ハート(心)もバリアフリーに♪Happyになろうよ☆

住環境のバリアフリーだけでなく、心のバリアフリーもすすめばいいなと思います!願いはHappy☆Lifeなのです♪

原田建築の創業者

2008-05-12 | ハッピーライフ♪
こんにちははらっちです
ハートもバリアフリーに♪Happyになろうよ☆へご訪問ありがとうございます

原田建築の創業者、原田 良は昭和11年熊本県湯前町横谷に原田家の三男坊として生まれ育ちました。
横谷というところは学校まで片道2時間以上かかる山奥です。そのころは交通機関がないので徒歩です。行きは山を下るので1時間半くらいで学校に着きますが帰りは上りです。2時間半くらいかかったのではないでしょうか。粘り強さを養い足腰は丈夫になったことでしょう。
中学卒業後、良少年は父親に「お前は大工になれ」と言われ、15歳で大工の弟子になりました。(その時本人は大工になる気はなかったそうです。)
親元を離れ親方の家に住み込みで働かせてもらっていました。
少年時代は修行が辛く何度も逃げ出したことがあるそうです。その度に連れ戻され一人前の大工になるまで修行させてもらいました。
良青年21歳の時、親方に「一人で家を一軒建ててごらん」と促され、一人で建てました。
その後、独立して原田大工として一人親方で仕事をしていましたが、仕事がどんどん忙しくなり、人を雇うようになりました。
人を雇う以上、建設業の許可を得て原田建築という看板をあげることになりました。

大工一級技能士として実力を発揮し、昭和4○年には大工技能士の大会で熊本県第1位に輝きました。
また、職業訓練指導員免許を取得し、インターシップなど建築学科の生徒さんたちの指導にも力を注ぎました。

お弟子さんの数も数十人、師匠より立派に成長したお弟子さん達の話を嬉しそうに聴かせてくれます。
お弟子さんに話をうかがうとかなり厳しい師匠だったようです。仕事中は私語は厳禁、音楽もダメ、ラジオを聞くのもダメ、煙草もダメ、と徹底していたらしい。
現在は幾分大らかになったようです。

良少年は初めは大工になるつもりはなかったにもかかわらず、一生懸命力を注いだ結果大工という職業が大好きになり、やがて天職になったのです。

原田建築創業者、原田 良は大工生活47年、現在も棟梁として大工人生一筋でがんばっております。

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2 コメント

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威厳ありますね。 (nishi)
2008-05-14 15:55:33
はらっちさん、こんにちは。
ご無沙汰しています。元気ですか?そろそろ1級の勉強も開始される時期になりましたね。写真の原田建築の創業者、原田良さんは威厳がありますね。70歳を過ぎてもまだ現役でいらっしゃるのですね。私の父も3年前、80歳まで税理士事務所をやっていたのでまだまだ頑張れますよ。身体を動かす商売だから大変ですね。お若い頃は、学校までの往復大変だったですね。今のはらっちさんだったら毎日マラソンの練習になりますね。県1位になられたのも凄いですね。
ところでこの原田建築(原田良さん)は、はらっちさんのパパなんですか?はらっちさん」の旦那様のパパなんですか?
これからも、親孝行してあげて下さい。では、また。


nishiさんへ (はらっち)
2008-05-16 11:19:06
nishiさん、ありがとうございます!
良は主人の父です。厳しい父でしたが現在はとても温厚なおじいちゃんになりました。
昨日1級の公式テキストが届き、いよいよ学習モードに入りました。
受験生の息子と一緒に勉強できるのでお互い良い刺激になるといいなぁと思います

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