俳優の永瀬正敏(50)が主演する映画「光」(河瀬直美監督)が27日に公開される。永瀬が演じたのは視力を奪われていく弱視のカメラマン。自身も写真家として活動するだけに「僕にとって特別な役」と思い入れは強い。一昨年の「あん」に続く河瀬監督とのタッグを振り返り、撮影中、2人のカメラマンに思いをはせたことも明かした。
永瀬が演じる主人公・中森雅哉は、かつて人気写真家として活躍したが、病気で視力を奪われていく。撮影前には、5人もの視覚障害者に直接会って話を聞き、目の不自由な生活や心境をつかもうとした。「演じるのではなく、役を生きてほしい」という“河瀬流”にならい、クランクインの20日前から、撮影で使う雅哉のマンションで実際に生活。自ら撮影した写真も部屋に持ち込み、雅哉になりきっていった。
「河瀬さんの作品は、役者として原点に戻らせていただける。脚本の中に書かれている人を生きるというのはどういうことなんだ、というのを思い返させてもらえますね。やりたくてもなかなかできない、スペシャルな経験でした」
まさに雅哉となって生きた1か月。完成した作品を見て、言葉にならない感情があふれたという。「1人になりたくなって」。無言で会場から出てしまった。
「自分の目が見えなくなる瞬間を、自分で見るような不思議な体験。古いアルバムをめくっていくというか、雅哉としてのドキュメンタリー、遺作を見ているような感じでした」
撮影にあたり、2人のカメラマンが頭に浮かんだ。1人は、宮崎で写真館を営んでいた祖父。写真師として活動していたが、終戦直後、買い戻す約束で食料と交換したカメラを知人に持ち逃げされた。当時のカメラは高価で二度と同じものは買えず、写真の仕事から離れた。
「途中で写真を諦めざるを得なかった思いや、境遇がとても雅哉に似ていると思う。おじいちゃんは僕が物心つくころには、撮ってと言っても『ブランクが空き過ぎて、僕はもう撮れない』と、カメラすら持てなかった。その気持ちが今になるとすごくわかる。最初に台本を読ませていただいた時におじいちゃんの思いを心の中に抱えました。天国のおじいちゃんに見てほしい作品です」
もう1人が、20代の頃から親交があった故・宮本敬文さん(享年50)。宮本さんはSMAPのフォトブックなどを手がけるなど、人気カメラマンとして活躍していたが、映画撮影前の昨年8月、脳出血で急死した。
「若い頃よく一緒にいたけど、ここ数年会えてなくて、愕然(がくぜん)として。亡くなって写真を撮れなくなってしまった彼の思いも、雅哉に入れたかった」
宮本さんがまだ学生だった頃、家に遊びに行った時の記憶をよみがえらせた。宮本さんの当時の家の中を再現するかのように、手を加えない予定だった雅哉の家の押し入れに布を垂らしてライトを照らし、写真を飾ることを河瀬監督にひそかに相談。今作でたったひとつの永瀬のお願いを、監督も快諾した。
昨年公開の「64―ロクヨン―」では、2週間で体重を14・2キロも減量した。実は、今作でも視力を失ってからの約2週間は食事をほとんど取らず、結果的に8~9キロ体重が落ちた。ただし、「64」と今回では意味合いが全く違った。
「64の時は台本に『頬はこけ、まるで老人のようになってしまった』と書いてあったのでやせました。今回はやせようと思ったわけじゃない。お会いした目の不自由な方の苦しみ、現実に近づきたいけど、実際の自分は目が見えている。なので、少しでもそういう心理状態に持って行くよう、足かせをはめないとダメだと思ったんです」
精神的な絶望感を表現するための食事制限。監督にだけ明かすと、無言で肩を叩いてくれたという。
「あん」は15年のカンヌ国際映画祭で「ある視点」部門に出品。「光」は今年のカンヌにコンペティション部門で選出された。現地で23日に公式上映される。
「ありがたいというか、ビックリしました。70周年の記念の年ですし、世界中の監督からいっぱいエントリーが持ち込まれたでしょうから。河瀬監督のお陰。世界中の皆さんに見ていただけるのがうれしい」
一昨年のカンヌで河瀬監督が永瀬に「次も一緒にやりましょう」と声をかけて脚本を執筆したのが「光」だった。「またやりましょうといわれたら? 喜んでご一緒したいですね」
取材中、何度か「(自分は)まだまだですね」と口にした。日本を代表する映画俳優となった今も、謙虚な心と貪欲さは忘れていない。
ワンポイント
作品には藤竜也が主演する「その砂の行方」という劇中映画が登場する。“上映”されるのは一部分なので、どんな物語なのか難解なのだが、大ベテランの藤が砂まみれになって熱演する姿に心を奪われた。
◆永瀬正敏(ながせ・まさとし)1966年7月15日、宮崎・都城市生まれ。50歳。83年、映画「ションベン・ライダー」(相米慎二監督)でデビュー。89年「ミステリー・トレイン」(ジム・ジャームッシュ監督)で国際的な評価を得る。91年の「息子」(山田洋次監督)では賞レースを総なめ。代表作に「隠し剣 鬼の爪」(04年)、「KANO~1931海の向こうの甲子園~」(15年)など。歌手、写真家としても作品を発表。香川・小豆島の「Gallery KUROgO」で「光」公開記念写真展を開催中(8月31日まで)。8月26日には出演作「パターソン」(ジム・ジャームッシュ監督)が公開される。
「光」のあらすじ
目の不自由な観客向けに映画の音声ガイドの制作に従事する美佐子(水崎綾女)は、仕事をきっかけに弱視のカメラマン・雅哉と出会う。雅哉の無愛想な態度にいらだちながら、彼が撮影した夕日の写真に感動し、いつかこの場所に連れて行ってほしいと願うように。そして、視力を奪われていく雅哉の葛藤を見つめるうちに、美佐子の何かが変わり始める。ほか藤竜也らも出演。
2017/05/20 インフォシーク
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