デザイン乱舞のカップ酒 6月30日

カップ酒というと、強烈に「オヤジ」イメージ??いやいや、そうでもないはずだ。私も、愛飲者の一人だから!!

朝日新聞によると、カップ酒のデザインが、最近は斬新になってきたのだそうだ。「地酒」と呼ばれるくらい、日本酒は産直商品の急先鋒だ。一人暮らしの私には、一升瓶なんてとても購入するチャンスはないが、コンビにでも買えるカップ酒なら、気軽に買って味わうこともしばしばだ。

そんな全国各地の「カップ酒」が、装いも新たにコンビニのみならず居酒屋や飲み屋にも並ぶようになれば、愛飲家の私にとってはこれ以上ない喜びだ。朝日新聞には、OLが立ち寄る渋谷のコジャレた一杯飲み屋の画像が掲載されていた。青山や恵比寿の飲み屋の証言では、カップのデザインが気に入ったからといって、持ち帰るお客さんもいるそうだ。

日本酒の味は、杜氏(とうじ)の腕もさることながら、使用するお米の味によっても大きく左右される。その意味において日本酒は、地域における横綱級の特産物だ。地方と都市とが肩肘を張らず気軽に交流することの一環として、渋谷・青山・恵比寿など都心部の一杯飲み屋に、小ジャレた装いのカップ酒が乱舞することは、文句なく喜ばしいことだ。

私の大好きな「大典白菊」や「かもみどり」「竹林」などが、渋谷の街角で、女性たちにも愛飲される日は遠くなく訪れるかもしれない!カップ酒のデザイン刷新は、都市と農村との交流すなわち真の循環型社会の構築を目指す上で、一役買うこと間違いなしだ。久しぶりに、心躍るニュースに出会った!!
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郵政民営化法案のゆくえ 6月29日

郵政民営化問題で国会は大荒れ!?には、まだ至っていない・・・。
現在のところ、注目されているのは与党内の議論のみ。民主党は、いつまでたっても蚊帳の外だ。政府の民営化法案に対する民主党の対案が、「郵政公社のままでよい」に留まった結果だろう。この機をとらえて、民主党が公社発展論を展開できなかったことは、本当に残念だった。

むしろ、自民党の反対派の人たちのほうが頑張っている様子。今日あたりは、「否決すれば解散」と脅しをかける小泉総理に対して、71人の民営化反対議員が結集し、鼻息は荒い。本会議で反対したら次期選挙では公認しないとする党執行部の方針にも、まったく怯む様子がない。いよいよ、議員魂の本領発揮というところか!?

民主党議員も、腹をくくる覚悟が必要だ。最後の踏ん張りを見せて、徹底的に政府案を論破してもらいたいものだ。現状では、自民党議員のほうが断然目立っている。

サミット出発前の「法案成立」を指示した小泉総理。都議選終了後、4日の委員会採決と、5日の本会議採決が見えてきた。最後の正念場で、民主党は、その「らしさ」を見せて欲しい。
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海行かば 6月28日

韓国人の犠牲者の碑にも拝礼された、天皇皇后両陛下の今回のサイパン島への慰霊の旅は、平成の年表に深く刻まれるはずだ。戦後60年にしてやっと、歴史にひとつの区切りをつけることができる。当たり前だが、余人をもって変えがたい成果だ。

1941年の開戦からこんにちに至る日本の歩みを顧みるとき、就中、関係の深い周辺諸国に対する配慮に満ちた天皇陛下の見識に、小泉総理は敬意を表するべきであり、間違っても陛下の努力に泥を塗るような行為を、絶対にしてはならない。「平和を願い真の国益を考え靖国参拝を支持する若手国会議員の会」という名の議員連盟が今日発足したそうだが、なんと116名もの自民党議員が参加している。思慮深き行動とは、とても思えない。

ところで、両陛下が視察されたサイパン島中部の敬老センターでは、センターに通う120人の高齢者が、「海行かば」を歌い両陛下を歓迎したそうだ。「海を行くなら水浸しの屍となっても、山を行くなら草むした屍となっても、天皇の傍らで死のう。後悔すまい。」という内容の「海行かば」という歌を、戦争末期、ラジオでの大本営発表が「玉砕」であった場合、放送の導入部分で必ず流していたそうだ。「海行かば」を聴きながら、陛下の心には、きっとさざ波がたったに違いない。

今回の天皇の大きな功績を無にすることのないよう、私たち国民一人一人も思慮深き言動を心がけ、信頼にたり得る一員として、新しいアジアの歴史をつむいでいかなければならないと、あらためて強く思う。
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バンザイクリフに捧ぐ 6月27日

いまどきの人たちは、「バンクリ」と言うと超高級ブランド(ヴァンクリフ&アーベル)を真っ先にイメージするだろう。「バンクリ」のリングや腕時計は、女性たちの憧れのまとだ。しかし、ブランドの「バンクリ」は知っていても、景勝地「バンクリ」を知らない人は多い。天皇・皇后両陛下が訪問を予定されている「バンザイクリフ」は、サイパン島北端に位置する岬の通称だ。

太平洋戦争当時、米軍に追い詰められた日本人(大半が民間人)が、自ら海に身を投げ集団自決した断崖絶壁が、バンザイクリフだ。両陛下は、その名もずばり「スーサイドクリフ」と呼ばれる岬にも出向き鎮魂の祈りを捧げられる予定だが、「バンザイクリフ」とは、バンザイの格好で投身したことからその呼び名があるようだ。

ご他聞にもれず、「バンクリ」と言えば指輪や時計を真っ先にイメージした私。飛び込む瞬間を撮影した当時の映像を目の当たりにして、この目を疑うよりほかなかった。まぎれもなく、死のダイビングだ。映像が、目に焼きついて離れない。戦後60年の節目に、両陛下がどうしてもこの地を訪れ、鎮魂と平和への祈りを捧げたいと思われた理由が、あの映像を見ればよくわかる。

スキューバダイビングに明け暮れていたころ、実は私もサイパンを訪れたことがある。しかし、本当に恥ずかしながら、バンザイクリフにもスーサイドクリフにも行かなかったし、海の美しさには魅了されても、海に身を投げた人々への祈りをあらためて捧げることもしなかった。情けない話だ。本当に恥ずかしい。

サイパンでは、民間人1万2千人を含む5万5千人の日本人が命を落としたが、3,500人近い米兵、そして900人を超えるサイパンの島民たちも犠牲になっている。出発の際、天皇陛下は、「先の大戦によって命を失ったすべての人々を追悼し、世界の平和を祈りたい」と述べられた。揺れる日中・日韓関係に対する、配慮に満ちたお言葉だ。日本軍の攻撃によって大陸や朝鮮半島で犠牲になった彼の地の人々へも、心を寄せることを忘れてはならないと、見送りに来ていた小泉総理に対して、おっしゃりたかったのではないだろうか。

両陛下は、日本政府が建立した「中部太平洋戦没者の碑」と、米兵および現地の戦没者を祀った「アメリカ慰霊の碑」に供花される予定だ。戦没者に敵も味方もない。すべての戦没者が、戦争の犠牲者なのだ。しかし、西郷隆盛を賊軍として祀らなかったり、A級戦犯を上位に位置づけ、合祀する戦没者にランクを付けている靖国神社は、やはり非常に偏狭だ。国際社会の一員として、日本にもすべての戦没者を等しく追悼するための新たな施設が、どうしても必要なのだ。「道路端じゃないか」と言われるかもしれないが、千鳥が淵墓苑の充実がふさわしいのではないかと、私は思っている。今回の両陛下のサイパン訪問が、戦後処理のへの新たな一歩を踏み出す啓示となることを、心から期待する。
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東京都議会議員選挙 6月26日

政権交代がかかる次期総選挙の前哨戦とも位置づけられた、東京都議会議員選挙が注目されている。無所属での立候補者は激減し、国政選挙並みに政党同士がローカルマニフェストを掲げぶつかり合う。郵政民営化問題やサラリーマンへの大増税など、国政上の政策論争が広く有権者にも浸透し、それが選択の指標になることは、中間選挙としては理想的だ。選挙戦中唯一の日曜日の今日は、各政党の執行部が応援演説に必死だった。

小泉政権の是非を問う意味もある今回の都議選に、水をさすようなニュースが入った。都議会議員が受け取るボーナスの水増しだ。東京都の期末手当は、3.5ヶ月と決められていたが、実際には、45%以上加算して5.1ヶ月が支給されているというのだ。月額報酬は106万円。単純計算で540万円のボーナスを受け取ることになる。

県議会議員に輪をかけて、都議会議員はその存在意義が問われている中、理由もなくボーナスが水増しされることへの不信感は大きい。はるか1970年代から、この慣例は続いているそうだ。少子化対策を迫られる一方で、サラリーマンの所得控除が軽減されるというのに、都議会議員の所得は非常に優遇されている。加算の根拠は、事実上ないに等しく、「国会議員も期末手当に加算しており、それに準ずる」と関係者は釈明している。根拠となる法律は、存在しないのだ。

「子どもは増やせ、しかし、所得は減らす」と強要されるサラリーマンと比較すると、あまりにも月とスッポン。都議会議員は、優遇されすぎている。存在意義さえ問われているのに、そんな都議会議員選挙に、有権者はまともに参加する気持ちになれるだろうか。負担を私たち庶民にばかり強いることへの説明が、こんな状態ではとてもできないではないか。

政治家が世に送り出した制度や法律で、私たち庶民は苦しむことはあっても楽になることはないのが最近の現状だ。今回の都議会議員選挙が、現職議員・候補者たちの単なる求職活動の後押しに終わることのないよう、有権者は賢い判断を迫られている。投票日、有権者の動向に注目だ。
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まだ、米国産牛肉は食べられない 6月25日

BSEの危険性がないことをアピールするために、TVカメラの前で庶民には手の届かない高級和牛を食べてみせたピンボケ武部農水大臣(当時)のパフォーマンスに、輪をかけてお粗末だったのが、国内2頭目のBSE感染牛を出した米国ジョハンズ農務長官の釈明の弁だ。

「スーパーで買った牛肉を食べてBSEに感染するよりも、スーパーに行く間に交通事故に遭う確率の方が高い」と、公式の記者会見の場で述べたのだから、さすがの米国の消費者でさえ、これにはブーイングだ。第一、BSE感染牛に遭遇する確率が交通事故に遭う確率ほど高かったら、米国の消費者はとても牛肉など食べられない。

更に、「BSE検査を行った37万頭(正確には38万8千頭)のうちの1頭なのだ」と、確率の低さをアピールしたジョハンズ氏だが、米国ではほぼ100頭につき1頭しかBSE検査を行っておらず、感染牛が1頭出たということは、100頭のBSE感染牛が米国で発見されたということを意味するのだ。米国では、多くの「へたり牛」が、検査もされずそのまま市場に出されている。

ジョハンズ氏のこんないい加減な発言に、消費者が納得するわけがない。記者会見でジョハンズ氏は、「ランチで牛肉を食べてきた」と笑って語っていた。食べたい人は自分の責任で食べればよいが、食べたくない日本の消費者までをも巻き込まないでもらいたい。

ジョハンズ氏の暴言に、内閣府食品安全委員会プリオン専門調査会・座長代理の金子清俊東京医大教授も、「輸入再開は先送りしたほうがよい」と明確に意見した。本調査会が農水省すなわち米国の意向に忠実である傾向が強い中、金子氏だけが役人に踊らされていることへの警戒感をあらわにし、調査会でも消費者本位の姿勢を貫いている。私たちは、金子氏の頑張りに期待するしかない。

今では米国の消費者連盟も、月齢20ヶ月以上の子牛を対象に全頭検査を実施して欲しいと、米政府に要望しているそうだ。いよいよ、日本の全頭検査の在り方が、世界のスタンダードになりつつあるのだ。私たち日本人が、米政府の政官業癒着構造の犠牲になる必要性はまったくない。

聞けば米国の畜産の実態は、そら恐ろしい。BSE検査がなされないままの、解体後の牛が、特定危険部位も含め肉骨粉として豚や鶏の飼料となる。それらの豚や鶏は、レンダルングによってふたたび牛の飼料にされるのだ。この「とも食い」の連鎖こそが、BSE発生の最大の危険因子だと、「もう牛を食べても安心か」の著者・青山学院大学教授・福岡伸一氏は述べている。

日本は既に、豚や鶏の飼料も含め肉骨粉の製造・輸入を全面的に禁止している。米国畜産業界は、人類に与えられた神聖なルールを侵し続けているのだ。この禁じ手を正さない限り米国に未来はないし、その悪影響が日本をはじめ世界各国にもたらされることになるのだ。日本は今後も全頭検査体制を継続し、米国は一刻も早く、日本同様のウェスタンブロット法による全頭検査体制をとるべきだ。

米国のポチ・小泉政権の横暴によって、検査のあまい米国産牛肉が日本人の口に入る日が来ないよう、プリオン専門調査会座長代理・金子清俊教授をはじめ心ある専門家そして消費者との連携を密にして、民主党はこれまで以上に頑張らなければならない。
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六本木ヒルズ回転ドア事故「初公判」 6月24日

昨年3月、単身赴任中の父をたずね東京に観光に来ていた、小学校入学を目前に控えた溝川涼君は、六本木ヒルズ2階正面の大型回転ドアに頭部を挟まれ、6歳の短い生涯を閉じた。あの事故から1年以上が経過した今日、業務上過失致死罪に問われている森ビルおよび回転ドア製造販売元・三和タジマの関係者3名の初公判が行われた。

起訴状によると、事故を起こした回転ドア(シノレス)と同様の大型回転ドアは、都心部をはじめ名古屋や新潟の公共施設にも設置され、各地でトラブルが続出していたそうだ。涼君の事故が起こる3ヶ月前にも、六本木ヒルズの当該回転ドアでは、涼君とわずか2cmしか違わない背丈の女の子が、頭から血を流す大ケガをしていた。

三和タジマは事故防止策を提案したそうだが、ことさらデザインを重視する森ビル社長の意向のもと、何一つ安全対策が講じられぬまま事実上の放置状態にあったことが明らかになった。リボン状のパーテーションは置かれていたが、それはほとんど無意味であったと、勤務する警備員が供述している。

本公判の被告人3名においても、健常者を除く人々に対する安全対策が不備であることは認識していたというのだから、森ビルおよび回転ドアの製造販売元・三和タジマの罪は重い。特に、回転ドア製造の事実上の責任者であった久保久暢被告は、試作機を作ることもなく、いつもぶっつけ本番で六本木ヒルズも含め各ビルに回転ドアを設置していたそうで、結果、各地で頻繁にトラブルが発生していたというのだから、言い訳の仕様がない状況だ。

当該回転ドア・シノレスは、仮にセンサーが感知しても、0.1秒後に8cm動いてからでなければ停止せず、停止後はびくともしないそうだ。特にシノレスは回転ドアの中でも重く、涼君の頭部には2t以上の衝撃が加わっていたと、のちにある監察医が述べたそうだ。

今日の公判では、検察官がとうとうと読み上げた供述調書について、3名の被告人は一部細かな事実関係の行き違いを除き全面的に認める形となった。涼君の父親は、JR西日本の惨事を例にあげ、「企業は安全対策への投資を惜しまないで」と公判を前に弁護士を通して談話を発表している。涼君の犠牲が教訓として活かされなかったことへの、悔しさのあらわれだ。

会社では要職についていた3名の被告人も、涼君の事故によって人生が一変したことだろう。1人の被告人は、調書を読み上げる検察官の顔を最後まで見つめ続けていた。取り返しのつかないことを犯したことへの、自責の念にあふれた眼差しだったと私は思う。涼君のご両親は、当然だけれど、それ相当の刑を望んでいると検察官は述べた。結審はそう遠くないと思うが、判決に注目したい。

裁判員制度が導入されたら、私たちも具体的に法廷の場で判断を迫られることになる。被告人のその後の人生を左右する資格が私たちにあるとはとても思えないが、裁判員に任命されたらそれは国民としての義務となる。機会あるごとに傍聴して、少しずつ勉強していきたいと思う。
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沖縄慰霊の日 6月23日

沖縄が本土復帰を果たして、実はまだ33年。私が生まれた時はまだ、沖縄は日本の領土ではなかったのだ。先の大戦を終結させるための「捨て石」が沖縄戦であったことを顧みるとき、沖縄に対する想いもひとしおだ。

6月23日の牛島中将の自決が、沖縄における日本軍の組織的戦闘の終結を象徴する。沖縄の住民の多くは地上戦の前線に散り、高齢者や女性が、場合によっては日本兵によって被害を受けたと聞かされる時、筆舌に尽くしがたい虚しさを覚える。

そんな地獄絵図から僅か60年。私たちは、今、こんなに平和に暮らしている。犠牲になられたすべての人々への哀悼と感謝以外、今日のこの日を迎えるにあたって出てくる言葉はない。基地問題は、日本が平和を手にしたこととの引き換えだ。しかし、沖縄の悲劇に思いを寄せるとき、沖縄ばかりに基地の負担を強いることの無責任さを、本土に暮らす人間の一人として感じざるを得ない日々だ。過去も現在も、沖縄ばかりに犠牲を押し付ける恥ずかしさを、さすがにそろそろ自覚する時が来ている。

12世紀には琉球王朝の名は歴史に刻まれ、東シナ海を中心にその栄華を誇った沖縄の地の今後の発展を、私たち日本国民は特別の想いを持って真摯に考えていかなければならないはずだ。北半球最大のサンゴ礁を誇る白保の海を、無意味な公共事業から守ることも日本国民の責任なのだ。

今日あらたに、2人の韓国人・6人の台湾人が、遺族らの申請によって平和の礎にその名を刻印された。平和への祈りは、民族の壁を越えている。靖国神社参拝がもたらす対外的なダメージを、小泉総理は深刻に受け止めなければならないのだ。過度の自己主張は傲慢以外の何ものでもなく、結局は過ぎたるは及ばざるがごとしの憂き目を見る。

沖縄の悲劇から60年、さとうきび畑の下に眠る多くの犠牲者に報いるために、私たちは今日のこの日を、反省と、平和への新たな決意の、未来志向の記念日としなければならないのだ。
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成増の15歳の少年 6月22日

親を殺すなんて、考えられるだろうか!?意見が対立し喧嘩をしたり、場合によっては勘当なんてことは、人間同士、少なからずある話だ。むしろ親子関係だからこそ、遠慮なく言い合うことができるわけで、親子疎遠なんて今時当たり前のような話だ。それが殺害にまで発展するなんて、私にはまったく理解できない。殺したいほど憎いのなら、家を出ればいいじゃないかと思うから。

親を殺すということは、自らをも否定することに等しい。少なくとも、とにもかくにも少なくとも、オギャーと産み落とされて物心つくまで、人間は決して一人では生きていくことができない。親あるいは育ての親の尽力あってこその「自分」なのだ。いくら意見が対立し、親の言動が気に入らないからといって、殺意を抱くまでの心境に至る理由が、私にはまったく理解できない。

父親を殺した理由を、「バカにされたから」と少年は言う。父親から怒鳴られ叱られたことなど、私には数限りなくある。その都度ひどく打ちひしがれたけれど、まさか「殺してやりたい」なんて、絶対に思わなかった。すなおにはなれないけれど、親は親なりに子どものことを思って叱っていることは、自明の理だからだ。何故、この少年は、「殺意」を持ったのだろうか?

昨今、後を断たない少年犯罪。おそらく、自殺するよりも、親を殺すことのほうが数倍エネルギーが要ったはずだ。思春期の青少年の揺れる心に、真正面から向き合える人間が、あまりにも少ないことが要因の一つだろう。大人の「タガ」が、どこか緩んでいるのだ。成増の15歳の少年は、歪んだ社会の象徴でもあるのだ。亡くなられたご両親の不幸を悼むと同時に、少年が心に潜む闇から解放される日が来ることを、本当に心から願う。
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靖国神社の春の梢に咲いて会おう 6月21日

靖国神社に「代わる」新たな追悼施設という表現は、適切でない。先の大戦を侵略戦争ではなかったとし、中国や韓国に日本は謝罪すべきではないとする靖国神社の主張は、広く一般に受け入れられるものではない。従軍慰安婦をなかったとする靖国神社の歴史認識は、明らかに暴論だ。そんな靖国神社が、250万柱の戦没者の合祀の権利を手放さない以上、内外に正々堂々と誇れる追悼施設をつくることは必然だ。靖国神社に「代わる」ではなく、靖国神社から「脱却する」ための新たな施設が必要なのだ。

確かに、大戦当時、靖国神社は、戦場に今散らんとする兵士たちの心のより所になっていたかもしれない。麻生総務大臣が期せずして述べていたが、「靖国で会おう」と約束し合い、戦友たちはそれぞれに散っていったのだ。西條八十氏の詞にあるように、同期の桜たちは、たとえ離れ離れに散ろうとも、花の都の靖国神社の、春の梢に咲いて会うのだ。

私は、靖国神社にも千鳥が淵戦没者墓苑にも参拝している。どこに参拝しようとも、戦没者に対する私の哀悼の念は変わらない。小泉総理の気持ちもわからないではないが、一国の総理大臣である間は、アジア諸国に対する配慮があってしかるべきなのだ。朝鮮半島や大陸で次々と女性を犯した日本軍の罪を、私たちは絶対に忘れてはならない。先の大戦に思いを馳せるとき、戦場に散った日本兵のことを思うと同時に、同じく犠牲になった朝鮮半島や大陸の人々へも、私たちは心を寄せることを忘れてはならないのだ。
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