宇宙そのものであるモナド

生命または精神ともよびうるモナドは宇宙そのものである

カズオ・イシグロ(1954-)『日の名残り(The Remains of the Day)』1989年

2017-05-18 21:30:12 | Weblog
プロローグ:1956年7月ダーリントン・ホールにて
A 私、ミスター・スティーブンスは、ダーリントン・ホールの執事である。
A-2 ここはかつてダーリントン卿の屋敷だった。召使いが28人いた。
A-3 今はアメリカ人のファラディ様が住む。召使いは4人。
B 私は、昔の女中頭、ミス・ケントンに会いに車で出かける。

一日目夜:ソールズベリーにて
C 偉大な執事かどうかは、「品格」による。
C-3 テーブルの下に潜んでいた虎を冷静に射殺した執事の「品格」。
C-4 自分の息子を犬死にさせた指揮官に対してさえ、私情を示さず、職業的礼節をつらぬいた父の「品格」。
D 私情を押さえ、職業的義務に徹することこそ「品格」である。

二日目朝:ソールズベリーにて
E 30年前、1922年、父は執事として、ダーリントン・ホールで働いていた。
E-2 女中頭のミス・ケントンが、この年、来る。
E-3 ミス・ケントンは20年前に結婚し、ミセス・ベンとなる。ただし、今は別居中。「この先の人生は虚無」と、手紙が来た。
F 1923年、ダーリントン卿が、ベルサイユ条約についての「非公式な」国際会議をダーリントン・ホールで開く。
F-2 フランスのデュポン様、、アメリカの上院議員ルーイス様、ドイツのエレノア・オースティン伯爵夫人、イタリアの代表。
F-3 倒れた敵をさらに足蹴にするようなフランスの行為を、ダーリントン卿は非難。
F-4 ルーイス様は、皆さんは「ナイーブな夢想家」で「アマチュア」にすぎないと非難。
G この年、父が死去する。私が、ダーリントン・ホールの執事を引き継ぐ。

二日目午後:ドーセット州モーティマーズ・ポンドにて
H 雇主の徳の高さで、執事の職業的威信が決まる。
H-2 私は、道徳的巨人、高徳の紳士であるダーリントン卿に35年仕え、そのことによって、人類に奉仕した。
H-3 私たちは、理想主義的世代である。

三日目朝:サマセット州トーントンにて
I ダーリントン卿は反ユダヤ主義の傾向があった。しかし、必ずしも親ドイツではない。

三日目夜:デボン州ダビストックム近くのモスクムにて
J 1932年、ファシスト団体黒シャツ隊の一員のキャロリン・バーネット夫人が、よくダーリントン・ホールを訪問。
J-2 「ユダヤ人の召使い2人をやめさせる」と、ダーリントン卿が言う。客人の安全と幸せのため。
J-3 女中頭のミス・ケントンは反対する。「2人は、6年仕え、信頼している」、「こんな屋敷にいたくはありません」と、ミス・ケントン。しかし、2人の召使いは、解雇された。
K 1年後、1933年、ダーリントン卿が、黒シャツ隊のキャロリン・バーネット夫人から離れる。
K-2 「2人のユダヤ人の召使いをやめさせたのは間違いだった」と、ダーリントン卿が言った。
K-3 「私は、臆病だったので、あの時、辞めなかった」と、ミス・ケントン。また「あの時、あなたが、取り澄ましていないで、悩んでいると言ってくれれば、楽だった」と私(ミスター・スティーブンス)に言う。
L 1935-36年、ミスケントンと私の関係の変化。
L-2 ある日、ミス・ケントンが、私の部屋に入ってきた。そこは、私のプライバシーと孤独を保障するはずの部屋。
L-3 その非礼に対し、ミス・ケントンとの毎日のココア会議(打ち合わせ会議)を中止する。ミス・ケントンは、ココア会議を再開したがったが、私は拒否した。
M 当時、ダーリントン卿は「民主主義は、過ぎ去った時代遅れのものだ」と述べた。
M-2 「経済危機を、独伊は行動で立て直した。赤色ロシアもそれなり。米ルーズベルトは大胆な一歩。これに対し英はダメだ。」と卿が言う。
M-3 「今は民主主義でなく行動だ!」とダーリントン卿。
N 「民主主義だからと言って、執事が、雇主の意見を検討したり、忠誠心を欠いたりしてはならない。」と私。
N-2 ただし、「もちろん凡庸な雇主には、同意しない。」
N-3 「ダーリントン卿の落ち度は、私の失敗ではない」:ミスター・スティーブンス(私)。

四日目午後:コーンウォール州リトル・コンプトンにて
O あの日、ミスター・ケントンが泣いていた。
O-2 英のコラムニスト、カーディナル様がダーリントン・ホールに来館。
O-3 この日、ミス・ケントンが「結婚を申し込まれている」と私に告げた。そして外出後、「結婚の申し出を受け入れた」と言った。私は、お祝いの言葉を述べた。
O-4 この日の夜、英首相、独の駐英大使リッベントロップ、英外相が、ダーリントン・ホールに来館。
O-5 「ダーリントン卿はナチに利用されている」、「卿はヒトラーの手先だ」、「ベルリンオリンピックが終わって、新たな独の企みが進行している」、「英国王のヒトラー訪問計画!」と、カーディナル様が批判する。
O-6 「ヨーロッパの平和のために、ダーリントン卿は行動している」とミスター・スティーブンス(私)。
O-7 この日の私は、執事としての「品格」を保ち職務を遂行したと勝利感を抱いた。

六日目夜:ウェイマスにて
P 2日前、リトル・コンプトンのローズ・ガーデンで、20年ぶりに、ミス・ケントン(ミセス・ベン)と再会する。2時間しゃべる。ミス・ケントンは美しく老いた。
P-2 ミス・ケントンは、何度も家出したという。4、5日家を出て、ベン家に戻る。夫は、分別があった。
P-3 娘キャサリンが結婚し、まもなく孫が生まれる。夫は、健康がすぐれない。
P-4 「これからの人生は虚無でない」とミセス・ベン。
P-5 「ミスター・ミスター・スティーブンスとの人生を考えたりもした」とミセス・ベン。「そんな時、家出した。」「私の悲しみは張り裂けんばかりだった。」
P-6 ミセス・ベンのこれからの幸福を願い、ミスター・スティーブンス(私)は、ミセス・ベンと別れる。
Q ダーリントン卿は、戦争中、ドイツとの関係について、ひどい事を言われ、書かれる。卿は、新聞を訴えたが敗訴。その後、卿は廃人も同様だった。
Q-2 ダーリントン卿が1953年に亡くなり、3年がたつ。
R 「うしろばかり向いていてはいけない。」「前を向き続けなくちゃいかん。」と、途中出会った男が、ミスター・スティーブンス(私)に言う。

《感想》
職業倫理への忠誠と、運命に対する諦念の物語。
カズオ・イシグロは、日系イギリス人で、5歳から英国在住。1982年、イギリスに帰化。
彼にとって、英国が母国であり、日本は他国である。「私はこの他国、強い絆を感じていた非常に重要な他国の、強いイメージを頭の中に抱えながら育った。英国で私はいつも、この想像上の日本というものを頭の中で思い描いていた。」(1991年)。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

『企画展 伝説の歌人―小野小町』大津市歴史博物館(1993年)    

2017-05-13 00:49:49 | Weblog
第Ⅰ部 歌仙・小野小町
(1)「六歌仙」、「三十六歌仙」
 仁明(ニンミョウ)天皇(在位833-850)の時代に、小野小町は実在した。しかし伝記不詳の謎の人である。
 歌仙として、歌が残る。小町は、平安初期の『古今和歌集』仮名序の「六歌仙」(僧正遍昭、在原業平、文屋康秀、喜撰法師、小野小町、大伴黒主)、また平安中期の「三十六歌仙」の一人である。
 小町の私家集に、『小町集』がある。(平安時代中期成立)
 鎌倉時代に「三十六歌仙絵」が流行する。
 室町時代には、「三十六歌仙絵」を扁額として神社に奉納するようになる。
 一歌仙一額として小町を描いた扁額が、「花の色ハうつりにけりないたつらに我身世にふる詠せしまに」(古今和歌集)の歌を添えたりする。(※花は色褪せてしまった。何もせぬまま、雨降り年をとるのを眺めるうちに。)

(2)古今和歌集仮名序(紀貫之):「をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり」
 和歌三神(サンジン)は、普通、住吉明神、玉津島明神・衣通姫(ソトオリヒメ)、柿本人麻呂である。
 衣通姫は、肌の美しさが衣を通して光輝くようだった。
 紀貫之は古今和歌集仮名序で述べる。
 「をののこまちは、いにしへのそとほりひめの流なり。あはれなるやうにて、つよからず。いはば、よきをうなの、なやめる所あるににたり。つよからぬは、をうなのうたなればなるべし。」
 [古注]
 思つつぬればや人の見えつらむゆめとしりせばさめざらましを。(※想いながら寝たので、あの人が夢に現れたのだろうか。夢と知っていたら覚めなかったろうに。)
 いろ見えでうつろふものは世中の人の心の花にぞありける(※[草木や花なら色あせる様が目に見えるが]外には見えず色あせるものは、人の心に咲く花である。)
 わびぬれば身をうきくさのねをたえてさそふ水あらばいなむとぞ思。(※わび住まいの憂き身なので、浮草のように根を断ち、誘ってくれる水があれば、そのまま流れていくつもりです。)
 そとほりひめのうた、わがせこがくべきよひ也ささがにのくものふるまひかねてしるしも。(※あの人が来るに違いない夜だ。笹の根元に蜘蛛が巣をかけているから、前もってわかる。)

(3)神泉苑での小町の雨乞い(「雨乞小町」伝説)
 小町は、勅命により、平安京の神泉苑で雨乞いの和歌を詠み、雨を降らせたとの伝説がある。
 「ことはりや日のもとなればてりもせめさりとてもまた天(アメ)が下とは」(※理屈の上では「日の本」だから日照りになる。しかし「天が下」とも言うのだから雨を降らせてほしい。)

(4)『古今和歌集』、『後撰和歌集』
 小野小町の詠歌は、『古今和歌集』(905年)に18首、選ばれている。
 また『後撰和歌集』(951年)には4首、選ばれる。
 小町は、安倍清行(キヨユキ)との贈答、文屋康秀への返歌、僧正遍昭との贈答などがあり、彼らと同時代である。
 
第Ⅱ部 小町伝説
(5)『小町集』、『玉造(タマツクリ)小町壮衰書』、『江家次第』、『卒塔婆小町之図』
 『小町集』は小町の私歌集。116首を収めるが、後半の増補部分は、小大君(コダイノキミ、コオオキミ)の歌との混淆、小町作と判定しかねる歌が多い。小町の美女驕慢(キョウマン)伝説や晩年の落魄(ラクハク)伝説は、『小町集』の詠歌をもとに説話化されたと言われる。
 また、平安時代中期に成立した美女落魄(ラクハク)の仏教説話『玉造(タマツクリ)小町壮衰書』との混淆がある。
 平安時代後期には、大江匡房(マサフサ)『江家次第』にみえる、在原業平が奥州下向の時、目穴から薄(ススキ)の生えた小町の髑髏と対面する説話も、生まれた。
 『卒塔婆小町之図』(1367年、陽明文庫)は、老衰・落魄して流浪する小町の絵像で、最も早いとみられる作品である。

(6)『神代小町(カミヨコマチ)絵巻』(江戸時代中期、長瀬八幡宮・野田八幡宮)
 室町時代後半に、御伽草子『神代小町(カミヨコマチ)』が成立。
それを絵巻にしたものが、『神代小町絵巻』である。小町落魄(ラクハク)伝説が語られる。
 ①小野小町が、恋死した深草少将(百夜通い)の怨念で、物乞いにまでおちぶれ、齢百歳の老女となって逢坂の関寺に隠棲する。
 ②この小町に、宮中の歌合せを前にした藤原中将が、玉津島明神のお告げで面会し、歌道の伝授を受けて、歌合せで面目をほどこす。
 ③その後、陸奥の小野の玉造の野で、都落ちした実方中将が、「秋風のふくにつけてもあなめあなめ(※ああ目が痛い)」と歌う、薄(ススキ)が目から生え出た小町の髑髏を見つけ、その供養のため玉造御堂を建てた。
 ④小町は実は、大日如来の化身であった。

(7)『玉造小町壮衰書』(1606年、叡山文庫)
 諸本がある。すでに平安末期には流布していた。
 絶世の美女が、老いとともに容色が衰え、生活も困窮を極める。我が身の罪業の深さに発心し、極楽浄土への往生を願うに至る。
 主人公は小町でないが、平安末期以来、小町像形成に多大な影響を与えた。前掲の『卒塔婆小町之図』(1367年)等。

(8)『玉造物語』(陽明文庫)
 中世に成立した小野小町の伝記的物語。他の小町伝説と異なり、知的求道的な小町の生涯を、優雅な文章で描いた、異色の作品。
 ①玉津島明神(衣通姫ソトオリヒメ)の夢告により、和歌の道を伝授された小町が、宮廷に仕える。
 ②弘法大師の教えにより、若くして儒教・仏教を体得。
 ③帝のすすめで結婚するが、一児をもうけて離別する。
 ④源融、深草少将、文屋康秀らの誘いに応じなかったが、在原業平とは恋に落ちる。しかし小町はこれを反省し、仏の国での再会を約し別れる。
 ⑤その後、小町は自らが月界の者と知る。また観音等諸仏の示現があり信仰を深めた。
 ⑥小町は、子とも別れ、関寺のほとりの草庵に隠棲する。
 ⑦勅使のもたらした帝の御歌に鸚鵡返しをして、帰らせる。
 ⑧やがて旅に出、東海道を経て、陸奥の玉造で生涯を終える。その跡には、薄の原に髑髏が残るだけであった。

(9)『小町のさうし』(元和期刊、天理大学附属天理図書館)
 室町時代成立の御伽草子。
 『江家次第』『古事談』『無名抄』等の小町の髑髏伝説などを素材に、仏教思想にもとづき、佳人の老衰落魄(ラクハク)の哀れさを描く。
 陸奥の玉造の小野を訪れた業平が、最後に、一むらの薄のもとに小町の白骨を発見する。
 小町は如意輪観音の、業平は十一面観音の化身であったと付け加え終わる

(10)『小町物かたり』(元禄・宝永頃刊、国立国会図書館)
 小町の髑髏伝説、深草少将の百代通い伝説、謡曲の卒塔婆小町の伝説を素材にする。また西行を登場させる点が、他の小町を題材にした草紙類にない特色である。

(11)『小野小町一代記』(享和2年刊、国立国会図書館)
 小町の諸伝説をまとめた説話集『小野小町行状記』(明和4(1767)年)を先行作とし、これに多くを依拠した読本。
 ①小町は、坂上田村麿の娘玉苗の生まれ変わりとされる。田村麿は、奥州征伐の際、塩竃明神の社前で青森の娼女(ウタメ)玉造の捨てた女児を拾い、玉苗と名付け娘として育てた。小町の落魄(ラクハク)伝説、髑髏伝説が、玉苗に置き換えて語られる。
 ②小町については、深草少将の百代通い伝説、神泉苑での雨乞い伝説、草紙洗い伝説(※後述)等が述べられる。

第3部 能と小町(七小町)
 小町伝説の定着に大きな役割を果たしたのは、南北朝時代に始まる能であった。
 (1)無名の男女の百代通いの説話を、深草少将と小野小町の逸話とした「通(カヨイ)小町」(観阿弥作か)。
 (2)晩年の落魄伝説を普及させた「関寺小町」「卒塔婆小町」。
 (3)小町の歌才の名を高めた「草紙洗(ソウシアライ)小町」「鸚鵡(オウム)小町」
 能の小町物の普及は、上述の能の5曲に加え、江戸時代になると「雨乞小町」(※前述)「清水(キヨミズ)小町」(または「花見小町」)を加え、小町伝説の著名な7つの逸話として「七小町」と称され定着していく。

(12)『光悦本謡曲百番(鸚鵡小町・通小町・関寺小町・卒塔婆小町)』(江戸時代初期刊、北野天満宮)
 現行の小町物の能5曲の内の4曲。いずれも老いた小町が描かれる。
 ①「鸚鵡小町」(作者不詳):老いた小町が関寺の辺りにわび住いする。伝え聞いた帝があわれみの一首を託し、新中納言行家を遣わす。「雲の上はありし昔に変わらねど見し玉簾(タマダレ)の内やゆかしき」。この歌に小町は「内ぞゆかしき」と一字のみ変えて返歌とする。これは「鸚鵡返し」という昔からの返歌の形式の一つだと、小町が行家に教える。
 ②「通(カヨイ)小町」(観阿弥作、世阿弥改作):四位少将(深草少将)の霊が、生前、小町に恋して百夜通ったが思いを果たせず死んだと恨みを語り、小町の成仏を妨げる。僧の弔いで、両者が成仏する。
 ③「関寺小町」(世阿弥作か):百歳を過ぎた小町が、関寺の近くに住む。小町は、関寺の住僧に、栄華の昔を懐かしみ、零落の身を嘆く。僧は、小町を七夕祭りに招く。小町は、舞いを披露するが、明け方、寂しく帰る。
 ④「卒塔婆小町」(観阿弥作):老後、落魄(ラクハク)し物乞いする小町が、卒塔婆に腰掛ける。四位少将の怨霊が小町に憑りつき、物狂いさせる。

(13)『観世流謡曲内外二百番(草紙洗小町)』(天和3(1863)年刊、大阪府立中之島図書館)
 現行の小町物の能5曲のうち、若く美しい小町を描いた唯一のもの。
 ⑤「草紙洗小町」(作者不詳):宮中の歌合せのとき、小町の相手と決まった大友黒主に前日、自作の歌を盗み見られ、それを『万葉集』に書き加えられる。歌合せの場で、盗作と非難されるが、その草紙を小町が洗い、書入れを洗い流し、恥辱をそそぐ。歌人として小町が、名を成す物語。

(14)『番外謡本集(第2輯第一・二冊)』(江戸時代末期、天理大学附属天理図書館)
 廃曲となっためずらしい小町物の能10曲が、収録されている。
 (ア)「仮寝(ウタタネ)小町」:出羽の郡司小野良実(ヨシザネ)の娘・小町がうたた寝していたところ、夢の中に山王の神使の猿が現れ、小町の歌道の慢心を咎める。小町は、閻魔王宮に連れて行かれ、閻王の裁きを受けることになる。しかし、小町は許され、神仏への帰依を誓い、目が醒める。
 (イ)「高安(タカヤス)小町」:小町は、月見の歌合で帝の御製を非難したとして、河内国高安の里へ籠居(ロウキョ)の身となる。しかし、石清水八幡宮の御利生により、無実の罪がはらされ、小町に帰路の綸旨が下る。(なお、在原業平が、高安の女のもとに通った話が『伊勢物語』にある。)
 (ウ)「絵馬小町」:清水寺の堂内の絵馬に、小町の歌と老尼の姿を描いたものがあった。石見国浜田の僧が、それを見て落涙する。これを見た市原野に住む老尼が、小町の旧跡に案内する。僧は、その跡を弔うが、実はその老尼は小町の霊だった。(※京都市市原に小町寺(補陀落寺)がある。小町終焉の地。)
 (エ)「市原小町」:出羽の国の僧が、市原野の物さびた寺を訪れる。出羽の郡司小野良実の娘・小野小町の旧跡である。小町の霊が現れ、今日は7月15日で魂祭の日なので、弔ってほしいと頼み、消える。
 (オ)「俤(オモカゲ)小町」:高野山の僧が、摂津の国安部野(阿倍野)の原で物乞いの老女が卒塔婆に腰掛けているのに出会う。老女は、小町のなれの果てだと打ち明ける。「卒塔婆小町」とほぼ同じ。
 (カ)「富士見小町」:富士山を見たことがなかった小町が、帝に一時の暇を願い、東海道を下る。浅間神社の神主が女人は登山できないと告げると、小町は摩耶夫人や天照大神の例をひいて反駁。神主は、知識に驚き、小町と知ると、和歌を詠み舞曲をなし法楽し、神慮をなぐさめるよう勧める。
 (キ)「雲林院小町」:父良実(ヨシザネ)に先立たれた小町が、京都紫野の雲林院に仮の庵をかまえ、寂しく日を送る。文屋康秀が、これを慰めに、秋の一夜、訪れる。小町は、父が好きだった大和舞を舞う。
 (ク)「山本小町」:草花が好きな山本の何某季長が、藁屋の庵に住む小町に会う。小町は老残の身を嘆くが、和歌の話を語らい、勧められて五節の舞をまう。
 (ケ)「花小町」:紫野雲林院に在原業平の手植えの桜があり、小町の霊が現れる。小町の霊は、業平への恋の妄執を語り、妄執を晴らしてほしいと、住僧に頼む。
 (コ)「清水(キヨミズ)小町」:陸奥の衣の関の僧が、清水寺に参詣すると、女が僧を、市原野の小野小町の墓所に案内する。小町の霊が現れ、深草少将の恋の妄執により死後も苦しんでいると告げるが、僧の弔いで、成仏する。

第4部 歌舞伎と小町
 江戸時代になると、小町伝説は、元禄期頃から歌舞伎・浄瑠璃化され、いっそう普及した。
 現行では「積恋雪関扉(ツモルコイユキノセキノト)」(※良岑宗貞(僧正遍照)と小町との恋に、大友黒主がからむ話)と「六歌仙容彩(ウタアワセスガタノイロドリ)」(※小町と六歌仙他の人物との色模様)の2曲の所作事(歌舞伎舞踊)を残すのみ。

(15)「大和歌五穀色紙(ヤマトウタゴコクノシキシ)」(1723)
 小野小町と深草少将の恋に、大伴黒主の横恋慕がからむ。また小町家老の五大三郎妹うのはの、少将への恋と嫉妬がからむ筋立て。

(16)「小町村芝居正月(コマチムラシバイショウガツ)」(1789)
 「芝居正月」は顔見世興行の意味。惟喬(コレタカ)親王(文徳天皇第1皇子)・惟仁(コレヒト)親王(清和天皇)の帝位争いに、小町伝説をからませ、各場に「七小町」(関寺小町、清水小町、草子洗小町、通小町、鸚鵡小町、雨乞小町、卒塔婆小町)をあてた趣向。

(17)「名歌徳三升玉垣(メイカノトクミマスノタマガキ)」(1801)
 惟喬(コレタカ)親王・惟仁(コレヒト)親王の帝位争いの時、紀名虎(キノナトラ)の娘で大力のお力(リキ)が活躍する。(彼女は、四位少将貞宗の恋人で、のちに小野良実の養女小町姫となる。)

(18)「重重人重(ジュウニヒトエ)小町桜(コマチザクラ)」(1784)
 天下を狙う八雲の王子の企みに、小野良実(小町姫の父)、四位の少将良岑(ヨシミネ)宗貞(小町姫の恋人、僧正遍照)、宗貞の弟五位之介良岑(ヨシミネ)安貞らが立ち向かう筋立て。
 二番目大切の浄瑠璃(常磐津節)所作事(歌舞伎舞踊)に、「積恋雪関扉(ツモルコイユキノセキノト)」(初演)が付く。以後、独立した歌舞伎舞踊としても、上演される

(18)-2 「積恋雪関扉(ツモルコイユキノセキノト)」(1784)
 四位の少将良岑(ヨシミネ)宗貞が、逢坂山に先帝遺愛の小町桜を植え、菩提を弔う。そこに小町姫が来る。そこに鷹が、血染めの片袖を運んできて、良岑(ヨシミネ)の弟宗貞の死が明らかとなる。小町姫は、味方に知らせに向かう。
 傾城墨染(宗貞の恋人)が、関守関兵衛は天下を狙う大伴黒主であると、見破る。墨染は、実は小町桜の精であった。

(19)「六歌仙(ウタアワセ)容彩(スガタノイロドリ)」(天保2(1831)年)
 現行の歌舞伎の小町物の数少ない一つ。所作事(歌舞伎舞踊)。
 第1場・遍照:小町を口説くが断られる。
 第2場・文屋:官女たちを相手にユーモラスに踊る。
 第3場・業平小町:小町は十二単衣、業平は束帯。
 第4場・喜撰:祇園の茶汲み女お梶と、俗っぽい色気の坊主喜撰法師が登場する。
 第5場・黒主:小町が黒主と対決し草子洗いを演じ、天下を狙う黒主の陰謀を見破る。

第5部 「七小町」の見立絵
 小町伝説は、江戸時代、浮世絵の画題となった。
 六歌仙の一人として小町の歌仙絵もある。
 しかし多くは「七小町」の説話を趣向とした見立絵だった。小町伝説の逸話を絵の中に隠す謎かけと、美人画の合体である。小町の見立て絵は、小町を、美人の代名詞として一般化させ、各地で美人が「〇〇小町」と呼ばれることになった。

(20)「[見立七小町]雨ごひ小町・あらひ小町・かよひ小町・はな見小町・あふむ小町・せき寺小町・そとは小町」歌川国芳画(弘化頃刊)
 ①「雨ごひ小町」:傘をさす女。(神泉苑での小町の雨乞の見立て。)
 ②「あらひ小町」:盥(タライ)で子供を行水させる女房。(草紙洗小町の見立て。)
 ③「かよひ小町」:手習いに通う娘。(深草の少将の百夜通いの見立て。)
 ④「はな見小町」:花見の若い娘。清水寺(「清水小町」の見立て)、満開の桜(「花小町」の在原業平の手植えの桜の見立て)、また「花の色ハうつりにけりないたつらに我身世にふる詠めせしまに」の小町の詠歌。
 ⑤「あふむ小町」:鸚鵡を飼う。(鸚鵡返しの返歌をした「鸚鵡小町」の見立て。)
 ⑥「せき寺小町」:枝折戸のそばに立つ、恋人のもとに忍んできたふうな女。(四位の少将良岑(ヨシミネ)宗貞のもとに小町姫が来る。「積恋雪関扉(ツモルコイユキノセキノト)」の見立て。)
 ⑦「そとは小町」:倒れた木の幹に腰掛けて煙草を吸う女。(「卒塔婆小町」の見立て。)

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井彰彦(1962-)『不自由な経済』第2部(31)-(41)、日本経済新聞出版社、2011年

2017-05-09 09:21:19 | Weblog
(31)長期脳死の子どもと生活を続ける家族に対し、臓器提供が望ましいと価値観を押し付けてはならない(2011年)
①長期脳死の子どもと生活を続ける家族にとって、「心臓移植を待つ日本の子どもを見殺しにするのか」との訴えは、残酷である。
②改正臓器移植法(2009年7月)が成立したからといって、臓器の公共性をふりかざし、倫理的に臓器提供が望ましいと、価値観を押し付けてはならない。

(32)公共心の低下が、「強欲資本主義」を生んだ:「経済・政治・倫理」の複合体を理論モデルとせよ(2009年)
①リーマンショックと資本主義批判。
①-2 個々人の利益が市場を通じて全体の利益につながるとのアダム・スミスの思想への批判。
②実体(ファンダメンタルズ)は、直接観察できないため、市場価格と実体(ファンダメンタルズ)の乖離を抑える規制や介入と言っても、果たして乖離があるのかどうか自体が不分明。
②-2 病気でないのに、副作用のある薬を投与するようなものとなる。
③不正に社会保障給付を受け取ることが平気な社会では、失業保険が充実しない。市場の円滑な機能のためには、公共心が必要である。
③-2 公共心が低下し、不正な公共サービスの利用が始まると、政府の規制が強化され、市場が機能しなくなる。
④市場原理主義が公共心を一掃してしまったのでない。
④-2 公共心の低下が、「強欲資本主義」を生んだ。
④-3 アダム・スミス自身、利己心がうまく全体に調和をもたらす場合と、公共心が必要な場合を、区別していた。
⑤「経済・政治・倫理」の複合体を考え、公共心・規制の問題を考えるべきである。邪な心の人ばかりなら、市場は邪な取引の場として、使われてしまう。

(33)子ども手当現金給付の問題:現金給付は最良の政策でない(2009年)
①民主党政権成立(2009/9-2012/12)といっても、経済原理・原則を無視はできない。
①-2 子ども手当や農家への所得補償など現金給付は、問題である。財政破たんへの道を歩む可能性。すでに800兆円の国の借金。
②子ども一人に年間30万円の子ども手当を現金給付するより、公立小中児童一人当たり予算年間76万円を増額した方がよい。
③高齢者介護でも、現金給付でなく、サービス給付が必要。排せつ介助の場合、「現金をあげるからあとはご自由に」でなく、必要な介助サービスの保障が重要。
④子ども手当のようなものを恒久化したいなら、財源確保の議論が不可欠。
④-2 財源の確保なしに個別の歳出増加を認めない「ペイゴー原則」、予算のばらまきへの歯止めなどが重要。
《感想》
 自民党政権(2012/12-)も、アベノミクスのもとすでに、1000兆円超の国の借金である。財政破たんへの道をすでに歩んでいる。(2017年)

(34)民主党政権と「脱官僚」公約:しかし官僚との連携は必要(2009年)
①民主党の政策決定は、情報を持つ官僚の話を聞かず、思いつきの政策をメディアに華々しく宣言し、具体策は官僚へ丸投げする。
②日本の官僚機構は日本最大のシンクタンクであり、政策に関する情報を一手に握っている。学者・評論家など有識者も、官僚からの情報なしに、物事の検討すらできない。
②-2長年にわたって自民党を支えた最大の政治的資源である道路。民主党は国土交通省を「脱官僚」のターゲットにする可能性あり。
②-3 しかし、いずれにせよ官僚との連携は不可欠。
③「官僚は政体より長生きする。」(内田樹)(a)征服者を正装して出迎えた中国の官僚層。(b)ナチス傀儡政権下で入れ替えがなかったフランス官僚層。粛々とユダヤ人をガス室に送った。戦後は民主化に尽力した。
④民主党の政策方針は、長期的マクロ的政策が見えす、「約束(マニフェスト)」に固執するだけ。

(35)財政破たんを避けるには増税論議が不可欠(2009年)
⑤財政破たんを避けるには、増税と社会保障制度改革が不可欠。行政刷新会議のムダ排除だけでは焼け石に水!
⑤-2 増税の手段としては消費増税。これに対し、法人税は景気に左右される。所得税は、資産課税されず、労働意欲も減退させる。
⑤-3 格差解消の手段としては、(a)「給付付き税額控除」および(b)所得税の累進度を高めること。
⑥「給付付き税額控除」とは、ある所得額を境に、税を納めず給付を受ける。境界値200万円、給付率30%とすると、基準値以下では収入が1万円減少すると3000円、給付を受ける。収入100万円なら+給付30万円。収入0円なら+給付100万円。
⑥-2 これは、「負の所得税」構想、あるいは「ベイシックインカム」制度と類似である。
⑦鳩山首相は、(a)「給付付き税額控除」の検討を命じた。
⑦-2 しかし、(b) 所得税の累進度を高めることは封印、また(c)消費増税も封印している。小泉政権と同じ。

(36)少子化による経済縮小に対応するため移民を受け入れるべきだ(2009年)
①日本経済の最大の課題は少子化による経済の縮小。
② ファースト・リテーリング会長兼社長・柳井正氏:縮小均衡はあり得ない。縮めば、衰退あるいは病気になるだけ。若い人が現状変革の意欲を持つ必要がある。教育が重要。
②-2 大阪府教委特別顧問・藤原和博氏:家庭に恵まれない子供が1割いる。そこに注力すべきだ。
③少子化対策として移民受け入れが必要である。
③-2 技術移転と貿易自由化が進めば、賃金も世界的に同じ額に収斂する:「要素価格均等化定理」(ポール・サミュエルソン)。
③-3 移民を制限しても、企業が日本人を雇うわけでない。企業が海外進出するだけ。中小企業は没落し、国内経済は空洞化するだけ。
③-4 最近の実証研究によると、外国人労働者が多い地域で、日本人労働者の雇用が奪われているわけでない。
③-5 移民は消費者でもあり、移民が増えれば、地域経済が活性化する。
④低廉な労働力確保のための移民政策は誤り。移民を日本人同様に扱わないと。真の少子化対策にならない。さらに母国に帰った知日派が日本に学生・労働者を送るなど、「循環移民」が成立する必要がある。(井口泰)
⑤グローバルな世界で生きるには、日本人の子どもたちにとって、異文化交流が重要。

(37)鳩山政権にはビジョンがない:税収および財政支出のビジョンが必要である(2010年)
①税収のビジョン:日本の財政赤字の原因は、政府の規模が大きいことでなく、税収が少ないこと!(大竹文雄)
②財政支出のビジョン:(a)科学技術への投資。日本は学術研究をおろそかにしている。「食べていけるか、容易にできるか」で研究テーマを選び「情けない」とノーベル賞受賞者・下村脩氏。(b)雇用の受け皿として医療・介護など新規産業の育成。(c)子どもの貧困率を下げる施策。
③社会発展の原動力は、企業者の「経済的騎士道」という利他的精神である。(経済学者マーシャル)

(38)日本人は、自分たちの潜在力に目を向けよ!(2010年)
①日本国債のデフォルト・リスクが、中国国債を一時上回った。(2010年)
①-2 2011年度予算は、税収が財政の4割しかない。
②しかし、最も重要なのは経済成長の実現。財政や国債は二義的な問題とも言える。
③日本の潜在的成長率は3%も可能。(脇田成氏)
③-2 労働市場の競争性が一気に高まったのに、セーフティーネットが充実されないので、消費低迷・格差拡大が起きた。政府によるセーフティーネットの充実が、経済成長にとって重要。
④「もう成長しなくてよい」という考え方もある。確かに、内需喚起の構造改革は重要。
④-2 しかし急成長するアジアなど外需との連携も、重要。
⑤日本人は、自分たちの潜在力に目を向ける必要がある。私たちは「醜いアヒルの子」でなく「白鳥」となりうる。(下村治氏の敗戦直後の言葉)
⑤-2 今、日本人は自国にまったく自信が持てなくなっている。

(39)日本は「脱近代化」を目指せ!(「西洋化」の終り!):中国との差異化を求めないと日本は敗退する&高等教育・科学技術予算を重視せよ(2010年)
①中国の国内総生産が、日本を追い抜き(2010年)、近代化のチャンピオンの地位は、中国に奪われた。
②中国との差異化を求めないと、日本は敗退する。
②-2 単なる中国進出だけでは、各国の競争が激しくなり、超過利潤はなくなる。
③「近代化」は、先進国へのキャッチアップの過程。「脱近代化」は、キャッチアップした後に、いかに他国と差をつけていくかの過程。
③-2 日本は「脱近代化」を目指さねばならない。世界の最先端の知識にキャッチアップするだけでなく、研究開発によって新しい知識そのものを作り出さねばならない。
③-2 その際、高等教育が重要だが、日本は、他の先進国と異なり、高等教育や科学技術の予算を削っている。
④日本は、いまだに過去の成功体験に縛られている。

(40)障害者を活かすゲーム理論:「社会的事実」は変えることが出来る(2010年)
①福祉と経済は、水と油で対立するものでない。
②現代の経済学は、「費用対効果」の視点を保ちつつも、ゲーム理論を取り入れ大きく変貌した。
②-2 ゲーム理論は、「互いに相手の行動を考えた上で、人々が行動する」との観点から、人間行動を分析する。
②-3 費用対効果を考えた時、車椅子ユーザーの就労が1人なら、通勤経路と職場のバリアフリー化は、効果に比し費用が莫大すぎる。しかし100人が就労すれば、同じ費用で効果は100倍になる。
③「社会的事実」は、物理的事実と異なり、人々の意見で作られる側面がある。このことも、ゲーム理論が明らかにした。
③-2 通勤できない障害者が定職に就けないという「社会的事実」は、みんなの考えに基づいている。みんなの考えが社会的事実となる。Ex. みんながそう思っていれば誰も障害者を面接しない。本人も面接してもらえると思わないから職探ししない。
③-3 ゲーム理論は、「社会的事実」は変えることが出来ると教える。
③-4 例えば、障害者の、在宅就労制度は、費用対効果が高い。
④「自立」と言っても、そもそも商品生産社会では、初めから互いに支え合うことを前提した上で、自立が語られる。
⑤経済学の第一原則は「自分のことは自分で決める」である。
⑤-2 これは国連障害者権利条約の「わたしたち抜きに、わたしたちのことを決めないで」という理念と響き合う。障害者は福祉の「対象」でなく、物事を決める「主体」である。
⑥障害者、長期疾病者、子育てで仕事を辞めざるを得ない母親、増加する高齢者を、資源ととらえるべきである。

(41)「盛年労働市場」を構築せよ!&政府が雇用流動化に範を示せ=官民を渡り歩く盛年労働市場を作れ!(1999年)
①ゲーム理論の「ゲーム」とは、「複数の個体が互いに相手に影響を及ぼし合っている状況一般」をさす。Ex. 寡占競争、国家間の戦略的関係は、ゲームである。
①-2 ゲーム理論は、政府や官僚も、一プレーヤーとして捉える。政府は、多くの雇用者をかかえる経済最大の事業主である。
②政府は、効果がない裁量的な財政・金融政策に、汲々とすべきでな。
③政府は、働き盛りの(ホワイトカラー)労働者のための市場(「盛年労働市場」)を積極的に創出すべきだ。
③-2 高度経済成長期なら、長期雇用制・年功制が可能。
③-3 企業は、自社だけ長期雇用をやめると、新卒の優秀な学生はみな他の企業に行ってしまうので、長期雇用をやめられない。
③-4 キャリアの途中で職を探す労働者が少ないので、「盛年労働市場」は発展しない。
③-5 盛年労働市場が未発達なため、大企業の従業員も、離職した時の不安が大きい。
④政府が民間の人材を、働き盛りに登用すべきだ!
④-2 また官僚も、働き盛りに、民間に出ていく。
④-3 さしあたり官と民との出向制度を量的・質的に拡充すべきだ。
④-4 民間で実績をあげたものが、再び事務次官など政府の枢要な職に就けるようにする。
④-6 外資系企業間の市場から、有能な民間の労働者を一本釣りで雇う。
④-7「動くやつは、はみ出し者」から「動くやつは、できるやつ」と評価が変わる必要がある。
⑤政府は「百年の計」をたて、年功制の変革をおこなえ。10-20年かかる。この変革は、世代交代が必要だろう。
⑤-2 働き盛りが終わって、官から民に移る天下りとは異なる。
⑤-3 官民癒着を防ぐには、情報公開が重要。
⑥政府も官僚も、市場のプレーヤーだ。
⑦また官民を渡り歩いたものは、敵を知り己を知る人材となる。一国の統治は、そうした優秀な人材に委ねられるべきだ。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井彰彦(1962-)『不自由な経済』第2部(21)-(30)、日本経済新聞出版社、2011年

2017-05-09 09:19:46 | Weblog
(21)深刻化する勤務医と開業医の格差問題(2008年)
①2007年、病院の勤務医の平均年収1427万円、公立病院長(300床程度)の平均年収1960万円、開業医の病院長の平均年収2532万円。開業医の意見ばかりが反映されがちな医師団体。資源の適性配分が行われていない。勤務医と開業医の格差問題。
①-2 医療費抑制策による病院の医師、看護婦の労働条件悪化。
②地域間格差。2004年導入の研修医マッチング制度の問題。医局中心から、本人の自由意思優先で研修医が大都市に集中し、地方が医療崩壊したとの主張がある。
②-2 ところが事実は、東京都の研修医は導入前03年比20%減少、増加率増上位3県の沖縄・岩手・島根では50%超増加。

(22)「不安」の中での社会保障改革:働く意欲を殺がない税制と将来世代への投資が重要(2008年)
①「ソニーショック」:2008年、ソニーが全世界で1万6000人員削減(内正社員8000人)。
②社会保障の財源:(a)消費増税か、(b)1990年代初頭から一貫して引き下げられてきた所得税や法人税の税率をもとに戻すか。
②-2 具体案として、給付金とセットにした税額控除導入によって人々の最低水準の生活を保証する一方、消費税率を上げ、働く意欲を殺がない税制が必要。
③世代間格差の是正:将来世代への投資が重要。家族関係社会支出(Ex. 就業と育児の両立させるための環境整備)(2004年)GDP比、日本0.75%、スウェーデン3.54%で合計特殊出生率1.8超に回復(07年)。

(23)オバマ新大統領と「市場」経済――自由な経済活動を育む役割を政府が果たすべきだ(2009年)
①2008年リーマンショック後、貧しい人々やリベラル派が求める「チェンジ(変革)」を掲げオバマ新大統領、当選。
①-2 1980年代以降の自由主義の徹底の中心テーゼは「トリクル・ダウン説」。ところが不公平を助長しただけではないかとの批判。
②ただし、再分配を通じた不平等の是正と、規制を通じた既得権益の擁護を、混同してはならない。
③自由な経済活動を育み、資本主義を守る役割を政府が果たす必要がある。
③-2 日本は障害関連の支出が極めて低い。GDP比、日本0.7%、OECD平均2.3%。

(24)企業のセーフティネットが壊れ、政府がそれを補う必要がある(2009年)
①一方で、「派遣という多様な働き方が、雇用を創出してきたプラス面もある。」(経団連雇用委員会委員長)
②派遣労働者切り捨て問題が、他方にある。
③家族や地域社会には、社会保障的な側面がある。家族や地域社会とのつながりを、断ち切ってはいけない。
④企業のセーフティネットが壊れ、政府がそれを補う必要がある。
⑤経済の活性化のためには、単なる所得保障でなく、働ける環境の整備が重要。Ex.介護報酬の引き上げ。

(25)市場に影落とす「不良資産」問題(2009年)
①米保険大手AIGの「不良資産」は1000億ドル超。20年間超の利益を2008年1年間で帳消しにした。
①ー2 その中心はCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)。金融機関がAGIに「保証料」を払い貸付先企業倒産の場合、元本を保証してもらうという金融派生商品。ところが、想定以上に企業倒産が発生。
②単なる規制でなく、預金保険のような、投資保険の創設が必要。

(26)日本の福祉事業には、経営ノウハウが欠ける(2009年)
①障害年金をただ支給するよりも、障害者が働き、納税する方が全体のコストが下がる。
②日本の福祉事業には、経営ノウハウが欠ける。
③経済学の祖であるアダム・スミスは、人間の心に反しない市場構築のため、「人間学」(人間本性の考察)にもとづく経済学を構想した。
④経済とは、経世済民(世を経(オサ)め民を済(スク)う)である。

(27)障害者雇用と権利条約:公共部門の責任と、民間部門のインセンティブとのバランスを考えよ(2011年)
①障害者に対し、非正規でなく、「人を切らない」ことを強制する計画経済のような政策は、効果がない。人を採らないことを選択する経営者が増えるだけ。
②重要なのは強制力でなく、人の心を動かすこと、つまり規範力である。
③一定の割合で障害のある子どもが生れるという事実認識が人々の間で共有される必要がある。
④公共部門の責任と、民間部門のインセンティブとのバランスを保つ社会民主主義が大切:オーストラリア首相ケヴィン・ラッド。
⑤障害者自立支援法が、応益負担の原則を入浴・排泄などに適用したので悪法と非難されるが、サポート内容の選択ができない「措置」制度は、個人から自由を奪うだけである。
⑥新自由主義・市場原理主義は幻想。かたや、古き良き日本経営も幻想。後者は、企業から排除されれば社会的にも排除される企業一元社会である。
⑥-2 古き良き日本経営という幻想への揺り戻しは警戒すべきだ。
⑦誰もが経済的弱者になりうる。
《感想》
 「誰もが経済的弱者になりうる」と信じない者も多い。人間には生まれつき有能者と無能者がおり、経済的弱者になるのは、無能者・劣等者のみだと主張する者も少なくない。

(28)「世界大不況時代」の経済学:①不均衡動学にもとづく「正しいケインズ政策」、②ゲーム理論が重要である(2009年)
①金融危機(※リーマンショック)で、2009年1-3月期GDP速報値が戦後最悪の年率換算マイナス15.2%。財政再建路線から転換し、ケインズ的政策採用の声が広がる。またマルクス主義経済学者のような資本主義批判も出現。しかし、これらは誤りだ!
②今回のグローバル経済危機で死んだのは、フリードマン的な新古典派経済学である。経済学のもう一つの理論である不均衡動学が、復活するだろう。(岩井克人)
②-2 不均衡動学は、スウェーデンのヴィクセルが最初のモデルを作り、1930年代にケインズが完成させた。
②-3 不均衡動学によると、貨幣経済下の広範な需要不足(Ex. リーマンショック)は、増幅し、市場での調整機能が全く働かなくなる。
③ 財政拡大路線を容認するケインジアンのケインズ経済学は、偽物である。(小野善康)
③-2 市場は内在的に不均衡であり、不均衡の積極的是正の施策が必要だというのが、「正しいケインズ政策」である。
③-3 例えば、政府による環境投資。環境投資は民間による十分な供給が難しい。そのため、単に財政支出を増やす施策と異なり、民間部門の投資を阻害しない。また好況期のように民間から労働力を奪う懸念もない。
④ケインズ『一般理論』の「美人投票」比喩。《みんなが美人と思う》と予想される候補者に投票し、かくて「勝ち馬に乗る」現象が生じる。
④-2 これはゲーム理論の主要研究テーマの一つ。この分析は、不況の問題と密接につながる。
④-3 人々の考え方、大衆心理次第で、好況にも不況にもなる。(浜田宏一)
⑤新古典派経済学は政権と直接、結びついた。
⑤-2 しかし新しい経済学、すなわち不均衡動学、ゲーム理論等は、象牙の塔に閉じこもっていた。
⑤-3 彼ら、「学界の先端を行く研究者」が、政策決定の現場、経済論壇に参加すべきだ。
⑤-4 また「官僚機構に取り込まれた学者」や「似非エコノミスト」を人々は、信じてならない。

(29)改正独占禁止法:政府(公取委)による市場への過度の介入は警戒すべき(2009年)
①改正独占禁止法(2009年6月成立):排除型私的独占、不当廉売、優越的地位の濫用に課徴金を課せるようになった。
①-2 しかしこれは、「自由な競争を守る」ためでなく、「中小企業者保護のための規制」による「競争の制限」が真の狙いではないかとの懸念がある。
②「不正」、「優越的地位の濫用」の該当要件があいまい。かくて競争を委縮させる。《競争を促し消費者の利益を守る》ことにならない。既得権者の利益を守るだけとなる。
②-2 公正取引委員会に強大な権限が与えられたので、行政審判は、廃止を含め見直しが必要。
③ 市場も失敗するが、政府も失敗する。
③-2 市場に任せるべきだ。政府の失敗が経済全体に与える弊害が甚大なことは、計画経済という壮大な社会実験の失敗で証明された。
③-3 政府(公取委)による市場への過度の介入は警戒すべき。
④市場を規制して得をするのは既得権者のみ。富裕層と貧困層の固定につながる。
⑤ベンチャー企業へ資金供給するベンチャーキャピタルの金融規制は、市場の暴走を防ぐかもしれないが、成長の芽を摘む。
⑥グローバル化が今回の不況(※リーマンショック)の元凶とみなし、内需主導型の経済成長を模索する動きも危険。国の枠を超えた広大な市場の縮小につながる。
⑥-2 補助金も、保護主義的施策で、関税と同じである。
⑥-3 1930年代の大恐慌時、各国の保護主義政策で全体としてのパイが縮小し、戦争に突入した。

(30)既得権者が厚遇されてはならない&障害のない「ふつうの人」にしか目が向かない社会は豊かな社会でない(2009年)
①退職教員の再雇用:居座り続ける高齢教員が若い研究者の雇用を妨げる。
②GMや日航など巨大企業の没落は、声の大きな既得権者(経営者、長期従業員)への厚遇が主因。
③逆に、低所得家庭の子どもは、立場が弱く、一番しわ寄せに直面している。
③-2 大学など高等教育の自己負担率がOECD加盟国中最も高い。子どもの貧困率が高い。
④ 改正臓器移植法(2009年7月):15歳未満の子ども、意思表明できない重度の障碍者の臓器提供を、家族の同意のみで可能にした。現代の個人重視の流れに逆行。
④-2 自己決定の重要性。国連の障害者権利条約は、「何をしてほしいかは(当事者の)わたしに聞いて」と述べる。
⑤ 合理的な意思決定ができない主体の問題。Cf. 経済学は合理的な意思決定ができる主体のみを想定する。
⑤-2 声の大きな「ふつうの人」に人にしか目が向かない社会は、豊かな社会でない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井彰彦(1962-)『不自由な経済』第2部(11)-(20)、日本経済新聞出版社、2011年

2017-05-09 09:10:07 | Weblog
(11)日本は老舗社会:関係者の間に長期的つながりのある社会は、ゲーム理論で利点が証明されている(2008年)
①日本は老舗社会。社歴200年を超える会社や商店約3000社。中国は9社。ドイツ800社。「適応力」(時代の要請に応じる)、「本業力」(安易に多角化しない)、「許容力」(「息子は選べんが、婿は選べる」)。
②「許容力」を支えた職人気質。師匠と弟子の人間的関係。
②-2 人と人のつながりを忘れた老舗は、老舗でない。
②-3 赤福や船場吉兆の「偽装」発覚後、現場に罪をなすり付けた経営者には、がっかりした。
③関係者の間に長期的つながりのある社会は、ゲーム理論でも、利点が証明されている。
③-2 長期的関係を軸とした地域密着型金融の利点も、ゲーム理論で証明できる。

(12)日本は必要な規制をしつつ外国の「政府系ファンド」を受け入れるべきだ(2008年)
①「政府系ファンド」(ソブリン・ウェルス・ファンド、SWF)は、政治的意図で利用されるとの懸念あり。
②しかし米国の自分勝手な連中が引き起こしたサブプライム問題以上に、危険だというわけではない。
②-2 日本は、必要な規制をしつつ、「政府系ファンド」を受け入れるべきで、保護主義になってはいけない。(Ex. 空港に外資規制をすべきでない。)
③日本の資本市場が閉鎖的で成長性がないとみなされ、国際資本が日本から離れていく事態は避けるべきだ。

(13)「パート正社員化」の意味:格差解消は全体の利益(2008年)
①年功賃金の「正社員」と、市場賃金の「非正社員」との間に、昔から「身分差」があった。これが長期経済停滞のもとで顕在化したのが、現在の格差問題である。小泉首相の構造改革の結果ではない。
②女性の社会進出で、男性の非正社員率が高まり、社会不安に結びついている。
②-2 かつては普通、男性は正社員、女性は非正社員だった。
③日本は、正社員は解雇しにくいが、非正社員の解雇は米国並みに容易。EUは、ともに解雇が難しい。米国はともに解雇が容易。
④格差が大きいと、非正社員への転落を恐れ、正社員が働き詰めにされる。「残業」が会社への忠誠心を示すバロメーターとなる。
④-2 国単位では、格差解消が、結局、全体の利益になる。

(14)(a)食料安全保障、(b)農産物輸入がもつ負の外部性、(c)農地転用による収入期待、(d)農協の流通独占の問題(2008年)
①日本の食料自給率、1961年78%で、当時、独67%、英42%。それが現在は、日本39%(2006年)、独84%、英70%(ともに2003年)。日本は食料安全保障に、無頓着過ぎる。
②国産から農産物輸入に切り替わると、負の外部性が発生する。
②-2 水不足の世界で、日本が大量の水(食用生産に必要な水、仮想水)を輸入することとなる。
②-3 またフードマイレージ(食糧の輸送に伴い排出される二酸化炭素が、地球環境に与える負荷)も増大する。
③農地の地権者は、耕作放棄し転用益を狙う。
③-2 1990年代には、農地転用による収入が、営農による農作物生産額を上回った。恣意的な農地規制を正し、錬金術まがいの転用期待を減殺すべきである。
④ 農協は、流通独占によって、中間マージンを稼ぐ。
④-2 農協による農家の締め付けは、独占禁止法違反として取り締まる必要がある。

(15)中国では、格差の源泉である教育格差拡大が止まらない(2008年)
①中国では、格差を生み出す源泉である教育格差の拡大が、止まらない。
②日本では、偏差値59までは、所得との相関がない。上位15%の偏差値は、所得と相関する。
③競争社会は、一方で、格差を引き起こすが、他方で、気概のある有意な人材を生み出す。

(16)温暖化対策における排出量取引の諸問題(2008年)
①温暖化対策で注目されるのが、排出量取引である。政府が各企業に許容排出枠(排出権)を無償で分配。これを各企業が市場で売買する。排出量削減が、利益になるので正のインセンティヴ(誘因)となる。
②ところが排出枠の分配が実績ベースで、過去に排出量が多かった企業に有利なら、負のインセンティヴ(誘因)が働く。
③排出枠を企業がオークションで買う方式もある。排出枠を誰に分配するか、市場が決めるので、恣意性や負のインセンティヴ(誘因)が生じない。ただし企業の負担が重くなるとの批判がある。
③-2 しかし総排出枠の決定には、恣意性が残る。

(17)低成長下の社会保障改革:企業や高額所得者に高い税負担を求めると海外に資金流失する(2008年)
①公的年金には、経済的自由がない、すなわち「パターナリズム(温情的干渉主義)の問題がある」と、ミルトン・フリードマンは言う。
②社会保険料未納問題解決のため、税方式を採用せよという主張もある。未納者は結局、生活保護予備軍である。
②-2 企業や高額所得者に高い税負担を求めると、海外に資金流失する可能性が大きい。

(18)「蟹工船」ブームの背景:「勝ち組への強い怨念」(2008年)
①「勝ち組への強い怨念」の発生。
②人を踏みつけにしておいて、逆に踏みつけられた側から、反撃があるのは当然:赤木智弘氏。
②-2 現場でものを言わず、格差社会のせいにするのは甘え:西村博之(2チャンネル管理人)。
②-3 「女だから派遣」は無視されてきたのに、「男なのに派遣」は問題となる:北原みのり。
③ゲーム理論は「相手の立場で考える」ことを可能にする。謬見や偏見が生れるプロセスにもメスを入れる。
⑤国家は、一部の既得権者の手先となっているという不信感が、「蟹工船」ブームの背景かもしれない。

(19)リーマンショック(金融不安)と投機の問題:貨幣に本源的価値はなく、予想によって価値が定まる(2008年)
①投機には、価格安定化機能がある。安い時に買い、高い時に売り、価格を下落させる。
②金融市場は、今日の貨幣と、明日の貨幣を交換する市場。
②-2 貨幣には、本源的価値はなく、予想によって価値が定まる。(《感想》これは、必ずしも正しくない。株には一定の価値がある。)

(20)ソ連崩壊後、米国中心の一極体制にならず、米国の地位低下(2008年)
①世界のGDPに占める米国の割合は、2000年に世界の1/3近くだったが、2001年に1/4未満に落ち込む。国際政治での米国の地位低下を招いた。
①-2 工業力で競争力を失った米国を牽引した金融力の低下(2008年金融不安)は、米国の地位低下を加速させるかもしれない。(※ITの競争力が米国経済を牽引している。)
②ソ連が崩壊し、1990年代は、クリントン政権による日本バッシングなど友好国への強引さ。
②-2 2000年代は、9・11テロ後、ブッシュ政権が。国際法を無視し、アフガニスタン、イラクへ侵攻。
③ソ連崩壊後、米国中心の一極体制になると言われたが、それは幻想だった。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井彰彦(1962-)『不自由な経済』第2部(1)-(10)、日本経済新聞出版社、2011年

2017-05-09 09:08:40 | Weblog
第2部 複眼思考で現実を読む
(1)経済規範の問題:(a)取締役が生え抜きか社外から登用か、(b)自由競争は経済規範の一つである、(c) 「みんなが従っている」、(d) 規範により予測可能性が生れ、(e)規範は価値判断基準である、(f)従来の経済規範と新しい経済現象との軋みの問題あり(1998年)
①日本の株式会社では、取締役が生え抜き、そして経営執行役員を兼ねるという慣行。米国では取締役は執行部門のお目付け役で、多くは社外から登用され、経営執行役員とは機能上分離。この差は、経済規範の問題
①-2 昨今の日本企業の経営破綻は、多くが、チェック機能の欠如による。
②市場における自由競争は「経済規範」のひとつである。自然淘汰を旨とする米国型市場経済の規範。
②-2 ロシアでは、この競争規範が根付く前に、既存の規範を壊したので経済崩壊。
②-3 日本ではこの競争規範が米国ほど徹底していない。談合では、事前の話し合いor暗黙の了解による落札者の決定が業者間の規範である。
③経済規範の分析方法
(a)個人のインセンティブ(動機づけ)の分析が核。
(b)考える人間、利害得失を考える人間を分析の基礎におく。
(c)その際、ゲーム理論によって、人間の相互依存関係を分析。
(d)経験をもとに世界像を作っていく人間を想定する。
④規範に従う理由は、「みんなが従っている」から。Ex.長期雇用制のもとでは自社だけ短期契約制では人が集まらない。
⑤規範があると、予測可能性が生れ、行動の指針になる。Ex.右側通行とわかっていれば歩行の予測可能。
⑥規範は価値判断の基準。「家事・育児は女性の仕事だ」との規範の下では、家事の手抜きは負い目。
⑥ー2 「男は外で働くものだ」という規範。かくて男のプライド。
⑦経済規範も変化するが、新しい経済現象との間にきしみが生じる。Ex.長期雇用制と年功序列型賃金。

(2)市場や教育への裁量的国家介入は、客観性を損なう(2007年)
①「もの言う株主」であるファンドは、「倫理性」(倫理・規範)の破壊者との意見あり。会社の将来、従業員のこと、取引先の事情も考えず、儲けを株主に還元せよと居丈高に言うだけ。
①ー2 しかし、ファンド攻撃は経営陣の保身の隠れ蓑でありうる。ファンドによる買収で企業がスリム化し、企業が復活し雇用が増えることがある。
②裁量的国家介入は、普遍性・客観性といった法倫理・法規範の衰退を招く。
②ー2 2007年のライブドア・堀江貴文被告への判決は、法や市場規範の違反行為が争われたのに、客観性が失われ情緒的判決だった。
②ー3 公正で自由な競争を重視せよ。アダム・スミスは、フェアプレーの競争を主張し、重商主義という国家の裁量的介入から市場を守った。

(3)教育再生に市場原理の波:政府主導による評価選別は、市場原理でなく、統制原理の導入である(2007年)
①政府主導による評価選別は、市場原理でなく、統制原理の導入である。
②また教育が、学力テストのような近視眼的な成果のみで評価されてはならない。

(4)市場重視の経済学を問う:渋沢栄一の儒教精神、松下幸之助の神道精神のような「見えざる手」もある(2007年)
①公的部門が問題を起こせば「民営化せよ」と叫び、私企業が不祥事を起こせば「政府が責任を持って供給せよ」と叫ぶだけでは、意味がない。
②経済学が「市場を重視せよ」と言うのは、人々のインセンティヴを無視して組織や制度を作ると、必ず失敗するし、最悪の場合、規制の意図と逆のことが発生するからである。
②ー2 市場重視は、弱者切り捨てではない。
③経済学は、善悪論にとらわれない。例えば、障害者レスラーの興行は儲かる。「福祉=善」と異なる発想。
④渋沢栄一の儒教精神、松下幸之助の神道精神のような八百万の神々の「見えざる手」もある。
④-2 規制緩和のみでは泥棒に追い銭になる。市場と文化は互いに響きあうべきである。

(5)温暖化対策:日本モデルを、世界に輸出すべきだ(2007年)
①貧困の解消と温暖化対策は、「あちら立てればこちらが立たず」というトレードオフの関係ではない。高潮やハリケーンでもっとも被害を被るのは弱者。
②世界でもっとも高いエネルギー効率を誇っている日本モデルを、世界に輸出すべきだ。

(6)社会に蔓延する疎外感:(a)最低賃金が高すぎてはならない、(b) 「ふれあい」で満たされる「存在欲求」を大切にすべき、(c) グローバル化による貿易やアウトソーシングで代替できない「介護・育児」の労働需要、(d) 正社員と非正規社員の壁は疎外感の温床である(2007年)
①「最低賃金は低すぎれば意味がないし、高すぎれば企業が雇用を絞り込むため、失業をもたらす。」
②「持ちたい」という「所有欲求」を満たすだけでなく、「ふれあい」で満たされる「存在欲求」を大切にすべきだ。
②ー2 グローバル化による貿易やアウトソーシングで代替できない「介護・育児」などに、日本の労働需要がシフトしていく可能性あり。
③企業のステークホルダーは株主だけでない。正社員と非正規社員の壁は疎外感の温床である。

(7)サブプライム問題の本質:利己心の「規制」でなく「管理」が肝要である(2007年)
①焦げ付いたサブプライムローンの証券化商品を、政府や通貨当局が買い支え、投資家の損失を肩代わりすべきでない。資源配分と所得分配の歪みを生むだけ。
②貧困層の住宅取得の夢をかなえたのも、夢の住宅の差し押さえの憂き目の原因を作ったのもサブプライムローンの証券化だった。
②-2 金融関連会社の「利己心」の結果だが、その「規制」でなく「管理」が肝要である。

(8)独禁法改正を考える:市場制度の設計が重要!(2007年)
①事前規制から事後規制への転換。
②本当の課題は、規制緩和でなく、「規制改革」である。
②-2 自己調整機能を持つ市場はフィクション。規制を不用意に緩和しては混乱するだけ。市場万能ではない。市場制度の設計が重要である。
③一方で国民=選挙民の視点。他方で専門家(官僚含む)の視点。この二つの視点が重要。
④団体訴訟制度は、違反行為に対する監視の目を消費者団体に与えることで、公取委の規律づけにも役立つ。

(9)医療も、価格統制からの自由化が急務である(2007年)
①リスクの高い産婦人科、診療報酬が少ない小児科の不足。
①-2 医師の説明責任の過大、クレーマーの増大が、医師の過重労働を産む。
①-3 医療訴訟の増大が医師を委縮させる。
② 小児医療費の窓口負担ゼロ(東京23区)は、経済原理を無視し、受診増大で医師の多忙に拍車をかける。
③ 医師不足の診療科では診療報酬を増やすべき。
③-2医療も、政府による価格統制から脱する方向性が必要である。
③-3 「金持ち優遇」との自由化への批判は、低所得者層の医療費控除などで対応できる。

(10)「市場原理」(売れるもの価値がある)でなく、「規範原理」(「正しいもの」に価値がある)に注目すべきだ(2007年)
①グローバル化によって世界市場が統合され、世界的競争に巻き込まれる。日本が高めるべき存在感とは何か?
②「ワシントン・コンセンサス」:小さな政府、規制緩和、市場原理、受有貿易、経済格差容認など、IMF、IBRDが推し進める米国流の対外経済戦略。
③「市場原理」(売れるもの価値がある)でなく、「規範原理」(「正しいもの」に価値がある)に注目すべきだ。
③-2 市場活動にも、規範意識が欠かせない。
③-3 新たな規範である開発、環境。
④「ワシントン・コンセンサス」という欧米の規範の内、優れた点は取り入れ、大切な日本の規範は守る。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

松井彰彦(1962-)『不自由な経済』第1部、日本経済新聞出版社、2011年

2017-05-09 09:07:04 | Weblog
 はしがき:市場は万能でない。しかし市場を拒むことは「不自由な経済」を作ることである。
A 「規制緩和一辺倒で、市場経済を創る」という考えは、学界では1990年代には、すでに過去のものである。
A-2 「ゲーム理論を核に据えた情報の経済学」、「組織の経済学」の進展。
A-3 「神の見えざる手によって経済が望ましい方向へ調整される」という市場観は、素朴すぎる。
B 経済(取引)は、相手がいないと成立しない。

第1部 市場を考える
(1)都市:顔(身分)で人を差別しない取引(市場)の成立
A 自然状態では、「横取りされる」ため、努力して生産することがなく、社会の生産性は低い水準にとどまる。
B 共同体が成立すると、「お互い様」の取引が成立する。
B-2 共同体内では信頼と協調の関係が成立するが、共同体から出れば、弱肉強食の関係。
B-3 強い共同体が、弱い共同体を傘下に置く。
C 共同体の対極は、人々が集まり「お互い誰が誰だかわからない状態」になった都市である。
C-2 都市で、顔の見えない取引(市場)が成立する。顔(身分)で人を差別しない行動規範の成立。

(2)(ア)市場原理は相手が誰であれ分け隔てしない&(イ)市場から排除されることもある
D 市場原理は、相手が誰であれ、分け隔てしない。市場は、市場ルールを守る者たちで、成り立つ。
D-2 「障害者は○○できない」というように、画一的に市場を閉ざす・市場から排除することがある。
D-3 製造業への労働者派遣を禁止しても。正社員が増えるわけでなく、失業者が増えるだけになる。

(3)(a)買い手独占だと不当に安く売るしかない&(b)技術進歩によるバリアフリーが障害者雇用にとって重要
E 市場がないと、例えば買い手独占だと、不当に安く売るしかなくなる。
E-2 労働市場の創造が格差縮小につながる。例えば、医療・介護での雇用増加が、30歳未満単身女性の可処分所得を増やした。(2004-9年)
E-3 障害者雇用を福祉とさせないためには、技術進歩によるバリアフリーが不可欠である。

(4)厚生経済学の第1基本原理(=パレート効率性)では、格差・公平性の視点が抜ける
F 厚生経済学の第1基本原理:「理想的な競争市場の下では、効率的(最適)な資源の配分が達成される。」
F-2「厚生」とは、社会全員の満足度のこと。
F-3「効率的(最適)」とは、誰かの満足度を上げようとすれば、他の誰かの満足度を下げざるをえないこと。パレート効率性(最適)。
G パレート効率性は、公平性の観点を含まない。独裁者の1人勝ちでも、パレート効率的な状態でありうる。
(4)-2 市場の失敗の問題
H 現実の市場はどのような時に失敗するのか?
①市場がうまく機能するには、需要供給に応じて価格が上下しないといけない。
①-2 価格調整ができないとは、例えば診療報酬が政府によって一元管理されること。かくて、医師が都市部に偏在し、産科での医師不足が生じる。
②マッチング制度は、計画経済的割当より、効率的である。
③人々が、他人と自分を引き比べると、競争はゆがむ。相手に先んじたいと、思ってはいけない。「オンリーワン」で、他と無関係に、消費する。
④温室効果ガスについて、排出枠を、オークションを通じて割り当て、微調整を排出量取引に委ねる。

(4)-2 厚生経済学の第2基本原理:公平性(格差)に不満がある場合は、市場を縛るのではなく、所得移転で対処せよ。
I ただし所得移転欲しさに、さぼる人が出ると、社会の総所得は落ち込む。
I-2 所得の平等性を高めたいのなら、「負の所得税」が、検討に値する。所得が一定の基準額に満たない人には、不足分の一定割合を補てんする。

(5)市場理論(「市場対個人」)とゲーム理論(市場を「個人対個人」のゲームと考える)
J 市場理論は「市場対個人」がベースになる。ゲーム理論では市場を「個人対個人」のゲームと考える。
J-2 市場理論は「顔の見えない取引関係」(分け隔てしない)を想定。ゲーム理論は顔の見える取引関係を想定。
J-3 ゲーム理論を取り入れ、市場の分析を深める。

(6)独禁法の「自首」制度と「囚人のジレンマ」
K 2006年独禁法改正:課徴金引き上げ&措置減免制度(「自首」制度)導入。
K-2 「自首」制度:ゲーム理論の「囚人のジレンマ」(自分だけ割を食うのを怖れ、全員自供してしまう状況)の応用例。コンプライアンスに熱心な企業ほど得をする。
L 事前規制は緩和されたのに、事後規制(独禁法の運用)が対応しきれていない。

(6)-2 企業結合規制は事前規制で、緩和すべきである
M 合併・買収を規制する企業結合規制は、典型的な事前規制。事前規制から事後規制へという流れに反する。
M-2 公取委は、(ア)素材産業の規模の経済、(イ)世界シェアを考慮すべきである。

(6)-3 公益事業の分割、電波オークションなど、積極的な競争政策を推進せよ
N 1985年電電公社民営化:(a)遠距離通話料金1/10に下落(1985-2000)。(b)新規参入業者育成政策が成功。
N-2 携帯電話の番号継続(ナンバーポータビリティ)制度が市場競争促進。
N-3 電力会社の地域独占については、安定供給を確保しつつ(自由化後、2000年ごろカリフォルニア州で停電頻発)、独占の弊害を減らす方策が必要。
O 郵政事業、電波利用も、公益性・政治性が高い課題。
P 電波オークション:市場を作ることで、電波の効率利用を促進させる。
P-2 1994年、アメリカで成功。米国では連邦通信委員会(FCC)が周波数帯をオークションで割り当てる。政府収入が増える。
Q オークションでは、落札者=勝者が過大評価をすると、損をする。「勝者への呪い」!(65-66頁)

(7)既卒・転職労働市場育成が必要である
R 人々が出会いを求めてサーチする市場では、ミスマッチが避けられない。市場経済における最大のミスマッチは労働市場で起こる。Ex. 介護需要が増えているのに介護職が敬遠される。
R-2 新卒の労働市場はフォーカルポイントがあるが、既卒・転職労働市場ではそれがない。
R-3 日本にも東京を中心に、正社員の既卒・転職労働市場がある。それは、外資系企業の市場である。彼らは転職後も緩やかなつながりを保ち、情報交換をかかさない。大企業の人事異動に似る。しかも自分の意思で職場を移れる。
R-4 いつ会社がつぶれるか分からない時代には、転職市場は一種の保険である。
R-5 外国企業の参入は、健全な既卒・転職労働市場育成のチャンスである。
R-6 健全な既卒・転職労働市場があれば、労働者は、雇い主や職場での不当な扱いをから自らを守るチャンスを高める。

(8)(ア)市場では情報共有、開示が前提である、(イ)予測の前提は「大数の法則」である、(ウ)市場では合理的パニックが起きる
S リスクと向き合ううえで、何がリスクかの情報収集が欠かせない。
S-2 市場では情報共有、開示が前提である。
S-3 薬害では、情報開示の不十分性の問題がある。
T 予測の前提は「大数の法則」である。コインを何度も投げれば表と裏が出る頻度は等しくなる。
T-2 金融市場では、人々が独立に行動するという「大数の法則」の前提が成り立たない。人々は、他者の予想に影響され行動する。(Ex. 株価)
U 合理的パニック(Ex. 取り付け騒ぎ)。取り付け騒ぎは、預金保険で防げる。

(9)老舗の問題&インターネットの可能性
V 長寿企業は、自己資本比率が低く、固定比率が高い。老舗も最先端を走らないと市場から取り残される危険!
V-2 インターネットは、一人ひとりの自律的な動きが世の中を動かすという点で、市場の本質と重なる。インターネットは、人と人をつなげるという市場の本来の機能を強化し、閉塞感を打破する。

(10)市場は、見知らぬ人同士をつなげ、自由を生み、仲間内のなれ合いや既得権益を打破する
W イソップ物語を、うのみにしてはいけない。ファーブルによれば、セミが樹液を吸うため管を突き刺すと、そこにアリが群がり、蜜を奪っていく。
W-2 そのように、「市場は格差の原因だというレッテル」にとらわれてはならない。市場は見知らぬ人同士をつなげ、自由を生み、仲間内のなれ合いや既得権益を打破する。Ex. 女性の市場参加。Ex. 市場参加による障害者の自立。
X 市場は万能でない。だが市場を縛れば「不自由な経済」となる。例えば労働市場で、女性に危険と言い、障害者には無理と言って、市場参加を制限してはならない。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする