「死亡時画像病理診断(Ai)」死因究明~最期の人権

時津風部屋の力士が、リンチされ死亡した事件は、いまだ記憶に新しい。この事件では、明らかな不審死であるにもかかわらず、遺族の申し出がなかったら解剖には至らず、真実は解明されていなかった。それどころか、当初は、当時の時津風親方と警察によって、遺体は遺族に対面する前に火葬され、証拠隠滅がはかられようとしていたのだ。間一髪で行政解剖が行われ、親方と兄弟子によるリンチが死因であることが究明され、その結果加害者は起訴された。

 現在の日本では、監察医制度が機能していると言える東京23区を除いては、異常死にかかわる解剖は、ほとんど行われていない。この事実は、監察医制度が機能している地域を除いては、異常死であっても、死因が正確には究明されないケースが大半を占めていることを意味する。解剖医の不足がその主因とされるが、それはすなわち、天下り先として魅力を感じることのない、つまりビジネスにならないこの分野に、霞が関の役人の力が入らないという、行政の重大な欠陥をもあらわしている。

更に、手続きの煩雑さのため、解剖にもちこむことを敬遠する臨床医も多く、そんな医師の怠慢が解剖そのものを衰退させ、正しい死因の究明を阻害していることにもつながっている。生きている人間の治療に関心はあっても、亡くなった人にまで労力を費やすことには否定的な医師が少なからず存在する以上、死んだ途端に人間は、尊厳あるものとして扱われなくなってしまうのだ。医師が診ているのは患者という人間ではなく、目の前にある病巣だけなのではないかと指摘されても、仕方がない。

正しく死因が究明されない社会の実態を、私たちは看過することはできない。正しい死因の究明は、人間の尊厳の一部を保障するものでもあり、公衆衛生上も極めて重要なファクターである。まかり間違っても、この世の中で殺人事件が見逃されるようなことがあってはならず、法治国家たる日本の、それが社会正義だ。

そこで、病理医であり作家の海堂尊氏は、死亡時の正確な状況を把握する手段の一つとして、死亡時画像病理診断=Ai(Autopsy Imaging)を提唱した。解剖できないのならせめて、遺体のCTやMRIを撮ることによって、死亡時、特に異常死における客観的な情報を残すためのあらたな制度を義務づけようというものだ。

明らかに有意な情報すなわち証拠の1つとなり得るAiは、解剖ができない場合、異常死のみならず、医療行為の最終監査の役割も担うものとなる。何事も第三者による評価がつきまとう世の中にあって、医師だけが医療行為に対する監査を免れる権利はどこにもない。死因を究明する上で、解剖にまさる「証拠」はない。しかし、すべての死においての解剖が不可能である以上、Aiを導入することは、次善の策として他に変わるものがない。カルテよりも、Aiが真実を語ることもある。

近年、医療ミスを扱う裁判が急増しているが、Aiは、遺族だけではなく医療従事者にとっても有益な証拠となり得る。正しい死因を究明されては困る医師がもし仮に存在するのだとしたら、それは明らかに医師としての社会正義にもとる行為だ。専門職の医師のもとに、患者は医師の言いなりになる必要は決してないし、そこには医療行為における客観的事実のみが存在するのだ。解剖がなされないなら、Aiがそれを語る。

死亡時Aiの導入は、理論上そんなに難しいことではない。CTやMRIを撮影するマンパワーとその設備投資にコストがかかるが、この先の10年間の59兆円もの道路計画を考えれば、比較にならないほど軽微であるし、凶悪犯罪の横行や医療裁判の増加を考えれば、Aiの導入は、法治国家として必要な整備だ。

本年3月、腰の重い厚生労働省の背中を押す形で、日本医師会が死因究明にAiを導入することに前向きな姿勢を明確にした。「(虐待を考慮し)幼児の死亡すべてにAiを義務付け、更に大人に拡大していく」と提案している。また、正しく死因が究明されれば、診療行為に関連した異常死における医師の責任も、おのずと明らかになってくる。その診療行為が現在の医学に照らし合わせて非難されるべきか否かは、そこで初めて社会が客観的に判断する。

人生の最期である死が、正しく判定されない社会は健全とは言えない。「死人に口なし」だからこそ、今私たちは、最善がダメなら次善の策を望まなければならない。国民が日頃から健康に気を遣い、例えば開業医が患者をつくらず、厚生労働省が天下り先としての製薬会社を優遇することをしなければ、医療費は自然と抑制できる。後期高齢者医療制度などという愚行よりも、死亡時Aiの制度化に精力を注ぐことのほうが、より国民に利益をもたらす。この国の厚生行政をつかさどる官僚の資質が、いま問われている。

(参考)

http://www.cabrain.net/news/article/newsId/15328.html

http://plaza.umin.ac.jp/~ai-ai/

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