フルートおじさんの八ヶ岳日記

美しい雑木林の四季、人々との交流、いびつなフルートの音

辻邦生著「背教者ユリアヌス」

2012-03-01 | 濫読

若いころ一度読んでみたいと思っていたまま読めなかった本がたくさんあるが、その一つが、辻邦生の「背教者ユリアヌス」だ。この本は、塩野七生の「ローマ人の物語」でも紹介されていた。

皇帝ユリアヌスが単にユリアヌスと呼ばれるのではなく、「背教者」と侮蔑的に呼ばれるのはキリスト教の立場からである。叔父のユスティニアヌスが「大帝」と呼ばれるのも、キリスト教から見ての尊称である。ユスティニアヌスが紀元337年に亡くなったとき、コンスタンチノープルの宮廷では、その子コンスタンティウスの異母兄弟が殺され、
当時6歳だったユリウスとその兄12歳のガルスだけが奇跡的に助かったことから物語が始まる。

生きながらえたとは言え、兄弟は直ぐに幽閉された。ユリアヌスが20歳になった時に幽閉されながらもアテネでのギリシャ・ローマ古典の研究生活が許される。兄ガルスが殺されたとき、ガリア地方の騒乱を抑えるために、突如「副帝」に命じられる。
人々は学究の徒にガリアはおされられないと軽侮していたが、驚くほどの努力で、騒乱を抑え込むのに成功した。
361年ユリアヌス29歳のときに、コンスタンティウスが死に、皇帝に指名される。そのとき行ったのが、ギリシャ・ローマ宗教への回帰である。313年にコンスタンティヌスが「ミラノ勅令」を発布して、キリスト教を公認した。皇帝権力の安定した継承を狙うコンスタンティヌスは、皇帝権力が「神から与えられた」もの、とするのが、支配する上で非常に都合が良かったからだ。

皇帝がキリスト教を崇拝すると、元老院や貴族等の支配階級は、全て「世の中の暮らし方」としてキリスト教を信仰するようになった。それから、キリスト教が権力によって広められる50年の歳月が流れ、社会にはすっかりキリスト教が定着した。それゆえ、ユリアヌスが、ギリシャ・ローマ宗教への回帰を訴えても、人々の共感をえることができなかった。ユリアヌスは皇帝になってからただちに、積年の課題である、東方ペルシャ戦役に出、363年、32歳の若さで戦いの中で命を落とす。

辻邦生は、ユリアヌスの「神像論」を次のように紹介している。
「太陽や微風が快いのは何故であろうか。それは太陽は微風を通じて神々の香しい息吹が送られているからである。それは我々に生命を送った息吹である。我々は太陽や風のなかで、われわれの生命の本源に迫るのである」
辻邦生の流れるようでいて、しかも綿密な文体に綴られた長編を読み終えると、しばし、ぼーとなって、遥か遠い4世紀のローマ時代のことを思った。


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5 コメント

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Unknown (Unknown)
2012-03-05 16:56:47
長編の歴史物は 読み進むのに
矢張り忍耐が必要ですが(先週長編をよみおえ ブログに出したので)
はるか昔の 時空を越えた世界に
いざなってくれます、、

昔の偉大な人はみんな若くして亡くなっていて 精神年齢の成熟度も早いし
1秒1分1時間1年を 濃密にすごしたのでしょうね~
われはあたら むだに歳をいきてるだけかも、、偉大でないから いいのかな~
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Unknown (カタナンケ)
2012-03-06 10:24:45
↑ わたくし、、ざます~ 失礼をば、、
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よく読んでいますね (山栗)
2012-03-06 20:37:42
やはりそうでしたか、カタナンケさんかな、と思っていたのですよ。
それにしても良く本を読んでられますね。カズオ・イシグロさんですが。日本生まれで、幼少のころイギリスに移住し、英語で小説を書いている方ですね。「充たされざる者」は6センチもあるのですか。これは手ごわそう。
私も、最近、若いとき読みたいと思っていて読めなかった長編に挑戦しようと思っているのですが、忍耐心が要りますね。

イヤー、長生きして楽しい小説を読む、これは決して無駄なことではないですね。
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いいな! (セニョーラしば)
2012-03-08 08:46:46
すてきな生き方をされて羨ましいなと思います。
住まわれているのは、別荘地でしょうか。畑も耕されているので別荘地ではないのでしょうか。どのように、そんな理想的な場所を見つけられましたか。
私たち夫婦も山栗様のような生活がしたいと思いつつなかなかいい場所が見つかりません。
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楽しい場所探し (山栗)
2012-03-08 09:54:10
セニョーラしばさん初めまして。

私たちのいるところは、別荘地ではありません。静かな村の里山の一角にあります。私たちも「田舎暮らしの情報誌」を頼りに、色んなところを回りました。せっかく田舎に暮らすのですから、自然豊かなところを探しました。試行錯誤の連続でした。山が好きなので、山が見えるところがいいと業者の方に言うと、確かに見晴らしのいい畑に案内されました。すると、やはり木が生えていなくてはいやだなと思う、こんなことの繰り返しをしていて、ようやく今のところに行きついたという次第です。土地を探しているときが一番ワクワクしていたと思いますね。

土地探しというのは、「自分の残された人生をどのように暮らしたいのか」、と問うことでもあるんですね。

里山なので、雑木を伐採したり、抜根したり、整地をしたりと、忙しいですね。これからは山菜採りが楽しみです。

素敵な土地が見つかればいいですね。
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