指田文夫の「さすらい日乗」

さすらいはアントニオーニの映画『さすらい』で、日乗は永井荷風の『断腸亭日乗』です 日本でただ一人の大衆文化評論家です

『母べえ』

2016年02月11日 | 映画

私の知り合いで、この映画の原作者の野上照代を大変に嫌いな人がいる。普通の元公務員で、彼女になにも関係はないが、「話し方が偉そうで嫌だ」というのだ。

確かにそうしたところはあるだろうが、それは彼女の責任ではなく、野上女史を偉くしてしまった周辺の問題である。

今や、彼女は「世界の巨匠」の側近の数少ない生き残りでは仕方はないが。

私も、そうしたこともあり、公開時も見ず、昨年録画しても見ないでいたが、見てみると結構面白い。

                  

 

事実と違うところもあるようだが、エピソードが豊富で飽きずに見ていられる。

良いのは、主人公の母べえの吉永小百合と坂東三津五郎夫妻にとって一見敵のように見えた人たちが、生き生きとしていて興味いところである。

笑福亭鶴瓶が演じる、奈良から来たという得体の知れない叔父さんが典型で、照美の姉初子の体の変化を嫌らしく言ったりする。

だが、街頭の愛国婦人会の贅沢品反対、貴金属供出運動には敢然と反抗し、「贅沢の何が悪い!」と言い放つのである。

また、故郷の父親は、元警察署長で三津五郎が投獄されると「最初から結婚に反対だった」と言い、太平洋戦争開始後も、転向しないと知ると上京してくる。

四谷の旅館で、母べえと孫たちにすき焼きをご馳走しようとする。

そのとき、照美が卵を割って机に落としてしまうと「もったいない」と言って口で吸って飲んでしまう。

これは誰かと思うと、先日亡くなれた中村梅之助で、彼が連れてきた下品な女は、彼の再婚相手の左時枝で久しぶりだが、適役だった。

何かと母べえに便宜を図る、でんでんの隣組会長、三津五郎が投獄されると留守宅に足しげく通ってきて世話をする、三津五郎の教え子の浅野忠信、

みなすべて吉永小百合が密かに好きだからやっていて、またそれを知っていて利用する美人の狡さ。

この辺は、吉永小百合の面目躍如だが、私はやはり彼女では少し年を取りすぎていると思う。

吉永の姪で、美術をやっていて浅野が好きだが、戦争中に故郷に帰る檀れいから、浅野の真意を言い当てられた時の吉永の困惑。

それは悪くないが、この役が若い檀れいだったら、もっとリアリティがあると思うのだ。

鈴木瑞穂の偉い先生と衝突しせっかく出たカステラが、梅之助と喧嘩して席を立ち、スキヤキが食べられなかっとき、輝美が口に出す

「カステラ・・・」「スキヤキ・・・」が笑えるが、母べえは、幼い照美にとって、自分の意地のために子供に好きなものを与えない、良くない母親である。

現在に近い時代になると、照美は中学校で美術を教えている戸田恵子で、初子は医者の倍賞千恵子になっている。

二人に看取られて母べえは、父べえのところに行く。

日本映画専門チャンネル

 


『あじさいの歌』と『春の夜の出来事』

2016年02月11日 | 映画

神保町シアターで、『あじさいの歌』と『春の夜の出来事』を見る。

             

 

『あじさいの歌』は、昔川崎の銀星座で見ているが、今回見てみて「これは石原裕次郎・芦川いづみの映画ではなく、東野英治郎・轟夕起子の映画ではないか」と思えてきた。

偶然出会った、裕次郎は大富豪の東野英治郎の大邸宅に行き、芦川いづみと知り合う。

世間に出たことのない深窓の令嬢という設定は、今では考えられないが、昔エリザベスサンダースホームの沢田美喜さんは、子供時代にお金があることを知らなかったと言っていた。彼女は三菱財閥のお嬢様で、台東区の旧岩崎廷の外にはほとんど出なかったようだ。

「世の中にはあるらしいとは聞いていたが、実際に見たことも使ったこともなかった」そうである。みな使用人がやってくれたからである。

東野英治郎は、昭和初期の若いころは女性不信に陥っていて、彼の妻は、芦川いづみを生んですぐに家を出てしまったという。

これは、小津安二郎の映画『東京暮色』で、笠智衆を捨てて若い男と出て行ってしまった山田五十鈴と同じではないか。

東野曰く、妻と一緒に出て行った「毒にも薬にもならぬ」男は大坂志郎と非常な適役で、今も大阪で旅館をやっている轟夕起子の従僕として仕えている。

最終的には、裕次郎や中原早苗らの若い世代の空気が邸宅の中にも入ってくることで東野英治郎も変わり、轟を許すことになる。

音楽は斉藤高順で、戦後の『晩春』以後の小津安二郎作品の「サセ・レシア」の斉藤高順である。

東野英治郎の住む大邸宅は、元は横浜の野毛山にあった横浜銀行頭取のお屋敷とのこと。

内部の場面もかなりそこで撮影されているようで大変なお屋敷で本当にすごい。

横浜銀行にいた友人に聞くと、1970年代には、もうそれはなかったとのこと。今は、野毛山にある浜銀の職員住宅のある場所のようだ。

 

『春の夜の出来事』は、大財閥の当主が、自分の一つの会社の懸賞に偽名で当たり、身分を偽って赤倉のホテルに行く。

当選者が、もう一人いて貧乏人の三島耕で、この二人をホテル側が取り違えることから起きる喜劇である。

富豪の執事が伊藤雄之助、娘が芦川いづみ、女中頭が東山千枝子だが、ホテルで仮装パーティがあり、東山が「巡礼おつる」になるのが一番笑わせてくれる。もちろん、芦川のピーターパンも可愛いが。

黛敏郎が、ニセ黛敏郎で出てくるのがおかしいが、西河克己によれば、

「知り合った人間で、一番頭がよくて真面目だったのが黛敏郎と三島由紀夫で、真面目なインテリは右翼になるのかな」と言っている。

ホテルの支配人が清水一郎、彼は松竹大船の俳優で、有名なのは小津安二郎の映画『晩春』での寿司屋の親父だろう。

いろいろとあるが、芦川いづみと三島耕が相思相愛になり、最後富豪の邸宅に招かれて一緒になることが示唆され、富豪も、三島や伊藤らと赤倉で楽しく雪遊びをしたことを思い出す。

最後まで富豪役が誰かわからなかったが、資料で若原雅夫と知る。若原も三島耕も、どちらかと言えば「大根役者」で、その二人がきちんと演技しているのは、西河克己の演出力の確かさである。

脚本は、ケストナーの小説を基に、西河克己と中平康が書いたもの。

西河は、自分をフェビアン二ストと言っており、ここには上流の人間も下層の人間も共に和解して、一緒にやって行くべきだとの彼の願望がよく現れていると思う。

フェビアン二ストと言えば、以外にも松竹の指導者だった城戸四郎も実はそうで、松竹大船の作品には、それがよく反映されていると思う。

神保町シアター