山本藤光の文庫で読む500+α

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大石直紀『パレスチナから来た少女』(光文社文庫)

2018-03-07 | 書評「お」の国内著者
大石直紀『パレスチナから来た少女』(光文社文庫)

パレスチナ難民キャンプで家族を虐殺された沙也は、日本人に救われ日本で育った。一方、同じように肉親を殺され復讐に燃える女テロリストのマリカは、指令を受け、日本へ。折しも、日本で中東をめぐる重大な会議が開かれようとしていた。そして、二人に、非情な謀略と運命が!人は永遠に血を流し続けなければならないのか? 日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。(「BOOK」データベースより)

◎スケールの大きなデビュー作

最近「○○賞受賞作」というのが多すぎて、食傷気味です。新人の登竜門として、賞が多いに越したことはありません。ただし、読んでみて失望する作品に出会うと、思わず選考委員を怨んでしまいます。新人作家を中心に読んでいる私にとって、「新人賞受賞作」は避けて通れないだけに、悩ましい時代になったとため息が出ます。

大石直紀『パレスチナから来た少女』(光文社文庫、日本ミステリー文学大賞新人賞)は本物です。「全選考委員絶賛」のコピーも、この作品なら許せます。大石直紀は本書のヒントをレバノン戦争の記録映画から得ました。(単行本「あとがき」を参照しました)
 
物語はふたつの基軸から、構成されています。ひとつは中東ジャーナリストの立花俊也が、パレスチナの虐殺現場から連れて帰って養子とした沙也(さや)をめぐる話。もうひとつは女テロリスト・マルカをめぐる話です。

沙也は虐殺場面を、何度も夢に見ます。
 
――沙也は叫び声を上げながら跳ね起きた。/全身に鳥肌が立っているのがわかった。冷たい汗が背中をつたって流れ落ちる。大きく身震いすると、沙也は両手で顔を覆い、激しく鳴咽を始めた。(本文より)

いっぽうユダヤ人極右過激派の指導者を次々と暗殺したマリカは、次なるターゲットを与えられて来日します。
 
――マリカには自分が今見ている光景が、現実のものとは思えなかった。ここは今までマリカが暮らしてきた世界と、あまりにもかけ離れていた。今まで暮らしてきた場所には、散乱するゴミと、すえた臭いと、プロパガンダの落書きと、朽ちかけた家々があった。そしてそこには、怒りがあり、絶望があり、憎しみがあり、血の臭いがあった。ここには何もない。(本文より)

沙也が養父とイスラエルに旅立ったころ、名前を変えたマリカが日本へやってきます。やがて日本を舞台に、中東問題が吹き荒れます。2人はその渦中にのみこまれます。

ストーリーの詳細は紹介できませんが、伏線の張り方もみごとです。一気に読ませる筆力も、並々ならぬものがあります。最後にはあっと驚く結末が待っています。

巻頭には「中東問題基本年表」と「中近東の地図」がついています。私はこうしたものが、巻頭についている作品は苦手でした。これ以外に「主な登場人物」などがあると、もう読む気がおこらなくなります。

したがってこの作品を開いたときは、難しそうだなと感じました。しかし読んでいる間は、一度も巻頭資料の世話にはなりませんでした。大石直紀は難しい素材を、実にわかりやすく書き上げています。著者が短篇映画で見た世界を、活字の世界に再現した力量を評価したいと思います。

マリカの両親を惨殺した頬に傷のある男が、偶然日本に潜入していたなどと無理な筋立てもあります。しかしそんなことは、どうでもいいことです。パレスチナと日本。現実と夢。公安と組織。イスラエルとイラン……。複雑な世界をみごとにまとめた、大型新人の誕生です。
(ここまでの原稿は、藤光伸名義でPHP研究所「ブック・チェイス」1999年4月17日号に掲載したものを加筆修正しました)

◎デビュー作後の大石直紀

その後、『誘拐から誘拐まで』(カッパノベルズ、初出1999年)『サンチャゴに降る雨』(光文社文庫、初出2000年)『爆弾魔』(光文社文庫、初出2001年)と、出るたびに大石直紀作品を読みつなぎました。

『誘拐から誘拐まで』は本の帯に、文芸評論家が「国際的スケールのサスペンスだ」と書いています。しかしデビュー作と比べたると、ずっとこじんまりとしています。『爆弾魔』もこじんまりとした作品でした。

大石直紀は正直な人です。『テロリストが夢見た桜』(現小学館文庫、初出2003年)の単行本あとがきに、次のように書いています。

――ところがデビュー作こそ、そこそこ売れたものの、その後がさっぱりで、四作目を発表した二年前からは、全く仕事の依頼がなくなっていました。デビューわずか三年目にして、小説家廃業の危機を迎えていたのです。(あとがきより)

作家がデビュー作を超えるのは、簡単なことではありません。そのことについて林真理子はラディゲ『肉体の悪魔』の書評で次のように書いています。

――「作家は処女作に向かって成熟していく」という言葉がある。このページでも処女作を紹介することが多いのは、初めての作品に作家のいいところが新鮮な形で凝縮されていることと、読者と年齢が近いということがある。(林真理子『林真理子の名作読本』文春文庫)

大石直紀も処女作を超えようと、もがいています。林真理子が指摘するように、「山本藤光の文庫で読む500+α」も処女作の採用が目立ちます。かろうじてリストに残っている、大石直紀『パレスチナから来た少女』を「現代日本文学の125+α」として推薦させていただきます。ただし早く超えて見せろ、との激をそえて。
(山本藤光:1999.04.17初稿、2018.03.07改稿)

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