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ノヴァーリス『青い花』(岩波文庫、青山隆夫訳)

2018-02-27 | 書評「ナ行」の海外著者
ノヴァーリス『青い花』(岩波文庫、青山隆夫訳)

ある夜、青年ハインリヒの夢にあらわれた青い花。その花弁の中に愛らしい少女の顔をかいま見た時から、彼はやみがたい憧れにとらえられて旅に出る。それは彼が詩人としての自己にめざめてゆく内面の旅でもあった。無限なるものへの憧憬を〈青い花〉に託して描いたドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリス(1772―1802)の小説。(「BOOK」データベースより)

◎奥泉光『ノヴァーリスの引用』に触発されて

奥泉光『ノヴァーリスの引用/滝』(創元推理文庫)を読みました。本書は以前、集英社文庫で発売されています。ずっと絶版でした。扉にはノヴァーリスの「夜の讃歌」が引かれています。

――彼岸へ私は流離(さすら)う/するとあらゆる苦痛は/いつしか快楽の棘にかわる。

引用部分は『ノヴァーリス作品集3・夜の讃歌・断章・日記』(ちくま文庫、今泉文子訳)に所収されています。しかし奥泉光の引用とは少しちがいます。

――彼岸へとわたしは巡礼の途につく/するといかな苦痛も/いつの日か快楽の/疼きに変わるだろう

『ノヴァーリスの引用』は、マルクスとノヴァーリスにとりつかれた男の幻想的な物語です。本書を読んでから、久しぶりでノヴァーリス『青い花』(岩波文庫、青山隆夫訳)を読み直してみました。『青い花』は『ノヴァーリス作品集2』(ちくま文庫、今泉文子訳)で、10年ほど前に読んでいます。『ノヴァーリス作品集』(全3巻、ちくま文庫)は、何度も読み直しています。

メーテルリンク『青い鳥』は、チルチルとミチルが青い鳥を探して森の中に入る物語です。ノヴァーリス『青い花』は、暗い森の中に咲く幻想の花を探す物語です。

◎訳文の違い

『青い花』(岩波文庫、青山隆夫訳)を読んで、ちくま文庫で読んだときとの違和感を覚えました。まるで文章の流れがちがっているのです。青い花との出会いの部分を並べてみます。

【岩波文庫・青山隆夫訳】
このとき青年がいやおうなしに惹きつけられたのは、泉のほとりに生えた一本の丈の高い、淡い青色の花だったが、そのすらりと伸びかがやく葉が青年の体に触れた。この花のまわりに、ありとあらゆる色彩の花々がいっぱい咲きみだれ、芳香があたりに満ちていた。青年は青い花に目を奪われ、しばらくいとおしげにじっと立っていたが、ついに花に顔を近づけようとした。すると花はつと動いたかとみると、姿を変えはじめた。(本文P18)

【ちくま文庫・今泉文子訳】
 強い力でかれをひきつけたのは、一輪の丈高い淡い青色の花だった。花は泉のすぐわきに生えており、その輝く広い葉がかれの身体に触れていた。この花のまわりには色とりどりの花々が無数に咲き乱れ、えも言われぬ芳香があたりを満たしていた。かれは青い花以外には目を留めず、言いしれぬやさしさをこめて長いことじっと見つめていた。しまいに花に近づこうとすると、ふいに花が身じろぎし、姿を変え始めた。(本文P20)

『青い花』は、訳文によって全く味わいが違ってきます。好みの問題ですので、どちらかよいとは申しません。ただ今回は、入手しやすい岩波文庫を選んだまでのことです。

ノヴァーリス『青い花』は、大学時代に友人に紹介されて読んだのが最初でした。そのときの訳者は、小牧建夫だったと記憶しています。

◎ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』に対抗

ストーリーを少しだけたどってみます。ノヴァーリスの作品は展開を追っても、意味がないことは承知のうえです。

主人公のハインリヒは、旅人から不思議な青い花の話を聞きます。その夜、夢の中に青い花が現れます。それが前記の引用部分です。青い花はやさしい少女の姿に変わります。

ハインリヒは母の故郷アウクスブルクへと長旅に出ます。彼は途中でたくさんの人から不思議な話を聞きます。また隠者から見せられた本には、彼の過去だけではなく、詩人となる未来まで描かれていました。彼は自然や歴史を学びながら、ようやくアウクスブルクの祖父の家にたどりつきます。

そこでは詩人のクリングスオールから、詩についての全てを学びます。クリングスオールには、マティルデという娘がいました。ハインリヒは彼女に恋をし、やがて青い花が姿を変えたときの少女はマティルデだったことに気づきます。

しかしマティルデは夢で見たと同じように、死んでしまいます。ハインリヒはマティルデの死を乗り越え、詩人となる決意を固めます。

現実と幻想。生と死。過去と未来。ノヴァーリスは、何度読んでも飽きさせない、不思議な魅力をもった作家です。本書は未完に終った作品ですが、十分に堪能できます。ノヴァーリスは『青い花』を、ゲーテ『ヴィルヘルム・マイスター』と対抗する意志をもって書いたといわれています。それゆえ、主人公のハインリヒは挫折することはありません。
(山本藤光:2015.05.30初稿、2018.02.27改稿)

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