山本藤光の文庫で読む500+α

著書「仕事と日常を磨く人間力マネジメント」の読書ナビ

リチャード・バック『かもめのジョナサン・完成版』(新潮文庫、五木寛之訳)

2018-03-08 | 書評「ハ行」の海外著者
リチャード・バック『かもめのジョナサン・完成版』(新潮文庫、五木寛之訳)

「飛ぶ歓び」「生きる歓び」を追い求め、自分の限界を突破しようとした、かもめのジョナサン。群れから追放された彼は、精神世界の重要さに気づき、見出した真実を仲間に伝える。しかし、ジョナサンが姿を消した後、残された弟子のかもめたちは、彼の神格化を始め、教えは形骸化していく…。新たに加えられた奇跡の最終章。帰ってきた伝説のかもめが自由への扉を開き、あなたを変える! (「BOOK」データベースより)

◎新たに最終章が加わった

リチャード・バック『かもめのジョナサン』(新潮文庫、五木寛之訳)の完成版が出たので、久しぶりに読み直してみました。五木寛之が巻末の「ゾーンからのメッセージ」に書いていますが、本書はモーリス・メーテルリンク『青い鳥』(新潮文庫)やサン=テグジュペリ『星の王子さま』(新潮文庫)と肩をならべる寓話物語の代表格だと思います。

完成版には最終章として、Part Fourが追加されています。この章が実に味わい深く、『かもめのジョナサン』はさらに高いところに飛翔した感があります。

五木寛之のいう「ゾーン」(ZONE)は、まさに完成版を象徴していると思います。「ゾーン」とは、野球の好打者がよく打てる理由を「ボールが止まって見える」などと表現する境地をしめします。心と体が完全に一体になった状態のことです。

――「飛ぶ」「よりよく飛ぶ」ことのフィジカルな追求が、おのずと精神世界に彼(補:ジョナサン)をみちびいたのである。(五木寛之「ゾーンからのメッセージ」)

かもめのジョナサンは、ひたすら「よりよく飛ぶ」ことを追求します。仲間と群れて、漁船のまき餌を求めたりはしません。朝から晩まで、自らの肉体を「よりよく飛ぶ」ための訓練にささげます。そうしたことで、群れの掟を破ったとして追放されてしまいます。

それでもジョナサンは、さまざまな飛翔の形を追い求めます。そのうちにジョナサンの姿を見た、若いかもめがやってきます。群れを追われた、かもめもやってきます。ジョナサンは彼らを受け入れ、熱心に指導します。

やがてジョナサンは先生と呼ばれ、さらに神格化されるようになります。五木寛之はそのことを、阿川佐和子・大竹まことの司会するテレビで、「法然みたいな乞食ぼうずが、どんどん祭られていったような状態」と語っていました。ジョナサンにとって、そんなことはどうでもいいことでした。ひたすら美しく飛びたい、という思いしかなかったのです。

◎ジョナサンのひたむきさ

世界4000万人の人を魅了しているのは、ジョナサンのひたむきさだと思います。追加された最終章では、やけになって自殺を敢行するかもめを、ジョナサンは救います。この章は原作者が追記したものといわれていますが、五木寛之は最初から書かれていたものだと推察しています。なぜ今さら新たな章を加えたのかは謎ですが、ジョナサンの愛を際立たせるものとして、私は必要な章だったと感じました。

原作者のリチャード・バックは、元アメリカの戦闘機パイロットです。このあたりも、サン=テグジュベリと同じです。サン=テグジュベリは飛行機操縦中に、地中海上空で行方不明となっています。いっぽうリチャード・バックは、2012年自家用飛行機の事故で瀕死の重傷を負っています。

『かもめのジョナサン・完成版』のあとがきのなかで、五木寛之は本書に対する批判的な意見を書いています。旧版のときにも物議を呼びましたが、完成版にも同じ文章が掲載されています。

――この物語が体質的に持っている一種独特の雰囲気がどうも肌に合わないのだ。ここにはうまく言えないけれども、高い場所から人々に何かを呼びかけるような響きがある、(あとがきより)

旧版でこの文章を読んだとき、「パイロットなのだから上から目線は仕方がないんじゃない」と突っこみを入れた記憶があります。しかし今回最終章を加えたことで、この目線はずいぶん和らぎました。それは飛行機の墜落事故と、無縁ではないはずです。墜落しているときに死を覚悟した心境が、この章を書かせたのだと思います。

ジョナサンについても、さまざまな意見があります。ひとつだけ紹介させていただきます。

――ジョナサンのいかがわしさは、汲々とエサを追いかける仲間を、まるで駄目な生物のように見なす独善の愚かしさにある。虫酢が走った。(岡野宏文の話、豊崎由美との対談集『着年の誤読』ぴあP273)

私はそんな受け止め方はしませんでした。ジョナサンの頑固さや向上心や愛情の深さに、むしろ心をひかれました。追加された最終章を読んで私のなかのジョナサンは、一層魅力的になったとお伝えします。
(山本藤光:2016.06.25初稿、2018.03.08改稿)



最新の画像もっと見る

コメントを投稿