終戦の日の千鳥ケ淵墓苑

なんとか間に合って、閉園間際の千鳥ケ淵墓苑を参拝しました。連日、盛大に慰霊行事が行われていたとは思えないほど、いつもと変わらずひっそりとたたずむ千鳥ケ淵墓苑は、無心に不戦を誓うのにふさわしい穏やかで品格ある追悼施設です。

一心に読経する人のかたわらで、小さな子どもたちが楽しそうに走りまわっています。木陰のベンチで横になり読書をする人がいるかと思えば、何やら小声で歌いながら逍遥する高齢の男性もいます。現在の平和を享受する人々がここに集い、それぞれのやり方で戦没者を慰霊し心を寄せているのです。

ランニングで汗ビッショリの私も、白菊を献花し手を合せました。

後方が御遺骨が納められている六角堂です。
セルフなのでカメラワークはイマイチ・・・。
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「8月6日原爆の日」民主党は遺骨収集にも全力を!

64年前というとはるか昔のようでもあり、しかし、人類の歴史からするとほんのわずか以前でしかなく、私が生まれる20年ちょっと前に、第二次世界大戦という壮絶なたたかいの歴史が刻まれていたなどと、いつなんどき考えても私には到底信じられません。

例えば、まだあどけない少年飛行兵たちは、二度と生きては帰れぬことを知りながら家族に思いを残しつつ大空に旅立っていきました。それは、本人や家族の意思とは別に、逃れようもない国家からの要求でした。

折に触れるたびに戦争の惨禍に思いを寄せますが、その事実は私にとって常ににわかには信じがたく、こらえきれない悲しみと切なさ、こみ上げる当時の指導者への憤り、そして現代を生きる私たちに託された「不戦の誓い」という未来へのバトンの重さに、いつも心が押しつぶされそうになるくらい緊張します。

戦禍に散った人々は、未来の私たちに何を託して逝かれたのだろうか。私たちは今、その思いに応えることができているのだろうか。

あの日あの時、少年飛行兵たちが書き残した家族への手紙を、知覧で見て以来私は忘れることはありません。68億人分の1でしかない非力な私ですが、それでも、生きている限り精一杯の責任感を振り絞って、未来を担う人々に「不戦の誓い」というバトンを手渡す努力を惜しまない覚悟です。

第二次世界大戦における日本人戦没者の数は、国内外に310万人あまりと言われています。しかし、戦後64年が経過した今も、海外戦没者240万人のうちまだ半数近くのご遺骨が、日本に帰還していません。犠牲になられた戦没者のご遺骨を、一刻も早く故国日本に帰還してさしあげることは、誰もが認める国家の至上命題です。

ところが現実には、厚労省の遺骨収集ミッションは非常に心もとなく、戦没者や遺族の期待に応えるものではありません。年間5億円の予算で、厚労省の職員が数人、民間の情報を頼りに各国を回るという、そのやる気さえ疑いたくなるような小規模かつ消極的な活動にとどまっているのです。

私は本来、今回の総選挙の民主党のマニフェストに、「遺骨収集ミッションの強化」について盛り込むべきだったと思いますが、たとえマニフェストに書かれなくとも、民主党政権は、遺骨収集に全力を注ぐべきだと思います。世界中の誰もが、迷うことなく参拝できる国立墓苑を創設することと同時に、そこにはすべての日本人無名戦士がまつられていなければなりません。

厚労省の資料によると、未送還遺骨115万柱のうち、海没遺骨は30万柱、相手国の事情により収集困難な遺骨は26万柱とされています。従ってそうではない約60万柱については早急に、民主党政権は全力で収集に努めなければならないのです。

遺骨収集に必要十分な予算を確保しミッションを強化していくことは、名実ともに英霊に哀悼の誠を捧げると同時に、国家の責任の在り方を示す一つの具体策になると確信します。そうなれば、たとえば現在求職中の若い人たちが、すすんでこのミッションに応募してくれるようになるかもしれません。

もとより戦後の総決算に終着点などあるはずもなく、私たちの平和への取り組みにゴールなどありませんが、戦争がもたらした様々な課題への取り組みの一環として、遺骨収集は非常に重要であり、最後の1柱まで探し出す気概が政府には求められるのです。

8月6日を迎えるにあたり、あの頃と同様の悲劇が今なお世界各地で繰り広げられていることへの、日本人としての責任の重さを痛感します。更に、戦争により解決されるものなど何もないことを人類の共通認識としていくために、世界中の人々が唯一の被爆国である日本に託そうとする使命の重さにも、心が震えます。

今日この日限りの2009年8月6日、米国オバマ大統領のプラハ演説も一隅とし、政権交代しても変わらず基軸となる日米関係の新たなる展望に思いをはせつつ、シビアな緊張感をもって私なりの不戦を誓い、平和への祈りを捧げます。

Remarks of Barack Hussein Obama, President of the United States of Americaオバマ大統領プラハ演説2009.4.5

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2008年8月6日「原爆の日」

2008年8月6日、今日も新しい1日が、私たちの人生に積み重ねられました。8月6日原爆の日は、毎年やってくるけれど、去年の8月6日とも、そして来年の8月6日とも違う、2008年、今日という日の8月6日を、私たちは迎えました。

世界中でいまだ繰り広げられる戦禍を見聞きする度に、人の命を犠牲にしてまで手にする利益とは一体なんだろうかと、考えずにはいられません。米国民の中にも、そのことに気付き、21世紀を迎えてもなお強行されたイラク戦争を、悔いる人々も出てきています。原爆投下から63年が経過したいまも尚、遺族らは避けることのできない恐怖やむなしさ、怒りに震えています。何も生み出すことのない戦争の恐ろしさを、そして、だからこその平和の尊さを、唯一の被爆国である日本は、2008年8月6日、全世界に伝えることができたでしょうか。

今日発信された現在の日本のリーダーである福田首相の言葉は、世界の人々の心に、どういう形で響いたのでしょうか?そもそも、福田首相の言葉に、皆、耳を傾けようとしていたでしょうか?平和式典が、年々色あせて、惰性で行われることを危惧します。福田首相が発した言葉は、本物だろうか?平和式典に臨む福田首相の姿勢を考えると、2008年今日という日、原爆の惨劇に思いを寄せ、平和への新たなる誓いを胸に秘めた人がどれほどいただろうかと、私は心配で胸がいっぱいになるのです。

8月6日、広島には平和の鐘が鳴り響きます。人々は手を合わせ、あるいは心の中で黙祷し、平和への思いを新たにします。大切なことは、世界中のすべての人々が、その瞬間に思いを1つにすることです。8月6日が、原爆で被害を被った当事者に近い人々だけのセレモニーに終わってしまっては意味がありません。そんな思いで語ることのできる日本のリーダーを、私は望みます。心から発せられる言葉は、必ず相手の心に届きます。でも、福田首相の言葉は、私の心には響きませんでした。2008年8月6日は、今日しかないのです。この瞬間に世界に生きる人々に、日本が平和のメッセージを伝えることができなかったことは、もう取り返しがつかず、本当に残念でなりません。

8月6日、この日があるから、人々は平和を希求し、互いに思いやる心を忘れずにいることができるのです。原爆の悲劇は、決して風化させてはなりません。日本国民が平和への思いを1つにして、核兵器根絶と不戦とを、堂々と世界に誓うことのできる8月6日を、いつか必ず迎えるために、力を注いでいきたいと、2008年8月6日、私は強く思うのです。
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