くらぶアミーゴblog

エッセイを綴るぞっ!

持ち物

2005-06-04 05:38:43 | エッセイ

 初めて一人暮しを始めたとき、持ち物はとても少なかった。

 散文や絵を書きつけたノート。バイトで買ったトランペット。一番気に入っていたカセットテープ。そういうものが、一番大切なものだった。だから、田舎から上京するときは、小型のワゴン車で済んでしまった。自分ごと、両親に運んでもらった。すいぶんあとで聞いたのだが、母親は帰りの車中、泣いたのだという。

 中野のアパートでの、一人暮し初日の夜は、実に興味深かった。何だかひどく静かで、時間の感覚がなくて、寂寞としていた。夜の早い時間でも、まるで真夜中に起きているような感覚だった。僕は十円玉をかき集めて部屋を出て、同じ東京にいる先輩宅へ電話を掛けた。少し軽薄だが元気いっぱいの先輩の声を聞いて、やっと人心地が着いたのだった。 

 あれから二十年が過ぎ、僕も中年の声を聞くようになった。自分の部屋を見渡してみると、ずいぶんと持ち物が増えてしまったことに気付く。すべて、必要だからと入手したはずなのに、必要以上の量があるような気がする。持ち物が増えると動きが鈍る。決断力が衰える。

「男は常に身一つ、思い立ったらすぐに旅立てるように」とはカヌーイストの野田友佑の言葉である。プロのトラベラーはみな持ち物が少ないものだ。そして、ジンセイもまた旅だ。
 僕は迷っている。