132:勇太の事情
標茶町ウォーキング・ラリーは、多くの課題を残しながらも、順調な第一歩を刻んだ。二学期がはじまった。授業が再開したのに、猪熊勇太の姿はなかった。休み時間、恭二は南川理佐に、勇太のことを尋ねた。
「昨日メールがあったんだけど、お父さんが入院したんだって。あまり芳しくないようなの。それで家の仕事は、彼がやらなければならないとのことだった」
「お父さん、かなり悪いのかな?」
「そこまではわからないけど、しばらくは学校へはこられないみたい」
「お父さんが長引いたら、進学どころではなくなってしまう」
「私もそれを、心配している」
それから一週間後、勇太は昼休みの教室をのぞいた。だが教室に、入ってこようとしない。廊下から恭二に向かって、手招きしている。理佐たち女性陣は、中庭で弁当を広げているはずだった。
「どうした? お父さんの具合はどうなの」
「末期の胃がんだって。余命一年っていわれた」
「そりゃあ大変だな」
「それでしばらくは学校にこられないんで、休学の手続きにきた。何とか高校だけは卒業したいといったら、定時制への編入を勧められた」
恭二には、返すべき言葉がなかった。恭二が口を開こうとしたとき、勇太は「心配かけたな。おれは大学断念だ」といって背を向けた。寂しげな背中だった。しかし恭二には、勇太にかけられる言葉がなかった。
中庭での昼食から戻ってきた理佐は、詩織に肩を抱かれていた。頭を垂れているので、表情は見えない。
恭二は瞬時に、勇太がメールをしたのだと思った。詩織は理佐を、保健室へ連れて行った。戻ってきてから、恭二に告げた。
「勇太からのメールを読んで、急に泣き出しちゃったの。見せてくれたけど、もうかわいそうで最後まで読めなかった。勇太もかわいそうだけど、理佐もかわいそう」
詩織はそういって、大きな瞳に涙を溜めた。恭二は、自分の家のことを考えた。親父が倒れたら、継げる人間はおれしかいない。自営業の子どもは、親の後を継ぐ宿命にある。早いか遅いかの違いはあれ、おれにもそんな日はくる。
標茶町ウォーキング・ラリーは、多くの課題を残しながらも、順調な第一歩を刻んだ。二学期がはじまった。授業が再開したのに、猪熊勇太の姿はなかった。休み時間、恭二は南川理佐に、勇太のことを尋ねた。
「昨日メールがあったんだけど、お父さんが入院したんだって。あまり芳しくないようなの。それで家の仕事は、彼がやらなければならないとのことだった」
「お父さん、かなり悪いのかな?」
「そこまではわからないけど、しばらくは学校へはこられないみたい」
「お父さんが長引いたら、進学どころではなくなってしまう」
「私もそれを、心配している」
それから一週間後、勇太は昼休みの教室をのぞいた。だが教室に、入ってこようとしない。廊下から恭二に向かって、手招きしている。理佐たち女性陣は、中庭で弁当を広げているはずだった。
「どうした? お父さんの具合はどうなの」
「末期の胃がんだって。余命一年っていわれた」
「そりゃあ大変だな」
「それでしばらくは学校にこられないんで、休学の手続きにきた。何とか高校だけは卒業したいといったら、定時制への編入を勧められた」
恭二には、返すべき言葉がなかった。恭二が口を開こうとしたとき、勇太は「心配かけたな。おれは大学断念だ」といって背を向けた。寂しげな背中だった。しかし恭二には、勇太にかけられる言葉がなかった。
中庭での昼食から戻ってきた理佐は、詩織に肩を抱かれていた。頭を垂れているので、表情は見えない。
恭二は瞬時に、勇太がメールをしたのだと思った。詩織は理佐を、保健室へ連れて行った。戻ってきてから、恭二に告げた。
「勇太からのメールを読んで、急に泣き出しちゃったの。見せてくれたけど、もうかわいそうで最後まで読めなかった。勇太もかわいそうだけど、理佐もかわいそう」
詩織はそういって、大きな瞳に涙を溜めた。恭二は、自分の家のことを考えた。親父が倒れたら、継げる人間はおれしかいない。自営業の子どもは、親の後を継ぐ宿命にある。早いか遅いかの違いはあれ、おれにもそんな日はくる。