先月、旧友がフリューゲルホルンという楽器を買った。トランペットが大きくなったような奴で、独特の柔らかい音色が出せる。
十数年ぶりだから音が出ない、基礎からやり直しをしなければならない、と友人は言っている。楽器の基礎練習は“一日サボると一週間分サボったことと同じ”と言われるほど、毎日の積み重ねが大事なのだ。時間がないと言いながら、友人はそんな忙しい状態を楽しんでいるようだ。
練習といえば、アホウドリという鳥がいる。可愛い顔をした大きな海鳥なのだが、こいつは他の鳥と違って、巣立ってすぐに飛ぶことが出来ない。驚くことに、飛び方を知らないで生まれてくるのである。
そこで、巣立ち後にみんなで練習をするのだが、その様子はハンググライダーを練習している人間とあまりにも似ていて驚かされるのだ。
急斜面を決死の形相(そう見える)で駆け下りて羽ばたくが、追い風に押しつぶされて転ぶ(通常、追い風では飛行機も離陸できない)。強すぎる向かい風に無謀にも立ち向かい、あっという間に上空に持ち上げられて、コントロール出来ずに墜落する。
鳥も人間もとにかく走るのが第一歩だ
ハンググライダーの練習もまるで同じだ。
斜面の頂に立ち、グライダーを両手で支えて、向かい風が来るのをじっと待つ。
いい風が来たら、ガシャガシャと騒々しく機体の音を立てながら斜面を駆け下りていく。
翼の角度、スピード(風力)、風向きが揃わないと、翼は浮かびもしない。終点の平地までガシャガシャ走り抜けてしまい、重い翼を担いで再び斜面をよじ登る。ひたすらそれの繰り返しである。
しかし、その瞬間は必ず訪れる。
懸命に駆け下りている途中で、機体とつながった背中のハーネスが不意に持ち上げられる。あっと気が付いたら、足元にあった地面が遠ざかっていく。
時間の流れが止まる。
耳元には、機体のナイロンが風を切るビューッという音しか聞こえない。
「これでいいのか、これでいいのか??」と不安なまま着地点が迫り、インストラクターの指示通りに無事ランディング(着陸)。
「飛べたじゃん! おめでとう!」と言われて、初めて静止していた時間が戻ってくる。そうだ、ついに飛んだのだ。俺もこれからフライヤーだ!
アホウドリたちも、初めて飛べたときは嬉しそうだ。風に吹かれ、目を細めて鼻歌なぞ歌っている(ように見える)。
彼らの学名はアルバトロス。実にロマンティックな名前ではないか。