ひまわり博士のウンチク

読書・映画・沖縄・脱原発・その他世の中のこと

広中一成『通州事件』

2017年02月23日 | 昭和史

 
 通州事件とは、1937年7月7日に起きた盧溝橋事件から22日後の7月29日未明、北京市の東20キロにある通州で起きた事件である。日本居留民225人(日本人114人、朝鮮人111人)が、叛乱を起こした日本の傀儡政権である冀東(きとう)防共自治政府の保安隊によって殺害された。
 この事件は現代においては、中国人保安隊の残虐性が強調され、日本居住民の被害を際立たせることで、一部右派の論客によって、あたかも南京大虐殺と対抗させるような論評がなされている。規模も事件の背景も違うので、比較対象にはなり得ないのだが、「中国人の方が日本人よりも残虐なことをやっている」ととんちんかんな喧伝をしている。
 忘れてならないのは、この事件の背景には、日露戦争の勝利で勢いをつけた日本が、朝鮮半島から中国東北地方を侵略したという事実があることだ。
 本書は、日本、中国、台湾の資料を収集し、感情的な先入観を排除しつつ、冷静に歴史事実を解き明かしていく。
 全体は、第一章「通州事件前史」、第二章「通州事件の経過」、第三章「通州事件に残る疑問」の3章と二つのコラムからなり、日本、中国それぞれの兵力、日本軍による報道規制、さらには阿片密貿易に関する知見など、限られた紙数を友好的に使って細密である。
 本文はたいへん読みやすくわかりやすい。特に二章などは、テンポよく簡潔に日中戦争の経過を追っているので、アジアの現代史をこれから学ぼうとする人にはきっかけになるだろう。
 しかし、資料の不十分な点は否めない。本書は一般向けである、などと気取らず、さらなる研究の継続と詳細な研究書の発表が望まれる。
 
 それと編集者の端くれとして一言いわせてもらえば、(これは著者の責任ではなく、出版社のあり方だが、つくりがいささか荒っぽい。ハシラやノンブルの欠落したページがあったり表組みや写真の置き方などに気配りが足りない。決定的なのは、テキストが大幅に脱落しているページがあった。組版でテキストデータが写真の下に入り込んで隠れてしまったのだろうが、ごく初歩的なミスである。校正で気付かないのはおかしい。
 見えない部分がどうにも気になったので問合せをしたところ、迅速適切に対応してくれたので、大過はなしとしたい。程度の問題はあるが、誤植のまったくない本は奇跡に近いのだから。
     星海社新書(発売:講談社)定価880円(+税)