「夕食のメニューを何にするか」これはなかなか迷うものでありますね。
日中にお会いした、どこぞの社長さんが
「今夜も食事会に呼ばれてんだよな。ホテルの食事も飽きたよ...」なぞと、わざとらしい倦怠感をにじませながらのたまわれたりすると、
「くっそー今夜は洋食だ。ピザもステーキもサラダも食ってやるぞ。ファミレスだけど、もう何もかも食ってやるぞ!」
と、わりかし簡単に逆上します。ホテル=洋食という昭和的誤解に気づくことなく、この時点では洋食に決定と思われます。
しかし帰りの山手線で池波正太郎を読んだりすると、
“旨味のある鴨肉の脂に、冷えた竹酒がよく合う...”なんてセンテンスに心奪われて、
「んー、今日あたりだいぶ冷えてきたし、日本酒がいいかな。牡蠣も解禁になったし、やっぱ日本人は和食だな...」
と昼間の逆上一気に醒めてしみじみ路線に変更。まあいずれにせよ、この時点では外食ということです。
しかし家に帰って一息つくと、何だか外出が面倒に思えてくる。取りあえずこの空腹をなだめておこうと冷蔵庫を開けると、昨夜の残りのたらこが見える。
「これで白飯をかっこんだら美味いだろうな。おまけに金掛かんないしな」と米を研いで炊飯器にセットし、棚にあった焼き鳥の缶詰で飲み始めるのだが。のだが...。
空腹時の酒は利く。焼き鳥はすぐに食い終わり、猛烈に空腹感が起こっている。「米飯ってのは時間が掛かりすぎるんだよっ」と悔しまぎれに呟いて、隣のコンビニに駆け込む。酔っぱらった目には、あらゆるものが美味そうに見える。お好み焼き、薫製たまご、浅漬けにおにぎりセットに緑のたぬき大盛り。予想外の出費に驚きつつ部屋に戻ると、炊飯器から勢いよく湯気が出ている。間もなく炊きあがりである。
もはやメニューも何もあったもんじゃない。お好み焼きをつつきながら緑のたぬきを啜って、おにぎりをパクついたところで飯が炊きあがる。悔しいから茶碗によそってたらこで食ってみれば、これが悲しいほどに美味い。
「俺、たらこと飯だけで充分だったんだよなぁ...」
狂態を深く恥じ入りつつ、なぜか落涙までしつつ、秋の夜は更けていくのであります(泣くことないだろ)。