ジェンキンズ氏の会見 1月31日

「最初の15年間は、犬のような生活だった」との言葉には、さすがに胸がつまる。脱走兵であるジェンキンズ氏が、北朝鮮国内で同じ米兵に暴力を振るわれたということについては、正直なんともコメントしようがない。それらも含めて「犬のような生活」と表現しているのだろうが、この言葉からは、ジェンキンズ氏の40年間にわたる北朝鮮での暮らしが、どんなに過酷で残酷なものであったかが伺える。

曽我ひとみさんに会ってからは、生活は少し「マシ」になったようだけれど、金正日体制については、「手先以外の人間が、金正日を誉めることはないだろう」「金正日は邪悪な人間だ」と断言しているところに、ジェンキンズ氏の内に秘めたる痛恨と無念の思いが隠されているようにも思う。そうはいっても感情を抑えながらの発言であるだろうから、北朝鮮という国が、いかに非人道的な地獄の国家であるかということが容易に想像される。

ジェンキンズ氏は、「金正日は、国民を搾取し抑圧している」とも明言している。部分的に堰を切ったようなジェンキンズ氏の発言に、私たち一般の日本人は、拉致問題について何らかの活路を見出そうとする。しかし、核心に触れる内容については、ジェンキンズ氏の口はまだまだ重い。

とにかく、ジェンキンズ氏が、日本に溶け込み平和な精神状態で日常を送っておられることは、喜ばしいことだ。願わくば、91歳のお母さんに、一日も早く会わせてあげたいと思うのは、私だけではないだろう。ジェンキンズ氏の話を聴いていると、たとえ経済制裁に踏み切ったとしても、北朝鮮が日本の期待通りの反応を示すかというと、疑問を感じずにはいられなくなる。北朝鮮国民を傷つけることなく、金正日のみを失脚させる方法が、存在するだろうか。そんな方法を見出すことが出来たら、それはとても価値あるものだ。

曽我ひとみさんとジェンキンズ氏は、地獄の北朝鮮で、寄り添い互いを思うことでなんとか生き延びてきた人たちだ。ジェンキンズ氏は、「北朝鮮の暮らしを思うと、日本に適応することくらいた易いことだ」と語っている。あらためて、日本がいかに恵まれた国であるかを思い知る。こんな平和な日本人社会を永遠に守り通すためにも、安易に武力行使や戦争容認につながる国家になることには、慎重にならなければならない。たった1人の日本人も、戦争により犠牲になることは許されない。

私たちは、ジェンキンズ氏の会見から金正日の本質を知り、金正日が手も足も出ない知的戦術に富んだ対北朝鮮外交を組み立てていくことの必要性を知り、また一方で、平和と人権の豊かな日本国家に生きる幸福をあらためて認識し、こんにちの平和を崩しかねないような憲法改正には、慎重に取り組まなければならないことを学ばなければならないのだと思う。
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イラク国民議会選挙 1月30日

イラク移行国民議会選挙投票は、残念ながら予想通り多くの犠牲者が出ている。シーア派の多い南部の投票率は90%を越えているそうだが、スンニー派の多い中部では10数%と低投票率だ。多くの投票所が迫撃砲の攻撃を受けるという前代未聞の選挙は、それでも有効とされるのだ。「イラクの民主主義の幕開け」とは、よく言ったものだ。

自衛隊が駐留するサマワでは、投票所に長蛇の列が出来るほど市民は盛り上がっているという。15万人の米軍を中心とする多国籍軍と10万人のイラク警察が警備にあたる厳戒態勢の中、サマワ周辺では特にオランダ軍とイギリス軍が警備にあたっている。一方自衛隊は、宿営地内に蟄居し整備作業を行なっているのだそうだ。米兵を含め数十名の一般市民が犠牲になるほどの状況は、「非戦闘地域」とは認められず、当然、自衛隊は活動しないということなのだ。投票日当日のテロは十分に予想されていたのだから、昨年末の時点で、さっさと撤退すべきだったのだと、あらためて思う。

今現在の自衛隊のサマワでの仕事は、水の供給や学校施設の整備なのだろうか。最近の活動は、実は、何をやっているのかはっきりしない。この期に及んで、米国のポチであるためだけのイラクへの自衛隊の派遣だったのだと、あらためて強く思う。与党内でも自衛隊のイラク派遣については意見が割れていた。小泉総理の独断専行で、自衛隊はイラクへと旅立って行ったのだ。

よくよく考えてみると、小泉一族は、横須賀出身だ。横須賀は、日米同盟そのものの街だ。自衛隊と米国ネイビーとが共存し、京浜工業地帯をバックにネイビーの空母の修理も横須賀で行なわれている。ネイビーが、数千人の周辺市民を雇用していることも忘れてはならない。まさに日米が一体となって沖縄とは違った形での発展を遂げてきた街、それが横須賀なのだ。小泉総理が米国に対してシッポを振りまくるのは、政治家の誰よりも日米同盟を実感しながら育ったという環境にあるのかもしれない。

小泉一族のために、自衛隊のイラク駐留を延期することは許されない。多くの日本国民が、もう撤退の時期だと感じている。駐留中、大半が宿営地内に蟄居する自衛隊。これ以上、国税のムダ遣いはしないで欲しい。ただそれだけなのだ。
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政治とカネ 1月28日

政治とカネの問題は、自民党政権が続く限り永遠の課題だ。何故なら、自民党にとってこの問題は、個人の良心の問題というより、システムの問題になってしまっているからだ。自民党の政治資金は、抜きん出て潤沢と言って良い。自民党は、所属の政治家が、1千万、2千万もの金額を借金しても、返済しなくても良いらしい。政治家にとってはパラダイスだ。自民党の政治家は、政治家をやればやるほど儲かるのだ。

私が衆議院の候補者として政治活動をしていた時は、活動費(個人の生活費にはあてられない)がまったく足りず、活動すればするほど赤字が増えていった。預貯金は全くなくなり負債の塊となり重くのしかかってきた。選挙になれば更に推して知るべしの状況だった。その意味で、政治活動とは大変な世界だとしみじみ思うのに、まるで逆の世界が自民党では繰り広げられている。

しかし、政治とカネは一心同体であってはならず、このままでは決して済まされない。一社会人として薬剤師の仕事をさせて頂いているこの頃は、日頃の政治活動においても、政治家が裕福であっては庶民の意を解し庶民の生活に立脚した政策は生まれてこないと、つくづく感じている。政治家も一般社会人として自立して、自分の食い扶持は自分で稼ぎながらの政策立案でなければ、本当に必要とされている政策が見えてこないのだと思っている。

今の日本の政治家は、政治を職業にしてしまっている。社会人として自立できる政治家が増えてくれば、日本の政治も変わっていくだろう。職業としての政治家の時給は、サラリーマンの平均時給の10倍くらいはあるだろう。月々のわずかな給料を稼ぐために、庶民はどれほど苦労をしているのか、二世三世議員や長年政治家をやっている人たちは考えてみるべきだ。しかも、政治家の給料は、すべて庶民の税金だ。例えば、戦後約60年間、庶民の税金をせっせと政治家につぎ込んできた結果が、現在の日本の政治なのだと思うと、ゾッとしはしないか。

21世紀は、自立した市民政治が理想の姿だ。まずは地方議会から、「議員はボランティア」という姿を確立していき、最終的には国会議員であっても自立の方向に向かうべきだと、私は考えている。選挙カー1台にかかる費用もまったく知らずして何十年も政治家をやっている小泉総理の金銭感覚は、あまりにも鈍い。翻って小泉総理は、庶民の感覚を理解する能力など最初から欠如していたのだ。祖父の時代から(遡ればもっと前からなのかもしれないが)政治で食べてきた小泉総理とそのファミリー。小泉純一郎氏が、国民の代表たる総理大臣の椅子に座ったこと自体、そもそも間違った選択だったのだ。庶民の苦労を知らない人に、政権を担当する資格はない。
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新石垣空港建設問題「白保トラスト運動」 1月27日

ここ暫く、新石垣空港建設に関する新たな動きはない。沖縄県の環境影響審査会が求めた再調査の結果も、まだ出てこない。環境省においては、世界自然遺産への登録を推進するなど、空港計画を是としていないことが明確になってきたと言っても良い。反対派市民グループの声が、届き始めていると期待したいところだ。しかし、当然、予算化された空港計画は進行しているわけで、私も、八重山の珊瑚礁を守りぬくために、精一杯頑張り抜きたい。

2000年に発表された民主党の沖縄ビジョンにあるように、八重山・白保の珊瑚礁の西表国立公園への編入と、この地の世界自然遺産への登録を、なんとしても実現させなければならない。自然環境との共存が果たせてこそ、人類に未来はやって来る。予定されているカラ岳陸上に空港が建設されるとなると、大量の赤土の流出により周辺の珊瑚礁は壊滅的な被害を受ける。カンムリワシやコウモリなどの希少生物の巣も、破壊される。新石垣空港建設と世界自然遺産への登録とは、完全に矛盾する話なのだ。

「白保の海と大地を未来にのこす全国ネットワーク」という反対派の市民グループが、カラ岳陸上の建設予定地内の滑走路周辺に土地を取得し、空港建設のために土地を売らない運動を展開しようとしている。世界的に貴重な白保の珊瑚礁の生態系を次の世代へ残したいと願う人々が共有地主となって、自らの土地は空港用地としては提供しないという運動だ。私も、共有地主の1人として登録させていただいた。

これまでの公共事業は、たとえ人々が反対しようとも、また反対派の数が多かろうが少なかろうが、お上が決定した事業は有無を言わさず推し進められてきた。しかし、新石垣空港建設問題に関しては、少し動きが違うかもしれないのだ。最後まで気を抜かず、正々堂々と反対する理由を訴え続けていくことが重要だ。事業主本体は沖縄県だが、数百億円にものぼる国の予算が、いずれ計上されようとしているこの一大事業計画を、国内外の環境保護運動の力で、なんとしてもストップさせなければならない。共有地主は、今月いっぱい募集されている。心有る方は是非、この運動に参加されることをお勧めしたい。
(過去の新石垣空港建設問題に関するコメント→http://www.hatatomoko.org/ishigaki.html)

~参考~
(トラスト運動の対象地)沖縄県石垣市字盛山東牛種子222番地146
※カラ岳陸上案予定地内 エプロン部分前面の滑走路周辺
(面積・地目)780㎡ 原野
(目標共有地主数)1,000人
(所有の形態)持分共有
(共有地代金)一口5,000円(1人5口まで)
(共有地の使途)白保の珊瑚礁の生態系を保全するために、カラ岳陸上案を阻止し、白保全国ネットで有効な方法を検討し実行する。

八重山・白保の海を守る会
「白保トラスト運動趣意書」→http://www8.cds.ne.jp/~nature/shirahonokai/trust/moushikomi.html
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顔面ヘルペス 1月26日

昨夜は、職場の新年会でした。穴子の押し寿司を堪能させていただきました。美味しいものをいただいて栄養満点なのですが、実は、一昨日からいつもの顔面ヘルペスに見舞われています。勿論、抗ウイルス薬を早めに内服し始めましたので、大事には至りませんが、薬が切れそうになるとこめかみのあたりがピクピクします。ヘルペスウイルスは、疲れやストレスにより免疫力が低下するとモゾモゾと活動し始めるのですが、私の場合、ほぼ半年毎に顔面ヘルペスに襲われています。

ヘルペスウイルスの活性を抑制する抗ウイルス薬は、薬価が非常に高いものです。通常、帯状疱疹を患うと1週間の内服が必要で、3割負担の場合、診察と合わせると1万円以上の自己負担が発生します。支払いの段階でビックリという患者さんが殆どですが、何せ、値切ることができない医療費ですから、どうしようもありません。

そんな時、役にたつのが「ジェネリック医薬品」です。今日も、数人の患者さんから「ジェネリック医薬品て、どういうものなの?」との質問を受けました。皆さん、興味津々です。当然ですよね。負担が軽減されるほうが、良いに決まっていますから。それに何より、国民全体の医療費の抑制にもつながるわけですから、信頼のおけるジェネリック医薬品であれば使わない手はありません。

かく言う私も、先発品の抗ウイルス薬ではあまりにも高額なため、ジェネリック医薬品を内服しています。薬価は1/2以下です。もともとが高額なものなので、ジェネリック医薬品の効果はテキメンです。勿論、効果は高価な先発品に遜色ありません。ジェネリック医薬品を上手に使って、出来る限りムダを省いていきたいものです。

今日、ジェネリック医薬品について説明をさせて頂いた患者さんから、早速お礼のメールを頂きました。薬剤師冥利につきますが、「政治家はたともこ と 一般社会人はたともこ とにギャップを感じたが感銘した」とも書き添えて下さっていました。そんな言葉をかけていただき、私のほうこそ感動します。ヘルペスも一気に改善しそうな温かいメッセージでした。

さて、長い年末年始休みを経て、21日から通常国会が始まりました。課題は山積ですが、小泉政治の批判をすることは簡単ですが、野党のほうもきちんと結果を出すつもりで、身を切る覚悟で論戦に臨んでもらいたいものです。議員年金を廃止できたら、あらゆる意味で拍手喝采です。

一方、愛子内親王の天皇即位を認めるか否かを最終的に決定するための皇室典範に関する有識者会議がスタートしました。会議のメンバーは男性8名・女性2名、保守色が強いように感じますが、女性天皇はもちろん女系の天皇も認めて、「皇統の第一子を天皇とする」という結論が極めて公平であり誰もが納得する方向だと思います。また、当然のことですが無制限に宮家の数を増やすことも避けなければならないことです。いずれにしても、どんな案件においても、有識者の意見と一般国民との意見が大きく食い違わないよう、民意を汲み取った議論を期待しています。
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自動車税 1月24日

職場の同僚から、JAFの機関誌を見せられた。「いつまで暫定税率を続けるつもりなのか」と、自動車ユーザーの1人として同僚の鼻息は荒い。当然、私もだ。よくよく考えてみると、真っ先に改革すべきは、小泉流の郵政民営化よりも、二重三重取りの自動車税の方ではではないかとつくづく思う。

取得税、重量税、ガソリン税と自動車に課せられる税金は、驚くほど重い。数字だけ見ていると、車なんかに乗りたくなくなるほどだ。6兆円弱と言われる道路特定財源だが、わが身に置き換えて換算してみても、それは半端な額ではない。

取得税の暫定税率は、平成15年から更に5年間延長されて現在も継続中で5%(本則3%)だ。そもそも取得税って、いったい何?いまや一家に数台の時代、自動車は決して贅沢品というイメージではない。JAFの資料にもあったが、携帯電話に取得税がかからないことと非常に対照的だ。さらに、自動車には重量税なるものがかかる。これっていったい何?重さに税金をかけるのなら、太った人にも税金をかけるということなのか?意味不明の重量税に、0.5tあたり6,300円(本則2,500円)も支払っているのだ。その上、自動車購入時には、当然のように消費税がかかってくる。消費税を取るのなら、少なくとも取得税は廃止すべきだ。勿論、意味不明な重量税を意味不明なまま放置することは許されず、説明できないのなら廃止すべきだ。

自動車購入後は、これまた過重課税のガソリン税がつきまとう。揮発油税と地方道路税とを合わせたガソリン税は、リッターあたり53.8円課税されている。従って、ガソリン1Lあたり115円なら、消費税は本体価格の61.2円に課税されるべきはずであるのに、実際にはガソリン税を含めた総額115円に課税されているのだ。まったく筋の通らない論理がまかり通っているのが、自動車税の世界なのである。

今年の元旦より本格施行された自動車リサイクル法は、環境への配慮の観点から納得のいくものではあるが、他のあまりにも理不尽な税体系を整理することのほうが実は先決なのだ。低燃費車・低公害車・ハイブリッド車への取得税優遇措置は、そもそもの車体価格がこれまでの車よりも割高なのだから、実はあってないようなものだ。

これらの意味不明な税金は、これまで道路特定財源として道路整備に充当されたとされている。確かに、車が走るか走らないかは別として道路は整備された。しかし、身近な生活道路の整備が十分に成し遂げられてきたかというと、首を縦にふることはできない。私の身近にも、軽トラでも脱輪・横転してしまうような崖っぷちの細い細い道が、いくらでも存在する。私も何度泣かされたことか。

地方の過疎地に多いいまだ未整備の生活道路を放置しておいて、実はなんと、近年、道路特定財源が、電線の地中化や地下鉄の建設に使われているというのだから、見過ごすわけにはいかない。電線の地中化は電力会社の仕事だし、地下鉄建設は、例えば東京メトロの仕事であるはずなのだ。確かに、ムダな高速道路を作るよりはよほどマシだとは思うけれど、自動車ユーザーの税金を使ってやる仕事では全くない。

道路特定財源が存在する限り、その一般財源化は当然の流れだと思うが、自動車税を細かく分析すればするほど、課税の意味がわからなくなる。必要もないのに課税のそのまた課税を繰り返し、気が付けばとてつもない税金を、私たちユーザーは強いられ、悲しいかなそれらの税金はムダな公共事業というドブに捨てられてきたのだ。自動車関連税を整理した上で、まずは、現在抱える高速道路の負債の返還を急ぐべきだ。首都高などを除き高速道路は無料化した上で、今後30年間かけて、道路特定財源から毎年2兆円ずつ返済すれば、利息分も含め借金返済は完了する。一般財源化されても、ムダな公共事業にそれが投入されたのでは愚の骨頂、アリ地獄をまっ逆様の我が国だ。

しかし、一方で、地球環境保全の観点から、CO2を撒き散らす自動車を野放図に走らせるわけにはいかない。現行の自動車関連税が整理された後、自動車環境税を課税することは妥当であるし、あわせて、ハイブリッド車や燃料電池車の研究開発を急ぐことは至上命題だ。誰もがうなずく税制体系と、地球に優しい自動車の開発で、初めてすべてが「ナットク」なのだ。
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朝日新聞 1月23日

「道路公団民営化は失敗だった」との朝日新聞の記事に対して、発言したとされる小泉総理本人が、「ウソだ」と強く反発批判している。小泉総理が「道路は失敗したなあ」と発言したとする朝日新聞の記事は、この言葉を発したか発しないかということが問題なのではない。確かに、「失敗したなあ」くらいは、口にしたかもしれないからだ。小泉総理は、「郵政民営化」は、道路公団改革の10倍の価値があるとも明言している。しかし、朝日新聞が、どこかの言葉尻をとらえて、相手にダメージを与えようとする手法はフェアではない。

実は私も、特にここ数ヶ月、朝日新聞の論調には、すなおに受け入れられない部分を感じていた。読売新聞は、誰が読んでも体制側の新聞だ。しかし、それを十分踏まえて読めば、それはそれなりに価値がある。その読売新聞に対抗して、社会の良識を代表し、堂々と権力と立ち向かうべき朝日新聞が、この頃、少し変なのだ。

以前にも書いたことがあるが、私は、中学生の頃から朝日新聞を愛読していた。体制派に偏ることなく、しかしだからといって批判のための批判に成り下がることなく、論旨に一貫性があり一本信念が通っていた。へたな小説を読むよりはよほど勉強になるので、稚拙な文章力を少しでもブラッシュアップするために、朝日新聞を日々教科書のように読んでいた(る)私なのだ。

NHK問題でも、批判が先立つあまり細かい問題にこだわりすぎている。その結果、誤解を招き、読者を混乱させるにすぎない寂しい結果を招いている。安倍晋三氏や中川氏を狙い撃ちするような論調は、読むものにかえって不信感を与え、消化不良を起こしかねず、ここはやはり軌道修正する必要があるのではないかと思うのだ。憲法21条で保障された言論の自由を主張し、公平公正であるはずのマスメディアに君臨する大手新聞社を自負するのならば、その自覚を再認識し国民に対してブレない骨太な報道を心掛けて欲しいと、読者の1人として強く要請する。

単行本を買いたくても簡単には買えない私には、新聞は唯一の活字。朝4時半には届けて下さる配達員の方々には、毎日頭が下がる思いだ。奈良の女子児童殺害犯は、社会の糾弾を受けるべきだが、雨の日も風の日も、間違いなく早朝に届けて下さる新聞配達員の方々の努力には、本当に心から敬意を表するものだ。

公平公正、センターラインをはずさない骨太な報道、これこそが、朝日新聞の命綱であるはず。今一度の軌道修正を心から期待し、明日の朝も、朝日新聞を読む私なのだ。
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ジェネリック医薬品 1月22日

ジェネリック医薬品(特許期間終了後の後発医薬品)という言葉も、徐々に浸透してきた。TVのCM効果が大きいのだと思うが、私の職場でも、一部の医薬品については、日々、ジェネリック医薬品の紹介にあたっている。私の場合、紹介というより啓発と言ったほうが、より適切なのかもしれない。

処方箋調剤の場合、処方箋1回あたりの調剤基本料や計量混合加算、場合によっては医薬品情報料などを計上するために、窓口負担額は、単純に薬価(薬の値段)の足し算にはならない。しかし、ジェネリック医薬品の薬価は先発品の7割~2割程度で、慢性疾患で長期間の服用が必要な患者さんにとっては、経済的に相当な負担減になることは間違いない。現在のところは、ブランド志向という日本人の特性もあって、ジェネリック医薬品は、医薬品市場の16.4%のシェアしかないが、市販後調査を徹底し、ジェネリック医薬品の品質が維持されるのなら、日本でも欧米並みに、市場全体の5割を超えるシェアを占める日も、そう遠くなくやって来るのではないかと考えられる。

このようにジェネリック医薬品が台頭しはじめたのには、理由がある。先発品が、いつまでも高い薬価を維持しようとすることは、国の医療費の青天井の一因にもなっているのだ。国家財政を脅かすまでになった医療費の抑制には、薬価の引き下げは効果的だ。その点でジェネリックメーカーと厚生労働省との思惑は一致している。

勿論、大手製薬メーカーの立場も理解する必要がある。数百億円の開発経費を、20~25年の特許期間中に回収できたとしても、その後は、純粋に利益を追求したいと思うのは当然のことだろう。しかし、こと医療に関しては、トータルで考える必要がある。先発品が高い薬価を維持したまま君臨し続けることは、患者利益にはつながらない。大手製薬メーカーの開発経費については、むしろ、国庫補助を厚くすることなどで対応したほうが合理的なのだ。

2003年のメバロチン(三共製薬・コレステロールを下げる薬)、2004年のオメプラール(藤沢薬品・胃潰瘍や十二指腸潰瘍の薬)に続き、今年は、ベイスン(武田製薬・糖尿病の食後過血糖を改善する薬)、ハルナール(山之内製薬・前立腺肥大にともなう排尿障害の薬)、タケプロン(武田製薬・胃潰瘍や十二指腸潰瘍の薬)、2006年にはクラリス(大正製薬・マクロライド系抗生物質)、コニール(協和発酵・降圧剤)、2007年には、クラビット(第一製薬・ニューキノロン系抗菌剤)などと、続々と所謂「ヒット商品(副作用が少なく効果大)」の特許が切れ、ジェネリック医薬品が目白押しという状況が予想される。

このことを踏まえ、海外のジェネリックメーカーが、日本進出を虎視眈々と目論んでいる。日本企業も、うかうかしていられない。しかし、日本のジェネリックメーカーの足腰は、残念ながらまだまだ脆弱と言わざるをえない。医薬品情報担当者(MR)の質・量の充実はこれからだ。市販後調査の徹底も怠ってはならない。私たち現場の薬剤師が、患者さんの利益を考えて、ジェネリック医薬品を紹介し推奨できるのは、ジェネリック医薬品の品質が高水準に維持されていることが大前提にある。万が一、それが崩れるようなことにでもなったら、極端な話、私たちは、二度とジェネリック医薬品を紹介できなくなる。ジェネリックメーカーは、高い倫理観とコンプライアンスの追求を心せねばならないのだ。

西洋薬と比較して薬価が安くむしろ様々な意味で人体に効果的な漢方薬とジェネリックとを組み合わせることができれば、患者にとっては経済的に大きなメリットをうむことにもなる。風邪の処方一つをとってみても、漢方薬を中心に処方された方が、効果的でありコストが低いというデータもある。先発品には大きな信頼を寄せる私たち医薬従事者だが、21世紀は、ジェネリック医薬品の有効活用そして漢方薬、更には実績のある代替医療なども含めて、大切な選択肢となり得る。あらゆる意味で質の高い医療が、1人でも多くの患者さんに提供されるよう、私たち医薬従事者もたゆまぬ研鑚努力を重ね、中身の濃い情報提供に努め、患者さんの選択肢の幅を増やすことにも力を尽くしていかなければならないと考えている。
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通常国会と花粉症 1月21日

通常国会が始まった。いつもいつも批判ばかり書いて、本当に恐縮なのだが、でも、やっぱり、思う・・・登院する議員らが、華やかな着物を身にまとっている。いったいどういう心境なのかと、疑いたくなる。そんな晴れ晴れしい姿でフロントに立つ意味って、何なんだろう。中越地震やインド洋の被災者の方々、そしてつい先日の阪神淡路大震災の記念日・・・身近にそんな出来事が起こっているのに、晴れ姿っていう気分になる????

昨日は、国会議員の特権である議員年金の改革(!?)案が審議会から答申された。国庫負担が減り、議員の受給額が減ったと言っても、それでも議員の退職後の保障を担保しようとしていることには何ら変わりは無く、国民年金と厚生年金とを合わせた一元化には、ほど遠い内容であって、普通に受け止めれば、誰が考えてもとても改革と呼べるような内容ではない。

何故、国会議員が率先して一元化に賛同し、自らの身を切って年金改革に取り組もうとしないのか、この期に及んでも、さっぱり理解できない。議員年金廃止を主張していた河村たかし議員の名古屋市長選挙立候補も、結局は、党内の反対により断念させられてしまう始末で、年金改革ひとつとっても、国会議員自身が、自らの既得権益を断ち切れない・・・とがっかりしてもしきれないくらいの心境なのだ。このまま、放置する?するわけにはいかないでしょう。

ところで、いよいよ花粉症が出現し始めた。心当たりのある方は、そろそろ対策が必要だ。漢方薬や抗アレルギー薬などを予防的に内服し始めること、あるいは、点眼・点鼻薬を使用し始めることは、非常に有効な方法なので、早めの医療機関への受診を推奨する。そして、最も重要なことは、免疫力・体力の強化、栄養をしっかりと摂ることだ。これに勝るものはない。体力が弱ってくると、必ずと言ってよいほど、花粉症を発症する。私も経験あり。

今では、花粉症の薬の選択肢は豊富。これが駄目ならあれ。あれが駄目ならそのまたあっち・・・・・。両手では足りないくらいの新薬が、今か今かと出番を待っている状態だ。残念ながら薬局で直接、手に入れることは出来ないので、医療機関を受診することが必要。少々面倒に感じられるかもしれないが、効力が強いだけに、医師の処方のもとでなければ使用できない。

そして、「絶対に一粒の花粉も通さないマスク」なるものも存在する。年々、花粉症対策グッズは充実してくる。医療機関での、積極的な相談を、とにかくお薦めする。お鼻スッキリ、目元パッチリ、すべての人々が清清しい春を迎えられるよう、私たち医薬従事者も、患者さんたちとともに、真剣に取り組む所存だ。

例年の数十倍と言われる今年の花粉。心当たりのある方はとにかく、今から、予防的に内服・点眼・点鼻を始めることを、強くお薦めする。
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インド洋大津波10 1月19日

著作権法改正問題で、クリエーターの代表として、ある意味身を切る思いでレコード業界の横暴に正面から対峙した高橋健太郎さんのブログに、大変な事実が書かれてあった。北スマトラのメダン在住の高橋氏の友人からの、メールによる情報だ。すなお(単純)な私は、仰天してしまった。インド洋大地震の被災地の、隠された真実がそこには赤裸々につづられている。連日報道に明け暮れるマスコミも、当然日本政府関係者も、あかさない実態・・・。

インドネシア政府はこの被災を良いことに、これまでの借金を棒引きにできる可能性がある上に、むしろ膨大な支援金が政府高官の懐を潤すのだと、にわかにほくそえんでいるのだと指摘している。特にインドネシアのアチェの住民は、石油油田を抱え本国からの独立を長年望んできたために、インドネシア政府にしてみれば、アチェの被災者(反政府分子)を救援するどころか、食糧支援も行なわず、このまま見殺しにしてしまったほうが都合が良いと考えているとも、この報告は指摘しているのだ。

インドネシア軍が被災地に入るということは、被災地で掠奪とレイプが横行することを意味するともある。そこに外国の支援部隊が存在してくれなければ、被災者たちはその身を任せられないということなのだそうだ。寝耳に水とはこのことだ。当然、日本政府はこの事実を認識しているに違いないが、内政は不干渉として見過ごすつもりでいたのだろうかと思うと、それもぞっとする話だ。

全世界から集まった莫大な支援金の使い方、あるいは救援物資の行方、現段階でも不透明な状況が続いている。最善の策は、外国の支援部隊が、直接、被災者に支援物資を手渡すことだとも書かれている。これらの事実を踏まえて、被災者救済への道程をあらためて見直し立て直す必要があるのだと、気付かされた。3ヶ月後以降の外国部隊(軍隊)の駐留を認めないというインドネシア政府の意向に対処するには、国連がHKO(ヘルス・キーピング・オペレーション)を編成するしかないし、更に現地で奮闘するNGOに期待するしかないということにもなる。日本政府は、5億円の支援金を、被災国政府にそっくり手渡すのではなく、国連HKOと現地の救済と復興に励むNGOへのバックアップに回すことを考えた方が良いのかもしれない。

いずれにしても、発覚した事実を踏まえた、日本政府の対応が急がれる。

高橋健太郎ブログ→http://www.ceres.dti.ne.jp/~donidoni/memorylab/
※1月11日と18日の日記に、詳しく書かれている。
(私のパソコンの容量不足のためワンタッチリンクができませんが、是非とも、高橋健太郎さんのブログに目を通してみて下さい。驚かされます。)

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