スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(ハヤカワ文庫、越前敏弥訳)
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八歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くこと、そしてどんな錠も開くことが出来る才能だ。孤独な彼は錠前を友に成長する。やがて高校生となったある日、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師に……
非情な犯罪の世界に生きる少年の光と影を描き、MWA賞最優秀長篇賞、CWA賞スティール・ダガー賞など世界のミステリ賞を獲得した話題作。(内容紹介より)
◎2つの物語を交互に
スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(ハヤカワ文庫、越前敏弥訳)の帯には、「このミス第1位」「週刊文春第1位」のコピーが胸を張っています。一度ポケットミステリーで読んでいましたが、文庫となったので再読しました。
本書は2重構造になっています。最初に読んだときは、その予備知識がなかったので、ちょっと戸惑いました。今回はスムーズに、読み進めることができました。2重構造について、説明しておきます。
主人公「ぼく」(マイクル)は留置所にいます。「ぼく」は読者に向かって、8歳のときに「奇跡の少年」と呼ばれた事件のことを「覚えているだろう」と問いかけます。
2重構造の1つは、「ぼく」が被害者となった事件から書き起こされます。そして解錠師となるまでの、少年時代の回想です。2つめは、解錠師となってからの話です。2つのストーリは交互に語り進められ、ある時点でそれが交わることになります。
「ぼく」(マイクル)は、言葉を発することができません。それは8歳のときに受けた、事件のトラウマによるものです。また成長したマイクが解錠師の道を進むのも、その事件と無関係ではありません。少年マイクルは、鍵を開けることと絵を描くことに、特別な才能をもっています。
◎美しい少女アメリアとの出会い
8歳の事件のことは、伏せられたまま物語は進行します。8歳の事件後、マイクルは伯父の家に引き取られます。マイクルは周囲に心を閉ざしたまま、言葉を発しない孤独な少年として成長していきます。
そして高校2年の夏、美しい少女アメリアに出会います。マイクルは自分の愛情を、特異な絵にたくして伝えます。絵心のあるアメリアからも、絵によってメッセージが戻ってきます。こうして2人のコミュニケーションは、しだいに深まっていきます。このプロセスが読みどころのひとつです。
このあたりの展開について、佐々木敦は次のように書いています。
――高校生になったマイクはゴーストと呼ばれる伝説の金庫破りに弟子入りし、プロの「ロック・アーティスト(本書の原題)」として仕事を始める。泥棒に手を貸し、時には凄惨な現場に立ち会いながらも、彼の脳裡にはいつも愛する少女アメリアの姿があった……。(BOOK .Asahi.com.2013.01.13)
佐々木敦の指摘どおり、アメリアの存在は作品の中核となっています。アメリアはマイクルに向かって、「あなたはしゃべれないのではなく、しゃべらないのだ」といいます。マイクル自身もそう思っています。マイクルはどんなきっかけで言葉を発するのでしょうか。その瞬間を求めて、私は『解錠師』と向き合いつづけました。
◎8歳のトラウマの鍵を解く
2つめの読みどころは、金庫を開けるマイクルの技術と心の動きの描写場面です。ハミルトンは実にリアルに、金庫に挑むマイクルを描きあげています。
そして3つめの読みどころは、8歳のときの事件のトラウマで生じた心の扉を、いつ開くかという点にあります。
金庫破りという主人公をすえた本書ですが、私はミステリーというよりも不思議な恋愛小説という感触を味わいました。金庫破りは女を落とすときと同じこと。そんなやさしい主人公の息遣いが、金庫に対してもアメリアに対しても感じ取ることができました。
マイクルを取り巻く数多い犯罪者との対比として、本書はアメリアなくしては存在しません。聞こえるけれども、話すことができない。主人公マイクルのいら立ちは、あまり感じられないのも、著者ハミルトンが施したテクニックだったと思います。
(山本藤光:2013.01.24初稿、2018.03.04改稿)
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八歳の時にある出来事から言葉を失ってしまったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くこと、そしてどんな錠も開くことが出来る才能だ。孤独な彼は錠前を友に成長する。やがて高校生となったある日、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり、芸術的腕前を持つ解錠師に……
非情な犯罪の世界に生きる少年の光と影を描き、MWA賞最優秀長篇賞、CWA賞スティール・ダガー賞など世界のミステリ賞を獲得した話題作。(内容紹介より)
◎2つの物語を交互に
スティーヴ・ハミルトン『解錠師』(ハヤカワ文庫、越前敏弥訳)の帯には、「このミス第1位」「週刊文春第1位」のコピーが胸を張っています。一度ポケットミステリーで読んでいましたが、文庫となったので再読しました。
本書は2重構造になっています。最初に読んだときは、その予備知識がなかったので、ちょっと戸惑いました。今回はスムーズに、読み進めることができました。2重構造について、説明しておきます。
主人公「ぼく」(マイクル)は留置所にいます。「ぼく」は読者に向かって、8歳のときに「奇跡の少年」と呼ばれた事件のことを「覚えているだろう」と問いかけます。
2重構造の1つは、「ぼく」が被害者となった事件から書き起こされます。そして解錠師となるまでの、少年時代の回想です。2つめは、解錠師となってからの話です。2つのストーリは交互に語り進められ、ある時点でそれが交わることになります。
「ぼく」(マイクル)は、言葉を発することができません。それは8歳のときに受けた、事件のトラウマによるものです。また成長したマイクが解錠師の道を進むのも、その事件と無関係ではありません。少年マイクルは、鍵を開けることと絵を描くことに、特別な才能をもっています。
◎美しい少女アメリアとの出会い
8歳の事件のことは、伏せられたまま物語は進行します。8歳の事件後、マイクルは伯父の家に引き取られます。マイクルは周囲に心を閉ざしたまま、言葉を発しない孤独な少年として成長していきます。
そして高校2年の夏、美しい少女アメリアに出会います。マイクルは自分の愛情を、特異な絵にたくして伝えます。絵心のあるアメリアからも、絵によってメッセージが戻ってきます。こうして2人のコミュニケーションは、しだいに深まっていきます。このプロセスが読みどころのひとつです。
このあたりの展開について、佐々木敦は次のように書いています。
――高校生になったマイクはゴーストと呼ばれる伝説の金庫破りに弟子入りし、プロの「ロック・アーティスト(本書の原題)」として仕事を始める。泥棒に手を貸し、時には凄惨な現場に立ち会いながらも、彼の脳裡にはいつも愛する少女アメリアの姿があった……。(BOOK .Asahi.com.2013.01.13)
佐々木敦の指摘どおり、アメリアの存在は作品の中核となっています。アメリアはマイクルに向かって、「あなたはしゃべれないのではなく、しゃべらないのだ」といいます。マイクル自身もそう思っています。マイクルはどんなきっかけで言葉を発するのでしょうか。その瞬間を求めて、私は『解錠師』と向き合いつづけました。
◎8歳のトラウマの鍵を解く
2つめの読みどころは、金庫を開けるマイクルの技術と心の動きの描写場面です。ハミルトンは実にリアルに、金庫に挑むマイクルを描きあげています。
そして3つめの読みどころは、8歳のときの事件のトラウマで生じた心の扉を、いつ開くかという点にあります。
金庫破りという主人公をすえた本書ですが、私はミステリーというよりも不思議な恋愛小説という感触を味わいました。金庫破りは女を落とすときと同じこと。そんなやさしい主人公の息遣いが、金庫に対してもアメリアに対しても感じ取ることができました。
マイクルを取り巻く数多い犯罪者との対比として、本書はアメリアなくしては存在しません。聞こえるけれども、話すことができない。主人公マイクルのいら立ちは、あまり感じられないのも、著者ハミルトンが施したテクニックだったと思います。
(山本藤光:2013.01.24初稿、2018.03.04改稿)
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