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大島真寿美『戦友の恋』(角川文庫)

2018-02-28 | 書評「お」の国内著者
大島真寿美『戦友の恋』(角川文庫)

漫画原作者の佐紀は、人生最悪のスランプに陥っていた。デビュー前から二人三脚、誰よりもなにもかもを分かちあってきた編集者の玖美子が急逝したのだ。二十歳のころから酒を飲んではクダをまいたり、互いの恋にダメ出ししたり。友達なんて言葉では表現できないほどかけがえのない相手をうしなってしまった佐紀の後悔は果てしなく…。喪失と再生、女子の友情を描いた、大島真寿美の最高傑作。(「BOOK」データベースより)

◎読みにくくてすみません

大島真寿美は『ピエタ』(ポプラ文庫)を紹介するつもりでいました。しかし友人から勧められて『戦友の恋』(角川文庫)を読んで、急きょこちらを推薦したくなりました。これまで本書を読まなかったのは、タイトルに魅力がなかったからです。大島真寿美は、作品のタイトルで損をしています。どれ一つ魅力的なタイトルがありません。
ただし私は彼女の描く世界が好きです。以前に『ぼくらのバス』(ポプラ文庫ビュアフル)の書評を書きました。ほんわりとした世界が描ける大島真寿美には、ずっと期待しています。

大島真寿美は1962年生まれで、1992年「春の手品師」で文學界新人賞を受賞しています。本作は『ふじこさん』(講談社文庫)に収載されています。そして2014年『あなたの本当の人生は』(文春文庫)で直木賞候補になっています。

会話をカッコでくくらず、一文に埋め込む手法は独特の感性によります。

――戦友?/とある時、ええと、あれは、そう、たしか亡くなる一年くらい前だったと思うけれど、半分酔っ払った勢いでつぶやいたことがあった。/戦友?/と玖美子も鸚鵡しにつぶやいた。/あたし達は共に戦ってきたわけだからさ。(本文P8)

私はこの文体を好みます。自分の文体について大島真寿美自身は、次のように語っています。

――ルール無視ででたらめなことをやっているなとは思うんです。センテンスも長くなったり短くなったり。でも自分のリズムで書こうとするとああなるんですね。それが狂うと本当に書き進められなくなる。読者の方、読みにくくてすみません。(WEB本の雑誌106回)

私は大島真寿美の文章を、噴水のように感じます。太陽に向かって高く、そして時には低く吹き上がるイメージです。

◎2つの恋の物語

『戦友の恋』には、表題作を含めて6つの短篇が連作形式で並んでいます。タイトルは冒頭の短篇からとられたものです。

漫画家志望の山本あかねは、同年代の編集者・石堂玖美子から、絵は下手だけど物語はおもしろいといわれます、そして漫画の原作者になることを、半ば強制されます。
駆け出しの編集者と漫画原作者としてデビューする筆名・山本佐紀。大島真寿美は二人にみごとな個性を与えました。
玖美子の企画を、佐紀は必死に作品に落とし込みます。この二人の迷走振りが実に読み応えあります。
しかし玖美子は、すぐに亡くなってしまいます。後段の物語では、戦友としての玖美子が佐紀の心に宿り続けています。
すべての作品に新人の漫画家だったり、玖美子の後任の編集者だったり、と仕事関連の人たちが登場します。しかし『戦友の恋』を貫いているのは、ライブハウスの経営者・律子と亡き玖美子なのです。
がむしゃらに仕事と取り組む佐紀は、律子と玖美子の暖かい愛に包まれています。この構成が作品全体を、ピンと張り詰めたものにしています。


本書のタイトルは『戦友の恋』となっていますが、きちんと書くなら「戦友たちの恋」となります。その点について、吉田伸子は次のように書いています。

――主人公・佐紀の〈戦友〉である玖美子の、胸がきゅっとなる恋と、佐紀と幼なじみの達貴との恋の予感も。(本の雑誌『おすすめ文庫天国2013』)

ちなみに上記引用誌で、本書は恋愛小説部門のベスト10に選ばれています。吉田伸子が書いているとおり、二人の恋は実に味わい深いものです。

そして仕事仲間の描写も、いいなって感心させられました。本書に関しては、北上次郎が絶賛しています。大森望との対談に一部を紹介させていただきます。

(引用はじめ)
北上 大島真寿美って、今までもハズレはないんですが、これ、いちばんいいんじゃない。
(中略)
大森 原作者と担当編集者という仕事上のパートナーシップが、一種のバディものとしてものすごくよく書けていますね。
(引用おわり。北上次郎・大森望『読むのが怖いZ』ロッキンングオンP201)

大島真寿美は最も直木賞に近い作家です。北上次郎がいうように、これまでの作品はどれも楽しく読むことができました。でも現時点では、『戦友の恋』を一押しさせていただきます。
山本藤光2018.02.28

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