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島田清次郎『地上・地に潜むもの』(青空文庫/季節社)

2018-03-08 | 書評「し」の国内著者
島田清次郎『地上・地に潜むもの』(青空文庫/季節社)

青春の憧憬と疼痛、野心と叛逆を謳い、地上の人間界の不正と堕落と横暴に対し、未だ地に潜む若き意志が痛憤に満ちて闘いを宣言する。近代日本文学史上に閃光を放った果敢なる青春の文学。(「MARC」データベースより)

◎『地上』は自伝小説である

「島清恋愛文学賞」をご存知でしょうか。これは島田清次郎の出身地である石川県石川郡美川町が、合併40周年を記念して制定したものです。もちろん「島清」は、島田清次郎の名前からつけられたものです。

第1回は1994年に、高樹のぶ子『蔦燃』(講談社文庫)が受賞しました。最近では第21回(2015年)で、島本理生『Red』(中央公論新社)が受賞しています。

島田清次郎の作品でかろうじて入手(アマゾン古書で5千円ほど)できるのは、『地上・地に潜むもの』(1995年復刊、季節社)だけです。最近、青空文庫で無料ダウンロードできるようになりました。そこで改めてご紹介させていただくことにしました。

『地上』は発売と同時に、ベストセラーになりました。時の評論家たち(長谷川如是閑、徳富蘇峰、境利彦ら)がこぞって激賞し、島田清次郎の文壇的な地位は確立されました。島田清次郎が20歳のときのことです。
 
島田清次郎の生い立ちについて、紹介しておきたいと思います。『地上』は自伝小説です。これから紹介する内容は、ほとんど『地上』のストーリーと重なります。
 
――1899年石川県に生まれる。早くから父を失い、家は没落。祖父や伯父をたよって金沢中、金沢商業に籍をおいたが、性来の覇気と過激な言動のため停学となり、以降放浪生活にはいる。この間、早熟な才能を育てあげ、精神界の王者たらんとし、われ天才なりという信念をいだきつづけた。(「新潮日本文学小辞典」より)
 
20歳のときに書いた『地上』は、本来これで完結しているはずでした。ところが思いがけず売上がよく、勢いにのって続編を次々と発表します。しかし続編は一般人気とは裏腹に、文壇ではまったく評価されませんでした。このころから、島田清次郎の精神は変調のきざしを見せはじめています。
 
その後、陸軍少将令嬢との恋愛事件をきっかけに、彼の人気は急落します。令嬢を誘拐、監禁、凌辱したと告訴されたのです。結局は相手側にも責任があったということで、告訴は取り下げられます。この事件によって島田清次郎は、文壇からも読者から無視されてしまいます。

◎天才と狂人の間

島田清次郎を知ったのは、1994年発行の河出文庫、杉森久英『天才と狂人の間・島田清次郎の生涯』を読んでからです。杉森久英はこの作品で、直木賞を受賞しています。私はそれまで島田清次郎を、まったく知りませんでした。
 
私は『天才と狂人の間・島田清次郎の生涯』の帯に、魅せられたのです。「直木賞受賞の傑作伝記小説/20歳のデビューから僅か数年で凋落した男/自分を天才と信じ込んだ男の悲しい悲劇!」と大書されていました。

天才ってどんな人のことなのだろう。そのひとが凋落するのはなぜなのだろう。そんな興味から古書店で探しはじめました。まだアマゾンなどネット古書のない時代です。

そんなときに黒岩比佐子のブログで、「島田清次郎『地上』を入手」の文章を見ました。黒岩比佐子は、彼女のデビュー当時からのメールともだちです。会社の同僚が「ともだちが書いた」と、『音のない記憶・ろうあの写真家・井上孝治』(角川ソフィア文庫、「山本藤光の文庫で読む500+α」推薦作)を紹介してくれたのです。残念ながら黒岩比佐子は、病のために他界しています。

ある日、近所の図書館で『地上』を発見しました。図書館で小説のコーナーを見ることはありませんでした。図書館ではいつも文学評論、社会史、歴史などの棚を中心に、書店で入手できない本を探していました。ふらっと立ち寄った「日本文学・さ行の作家」の棚に、天才が書いた『地上』があったのです。人なつっこい黒岩比佐子の顔が浮かんできました。

◎政治家になる、偉くなる

『地上』の主人公・大河平一郎は、金沢の町外れに住む中学5年生です。父親はなく母親と2人で、貸家の2階に間借りしています。収入は母親の仕立物の賃料だけで、生活はきわめて困窮しています。貧しさのどん底で、平一郎は「貧者を救う政治家になる」と公言していました。

彼の反抗的な態度は、校長や教師から目の敵にされていました。平一郎は社長令嬢の吉倉和歌子に、恋心をいだきます。平一郎は恋文を和歌子に送ります。「貧乏である」「政治家になる」「偉くなる」など、平一郎の熱い思いを、和歌子は受けとめてくれます。

しかし和歌子は東京へ嫁ぐことになり、平一郎から引き離されます。やがて平一郎親子は、芸娼紹介業・春風楼の2階に居を移します。そこに身売りされ非道なあつかいを受けた、お冬が飛びこんできます。母親のお光は取り乱したお冬を、娘のように慰めます。
 
時はめぐり、お冬は一流の芸妓になります。その間も母・お光は、わが子のようにお冬の心の支えになりつづけます。平一郎は母親の不幸、自分たちの愛を引き裂かれた和歌子の無念、貧乏なために身売りされたお冬の生い立ちのなかから、世の中のゆがみを感じていました。
 
お冬が日本有数の実業家に見そめられ、東京に妾宅をかまえてもらうことになりました。実業家の名前は天野栄介。平一郎の母・お光は双子の姉妹でした。天野栄介は、結婚間近のお光の姉・綾子を手ごめにした男でした。
 
ここから先は、紹介しないほうがいいと思います。『地上』は壮絶な男女の、あるいは富める者と貧しき者の、そして現実と夢が交錯した人間ドラマです。天才時代の島田清次郎が描いた自らの人生は、安穏と暮らす私たちに「生きる」意味を教えてくれます。

島田清次郎は早くに父を亡くし、茶屋街で貸座敷を営む金沢の母の実家に移ります。そこでいやいや客をとる女性、働かない政治家や官僚の姿を目のあたりにします。中学時代から教師に反抗するようになり、13歳のときに自殺未遂もおかします。25歳で精神分裂病で入院。それこそ「天才と狂人の間」を足早に駆けぬけたのが、島田清次郎でした。

2013年に風野春樹『島田清次郎 誰にも愛されなかった男』(本の雑誌社)が出ました。大型書店の棚で、いまだに発見できないままですが。
(山本藤光:2010.01.14初稿、2018.03.08改稿)

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