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円地文子『なまみこ物語』(新潮文庫)

2018-12-15 | 書評「え」の国内著者
円地文子『なまみこ物語』(新潮文庫)

贋招人姉妹によるいつわりの生霊騒動等、時の権力者・藤原道長の様々な追い落とし策謀に抗する、中宮定子の誇り高き愛を描いた女流文学賞受賞作「なまみこ物語(「BOOK」データベースより)

◎父の書斎から着想

「劇中劇」という言葉はご存知だと思います。劇のなかに、もう一つの劇を挿入する手法です。これを小説でおこなうと「作中作」と呼びます。ミステリー小説では、ときどき用いられています。折原一『覆面作家』(光文社文庫)や殊能正之『鏡の中は日曜日』(講談社文庫)などは、その代表例です。最近では、森見登美彦が『熱帯』(文藝春秋)という作品で挑戦しています。

円地文子『なまみこ物語』(新潮文庫)は、まさに「作中作」の先駆けといえます。主人公の語り手が幼いころに読んだ「なまみこ物語」の中味を、記憶のヒダから紡ぎ出すという体裁になっています。その本には「栄華物語拾遺」と付記されています。語り手は「栄華物語」や「枕草子」などの原文から、「なまみこ物語」をたぐり寄せます。
『なまみこ物語』は既存の古典ではなく、完全に円地文子の創造物です。本書は「なまみこ」とひらがな表記にされていますが、本文では「生神子」または「生巫女」との説明もなされています。

円地文子を語るにあたって、とりわけ今回紹介する『なまみこ物語』に関連して、抑えておかなければならないことがあります。

――円地文子氏が国語学者・上田萬年博士の息女であったという事実は、円地文学のうえに少なからず意味をもつものであった。(磯田光一『昭和作家論集成』新潮社P187)

そんな円地文子について瀬戸内寂聴は、「御乳母日傘で育てられた円地さんは、六十を過ぎても無垢なお嬢さまだった」(『続・奇縁まんだら』日本経済新聞社)と書いています。その後についても、瀬戸内の文章を引いておきます。

――二十三歳の時、「晩春早夜」という戯曲が、築地小劇場で上演されるという華々しいスタートを切ったものの、その後小説家を志したが一向に芽が出ず、戦後「ひもじい月日」で女流文学者賞を受賞し、正宗白鳥氏に、短篇集「ひもじい月日」を激賞されるまで、鳴かず飛ばずであった。(『続・奇縁まんだら』日本経済新聞社P93)

幼いころから父親の古書に囲まれていた円地は、そのときの風景のなかから『なまみこ物語』の着想を得たのだと思います。このあたりについて、三島由紀夫は次のように書いています。

――『朱を奪うもの』にすでに語られたデカダンス芸術への嗜癖、端的に云えば草双紙趣味である。草双紙はどぎついなりに簡潔であるなら、むしろ王朝末期のデカダンス作品『とりかへばや物語』のあくなきしつこさに喩えることができよう。(三島由紀夫『文学論』中公文庫P209)

 三島がいうように円地の文体は、草双紙や浄瑠璃や古典などの豊饒な知識が基礎になっています。そこから独特の重厚で妖艶な文章が生まれました。まるで魔法にかけられているように、不思議な感覚で円地の文章を読みました。これだけ心躍った読書は、久しくありませんでした。

◎怨霊を信じていた時代

新潮文庫の解説にもありましたが、「なまみこ物語」について事典検索をしておきます。

――なまみこ物語。円地文子の長編小説。1959~61年(昭和34~36)、『声』に連載。新稿を加え65年中央公論社刊。作者の平安文学への親炙(しんしゃ)と想像力が生んだ架空の『生神子(なまみこ)物語』を枠組みとして、一条天皇中宮定子(ていし)の誇り高い恋と死を描く。政治に悪用された姉妹のなまみこが、定子の生霊によって逆に追放される設定で、摂政関白の被害者という旧来の定子像を覆した。文体は優美で強く、構成は精巧で緻密。女流文学賞受賞。竹西寛子(日本大百科全書)

平安時代の摂政関白政治のただなか、藤原道長が権勢をふるっていました。このときの帝は一条天皇で、数え7歳で即位しています。そして一条天皇の后として6歳上の定子(ていし)が迎えられます。定子は道長の兄:道隆の娘で、母は憑霊(ひりょう)能力のある巫女(かんなぎ)でした。定子の幼名はあやめといい、くれはという妹がいました。

『なまみこ物語』は、この姉妹にスポットを当てた物語です。怨霊が信じられている時代の話で、道長は一条天皇から定子を引き離すべく、怨霊を利用して画策します。姉妹の短く波瀾万丈の生涯を円地文子は、実にみごとな筆裁きでしたためてみせます。

――円地の文学は、女である自分の内部をさらけ出すことによって女の妄執を描く、という体験的リアリズムではなく、自分の外にいる女たちを観察して、女の生の根元をえぐり出そうとする客観の文学なのであり、これは、女を描くときの男の作家の姿勢とおなじといってよろしいのではあるまいか。(百目鬼恭三郎『現代の作家一〇一人』新潮社P48)

『なまみこ物語』を執筆したのは、円地文子が60歳になったころです。お嬢さまを卒業して、新たな境地になってから生まれた作品です。
本書は一人でも多くの人に読んでいただきたいと思います。古文が苦手なら、地の文だけをつないで読んでください。『女坂』(新潮文庫)も紹介したいのですが、1著者1作品を原則としています。
山本藤光2018.12.15

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