「食卓の向こう側」 4月8日

7日WHOが発表した「世界保健報告」によると、2004年も依然として日本は平均寿命世界一だ。日本女性の平均寿命は86歳、日本男性は、アイスランド・サンマリノと並んで79歳、いずれも世界一の座だ。アイスランドが約30万人、サンマリノが約2万8千人の人口なのだから、実質世界一の座にあるということだ。しかし、平均寿命は、単に生きていた時間を表すものでしかなく、仮に最期が、寝たきりで苦しい時間であったり、あるいは意識のない状態であったとしても、生きていた時間として換算される。医療が進歩して、延命の期間が格段に伸びたことが、平均寿命世界一の座を維持する要因の一つであるならば、首位の座は胸を張って喜べるものではない

今の日本は、健康を確保するためと称して、医療や薬剤への依存に偏りすぎていると私は感じている。勿論、ガンや脳血管疾患・心臓病、あるいは難病など最先端の医療で一命を取りとめて、普通の日常生活を取り戻すことができる場合は確かに多い。医学が日進月歩発展していくことは、日本の文明の証でもある。

しかし、今の日本の公衆衛生・保健の現状は、本当の意味で国民の健康を確保する体制になっているかというと必ずしもそうではないことに気付く。典型的な例が、小児科と産婦人科の先細りだ。少子化のため単科での診療が困難となり、現場での医師の負担が他科と比較にならないくらい重くなり、これらの科を志望する医師が激減するという悪循環に陥っている。一方で、効率良く稼げる眼科や皮膚科の台頭が目立ち、医療の中での偏在化が深刻な問題となっている。

更に、大学などで研究に励み医学をリードする医師よりも、収入が多く地域での影響力の大きい開業医の発言力のほうが強く、医療保険制度のもとで開業医は格段に優遇されている。診療報酬改訂や患者負担の見直しは、これまで何度も行われてきたが、しかし、それによって決して医療費は抑制されず、むしろ国家予算の1/2を占めるまでに膨れ上がっている。機械によって生かされている人も含めた平均寿命世界一の評価は、膨大な医療費によって作り上げられた粉飾決算であって、真の健康とは実はかけ離れたものなのではないか。

平均寿命が世界一であっても、現代の日本人の心身は昔と比較にならないくらい病んでいる。ガン罹患率が激増する理由は、明らかに添加物や脂肪に汚染された食品のせいだし、生活習慣病は、ガンと同様に不規則で偏った、自然食からかけ離れた化学的に合成された食生活の賜物だ。

少年犯罪も含めて近年際立つ凶悪犯罪は、間違いなく「食」に係る環境の変化がもたらしたものだ。一人暮らしの学生ばかりでなく、小さな子どもが居る家庭でも、忙しさにかまけてコンビニ弁当やできあいのお惣菜に極端に依存した食事が横行する。便利さだけでいうと天下一品だけれど、添加物や脂肪にまみれたそれらの食品は、食べれば食べるほど、実は体を蝕んでいく。

おまけに、私たちの子どもの頃には考えられなかったが、今の子どもたちは信じられないくらい孤食を強いられている。できあいのものばかりが並ぶ食卓には、家族全員がそろう必要性がなく、次第に銘々がてんでばらばらに食事をとり、必然的に家族の会話も消失していく。最悪なのは、お菓子やジュースなどのジャンクフードが、食生活のメインになってしまっている子どもたちだ。成長に必要な栄養素を摂取することができず、その中でも特にカルシウムが不足する子どもはキレやすくなる。ちょっとしたことにも堪え性がない子どもや大人は、凶悪犯罪を凶悪とも感じずに堂々とやってのけてしまうのだ。

西日本新聞社刊「食卓の向こう側」という本に、興味深い調査結果がある。1972年の連合赤軍による浅間山荘事件だ。彼らは、100日近く山中を逃げ回る過程で、何人もの仲間をリンチして殺害している。栄養学者の故川島四郎博士が、金銭出納帳から彼らの食生活を分析したところ、インスタントラーメンや缶詰などを主食とし、青野菜を一切摂取していなかったことを突き止めた。川島博士は、一味をリンチする彼らの凶暴性は、青野菜に含まれるカルシウムの著しい不足によるものだと結論付けている。

「旬のものを出来る限り自然のまま口にする」「サプリメントに頼らない顎を使い噛みしめる食事」「家族全員が囲む食卓」、毎食実行することは困難でも、意識の片隅に置いておくだけでも、私たちの生活の質は劇的に向上する。その結果、医療費は当然抑制される。心身の健康を維持していくためには、日々の食事の中身を見つめ直す以外に方法はないのだ

どう食べるかは、どう生きるかにつながるのだ。近年の「食」の衰退こそが、社会のモラルの低下を招いている。食が、人格形成の原点であることを、多くの人々が忘れている。コンビニ食は確かに便利。しかし、それが生活の主食になってしまっては本末転倒だ。間違った食事のために健康を害してしまっては、何のために忙しく働いているのかわからない。民主党新代表小沢一郎氏は、教育の再構築を課題の一つに挙げている。まさに、教育の見直しは食の見直しから始まる。社会の機軸を担う政治の責任として、正しい食育の推進にこれからは重点を置いていくべきだ。そうすれば、あらゆる矛盾が解決の方向にむかい、荒廃した現代社会の倫理観を軌道修正することができるはずだ。

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