フルートおじさんの八ヶ岳日記

美しい雑木林の四季、人々との交流、いびつなフルートの音

藤沢周平「三屋清左衛門残実録」

2009-05-19 | 濫読

・・・清左衛門が思い描いていた悠々自適の暮らしというのは、例えば城下周辺の土地を心ゆくまで散策するというようなことだった。散策を兼ねて、たまには浅い丘に入って鳥を刺したり、小川で魚を釣ったりするのもいいだろう。記憶にあるばかりで久しく見る機会もなかった白い野いばらが咲き乱れている川べりの道を思いうかべると、清左衛門の胸は小さくときめいた。

ところが、隠居した清左衛門を襲ってきたのは、そういう開放感とは正に逆の、世間から隔絶されてしまったような自閉的な感情だったのである。そして、その奇妙な気持ちの萎縮が、数日して消えたとき、清左衛門はそのものが何処から来たかをいささか理解できた気がする。

隠居をするということを、清左衛門は世の中から一歩退くだけだと軽く考えていた節がある。ところが実際には、隠居はそれまでの清左衛門の生き方、平たく言えば暮らしと習慣の全てを変えることだったのである。・・・

江戸時代の定年退職=隠居、した後の空白感、所在無さに鬱屈としていた、元城主お側用人の清左衛門の思いは、誰もが持つのだろうか。そんな清左衛門の気持ちの飢えを補うかのように、現役当時のつながりから、さまざまな事件に巻き込まれていく。藩内の権力闘争、昔の同僚の妬み、青春時代の女性との邂逅など、肩がこらず面白かった。

 

 


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