猫じじいのブログ

子どもたちや若者や弱者のために役立てばと、人権、思想、宗教、政治、教育、科学、精神医学について、自分の考えを述べます。

テレビが過失に復讐を あおるのは まずい、池袋暴走事故

2019-05-18 22:05:39 | 社会時評


きょう(5月18日)の夜、テレビ朝日で、池袋で車にはねられ死んだ母子の遺族の夫が、はねた87歳の老人に、厳罰を求める映像が、流れた。そして、テレビのアナウンサーが、老人が退院したのだから、どうして、逮捕しないのか、と言った。この「逮捕せよ」というのは、警察に「拘置せよ」という意味である。

テレビが過失に復讐をあおるのはまずい。不寛容になっている社会に冷静さを求めるのが、ジャーナリズムの役割ではないか。
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事件は、4月19日に都内の池袋で、87歳の老人の車が赤信号を無視して暴走し、母と子の2人が死に、8人がけがした。その老人は胸の骨折などの重傷を負い、5月18日退院し、現在、警察の任意聴取をうけている。
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老人ははねたことを認めているので、あとは、どうして暴走したか、である。本人はアクセルから足をはずしたが、アクセルが戻らなかったと言っているようだが、私自身は車を運転しないので、アクセルが戻らなくても、ブレーキを踏めば良いような気もする。

これは、力で老人をねじ伏せて、アクセルを踏み続けました、と「自白」させる問題ではなく、裁判で決着つける問題だと思う。

遺族の夫が、老人に厳罰だ、と怒る気持ちもわかるが、自分の悲しみを、過失者にぶつけて、全人生を刑務所で過ごしても償いきれるものでない、とまでテレビで言っても仕方がない。番組プロデューサーは、遺族の夫のしゃべっている映像を出さない方が良かった。本人が時を経て冷静になるかもしれないが、そのときでも、本人の映像が多くの人の頭にのこるから、まずい。

アナウンサーは「逮捕せよ」というが、過失に逮捕して調べるということ自体が、異常だという認識をもってほしい。本件は、身元がはっきりしているし、老人だから、逃げる心配はない。そして、事故を犯した車は、事後の当日、押収されている。証拠隠滅もあり得ない。

過失にも捜査するのは、同じような過失を防ぐ手立てを探すためである。車の技術的な改良、運転手の健康や能力管理の制度的改善で、今回のような事故を防げるかもしれないからだ。

「過失に厳罰を」という不寛容な社会は、やんでいる。社会の格差などへの怒りが、抑え込まれ、おかど違いのところに吹き出ている。

警察は、住民の安全のため、犯罪予防と捜査をする組織であって、処罰をする組織ではない。処罰は、裁判をへてのみ、行われるのが、正常な社会である。

日本国憲法は、次のように刑罰について定める。

第31条 何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。

第32条 何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪はれない。

第33条 何人も、現行犯として逮捕される場合を除いては、権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつてゐる犯罪を明示する令状によらなければ、逮捕されない。

第38条 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
○2 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
○3 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。


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