先夜の食事会で少し酔いが回ったころ突然仲間の1人が私に言う。
「中島敦の最後に虎になる小説近頃読み返したけれどいい作品だなあ。題名なん
だった?」「山月記でしょ。」
他の仲間は本の話には興味がないので普段は話題に上ることがないのだけれど、彼は
今夜何を思ったのだろう。中小企業経営者の彼は数年前、社長を娘の夫(婿)
に譲った。
{同級生5人(出席者7人のうちの残りの2人は夫人)のなかで大学へ行ったのは
3人、2人は中学卒で働いた}
彼とは小学校時代から比較的仲良しで大学生になってからも夏休みに一緒に音楽会
行ったりしていて、時々悩みを聞かされた。
父親は入り婿で、彼が大学に進学することに反対だった。「世の中3代目で会社が
潰れる例が多い。お前は3代目になるので大学なんか行かないで会社に専念して
もらいたい。」
しかし彼は成績もよく大学へ行きたいと粘って同志社大学に入った。
「だから僕は絶対に会社をつぶせない。守り抜く。」と言っていた。
そしていろいろ苦労もあったようだけれど守り抜いて4代目に渡したのだ。
その彼が社長の座を譲って心に穴が生じたのだろうか。頭を下げて商売をしてきた
という。
臆病な自尊心と尊大な羞恥心の性情の結果虎になった男の悲しみを彼は忖度して
心打たれるのかと「山月記」など読まない友人たちのたわいもないおしゃべりを
耳にし乍ら感じていた。
中小企業社長の大変さを慮りながら・・・・。