139:卒業式
恭二の大学受験は、失敗に終わった。札幌の予備校に通って、来春再挑戦することにした。一人でオランダ坂を上がりながら、恭二はこれが最後の登校だと思う。勇太や詩織と一緒に、通い続けた道である。
オランダ坂の上に、詩織がいた。幽霊かと思った。びっくりして、腰が抜けそうになった。
「おはよう」
詩織は短くいった。大きな瞳が忙しく動いた。うれしそうでもあり、哀しそうでもあった。
「どうしたんだ?」
「卒業できることになったの。ちょっと単位不足だったみたいだけど、そこは私のかわいさで、おまけしてもらった」
白い歯がこぼれ、はにかんだ表情になった。そして久しぶりに見る笑顔にかわった。久しぶりに、耳にする軽口だった。ちゃんと左頬に、えくぼが浮かんでいる。
「それはおめでとう。よかったな」
「ここから高校までは、いつも恭二と一緒だった。お別れだね」
「病気の方はどうなの?」
「主治医が完治した、っていってくれた。でも検査のために、通院は続ける」
「よかったな、それはおめでとう。こうして詩織と一緒に卒業式に出られるなんて、夢みたいだ」
「恭二、長い間私を大切にしてくれて、ありがとう」
詩織は泣いている。恭二は、知らぬふりをして歩いた。そしていった。
「詩織、おれ落っこちちゃった」
「聞いてる。合格したのは、コウちゃんだけ」
「札幌へ行っても、ときどき手紙を書く」
「お手紙いらない。恭二は勉強に、集中しなければダメ」
E組の教室に入った。たちまち詩織のところに、みんなが集ってきた。
「さっき長島先生に聞いた。詩織、卒業おめでとう」
可穂がそういうと、みんなから大きな拍手が起こった。詩織の瞳に、米粒ほどの涙が光った。幸史郎は詩織の肩に手を置いて、「詩織ちゃん、よかったな」といっている。
卒業式を終え、詩織のところでお祝いをすることになった。定時制の卒業式の列に並んでいた、勇太にも声をかけてあるという。幸史郎はそう説明してから、「詩織ちゃん、先に帰って豪華な部屋をキープしてくれないか。恭二は詩織ちゃんを、エスコートしな」と気を回した。
恭二は詩織との間を流れる、空気が違っていることを感じている。あれほど濃密だった空気は、なぜか希薄になっている。炭酸が失せた、コーラみたいな雰囲気になっているのだ。
恭二の大学受験は、失敗に終わった。札幌の予備校に通って、来春再挑戦することにした。一人でオランダ坂を上がりながら、恭二はこれが最後の登校だと思う。勇太や詩織と一緒に、通い続けた道である。
オランダ坂の上に、詩織がいた。幽霊かと思った。びっくりして、腰が抜けそうになった。
「おはよう」
詩織は短くいった。大きな瞳が忙しく動いた。うれしそうでもあり、哀しそうでもあった。
「どうしたんだ?」
「卒業できることになったの。ちょっと単位不足だったみたいだけど、そこは私のかわいさで、おまけしてもらった」
白い歯がこぼれ、はにかんだ表情になった。そして久しぶりに見る笑顔にかわった。久しぶりに、耳にする軽口だった。ちゃんと左頬に、えくぼが浮かんでいる。
「それはおめでとう。よかったな」
「ここから高校までは、いつも恭二と一緒だった。お別れだね」
「病気の方はどうなの?」
「主治医が完治した、っていってくれた。でも検査のために、通院は続ける」
「よかったな、それはおめでとう。こうして詩織と一緒に卒業式に出られるなんて、夢みたいだ」
「恭二、長い間私を大切にしてくれて、ありがとう」
詩織は泣いている。恭二は、知らぬふりをして歩いた。そしていった。
「詩織、おれ落っこちちゃった」
「聞いてる。合格したのは、コウちゃんだけ」
「札幌へ行っても、ときどき手紙を書く」
「お手紙いらない。恭二は勉強に、集中しなければダメ」
E組の教室に入った。たちまち詩織のところに、みんなが集ってきた。
「さっき長島先生に聞いた。詩織、卒業おめでとう」
可穂がそういうと、みんなから大きな拍手が起こった。詩織の瞳に、米粒ほどの涙が光った。幸史郎は詩織の肩に手を置いて、「詩織ちゃん、よかったな」といっている。
卒業式を終え、詩織のところでお祝いをすることになった。定時制の卒業式の列に並んでいた、勇太にも声をかけてあるという。幸史郎はそう説明してから、「詩織ちゃん、先に帰って豪華な部屋をキープしてくれないか。恭二は詩織ちゃんを、エスコートしな」と気を回した。
恭二は詩織との間を流れる、空気が違っていることを感じている。あれほど濃密だった空気は、なぜか希薄になっている。炭酸が失せた、コーラみたいな雰囲気になっているのだ。