フルートおじさんの八ヶ岳日記

美しい雑木林の四季、人々との交流、いびつなフルートの音

水上勉「櫻守」

2009-04-07 | 濫読

在野の桜学者、笹部新太郎のモデル(作中は竹部庸太郎)と、彼に仕える植木職人弥吉の物語である。岐阜県荘川に御母衣ダムが建設されたとき、水没地にあった樹齢400年を越す2本のアズマヒガンザクラを移植(昭和37年)してほしいと、竹部は依頼される。樹齢400年もの老桜の移植には、植物学者をはじめほとんどの人は9部9厘は不可能と反対したが、竹部は最後の1厘にかけ、桜の移植工事を敢行した。困難を極めた工事だったが、桜を守り抜くという竹部の執念で、移植工事は成功した。今、その桜は荘川桜と名づけられ、岐阜県荘川の観光名所となっている。

ソメイヨシノについて竹部が語る言葉。「これは、日本の桜でも、一番堕落した品種で、こんな桜は、昔の人は見なかった。本当の桜というものは、花だけのものではなくて、朱のさした淡みどりの葉とともに咲く山桜、里桜が最高だった」「だいいいち、あれは、花ばっかりで気品に欠けますわ。ま、山桜が正絹とすると染井はスフということですね。土手に植えて、早ように咲かせて花見酒いうだけのものでしたら、都合のええ木イどす。全国の9割を占めるあの染井をみて、これが日本の桜やと思われると私は心外ですねや」

アダージョノ森には、幸いにして1本のソメイヨシノもない。あるのは、ヤマザクラ、ミヤマザクラ、イヌザクラ、オオヤマザクラである。今年も、朱をさした葉とともに、極淡いヤマザクラがもうすぐ開花する。

 

 

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿