米国の車いすバスケットボールのチームでプレーした経験を持つ水戸市の男性が普及活動に取り組んでいる。「水戸市を車いすバスケの街にする」のが夢だ。今春からは茨城大での新チーム発足を目指し、学生と準備を進めている。
男性は斎藤信之さん(47)。高校三年の時、バイク事故で下半身不随になり、リハビリで車いすバスケと出会った。二十二歳で単身渡米。現地の社会人チームに所属し、約十年間、プレーした。
「障害者の斎藤さんではなく、ノブユキ・サイトウとして生きられた」。米国での体験が普及に取り組む原点となった。
帰国後の二〇〇七年、故郷の水戸市に車いすバスケのクラブを設立。競技用車いすを貸し出し、体育館で週三回の練習会を開催、健常者と障害者計約四十人がプレーする。
市の野外イベントでは毎年、日本代表選手らをゲストに特設コートで試合を披露。小中高校でも年十回ほど実演する。
今春、練習会に参加した茨城大三年の大槻倫成さん(21)が、同大のチーム設立に手を挙げた。市内の大学でチームがあるのは常磐大だけ。斎藤さんはメンバーを集めるため練習会に学生十数人を招き、食事も重ねた。新メンバーはまだ二人だが、来春の大会出場を目指す大槻さんは「車いすに乗って大学でチラシを配ります」と意気込む。
斎藤さんは「車いすバスケは、健常者と障害者が同じ条件で楽しめる『懸け橋』。競技を通じて障害者の現状を知る若者が増えれば、お互いの垣根がなくなっていく」と、新チーム結成に期待をかけている。
車いすバスケットボールの新チーム設立を目指す斎藤信之さん(右)と大槻倫成さん
2015年9月6日 東京新聞
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