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ロバート・A・ハインライ『夏への扉』(ハヤカワ文庫、福島正実訳)

2020-05-13 | 書評「ハ行」の海外著者
ロバート・A・ハインライ『夏への扉』(ハヤカワ文庫、福島正実訳)

ぼくの飼っている猫のピートは、冬になるときまって夏への扉を探しはじめる。
家にあるいくつものドアのどれかひとつが、夏に通じていると固く信じて
いるのだ。1970年12月3日、かくいうぼくも、夏への扉を探していた。
最愛の恋人に裏切られ、生命から二番目に大切な発明まで
だましとられたぼくの心は、12月の空同様に凍てついていたのだ。
そんな時、「冷凍睡眠保険」のネオンサインにひきよせられて…
永遠の名作。(「BOOK」データベースより)

◎1970年夏への扉を探して

SF界の御三家アシモフ、クラークにつづいて、やっとハインラインを紹介することができます。個人的に好きな順序で並べると、ハインライン、クラーク、アシモフの順序になります。どういう根拠かというと、ストーンと作品のなかに入り込みやすいか否かを物差しとしています。
ハインラインのことを、ライトノベルのようなSFと評する人もいます。ハインラインの世界は、わかりやすさが特長です。ロバート・A・ハインライ『夏への扉』(ハヤカワ文庫、福島正実訳)は、『新・SFハンドブック』(ハヤカワ文庫)の「オールタイム・ベスト」で海外長編部門の第1位に選ばれています。いまだに多くの読者から、親しまれているSFの代表格なのです。

ハインラインは1907年にアメリカで生まれ、32歳のときに作家デビューしています。最初海軍兵学校を出て士官生活を送るが病気のため退役。次にロスのUCLA大学院に入るが再び病気で中退。以後様々職業につくが、やがて、子供の頃からの夢だったSFを書き始める。(プロフィールは『新・SFハンドブック』を引用しました)

主人公の「ぼく」の名前はダニエル・ブーン・デイヴィス(愛称はダン、またはダニー)。ピートという猫と暮らす独身男性です。「ぼく」は技師でささやかな発明をしながら、アルコールに依存した退廃的な毎日を過ごしています。ダンは愛猫ピートといっしょに冷凍されて、30年後の世界でよみがえることを決めています。この方法は「冷凍睡眠」と表記されており、ダンは30年後の世界(2000年)に蘇生される保険契約を締結します。

ダンがなぜこうした選択をしたかについては、1970年の冬に辟易していたからです。ダンは自らの発明品で、親友のマイルズとともに会社を立ち上げていました。ダンの発明品については、本文を引いておきます。

――文化女中器は(もちろん、これはのちにぼくが改良を加え完成したセミ・ロボット型でなく、市販第一号の時代のである)どんな床でも、二十四時間、人間の手をわずらわせずに掃除する能力を持っていた。(本文P46)

「文化女中器」には、「ハイヤード・ガール」とルビがふられています。この部分で私は立ち止まってしまいました。まったくイメージできないのです。
ロバート・A・ハインライ『夏への扉』が発表されたのは、1956年のことです。もちろん今のように、ルンバなどの掃除ロボットなど存在しない時代です。原文は仰々しくても、訳文はもっとしゃれたものであってほしいと思いました。

この「文化女中器」は、思わず大ヒットします。ダンは秘書として雇ったベルという美しい女性と婚約します。しかしベルはマイルズとつるんで、会社からダンを追放してしまいます。婚約者を奪われ、会社まで乗っ取られたダンは、ある騒動に巻き込まれます。
契約を交わしていた冷凍睡眠を中止しようと考えていたのですが、その騒動の結果ダンは強引に冷凍睡眠にかけられてしまいます。

ここまでが1970年の展開です。そして2000年、ダンは長い眠りから目覚めます。

◎2度の冷凍睡眠とタイムカプセル

冷凍睡眠から覚醒したダンは、自分を裏切ったベルとマイルズへの復讐を思い描きます。そしてダンにはもっと気がかりな女の子がいます。裏切り者マイルズの養女・リッキイです。30年前の彼女は10歳で、ダンや愛猫ピートと大の仲良しでした。ダンは冷凍睡眠に入る前に、信頼できるリッキイに株券を渡しています。万が一の事故で帰らぬ人になった場合を考えてのことです。

地球に生還したダンは、自分の発明品「文化女中器」をベースに改良された、働くロボットを随所で見かけます。そのいずれもが、自ら思い描いていたものと、酷似していることに驚きます。そしてダンは、それらが自ら設計したものであるとの確証を得ます。しかしダンには、設計した記憶がありません。

ダンは30年前の世界に戻って、その真偽を確かめたくなります、ダンはトウイッチ博士が完成させているタイムマシンで、1970年の冷凍睡眠に入る直前の世界に戻ることに成功します。

ここからのめまぐるしい展開については、あえて触れないでおきます。ベルやマイルドについても言及しません。そして読者は10歳のリッキイのことに、驚かされることでしょう。1970年に戻ったダンは、忌まわしい騒動をみごとに修復してしまいます。現実に起こったことを、過去に戻って改変することはできない。SF好きの読者は、この場面でいまだに論争をつづけています。

物語はこれで終わってもよかったのですが、ダンは再度冷凍睡眠を受けて、2000年の世界へと舞い戻ります。舞い戻ったダンは少し時間をおいて、冷凍睡眠から解凍される人を待ちます。「夏への扉」は開かれたのです。

あまりにもおもしろかったので、文庫版のあとに新訳版(新書サイズのソフトカバー)をよみかえしたほどです。ちなみに本書の新訳版(早川書房、小尾美佐訳、初出2009年)では、私が引っかかっていた「文化女中器」は、「おそうじガール」と訳されていました。

本書はSF嫌いの読者に捧げます。1970年から2000年への時間移動。2000年から1970年への時間移動。そして再び2000年へと舞い戻る。この仕掛に驚かされました。とにかく本書を読まずして読書家を名乗るなかれ、とお伝えさせていただきます。
山本藤光2020.05.11

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