昨日は母が眠る「森林湖畔霊園」へ行ってきた。
月命日でもなく、お盆でも春分でも秋分でもなく墓参りとしては適切なのか
どうかはわからないが私の母とは本当に実の親子かそれ以上に仲の良かった
妻がかなり前から母の墓参りに行きたいと希望していたので梅雨の晴れ間を
狙って急遽出かけたのだが・・・
私の母の墓は埼玉県にあり、父の墓は生まれ故郷の富山県にある。
本当に仲のいい夫婦だったが父の家は代々の浄土真宗、母も通常の
冠婚葬祭などの行事やしきたり等はそれに沿った行動をとっていたが
母はもともとクリスチャンだったので父の死後はより一層クリスチャンとしての
生活を中心に礼拝はもとより、教会とのつながりを何よりも大切にしてきたので
通っていた教会が建立した共同の墓に入ることになったのが18年前。
母の死からもう18年・・・霊園へ行くたびにいろんな思い出と共に
何か新しい感覚のようなものに目覚めるような気がする。
我が家からは車で1時間弱で行けるのでいつでも行ける・・という安心感が
ついつい適切な時期(?)を逸してしまうのである。
「森林湖畔霊園」は緩やかな丘陵地にあり、広い墓地の周りはまさに森林・・・
静かで時折野鳥の声も聞こえ、気持ちもゆったりとし、無宗教で不謹慎なほど
信仰心も持ち合わせていない私でも自然に厳かな気持ちになり何故か
心地よい空間となっていた。
真っ白な玉砂利を敷き詰めた教会の墓は大きく、墓石から少し離れた場所に
あるもう一つの石碑には15人の名前と昇天の日が刻まれ、一年早く亡くなった
兄に続いて母の名前があり、行くたびにその文字にそっと触れてみたりもする。
何日か前にも訪れた人がいたのか今回は玉砂利の中の雑草も梅雨時には
珍しくほんの少しであった。
雑草を抜いたところの小石は少し泥で汚れたが間もなく降る雨で
元通り真っ白で綺麗な状態になるだろう。
車に戻る時、久しぶりに見たとんぼのホバーリングと共に時間も一瞬止まるように
思えて心安らぐ時間を持てたと感じた。
月命日でもなく、お盆でも春分でも秋分でもなく墓参りとしては適切なのか
どうかはわからないが私の母とは本当に実の親子かそれ以上に仲の良かった
妻がかなり前から母の墓参りに行きたいと希望していたので梅雨の晴れ間を
狙って急遽出かけたのだが・・・
私の母の墓は埼玉県にあり、父の墓は生まれ故郷の富山県にある。
本当に仲のいい夫婦だったが父の家は代々の浄土真宗、母も通常の
冠婚葬祭などの行事やしきたり等はそれに沿った行動をとっていたが
母はもともとクリスチャンだったので父の死後はより一層クリスチャンとしての
生活を中心に礼拝はもとより、教会とのつながりを何よりも大切にしてきたので
通っていた教会が建立した共同の墓に入ることになったのが18年前。
母の死からもう18年・・・霊園へ行くたびにいろんな思い出と共に
何か新しい感覚のようなものに目覚めるような気がする。
我が家からは車で1時間弱で行けるのでいつでも行ける・・という安心感が
ついつい適切な時期(?)を逸してしまうのである。
「森林湖畔霊園」は緩やかな丘陵地にあり、広い墓地の周りはまさに森林・・・
静かで時折野鳥の声も聞こえ、気持ちもゆったりとし、無宗教で不謹慎なほど
信仰心も持ち合わせていない私でも自然に厳かな気持ちになり何故か
心地よい空間となっていた。
真っ白な玉砂利を敷き詰めた教会の墓は大きく、墓石から少し離れた場所に
あるもう一つの石碑には15人の名前と昇天の日が刻まれ、一年早く亡くなった
兄に続いて母の名前があり、行くたびにその文字にそっと触れてみたりもする。
何日か前にも訪れた人がいたのか今回は玉砂利の中の雑草も梅雨時には
珍しくほんの少しであった。
雑草を抜いたところの小石は少し泥で汚れたが間もなく降る雨で
元通り真っ白で綺麗な状態になるだろう。
車に戻る時、久しぶりに見たとんぼのホバーリングと共に時間も一瞬止まるように
思えて心安らぐ時間を持てたと感じた。