125:本格オープンの朝
七月一日土曜日、九時五十二分。釧路からの電車が標茶駅に到着した。三百人を超える人群れが、一斉に電車から吐き出されてきた。券売機には、故障の貼り紙がされている。受付を十人に増やし、手渡しで作業をすることを、昨日決めている。猪熊勇太は、受付の責任者になっている。ほかはすべて標茶高校の女生徒が、ボランティアで参加している。
越川町長と宮瀬哲伸は、そろいのはんてん姿で出迎えをはじめた。受付には、あっという間に長い列ができた。お金を受け取り、スタンプ帳と地図を渡す。それだけの作業のはずが、質問が多くてなかなか列がはかどらない。宮瀬は「ご質問はこちらで受けます」と叫んで、脱いだはんてんを頭上に掲げた。
二台の記念撮影のブースにも、行列ができた。宮瀬可穂は、「こちらでも撮影をしています」と、列に向かって大声で告げる。昨晩青山文具店にお願いして求めた、小さなホワイトボードとペンを振っている。可穂は新聞部時代に、カメラマンとしての腕を磨いている。列が崩れて、可穂の周りに人垣ができた。
瀬口恭二は二番に向かってくる人波を見て、まるで津波だと思った。とてもではないが狭い店舗には入り切れない。とっさに、スタンプ台を店外に移動させた。
そしてあわてて、宮瀬に電話を入れる。後ろのスタンプ所にも一斉に押し寄せてくる参加者を、上手にさばいてもらわなければならない。ところが何度かけても、宮瀬は話し中だった。
詩織に電話をかける。急いで趣旨を伝え、伝令役になってもらった。詩織のところは日帰りコースの最後のスタンプ所なので、まだ余裕があるはずだった。
案の定、正しいウォーキングのビデオを、全員に観てもらうことはできなかった。外にあるスタンプを、押してもらうのが精一杯だった。ほとんどが親子連れで、子どもたちは笑顔でスタンプ帳を広げている。子どもたちに話しかける、余裕すらなかった。
自転車の貸し出しも、犬の散歩も、またたく間に底をついてしまった。駆けつけた詩織はあ然としてそこに立ち尽くし、「ごめんなさい」を繰り返すしか術はなかった。
宮瀬哲伸の携帯が、鳴っている。七番のはりまや橋にいる、宮瀬可穂からだった。
――四国の物産割引券が足りません。
――スタンプがあれば、割引してもらえると伝えてください。物産展の方には、私から連絡しておきます。
――了解です。五百枚用意してあったのですが、もうそれを超えています。
――了解。がんばって続けてください。
宮瀬の電話が、また鳴った。河川敷にいる、昭子からだった。
――昼ご飯は、こちらで推薦の店をばらけさせています。順調です。たこや釣り竿が足りません。途中からお一人十五分と案内しています。
――昼の「おあしす」が心配なので、私はこれからサポートに行く。頼むぞ、昭子。
――さっき詩織ちゃんがきてくれたので、田辺スポーツ店へバトミントンとかビーチボールなどを、届けさせるようにお願いしました。今日はあまり風がないので、たこ揚げには不向きですが、絶好のバトミントン日和です。哲伸さん、勝手に差配してしまいました。
電話を切った宮瀬は、みんなそれぞれが工夫をして、困難に対処してくれているのを、とてつもなくうれしく思った。
「おあしす」に着いた宮瀬は、三階のベランダに出た。そこからは河川敷が一望できる。緑の芝生は存在が見えないほど、人群れで埋まっていた。青空には、小さな雲が浮かんでいる。
いくつかのたこは、少し上がると落下している。風はほとんど感じられない。地鳴りのような、歓声が聞こえる。宮瀬はいつの間にか、ガッツポースをしていた。
七月一日土曜日、九時五十二分。釧路からの電車が標茶駅に到着した。三百人を超える人群れが、一斉に電車から吐き出されてきた。券売機には、故障の貼り紙がされている。受付を十人に増やし、手渡しで作業をすることを、昨日決めている。猪熊勇太は、受付の責任者になっている。ほかはすべて標茶高校の女生徒が、ボランティアで参加している。
越川町長と宮瀬哲伸は、そろいのはんてん姿で出迎えをはじめた。受付には、あっという間に長い列ができた。お金を受け取り、スタンプ帳と地図を渡す。それだけの作業のはずが、質問が多くてなかなか列がはかどらない。宮瀬は「ご質問はこちらで受けます」と叫んで、脱いだはんてんを頭上に掲げた。
二台の記念撮影のブースにも、行列ができた。宮瀬可穂は、「こちらでも撮影をしています」と、列に向かって大声で告げる。昨晩青山文具店にお願いして求めた、小さなホワイトボードとペンを振っている。可穂は新聞部時代に、カメラマンとしての腕を磨いている。列が崩れて、可穂の周りに人垣ができた。
瀬口恭二は二番に向かってくる人波を見て、まるで津波だと思った。とてもではないが狭い店舗には入り切れない。とっさに、スタンプ台を店外に移動させた。
そしてあわてて、宮瀬に電話を入れる。後ろのスタンプ所にも一斉に押し寄せてくる参加者を、上手にさばいてもらわなければならない。ところが何度かけても、宮瀬は話し中だった。
詩織に電話をかける。急いで趣旨を伝え、伝令役になってもらった。詩織のところは日帰りコースの最後のスタンプ所なので、まだ余裕があるはずだった。
案の定、正しいウォーキングのビデオを、全員に観てもらうことはできなかった。外にあるスタンプを、押してもらうのが精一杯だった。ほとんどが親子連れで、子どもたちは笑顔でスタンプ帳を広げている。子どもたちに話しかける、余裕すらなかった。
自転車の貸し出しも、犬の散歩も、またたく間に底をついてしまった。駆けつけた詩織はあ然としてそこに立ち尽くし、「ごめんなさい」を繰り返すしか術はなかった。
宮瀬哲伸の携帯が、鳴っている。七番のはりまや橋にいる、宮瀬可穂からだった。
――四国の物産割引券が足りません。
――スタンプがあれば、割引してもらえると伝えてください。物産展の方には、私から連絡しておきます。
――了解です。五百枚用意してあったのですが、もうそれを超えています。
――了解。がんばって続けてください。
宮瀬の電話が、また鳴った。河川敷にいる、昭子からだった。
――昼ご飯は、こちらで推薦の店をばらけさせています。順調です。たこや釣り竿が足りません。途中からお一人十五分と案内しています。
――昼の「おあしす」が心配なので、私はこれからサポートに行く。頼むぞ、昭子。
――さっき詩織ちゃんがきてくれたので、田辺スポーツ店へバトミントンとかビーチボールなどを、届けさせるようにお願いしました。今日はあまり風がないので、たこ揚げには不向きですが、絶好のバトミントン日和です。哲伸さん、勝手に差配してしまいました。
電話を切った宮瀬は、みんなそれぞれが工夫をして、困難に対処してくれているのを、とてつもなくうれしく思った。
「おあしす」に着いた宮瀬は、三階のベランダに出た。そこからは河川敷が一望できる。緑の芝生は存在が見えないほど、人群れで埋まっていた。青空には、小さな雲が浮かんでいる。
いくつかのたこは、少し上がると落下している。風はほとんど感じられない。地鳴りのような、歓声が聞こえる。宮瀬はいつの間にか、ガッツポースをしていた。