monologue
夜明けに向けて
 



わたしは高校を卒業して何年かして日本で英語の歌を歌っていてもしかたないと思って渡米を決心していた。
フランク・シナトラのマイウェイが世界的に流行っている頃、京都の桃山城近くの軽音楽喫茶「ジョイ&マリ」に集まってくる音楽仲間に
ブルック・ベントンの「マイウェイがわたしの声質に似ているから聴いてみろと言われた。
それでブルック・ベントンのヴァージョンの「マイウェイ」を練習して米国に渡ってクラブで弾き語りする時「マイウェイ」を中心にレパートリーを組んだ。このヴァージョンを歌うとまともに歌が歌えると判断されて雇われたのだった。渡米の目標は米国で英語の歌を歌って生活することだったけれど、おかげでなんとか生活できた。
「マイウェイ」は米国では根強い人気があってバンドでもジャズギタリストが演奏したがって一晩に必ず一回は歌うことになったのだった。
fumio

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