monologue
夜明けに向けて
 




 ある日、クラブで楽器と機材のセッティングを終えて弾き語りの仕事を始めようとしていると、お客さんが入ってきて「きみがいつも羅府新報の将棋大会の成績の記事に名前が載る山下さんだね」という。「はい、そうですが」と答えると「やっぱりそうか、それじゃ、おれとめくら将棋をやろう。おれも将棋強いんだぜ」という。「めくら将棋」とは将棋盤を使わないで符号だけを言って指す将棋で現在では「めくら」ということばが目の不自由な方の蔑称なので使用されなくなり「目隠し将棋」や「脳内将棋」と呼び変えている。
 わたしは仕事中だけど挑戦を受けた。その客が「おれが先手、▲7六歩」という。あたりを見るとホステスたちがすこしずつ出勤してきてオーナーがカウンターで酒やグラスを整理したりしてこちらをチラチラと見る。わたしは9時をまわったことだしもう音楽を演奏しなければいけないのでギターを弾きだした。ただの手癖でなんとはないメロデイを弾く。後手で符号をいうのは盤面を頭の中でひっくりかえさなけばいけないのでむづかしかったけれど「△3四歩」といった。。客は喜んでわたしにビールをおごってくれる。「▲2六歩」「△8四歩」と手は進む。両者の頭の中で駒はぶつかり戦いが始まる。ミュージシャンがギターを奏でホステスたちやママやオーナーがこれからやってくる客を待って待機する一見普通のクラブの風景だった。しかし残念なことに戦いが佳境に入った頃に客はたて込んできたのである。それで結局、「指し掛け」にしてやめたけれど決着がつかなくて良かったような気もする。
fumio

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )



« LAPDの女... カウントダウ... »
 
コメント
 
コメントはありません。
コメントを投稿する
 
コメントをするにはログインが必要になります

ログイン   新規登録