指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『忘れじの人』に泣く

2010年03月22日 | 映画
池袋、新文芸座の「にんじんくらぶ特集」で、昭和30年宝塚映画、岸恵子主演の『忘れじの人』には、泣きました。

原作は、織田作之助の『船場の娘』で、大正から昭和初期、船場の旧家の娘岸恵子が、店の手代山内明と恋仲になるが、家の没落等で山内と別れ、成金十朱久雄の息子金子信夫の妻となる。
だが、岸は、本妻平井岐代子の子ではなく、愛人で芸者だった花井蘭子の娘と分かり、金子の家を追い出され、芸者になる。

そして、戦後、岸の娘の安西響子が、恋人小泉博との結婚を小泉の親に反対されるが、自分の悲劇を話し、安西と小泉の東京への駆け落ちを協力してあげる。
昭和30年代は、今上天皇の美智子妃殿下とのご婚姻に示されるように、日本中に「婚姻は両性の合意によってのみ行われるべき」との「結婚民主主義」が普及した時代である。

多分、この戦後の安西響子の部分は、織田の原作にはなかったものだと思う。
そして、一番感動したのは、実の母親で芸者の花井蘭子が、娘の岸恵子の踊りの発表会で三味線を密かに弾き、舞台の『娘道成寺』が終わったとき、楽屋で息を引き取り、岸と遇会して、親子の名乗りをして死んでしまうところだった。
全くの母物だが、さすがに涙が出た。
監督の杉江敏男は、戦前からヒチコックが好きという映画青年で、すべての画面をコンテ化して撮影する人で、大変テンポ良く出来ていた。
また、岸の周りを、父親の御影公、母平井、番頭見明凡太郎、実の母親花井蘭子、さらに浪花千栄子らのベテランを配すなど、キャステイングも上手い。

併映は、同年の松竹オールスター映画、野村芳太郎監督で、岸恵子、有馬稲子、佐田啓二主演の『太陽は日々新たなり』で、輸出用玩具の工場の笠智衆一家の娘岸恵子と佐田の恋、岸の別れた夫の大木実やその仲間の須賀不二男らの妨害、岸の妹の小山明子への工員田村高広の恋情、大木の姉淡島千景の弟への思いなど盛り沢山の内容。
やたらに筋の展開が早く、また劣化でフィルムが飛ぶので正確に話しが追えない。
一番おかしかったのは、岸恵子らの工場の元工員で、彼らを裏切り、大木らに騙されて模造品の玩具を作ってしまう名優日守新一で、始終泣いている。
その泣き方が完全に「歌っている」のである。まさに泣き節だった。
タイトルに、女優・影万里江の名があったが、どこにも発見できなかった。撮影したが、上映時間の関係で、カットしたのだろうか。
この時代日本映画は、2本立てで上映時間に制約があったため、シナリオ通りに撮影しても、最終段階でカットしてしてしまうことがあった。
先週、お会いした鎌倉アカデミアから東宝に行った加藤茂雄さんも、撮影されて「出てるから見に行ってよ、なんて友達に言っても、映画館で見ると出てなかった」といったことがよくあったそうだ。
影のもそうだったのだろうか。


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