生野菜ジュース

「人参とトマト」をジューサーにかけて毎朝飲んでいます。
生野菜ジュースは、とてもすんなりと体に吸収されるような気がします。
口に入れるものの取捨選択は、自分の健康に責任をもつ上で、とても重要なことだと思います。
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新鮮野菜「トマトとオクラ」が教えてくれたこと 8月12日

8月5日発行の「週刊ダイヤモンド」は、日本国民の「食の安全」に対する、不適な挑発行為と言っても過言ではない。食品添加物や遺伝子組み換え食品、あるいは米国産牛肉等をリスクとみなす認識に、「フードファディズム」の烙印を押し、そんな消費者の認識をナンセンスだと斬り捨てているのだ。サプリメントや特定保健用食品に対する玉石混交との評価は的確であるが、味の素やコカ・コーラ、更には中国野菜を正当化する内容は、あまりにも利益第一主義である食品メーカー寄りの発言で、そこに消費者の健康への配慮は微塵も感じられない。

「動物実験で無害であることが確認された量の1/100量を『1日摂取許容量』として定め、それよりもはるかに少ない量が実際の使用基準として決められている」として、食品添加物を「悪魔フーズ」とみなす消費者の反応は過剰であると、週刊ダイヤモンドは非難する。しかし、週刊ダイヤモンドが決定的に間違っているのは、いまやありとあらゆる食品に、添加物が使用されているということを加味していない点だ。1つ1つの食材が、添加物の許容量の範囲内であったとしても、1日3食、間食や飲料も併せると、現代人は、基準値を大幅に超える添加物を、日々曝露しているのだ。

添加物や農薬・化学肥料に侵された食品の横行が、現代人にガンを激増させる大きな要因であることは、いまや否定できない事実だ。可能な限り添加物や農薬・化学肥料に侵されていない食材を摂取しようとする消費者の行為に水をさす週刊ダイヤモンドの主張は、まさに利潤追求の企業の代弁者とみなされても仕方がないものだ。旬の新鮮とれたての食材は、週刊ダイヤモンドが擁護する「味の素」を使わなくても、それだけで美味しい。化学調味料の乱用は、素材の味を引き立てるどころか、私たちの健康を明らかに阻害する。

「レモン汁や酢のほうが、歯や骨を強力に溶かす」として、コカ・コーラを飲む子どもが骨折しやすいという認識は誤っていると、週刊ダイヤモンドは主張する。更に、コカ・コーラのカロリーは100%オレンジジュースとほぼ等しいとし、コカ・コーラを飲むと「太る」という認識は迷信だとする。週刊ダイヤモンドは、多国籍企業であるコカ・コーラ社のダブルスタンダードを無視している。インドで販売されたコカ・コーラから、EU基準値の30倍を超える残留農薬や殺虫剤が検出されたこと。更に、炭酸の製造過程で発生するヘドロを、コカ・コーラはケララ州の農家に無料で配布していたが、なんとそのヘドロからは高濃度の鉛とカドミウムが検出されたという事実を、「消費者は情報に溺れている」とあえてメディアリタラシーを持ち出す以上、週刊ダイヤモンドは併せて報道しなければならなかったはずだ。

害虫をつきにくく品種改良した遺伝子組み換え食品は、農薬や除草剤の使用量が削減され、むしろ「環境にやさしい」として、週刊ダイヤモンドは遺伝子組み換え食品を正当化する。しかし、免疫力の低下やアレルギーを惹起するなど遺伝子組み換え食品の安全性は、未知数だ。遺伝子組み換え食品を摂取した世代の「子ども」への影響も、現段階ではわからない。そうである以上、食品のトレーサビリティを明確にし、遺伝子組み換えであるか否かを明示して消費者に選択肢を与えることは、絶対に必要だ。

週刊ダイヤモンドが最悪だと思うのは、「米国産牛肉というだけで危険だと判断するのは間違いだ」と主張したことだ。日本への輸出を専門としていない子牛業者に輸出許可を出したり、日本への輸出再開条件を守ることのできない検査体制の不備に問題があったにすぎず、米国産牛肉の安全性が揺らいだわけではないと週刊ダイヤモンドは主張する。鶏糞やチキンリッターなどSRM入りのレンダリングによる肉骨粉がウシに戻ることが容認され、成長ホルモンが使用される米国畜産業界の飼料規制の甘さを、週刊ダイヤモンドはまったく理解していない。たとえSRMが完全に除去されていたとしても、20ヶ月齢以下のウシの全頭検査をしない以上、日本と同等以上の安全性が確保されたとして安心して米国産牛肉を食することなどできないのだ。

米国産牛肉をはじめ食料の輸入を日本自らがストップすることは、食糧自給率40%の日本として自分で自分の首をしめるようなものだと週刊ダイヤモンドは指摘する。米国産牛肉や中国野菜の輸入を拒否することは、「食料安保」という鋭い刃が日本の喉元に突きつけられることに等しいと、週刊ダイヤモンドは主張する。しかし実際には、食料の大半を日本人は捨てている。「飽食の国・日本」の最大の課題は、食料の自立すなわち食糧自給率100%を目指すことだ。農薬や化学肥料にたよらない農業こそ、日本の農業の可能性を大きくする。他国の追随を許さない質の高い農作物は、日本人を健康へと誘うと同時に、安心・安全な無・低農薬作物は、十分な国際競争力を有することにもなるのだ。

週刊ダイヤモンドは今回の特集記事の中で、「消費者の利便性への欲求が、結果的に食の安心・安全を犠牲にしてきた。それを政府・企業・生産者に押し付けるのは、消費者のエゴだ。」との、神門善久(ごうとよしひさ)明治学院大学教授のコメントを掲載している。この言葉に、週刊ダイヤモンドの姿勢の全てが凝縮されている。食品添加物・遺伝子組み換え食品・農薬・化学肥料・米国産牛肉・中国野菜にコカ・コーラ、これら全てを肯定し、逆に注意をはらおうとする消費者を「フードファディズム」と揶揄する週刊ダイヤモンドこそ、日本の食の安心・安全に対する究極のテロリストだ。限りなく無農薬に近い農業を実践しようと努力する農家の方々への、無神経な冒涜だ。

過日、農業を営む知人が作ったトマトとオクラを、目の前で削りたての鰹節をまぶして食べた。体中のすべての細胞が生き返るほど、それはフレッシュで美味だった。毎日こんな食材に囲まれていたら、心身ともにいつまでも健康を維持できるのではないかと、しみじみ思った。添加物や農薬に頼らない、真に人と地球に優しい農業を、私は誰よりも応援したい。21世紀の日本の農業の在り方に逆行する週刊ダイヤモンドの見解は、日本の農業をおとしめるものだ。

特集記事を書いた記者に、あのトマトとオクラを食べさせてあげたいものだ。
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学校給食と米国産牛肉 7月29日

米国産牛肉の輸入再々開が決定されたことは、非常に由々しきことだ。勿論、賢い消費者は、安全性に対する科学的根拠のない単なる政治的判断による今回の輸入再々開を、冷ややかに見守るだろうが、最も懸念されるのは、学校給食だ。根拠がないにせよ建前上は政府が米国産牛肉の安全性を認めた以上、学校給食の現場が、それをたてに安価な米国産牛肉の利用に踏み切る可能性が高いからだ。

学校給食には、幾つかの学校・学区をまとめて一括調理し配送する「センター方式」と、学校ごとに調理する「自校方式」とがある。文科省の補助金として「学校給食施設整備費」が給付されているが、1964年に共同調理場(センター)への補助金導入が開始されて以降、合理化の名のもとにセンター化が進められてきた。全国に2,700前後のセンターが存在するとみられ、そのうち30前後のセンターが、1日1万食を超える給食をつくっている。

合理化を追求した「センター方式」は、一度に大量の給食を作らなければならないために、加工食品を多用したり、限られた予算内で栄養のバランスを形式的には整えなければならないため、中国野菜や米国産牛肉に頼ってきた実態がある。加工食品は添加物の塊だし、中国野菜は、ポジティブリスト制度が導入される以前は、農薬の塊だった。輸入停止された間こそ使用しなかったものの、それまでは安価な米国産牛肉が多用されていた。センター給食を管理する栄養士にとっては、安価な中国野菜や米国産牛肉は、食材として切り離すことの出来ない自分たちにとって「価値」のあるものだったのだ。しかし、すべては行政や栄養士サイドの都合にすぎない。そこに給食を強制される子どもたちの健康や美味しく味わいはじける笑顔など、殆ど想定されていないのだ。

近年、地産地消が提唱されるようになり、子どもたちに新鮮な農作物や地域の特産物を食べさせることこそが食育の原点だとする人々の間から、再び学校給食を「自校方式」に切り替えようという声が上がり始めている。1997年、「保健体育審議会」は、「児童生徒の実態や地域の実情に応じて、豊かできめ細やかな食事の提供や食に関する指導が行われることが望ましく、運営と合理性とに配慮しつつ、センター方式と自校方式とを比較検討することが望ましい。」との答申を出している。しかし、「センター方式」に転換するのには補助金が出ても、「センター方式」から「自校方式」に戻すのには補助金が出ないため、思うように「自校方式」に回帰できない実態があることも事実だ。

新鮮で安心・安全な食材を使った家族の手料理を囲む「食卓」は、子どもたちに幸福と健全な発育を与える。給食も同様だ。合理化を追求する行政の都合だけで、大切な給食の質が低下してしまっては本末転倒だ。子どもたちが笑いながらペロリと残さずたいらげてこそ、給食には価値が生まれ、食育にもつながっていくのだ。予算の都合で、実際には安全性の確認などできていないのに、米国産牛肉が給食に利用されることは、絶対にあってはならないことなのだ。米国産牛肉をスーパーで買わないことはできても、学校給食から牛肉だけ残すことなど、到底できるものではない。子どもたちに選択権はないのだ。

とにかく、教育委員会と栄養士との良識で、安全性に対する科学的根拠のないままの米国産牛肉が、給食に利用されることのないように厳重な監視が必要だ。子どもも親も、学校給食を選べない。政治的判断でしかない、日本政府による無責任な米国産牛肉の輸入再々開の決定は、社会の弱者でもあり宝でもある子どもたちを、不本意にも危険にさらす。政府は、食育の原点を、完全に見失っている・・・。
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大転換すべき北海道の農業・酪農 7月24日

日本の酪農・乳業は、正しい方向に向かって歩んでいるのだろうか。私はいつも、疑問に思っている。給食という仕組みを利用して、飲むことを強要してきた牛乳の栄養価と安全性に、問題はないのだろうか。「病気にならない生き方」の著者・新谷弘実医師は、牛乳を「錆びた脂」と評する。牛乳は、そもそも子牛の飲物である。人間が飲むために粒状の乳脂肪を攪拌する際、乳脂肪は過酸化脂質へと酸化して、人体にとって「毒」になってしまっていると新谷医師は指摘する。

アトピーや小児喘息などのアレルギーの患者が、牛乳や乳製品の摂取を止めると、見事に症状が改善すると、新谷医師は経験を語る。単にカルシウムが豊富であることだけをとらえて、牛乳を絶対的栄養価の高い飲物に仕立て上げることは、骨にカルシウムが豊富だからと言って、腐った魚を食べさせることとなんら変わりはない。牛乳を飲むと通じが良くなるのも、単に、腐った脂で下痢をしているにすぎないのだ。

余剰牛乳を廃棄処分するほど市場の低迷にあえぐホクレンだが、お茶や豆乳など他のペットボトル飲料が台頭したことだけがその原因では決してない。牛乳を受け入れないことは、人間の自然の摂理なのだ。現代人に花粉症が多いのは、勿論、戦後無差別に植林された人工杉林が第一の原因ではあるが、1960年代、学校給食に牛乳が導入されたことも、重要な要因ではないかと言われている。

広大な土地を活用した北海道の酪農や農業は、今、間違いなく岐路に立たされている。日本の酪農業界がWTOの農業交渉に危機感を募らせているが、それはまさしく、日本の酪農に国際競争力がないことを意味する。「関税の引き下げで、乳製品の輸入が増加すれば、牛乳の受給調整が困難になり、酪農経営に壊滅的な打撃となる」との酪農団体の認識は、努力と工夫をせずして、可能性を自ら摘んでいるようなものだ。牛乳神話は、今や過去の話だ。政府が買い取った1,000万トンの牛乳も、果たして本当に途上国に支援物資として提供されるかどうかは、甚だ不透明だ。北海道の酪農は、いよいよ行き詰ってきた。

北海道の酪農と農業は、発想を大転換しなくてはならない。農薬や化学肥料を使用しない無農薬あるいは有機栽培の農作物の生産に、速やかにシフトすべきだと私は思う。政府は、これまでのミスリードを反省し、全面的にそのサポートをしなければならない。WTOにも揺るがない強い国際競争力を備えるには、日本の農業ならではの「安心・安全」な農作物の生産をおいて他にない。今や、無添加の限りなく自然に近い食材への関心は、日増しに高まっている。食材の向こう側にある、生産者の顔や厳しい農作業の姿を伺い知ることのできる農産物であれば、少々価格が高くても消費者は選択する。未来の健康への投資だと、思えるからだ。

日本の農業が国際競争に勝ち抜いていくには、質の高い農作物の生産以外に方法はない。他の国が出来ないことを、緻密な日本の民族性は、やってのけることができるのだ。これまでは、北海道の酪農が、飼料を海外からの輸入に頼っていたことが、結果的に、日本の食糧自給率低下の大きな要因となってきた。北海道の問題を抜きにして、食糧自給率の向上も、言ってみるだけだなのだ。明らかにこれまでの北海道の酪農・農業のあり方は間違っている。酪農はもとより北海道全体が、速やかに無農薬や有機栽培の質の高い農業へと転換していくことが、北海道が生き残る唯一無二の方策なのだ。

広大な国土を持ち質の低い農畜産物の大量生産を行う米国や中国と同じ土俵に立ち、関税の引き下げで右往左往するような日本の農業では、まったく光明は見出せない。他の追随を許さない無農薬・有機栽培の農業こそ、21世紀の日本が進むべき道だ。「食育」の真髄は、日々囲む食卓を通して、日本の社会の仕組みを見つめ直すことだ。とれたての新鮮な無農薬野菜は、甘くて美味しい。1人でも多くの子どもたちが、家族とともにそんな野菜を頬張りながら笑顔の絶へない食卓を囲む社会を、私たちは目指さなければならないのだ。何よりも、北海道の酪農と農業が新たな一歩を踏み出すことが、日本の農業の将来を占う試金石であり、食育の原点であることを、私たちは肝に銘じなければならない。
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ベビーフードも粉ミルクも添加物の塊なのだ 6月29日

人間にとって最初の食べ物であるという点においても、離乳食は軽視できるものではない。厚労省の調査によると、離乳食にベビーフードを多用した親は、ベビーフードを殆ど使用しなかった親よりも、子どもの「遊び食い」や「偏食」に悩む割合が1割以上高いという。1歳から4歳の2,700人の子どもを対象とした調査の結果、ベビーフードを「よく使用した」と回答した親は28%で、20年前の3倍、10年前と比較すると倍増している。「時々使用した」も合わせると、実に75%以上の赤ちゃんが、離乳食にベビーフードを与えられているのだ。

味と栄養とを添加物で調整したベビーフードは、赤ちゃんの発育にとって優れた食品と、果たして言えるだろうか。ベビーフードを利用する親の間では、味や健康栄養・安全衛生面で、ベビーフードは手作りの離乳食よりも優れているという認識が多い。しかし、野菜スープに入っている「野菜エキス」は、本物の野菜ではないし、和風だしに使用される「昆布エキス」も「かつおエキス」も、本物の昆布やかつおからとったものではない。すべてが添加物だ。「気になる着色料・保存料・香料は一切使用していません」と記載されていても、使用していないのは「気になる」物質だけで、メーカー側が「気にならない着色料・保存料・香料」は、ふんだんに使用しているのだ。何故腐らないのか、理由は明白だ。

ベビーフードは、一見便利にうつる。しかし、実際には、添加物の塊であって、特に「安全衛生」面が優れているという認識は、間違っている。赤ちゃんの味覚が覚えるのは、本物の野菜やだしの味ではない。赤ちゃんは、添加物の味を覚えるのだ。ベビーフードを多用された子どもに、「遊び食い」や「偏食」、「よくかまない」「ちらかし食い」「口から出す」「小食」の割合が多いのも、本来赤ちゃんの体が欲する自然の栄養素が与えられなかったことが原因だ。キレる子どもの出発点は、ベビーフードにあるのかもしれない。少々面倒だが、子どもが心身ともに健やかに成長していくための、親の果たすべき重要な役割の1つが、手作りの離乳食なのだ。

一方、生後1ヶ月から3ヶ月の授乳期間の人工栄養の割合は10年前よりも減少し、母乳を与える母親の割合は増加している。粉ミルクに頼る理由は「母乳の不足」が最も多いが、母乳が出ないと答えた親が15.6%であるのに対して、粉ミルクを嫌がる赤ちゃんの割合は8.5%と比較的高い。明らかに無添加でない粉ミルクを、赤ちゃんが嫌がるのは自然だ。母乳が出ないと諦める前に、母親には、助産師らによるマッサージや適切な食事指導を受けられる機会が与えられなければならない。特に高脂肪・高タンパク食に偏重する母親は、母乳の通り道である乳管に脂肪が詰まり、母乳が出にくい状態にある。野菜を沢山摂る食事に変え、根気よく適切なマッサージを続けると、母乳は出るようになるとベテラン助産師は助言する。

残念ながら今回の調査結果は、出産施設側が母乳育児を積極的に支援していない現状を表している。出産直後から母子同室だった母と子は17.3%にすぎず、出産後30分以内に母乳を与えることができた割合も32.4%にとどまっている。1989年、WHOとUNICEFとが共同で発表した「母乳育児を成功させるための10か条」は、スムーズな母乳育児のために、産科施設とそこで働く職員とが実行すべき重点項目を提示しているが、現状は、WHOとUNICEFとが示す内容に、遠く及ばない。即ち、日本の場合、出産施設側の対応に、問題点があるとも言えるのだ。

今回の調査結果からも、育児に慣れない親へ適切な指導・アドバイスを行う、優秀な助産師の育成が、日本社会の喫緊の課題であることがわかる。正しい知識と情報を提供する助産師を地域に必要十分に配置することが、子育て支援の第一歩となる。人間が最初に口にする母乳や離乳食が、添加物の塊であって良いはずがない。人間力のある肝っ玉母さんのような信頼感のある助産師を、国の責任で世に送り出すことで、最重要の子育て支援策が初めてスタートするのだと、私は思う。
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酪農から有機農業への転換 5月28日

北海道の牛乳が売れない。ホクレンは、ペットボトルのお茶や豆乳などの普及が、牛乳の販売量の低下に大きく影響していると分析しているが、新発売される他の飲料水の台頭が、牛乳の消費を低下させている大きな要因であるとの見解は、正しい分析だとは言い難い。「病気にならない生き方」の著者・新谷弘実医師が指摘しているように、牛乳は、そもそも人間のための飲物ではない。それを無理に人間の飲物とするために、粒上の乳脂肪を均一に攪拌する際、乳脂肪が過酸化脂質へと酸化し、人体にとって牛乳は、むしろ「毒」と化してしまっているという事実を、そろそろ私たちは正面から受け止めなければならない時に来ている。

特に乳幼児に牛乳アレルギーが多発していることは、紛れもない事実だ。本来、子牛の飲物であって人間の飲物ではない牛乳を、子どもたちの体が拒絶することは、実は、まったくおかしなことではない。人間が自然の摂理に反して、牛乳を大量生産し、人間の飲み物として認めようとしたことにこそ無理があり、これまでの「牛乳は健康に良い」という絶対的概念が揺らぎ始めていることは、決して不思議な話ではないのだ。

「農業情報研究所」の北林寿信氏も、余剰する北海道牛乳に触れ、ホクレンの姿勢に問題提起する人物の一人である。北林氏は、「魅力のない安い商品を大量生産してきた」政策のつけが、1,000トンの生乳廃棄の主な要因であると指摘する。商品開発の努力を怠り、本来なら人間が受け付けるはずがない生乳を、カルシウムが豊富であることだけを取り上げて、いかにも健康に良い食品であると断定し、学校給食の必須アイテムにしたてたあげたホクレンや行政の責任は、極めて大きい。アトピーや喘息などのアレルギー症状が、牛乳などの乳製品を完全に断つことで改善する事実が、牛乳が人体にとって毒であるという真実を如実に物語っている。

本来牛は草食動物であるにもかかわらず、大量に乳を搾り取るために、海外から輸入した穀物飼料や過去にはレンダリングそのものである肉骨粉や代用乳を、飼料として与えていた。その結果、乳牛の自然の摂理は乱れ、国内でも27頭のBSE感染牛が発見されるに至っている。子牛が飲むための生乳を、無理矢理、人間用の商品にするために、乳牛そのものを量産すると同時に、人工的に乳の出も良くしてきた。しかし、敏感な人の場合はアレルギー症状を起こし、少なくとも、人間の味覚にマッチするとは言い難い牛乳が、次第に私たち消費者の嗜好からはずれていくことは、ごく自然の成り行きなのだ。

輸入穀物飼料市場を繁盛させ、酪農家やJAに利益をもたらしてきた牛乳神話に対して、「そりゃないよ獣医さん」の著者である岡井健氏も警鐘を鳴らす。酪農家を牽引してきた行政や政府に、最大の責任がある。岡井氏は、自然に帰依することの重要性を指摘するが、過酸化脂質の塊「錆びた脂」である牛乳が、人体にとって有益な食品でない事実に正直に向き合うなら、酪農から他の農業への転換を指導していく責任が政府にはある。

錆びた脂である牛乳は必要ないが、広大な北海道の地で、大豆や野菜の有機農業が盛んになれば、私たち消費者にとっては、この上ない喜びだ。それは、私たち消費者の健康に多大な利益をもたらすからだ。明日から、残留農薬の規制強化のためのポジティブリスト制度がスタートするが、可能な限り農薬や化学肥料を使用していない野菜を食することは、消費者の悲願だ。しかし、無農薬野菜や有機野菜の供給量は、需要に比べて極めて少なく、それらはしかも高価だ。ホクレンが一大決心をして、酪農から、大豆や野菜の有機農業への転換をはかれば、食糧自給率の向上と併せて、国民の健康維持に多いに貢献することになる。

飼料の大半を輸入に頼ってきた北海道の酪農は、これまで、日本の食糧自給率の向上の足かせとなってきた。人体が欲しない牛乳を無理強いすることにきっぱりと終止符を打ち、健康に寄与する有機農業に大転換していくよう、政府は責任を持ってホクレンを牽引していかなければならない。ホクレンの余剰牛乳廃棄の問題は、酪農の限界を示しているのだ。健康と食糧自給率向上のためにも、有機農業こそ北海道の農業の唯一無二の選択肢なのだと、私は信じている。

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ケンタッキーフライドチキンの怪 5月25日

「動物の倫理的扱いを求める人々の会(PETA)」の報道が事実なら、ケンタッキーフライドチキン(KFC)の実態には驚くばかりだ。今回問題視されたのはインドネシアのKFCで、PETAは次のように指摘する。インドネシアのKFCに納入されるニワトリは、成長を加速するために薬品漬けにされ、太りすぎでまともに歩くことが出来なくなっている上に、と殺する前に、羽をちぎられ足を折られ、かつ、意識があるうちに、煮えたぎった熱湯の入ったタンクに放り込まれている。このような虐待に対して、PETAのメンバーである女優のパメラ・アンダーソン氏が、非難の書簡をインドネシアKFCに送ったのだ。

2004年、PETAは、米国KFCの鶏肉加工工場でのニワトリへの虐待の実態を、ビデオに撮りネット上で公開、抗議している。ターゲットになったのは、米大手鶏肉加工会社「Pilgrim’s Pride」社のウエスト・バージニア州にある工場で、従業員が、ニワトリを蹴飛ばしたり壁にたたきつけたりしている映像には、KFC社自身「鳥肌が立つようだ」とコメントしている。生きているニワトリを、くちばしから引き裂き、首をねじり切ったり、ニワトリの目や口にタバコを突っ込んだりと、常識では考えられないような虐待を行っていたのだ。

一般従業員を装い潜入捜査をするPETAに、告発する権利などないと批判する人も確かに存在するが、報告が事実であるならば、この方法をおいて他に虐待がディスクロージャーされることはないのではないか。KFCは、「Pilgrim’s Pride」社の当該工場が、ニワトリに対して残酷な扱いをしないことが証明されるまでは取引を中止すると発表したが、「Pilgrim’s Pride」社の他の工場との取り引きは、そのまま継続されたのだ。PETAが何故、ウェスト・バージニアの工場をターゲットにしたかというと、その工場がKFCの最大の取り引き先であったからだ。

事件以降、「Pilgrim’s Pride」社から日本への輸入はストップしていた。ところが、昨年11月、ハンバーガーチェーン「DOMDOM」が、同社のチキンスティックを1ヶ月半の期間限定で輸入販売した。DOMDOMには、「ドムチキン」と「ドムチキンナゲット」の2種類のチキンメニューが存在するが、そのトレーサビリティは明らかにされていない。今回、インドネシアのKFCの鶏肉加工工場が告発の対象となったことで、下請け先の加工工場の問題もさることながら、下請け会社に厳しい条件を突きつけているに違いないKFCそのものにも、何か問題があるのではないかとも考えられる。

KFCが使用するチキンが、成長ホルモンが投与され、短期間でまともに歩けなくなるまでブクブクに太らされたニワトリの肉であるということは、虐待と同様に、食の安全の観点から大問題だ。ファーストフードは、マクドナルドが100円バーガーを売り出したように、非常に安価な食品だ。しかし、安ければ安いなりの理由が必ずあるわけで、KFCがそうであるように、成長ホルモン漬けの肉を使用し、様々な添加物によって味や見た目・保存期間を調整していることを、私たちは忘れてはならない。

少なくとも、食品安全委員会は、ポジティブリスト制度によって残留農薬の取締りを強化することには着手した。次は、食肉の飼育の段階で使用されている成長ホルモンについても、厳格な基準を設けるべきだ。鶏肉のみならず、米国では牛肉にも大量の成長ホルモンが投与されていることを、決して見逃してはならないのだ。

便利で安いファーストフードは、幼児からサラリーマンに至るまで、多くの消費者に支持され愛されている食品だが、実は、食べれば食べるほど健康を阻害する体に良くない食品であることは、もはや疑う余地もない。しかも、肉の加工の段階で、生きている動物に対して異常な虐待が行われているのだとしたら、私たちはおいそれと、例えばKFCを口にするわけにはいかないのだ。そして何よりも今もっとも重要なことは、企業のモラルだ。多くの消費者の安心・安全がまったく保証されないまま、米国産牛肉の輸入再々開を決定するアメポチ政府に乗じて、間髪いれず輸入に踏み切る牛丼チェーンの企業倫理は、食の安心・安全よりも利益追求を最優先する、消費者の信頼にまったく応えないものだ。消費者の健康は、消費者が自ら守るよりほか確実な手立てはないということを、私たちは肝に銘じなければならないのだ。
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