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荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』(河出文庫)

2018-02-23 | 書評「お」の国内著者
荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』(河出文庫)

世間の様相や日々の暮らし、人間関係などを“融通無碍な身の軽さ”をもって痛快に描写する『徒然草』。その魅力をあますことなく解説して、複雑な社会を心おだやかに自分らしく生きるヒントにする人生論。(アマゾン案内より)

◎スローライフの先駆け

多くの人が古典にふれるのは、高校時代の3年間だけでしょう。それもほんのさわりだけです。あくびをかみころしつつ、睡魔と闘った授業を懐かしく思い出す人は多いと思います。私もそんなひとりでしたが、なぜか『徒然草』だけは好きでした。

書店で本書を手にしたときに、もう一度あの世界にふれてみたいと思いました。スローライフの先駆けである本書を読んで、のんびりとした生活をとりもどしたいと思いました。『徒然草』序段を、そらんじていえる人はたくさんいると思います。私もしっかりと記憶しています。

――つれづれなるままに 日ぐらしすずりにむかひて 心にうつりゆくよしなしごとを そこはかとなく書きつくれば あやしうこそものぐるほしけれ(序段より)
 
はじめて『徒然草』にふれたときに、作者の名前が吉田であることに驚いた覚えがあります。あまりにも今風な苗字。源(実朝)とか鴨(長明)などとくらべて、違和感を抱いたのでしょう。そして出家前の名前が、卜部(うらべ)兼好(かねよし)と知ったときには、吹き出してしまいました。

そんな意味で、『徒然草』には思い出がありました。序段の印象は、兼好って暇だったのだなということでした。今回本書に接して、『徒然草』の奥深さを学びました。『徒然草』は、立派な人生の指南書だったのです。

本書は予備校の先生が、『徒然草』をわかりやすく読み解いたものです。古典にはなじみの薄い方も、気軽に読むことができます。

――「品性」とは、知性と感性を兼ね備えたもの。何かを形に残している人は、小さな積み上げをたゆまず続けている。(本文より)

著者は、ヘタな人生論よりも、『徒然草』がおもしろいと書いています。そのとおりだと思います。『新潮日本古典集成・徒然草』を買って、読み返してみたくなったほどです。本書は古典アレルギーの方にも、お薦めしたい一冊です。

◎人生のすべてを凝縮
 
本書は、見出し、著者が抜き出した本文(現代語訳になっています)、著者の解説という構成になっています。『徒然草』の全文を読もうという人には、物足りないかもしれません。入門書としては手抜きのない、品格を備えた著作です。章立ての設定も、実に鮮やかです。

観る:世間という魔物の正体を観察する
つき合う:疎み疎まれずに人とつき合う極意
捨てる:あれもこれもの欲望をいかに捨てるか
高める:わが身を内から支える品性と教養の高め方
極める:別れや死、限りある人生をどう極めるか
生きる:自分らしく、つれづれの境地にあそぶ

この章立ては、人生のすべてを凝縮しています。本書はまさにタイトルどおり、「ヘタな人生論」を凌駕していることを保証させていただきます。本書にふれて『徒然草』の魅力を理解したら、現代語訳または新訳を読んでもらいたいと思います。私は角川書店編『徒然草』(角川ソフィア文庫)をお薦めします。この古典シリーズは、非常に読みやすくできています。
 
私がお伝えしたいことは、『ヘタな人生論よりも徒然草』の「まえがき」に書かれています。拾ってみたいと思います。

(引用はじめ) 
――まえがき:複雑な現代社会を絶妙なバランスで歩くために。
――『徒然草』は、1330年ごろに出家僧・吉田兼好によって書かれた随筆である。
――兼好は、この時代には珍しく「合理的で論理的な思考」の持ち主である。世間の様相・日々の生活・人間関係などの日常的な話題から、心理・教養・哲学・宗教などの学術的な話題にいたるまで、その視線は広く深く、指摘や意見は簡潔明瞭で鋭い。
(引用おわり)

◎日本の古典文学を平易な本で読もう

日本の古典文学を読もう、と気合を入れた友人はたくさんいます。私もその一人でしたが、読みつづけているという友人の話は聞いたことがありません。それは読書の出発点に問題があったからです。もうひとついうなら、難解な原文に近い著作を選んだためでしょう。挫折してしまうのが当然です。
 
私が日本の古典に挑もうと、気合を入れてはじめて買い求めたのは、『新潮日本古典集成・古事記』でした。読破するぞと気合ははいっていましたが、読むのがつらくなりました。『古事記』すら読んでいない読書家。失望しながら、何度も自分自身をののしりました。
 
『古事記』を読みきれなかった挫折感は、ずっと尾を引きました。
ある日、書棚から声が聞こえてきました。私の書棚は著者別に並んでいます。呼んでいるのは、あ行の阿刀田高『楽しい古事記』(角川文庫)でした。気合いをいれて再読してみました。タイトルにあるように、楽しく読み進むことができました。これだ、と思いました。文学者ではないのですから、その道の人がやさしく書いてくれた入門書からはいるべきだったのです。そうきめて、次つぎに「日本の古典」入門書を買い求めました。
 
そのなかの1冊が、荻野文子『ヘタな人生論よりも徒然草』だったのです。古典や哲学などの著作は、私の能力でいきなり原書に挑むのはムリです。遠回りになりますが、入門書→現代語訳→原書とたどりたいと思います。まちがっても「あらすじ本」にだけは手をだしません。

日本の古典文学にふれてみたい、という方のために格好のシリーズが刊行されました(2009年11月)。講談社『21世紀版・少年少女古典文学館』(全25巻)です。「徒然草」は、第2回配本にはいっています。執筆人がとてもビッグです。第1回配本の6冊を紹介します。

源氏物語(上、下):瀬戸内寂聴
古事記:橋本治
枕草子:大庭みな子
落窪物語:氷室冴子
竹取物語・伊勢物語:北杜夫・俵万智

宣伝コピーには「辞書なしで、古典の名作がラクラク読める」とあります。実際に『枕草子』(大庭みな子)を読んでみました。ルビが多く読みにくかったのですが、古典の入門書としては良質なシリーズだと思いました。1冊1470円(税込)ですから、全巻をそろえると結構な投資になります。
 
このシリーズは、児童書コーナーの棚にありました。しかも千葉でいちばん大きな三省堂ですら、配本は1冊ずつのみです。出版社に気合が感じられませんけれど、日本の古典の入口としてはお薦めのシリーズだと思います。
(山本藤光:2009.11.27初稿、2018.02.23改稿)

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