monologue
夜明けに向けて
 




93/08/19 ★闇に紛れて行く者は、獅子の門を目指す者を忌み嫌うだろう
93/10/20 分け入った獅子の林は更に深く、咆哮の谷は峻厳なる夢と共に
94/05/09 獅子の咆哮は、北の亀にも届くだろう。麒麟は泉で渇きを癒す。
94/07/30 蟹星の全き夜、夜露に濡れた心が蘇る…獅子心中の虫に気付かず
94/08/04 獅子は前足を揃え、龍神は指定の場所に到り、麒麟は雲間に待つ。
94/09/24 炎環の弛むは、獅子の髪逆立つ如く…龍の息、蒼く嘆くが如くに。
94/11/16 獅子の口は大きく開き、麒麟の瞳は乾く事を知らず…雪降りしきる
94/12/15 覚めた獅子は夜陰に紛れ彷徨す‥印を求め‥井戸の奥は空か水か?
94/12/29 位取りは慎重に‥獅子なる夢よ、永遠に。数は4から5へ‥。
95/01/05 麒麟は獅子の鎖を断ち切り、言った「赤い月は闇の三角を超えた」
95/04/29 朋龍は戒めの鎖を焼き払い、獅子のたてがみを撫でる風に乗る
95/06/25 獅子には獅子の、孔雀には孔雀の目が備わる‥人にはどんな目が?




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「獅子」とはなにか。それを知るために後漢書を引用する。

『 建武中元二年(57)、倭の奴(ナ)国、奉貢朝賀す。
使人自ら大夫と称 す。倭国の極南界なり。光武、賜うに印綬を以す。
安帝の永初元年(107)、倭の国王帥升等、生口百六十人を献じ、請見を願う。
桓・霊の間、倭国大いに乱れ、更々相攻伐し、歴年主なし。一女子
あり、名を卑弥呼という。年長じて嫁せず、鬼神の道に事(ツカ)え、
能く妖を以て衆を惑わす。ここにおいて、共に立てて王となす。』
                (岩波文庫、新訂後漢書倭伝より)

 この『後漢書東夷伝』の記述によると西暦五十七年に九州の奴(ナ)国が使者を送って印綬を貰っている。これが有名な福岡県志賀島で天明四年(1784)発見された『漢委奴国王』の金印のことである。そしてその次ぎの行の『安帝の永初元年(107)、倭の国王帥升等、生口百六十人を献じ、請見を願う。』という部分に注目する。この西暦百七年に奴隷を百六十人を献じた倭の国王、帥升(すいしょう)がスサノオの父の日本名なのである。かれは出雲の祖でモンゴル名をフツと呼ばれ、様々に表記されてきた。布都と書かれて布都御魂(ふつのみたま)として現在でも祭られ太神とも呼ばれる。音偏に巾で「音巾」のような文字でフツと書かれることもあるがこの文字が倭の国王、『帥升』の(帥)なのである。つまり「獅」を解字すればわかるように「獅子」とはかれの子や子孫を示唆しているのだ。「漢の桓帝から霊帝の間、西暦147から189年の間倭国の大乱」という記述のように西暦百年代に族長フツに従って「獅子」であるスサノオやニギハヤヒの出雲族一行は平定のための遠征に出た。スサノオは当時五十代で、日向族の女王卑弥呼を傀儡として権勢を揮っていた義弟たちの反対を押し切って卑弥呼と結婚したのだ。「闇に紛れて行く者」とはその義弟たちを指している。
fumio



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