毎日読ませていただいているブログはお花の記事が
多い。母がお花好きでよく手伝わされていたから、
自然と結婚してからも花を楽しんだ。
前の家では山野草もよく作った。
セツブンソウ、ショウジョウバカマ、ヤブレカサ、
アツモリソウ、ウラシマソウ、サギ草などなど。
夫はエビネを育てていた。
今の家に引っ越してから、80坪ほどの家の南側の
畑が大通りに面していてお日様カンカンの土地なので
山野草は駄目で、ワイルドフラワー、ハーブガーデン
なども楽しんだ。道行く人たちにも愛でてもらっていた。
夫が旅先で倒れ、7か月ほど病院近くの民宿を定宿
にして着替えを取りに帰る以外はそこで過ごして
いたので畑は草ぼうぼうで帰宅した時は手が付け
られない状態だった。
亡くなった後も誰とも会いたくなく、立ち上がれない
時期が続いて、お花畑は関心から遠のいた。
それでもその時の花のいくつかは今も残って季節が
くると咲いてくれる。
お花でふと思いだしたことがある。
数年前、京都へ行った帰りだったと思うけれど、
JRの駅から乗ったやや長距離になるタクシーの
運転手が話好きで「奈良に珍しい花があります。
日帰りでタクシーで行きませんか」と誘われた。
「友人を誘えば安くなります。今の時期にしか
見られない花ですよ」
瓊花 という花だそうだ。
折角だけれど奈良まで行くのならせめて1泊は
泊まりたい。
タクシーで日帰りなんて気が進まないので断った。
彼の話ではこの花は奈良唐招提寺御影堂供華園と
皇居にしかないという。
家に帰って調べると他に東大寺、飛鳥寺、岐阜県関市の
薬草園「神薬才花苑」でも見られるらしい。
なぜこんなに限られたところでしか見られないのか。
鑑真和上は日本に渡る前に揚州大明寺の住職をしていた。
その揚州の花が瓊花だそうで、隋の帝がこの花を気にいって
いて門外不出にしたのだそうだ。
和上遷化1200年(1963年)の記念事業で揚州から送られたのだ
という。
4月中旬から5月上旬のこの花の期間だけ唐招提寺御影堂供華園へ
入ることが許される貴重な機会なのらしい。
でも多分混むだろうな、
紫陽花に似た白い、よい香りがする花だそうだから
1度はみてみたい。
今年はもう間に合わないけれど。
唐招提寺に行った時に、その花がある場所を見ました。
瓊花。スイカズラの花のようですね。
囲みがあって、説明書きを読んだ記憶か、あります。
花の咲く頃、行ってみたいです。
つわぶき
仏様より金堂のエンタシスの8本柱が好きでまずはその柱に近寄りそっと触れていました。パルテノン神殿、稚内港北防波堤ドームでも見とれました。
花の時期は短いようですがぜひ行ってみたいですね。
来年の4月にはコロナは収まるでしょうか?
瓊花 一度は愛でたしと思いながら、開花期間がさほど長くないので未だに果たせずにおります。
「大寺」には近鉄西大寺から薬師寺へと歩きながらの古寺巡礼のときに参りました。とても懐かしいです。
鑑真和上は元より、やはりこの歌
おほてらの まろきはしらのつきかけを つちにふみつつ ものをこそおもへ
を想います。ご存じ会津八一ですね。次の歌も好きな一首です。
なべて世は 寂しきものぞ 草枕 旅にありとも 何か嘆かむ
少しでも元気なうちにもう一度、大和路を訪いたきものです。茉那女史 如何かしら・・・。
大和路は八一に導かれたという部分もあります。
奈良へは数年前に京都醍醐寺に桜を見に行った時、足を延ばして「ならまち」を散策したのが最後です。
瓊花の季節にぜひ行って、お花を見、香りを味わいたいものです。
奈良の話題で盛り上がっているので首を突っ込みました。
大和の寺は、鄙の古寺がお薦めです。
どのお寺へ・・の希望の選択で
東西南北、静けさと素朴さを味わえるところが
幾つでも見つかると・・。
心と体と性悪のウイルスが退治されたら、是非!!
奈良が戦災に合わなくてよかったと心底思います。
一時期、阿修羅に夢中になって阿修羅と中宮寺の弥勒菩薩にあうために何度も通いました。
卒論に必要な書物が天理図書館にしかなくて、しばらく奈良に逗留して天理までかよったこともあります。
石舞台や岡寺などの明日香へはずいぶんん長い間行っていませんが懐かしいですね。
奈良は心の故郷です。
暫くは寂しさと悔しさでぼうぜんとしていましたが、
色んな趣味を辿ってPC・カメラに落ち着き毎日
幸せに暮らしています。
瓊花の花私は美濃の奥で2度(5月半ば)ほど見に行きました。
大きな木に白い額紫陽花の花が咲いたように見えます。
香りが強くシロバウスチョウが戯れていました。
もう1度行きたいと思いますが、何しろ辺鄙な所簡単にいけないのが残念です。
返コメが遅くなりました。
わたくしがブログ始めたきっかけは、旅先のホテルで突然急性硬膜下血腫で倒れた夫の枕もとでどうしてこんなことになったのかという悔しさや怒りや悲しみをぶつけるところが欲しかったからなんです。
誰にも言えない、そして分かってはもらえない気持ちを何かに吐き出さないではいられませんでした。
亡くなった後一旦ブログを閉じましたが少し落ち着いてきてまた駄文を書き始めました。
岐阜の関市で瓊花をご覧になったのですね。
市内から遠く離れていて訪ねるのも大変そうですね。
でも、来年には是非と思っています。
(鬼に笑われそうですが、案外すぐかもしれません)
ありがとうございました。