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エッセイを綴るぞっ!

会津・喜多方 郷愁旅行 その2

2005-10-01 04:01:00 | 連載もの 会津・喜多方 郷愁旅行

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喜多方と言えば“喜多方ラーメン”
ラーメン好きではない僕でも、これは美味かった!
(各画像クリック拡大可能)


 特急あいづは、東北本線に乗ってひた走る。
 宇都宮を過ぎたあたりから田園風景が広がった。すでに刈り取られた田圃もあり、まだ青い稲穂の残る田圃もある。
 驚いたことは、どこまで行っても線路際に鉄道マニアらしい人々がいたこと。この列車の通過時間を予想して、三脚と望遠レンズ付きカメラを構えていたのです。
 何人ものカメラマンがレンズを向けることで、我々乗客には、なんとな~く若干の誤解が働きはじめた。なんとな~く、旅の番組に出演している芸能人のように、ポーズをとったりしはじめた。
「みんな雨の中、ご苦労さまだねぇ」なんていう発言も出てきた(僕です)。
 それは言うまでもなく勘違いというものです。

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話しはなかなか先に進まないが、これが城下町会津の風景


 今回の旅の行程は、以下のように予定してあった。

1、特急の終点である喜多方まで一気に行き、喜多方ラーメンを食べる
2、夕方まで喜多方の町を散策
3、会津東山温泉に移動して宿泊
4、翌日は会津の城下町を散策 漆器と建築物を堪能する
  ~帰京

 しかし出発の数日前のことだけど、僕は“はた”と膝を打ったのであります。会津・喜多方は福島県にあるのですが、福島と言えば友人ススム君がいるのです。こりゃあ、この機会を利用して会っておきたいものであります。
 メールでやりとりをすると、うまいことに彼は時間が作れるとのこと。ついでに彼から一つの提案があった。
「喜多方から車で一寸行ったところで、シーナマコトの講演会があるんだ。行ってみるか?」
 城下町のんびり旅行は、にわかに中身の詰まったものになったのであります。


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12時半、喜多方駅に到着
このあとススム君との待ち合わせで気分が高揚し
喜多方の写真はまったく撮ってなかった
ラーメンを食べてから、彼の車で金山町に移動




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 金山町には椎名誠氏の写真館があった
 映画の撮影で訪れたのがきっかけで、清流が流れ、野原(のっぱら)がふんだんにあるこの町を、すっかり気に入ってしまったとのこと
 

 講演が終わったのは午後3時半。そのあとはシーナ氏を囲んで親睦会があるとのことだったけど、残念ながら我々は退出。ススム君の車で宿まで送ってもらうことに。
 今回の旅に同行した友人Mは、ススム君のことなどまったく知らない。そこで車中は、僕たちが同級生だった中学校の頃のおバカ話しを披露して盛り上がった。

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昔の写真でも載せておこうかススム君
実際、全然変わってなかったし

 いつしか台風も去り、青空が広がっていた。車窓には雄大な磐梯山。道路脇にはコスモスが満開だ。
「そういや昔、お前さ、コスモスを見ると腰が抜けると言っていたなぁ」
 ススム君は唐突にこんなことを言う。そうなのだ。今でもコスモスを見ると、なぜか胸の奥のほうがぐぐっとなるのである。その原因が、この瞬間に判明したのである。

僕「小さい頃住んでた家がさ、小さな借家でね。その裏側に、広大な空き地があったんだよ」
ススム「お前が郡山(福島県内)に住んでた頃の家か」
僕「うん。それでな、その空き地は、秋になると一面にコスモスが咲いたんだ。緩やかな起伏がある土地で、見渡す限り、ずーっとコスモスなんだよ」
ススム「なるほど。その記憶が強烈だったから腰が抜けてたんだな」
M「え? ホントに腰が抜けてたの?」
ススム「何だかこいつ、よれよれになって歩いてたっけな」
「わっははは!」
「ひゃははっ!」

 福島は僕の生まれ故郷。思いがけずいろんな想いが沸き上がる旅と相成ったのでござるよ。

 つづく
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