘は殿様にお手向かいしてしまった。(懐剣でお殿様を刺した。)そして今、侍の家に逃げてきたのだった。
(2)-4 娘は「従うしかない運命」を「刺した」のだ。娘は自分が、「この時のために生きてきたのだ」と悟った。娘は家を飛び出し姉の家に向かった。
(2)-5 姉の家に着いて、姉の夫である侍に「姉に会いに来た」と思われたら、「娘は死んでも死にきれないだろう」と耕三が言った。
(2)-6 茜の唇が、微かに震えた。「それでは侍は――」と茜が言った。
(2)-7 「侍は何も言えないだろう」と耕三が答えた。
(2)-8 茜のきつい顔に、「激しい喜び」が、哀れなほどあからさまに浮かんだ。
《感想1》茜の「お話」の登場人物「娘」は、茜の分身だ。「運命」に反逆するという渾身の決断、「この時のために生きてきたのだ」と思うほどの「娘」(茜)の決断。
《感想2》「お話」の中の「娘」に憑依した茜は、「侍」(耕三)が「姉に会いに来た」と決して言わないと知って、つまり「娘」(茜)の渾身の実存的決断が、「侍」(耕三)によって理解されたと知って、(茜は)「激しい喜び」を示す。
(1)
百合子の妹の茜が大学受験のため耕三と百合子のマンションに来て泊っている。耕三は会社(テレビ局)の仕事が忙しく、すでに1週間たつのに茜と会っていない。茜は18歳。耕三が茜と会うのは、3年前に耕三が、宮城の百合子の実家に婚約の挨拶行った時以来だ。百合子と茜は、九つ違う。
(2)
茜が帰る前日、耕三ははじめて茜と話をした。あれこれ話をして、最後に茜が「お話を考えるのが好きなんです」と耕三に自作の時代劇のストーリーを話し始めた。
(2)-2 ある侍の家に、一人の娘が家出してやって来た。侍の奥さんの妹だ。娘は嫌な相手との祝言を嫌い、自分の顔を切って拒否した。ただしそれは1カ月前のことだった。
(2)-3 それが噂になり、殿様がその娘に興味を持ち、鷹狩の帰りがけに娘の家に寄る。その夜、殿様が娘の部屋に案内される。(娘の家族は「お手がつくなら、それも幸せ」と考えた。)ところが娘は殿様にお手向かいしてしまった。(懐剣でお殿様を刺した。)そして今、侍の家に逃げてきたのだった。
(2)-4 娘は「従うしかない運命」を「刺した」のだ。娘は自分が、「この時のために生きてきたのだ」と悟った。娘は家を飛び出し姉の家に向かった。
(2)-5 姉の家に着いて、姉の夫である侍に「姉に会いに来た」と思われたら、「娘は死んでも死にきれないだろう」と耕三が言った。
(2)-6 茜の唇が、微かに震えた。「それでは侍は――」と茜が言った。
(2)-7 「侍は何も言えないだろう」と耕三が答えた。
(2)-8 茜のきつい顔に、「激しい喜び」が、哀れなほどあからさまに浮かんだ。
《感想1》茜の「お話」の登場人物「娘」は、茜の分身だ。「運命」に反逆するという渾身の決断、「この時のために生きてきたのだ」と思うほどの「娘」(茜)の決断。
《感想2》「お話」の中の「娘」に憑依した茜は、「侍」(耕三)が「姉に会いに来た」と決して言わないと知って、つまり「娘」(茜)の渾身の実存的決断が、「侍」(耕三)によって理解されたと知って、(茜は)「激しい喜び」を示す。